春の陽が蜂蜜なら、秋の陽はメイプルシロップみたいだと言っていたのは、
本人からも甘い甘い匂いが滲んで来そうなほど、
スィーツ大好きな ちびセナだっけか。
『蜂蜜よりもさらっとしてるでしょ?』
なんて、にゃは〜っと微笑って言ってたけれど。
そもそも甘いのが苦手な身にそんな例えで言われても、
差なんて判るかとデコピンしてやりかけたら、進の野郎が素早く割り込んで来て、
思わぬ石頭が相手になったんで突き指しかかったことをまで思い出す。
“……………ふん。”
そんなやりとりをふと思い出したのは、
ちょっぴり重厚なドア、押し開けた向こうに広がった空間が、
ともすれば天窓ぽい、少し傾斜のある大窓から、
秋の透き通った陽光をふんだんに取り込んでいたから。
小じゃれたサロンかカフェのよな、広々としたリビング風のそこは、
セクレタリーカウンターに“受付”というプレートが出ている、
これでも町のお医者さんの待ち合い室だったりし。
客層がよっぽど裕福な顔触ればかりなのか、
ソファーだのスツールだの、
マガジンラックだのも随分と凝った輸入家具で揃えており。
地中海風ということか、
スチールラックにテラコッタの鉢を収めたデザインの観葉植物も、
葉が細かくて小さいアレカヤシやベンジャミナから、
肉厚の大きな葉がお馴染みのゴムの樹へと模様替えしたばかり。
完全予約制なので、開院時間前の今は誰の姿もないロビーだったが、
「こんにちわ〜〜vv」
ご挨拶は よい子の基本。
カウンターの内にて診察準備にかかってたらしき、
事務員のお姉さんたちへ聞こえるようにと。
声高に呼びかけがてら来意を告げて。
バリアフリーの床、ここまでが土足という組木での境目で、
お気に入りのコンバース、踵 擦り合わせて すぽんと脱いで。
バンビみたいに細っこくて、若木みたいに柔軟そうな脚で、
ぱたぱたっと上がってく坊やの姿へ、
「あ、ダメですよ。まだ開いてないんだし、あなた予約が…。」
予約の入っている患者さんたちのカルテや何やを揃えていたらしき、
清楚な中にもシャープな印象のする、
ブランドデザイン系のそれだろう制服を着たお姉さんが、
引き留めるような声を掛けて来たけれど、
「ああ。あの子は良いのよ。」
それへ気づいた、こちらは先輩さんだろう、
マシュマロみたいな色香あふるる、
物慣れた態度の古株のお姉様がくすすと微笑う。
はい?と小首を傾げた新米さんへ、
「センセーの知り合いの坊やで、妖一くん。
ジャリプロの桜庭くんの写真集なんかでキッズモデルもしている子でね。
何でもお父さんがセンセーと同窓なんですって。」
可愛い子でしょ?と、潤みの強いところが色っぽい目許を細めるお姉様は、
その妖一くんから“ベティ○ープ”とあだ名されてて、
ここの院長センセーの、
何人目かの恋人でもあったりなかったりするそうだというところまで、
知られていようとは…さすがに御存知なかったらしいけれど。
そして。お医者と言ったら、
「阿含、いるか?」
「おお、妖一か。ちょっと待てな。」
一応の防音が効いたドアの向こう、
衛生に一番気を遣おう診察室へまで ずかずかと入ってく坊やも坊やなら、
それを咎めぬセンセーもセンセーで。
「お前、自分が診察されないとなると強腰だよな。」
「ったりめぇじゃん。」
お名前ばかり先行しているこちらの坊や、
今更ながらにご紹介し直せば。
蛭魔さんチの妖一くんといって、
こちらの歯科医院の院長、金剛阿含さんのお友達の息子さんだったりし。
陽を吸って軽やかさを増した金髪に、
肌の下にほわりと淡い光が沈んでいるかのような、
不思議な深みある白をたたえた、頬や手足をしておいで。
もう随分と育ったけれど、それでもまだまだ幼いバランスのお顔は、
ちょっぴり力みに張ってぱっちりした金茶の瞳に、
細い稜線が愛らしい小鼻とすべらかな頬。
唇の先が蕾のようにつんと立ったところが、年に見合わぬ蠱惑をたたえた、
ビスクドールみたいな麗しの美少年で。
漢字ばかりな四角い名前を名乗っても、なかなか信じてもらえないくらい、
完全に日本人離れした容姿をしていたりするのだけれど、
“それは何も俺の責任じゃあねぇし。”
まあね。
何しろ そんな色素の薄そうな容姿をしているのは、
彼一人に限った話じゃあないらしく。
周囲の方々に言わせると“瓜二つ”な父上を筆頭に、
横浜のヨウコさんという はとこのお姉さんも、そこはかとなく似ておいでだし。
「にゃ〜〜〜ん。」
今の今、診察用の大きな電動椅子に座ってる、
妖一くんよりも微妙に小さな坊やもまた。
パピヨンの仔みたいなふわふかな綿毛は金色だし、
今にも縁からこぼれ落ちそうな潤みをたたえた瞳は、
淡い色合いに透いていて、まるで上等の玻璃玉みたい。
冷たい金具のついた管を口元へ差し込まれているのが怖いか、
ふにゃにゃと泣きそうなお顔だが、
それでもさして損なわれていない愛らしさ。
そんな坊やの小さなお口を覗き込んでた、
ドレッドヘアに白衣姿という恰好のお兄さんが、
「何か約束とか予定とかしてたっけか?」
顔も上げぬまま、
マスク越しのそれにしては滑舌のくっきりした訊きようをしたのへと、
「ん〜ん。
父ちゃんがな、
大掃除したらずっと借りてたビデオが出て来たから返して来いって。」
「…ビデオ。」
がっつりした背中がわざわざ復唱したのへと、小悪魔坊やも肩をすくめる。
ディスク全盛の今時、ビデオもねぇよなと言いたいらしく。
ともすりゃ生まれたときから
既にそれが標準規格だったろう妖一くんには尚のこと、
何てまあアナクロなというフレーズだったのだけれども。
だがだが、それも仕方がないと、
何せ7年というブランクを経て、やっとこ帰って来たお人なんだというの、
こんな拍子にしみじみ咬みしめる身内だったりし。
「ほれ、済んだ。虫歯は潜在型のも含めて1本もなかったぞ?」
単なる検診だったのか、バキュームの管を外してもらったおチビさんが、
「ふみ、あいがと あぎょん。」
こんな格好のおじさんと対峙するのは、
それが知り合いでもさぞかし怖かっただろうに、
それでもお礼をちゃんと言うところはなかなかいい躾けをなされてて。
む〜〜んっという静かな稼働音と共に背もたれが起き上がるのももどかしげ、
お膝の区切りが判らぬ程も寸の足りない可愛いあんよをばたつかせ、
早く降りたいとの意思表示が何とも判りやすいったら。
身を起こしてやっと気がついたらしい、
大好きな親戚のお兄ちゃんを視野に収めると、
「ヨーイチっ。」
「いい子だな。我慢したか。」
付き添いのお父さんより先、ぱたたっと駆け寄ってって、
がばちょと懐ろに抱きつく様子が、
ころころした仔犬同士がまろび合ってのじゃれつき合ってるようで、
何とも愛らしいったらありゃしなく。
「…いいよなぁ、ヨウイチローんチといいお前んチといい。
ああいう光景、見たい放題なんだろ?」
「阿含、この何年かに趣味が変わってないか?」
こちらさんは、打って変わって大人の美人。
やっぱり金の髪した色白の、はっとするよな美丈夫ながらも、
仔犬Bの親御さんでもある七郎さんが、同世代のお友達の発言へとついつい苦笑。
連れてた彼女が日替わりで違ってた、
知己の中でも一番に女癖が悪かったドンファンだった筈が、
こんな発言するようになるだなんて。
当時の知り合いの中、一体誰が想像しただろか。
『そうは言うけどよ、
お前やヨウイチローみたいな“撒き餌”に勝手に寄って来るんだもの。
誰かがお相手しなきゃあ気の毒だったからさ。』
罪悪感のかけらもなくの、へろっとそんな言いようをして。
誠意なんて知ったことかと、気分に任せての手当たり次第、
名前さえちゃんと覚えててやらないようないい加減さで、
幾人もの女の子と付き合いがあった彼だったものが。
「くう、お兄ちゃんの歯医者は痛くねぇだろよ。
いい加減、診察のたんびに泣きそになんの、やめてくんないか?」
お願いしますよと、
まだ学齢にも満たないおチビさんを相手に、両手を合わせて見せる変わりよう。
『けど、お姉ちゃん相手には傍若無人なままだぜ? あいつ。』
俺も時々、出会いのダシにされるしさと、
小学生が口にしていいんかというよな言い回しをする小悪魔坊やも、
破天荒さでは良い勝負かも知れなくて。
「…妖一。ウチのマスターが一度ゆっくり話したいって言ってたぞ?」
「やだよ。きっと説教する気なんだろ?」
あの人 堅物だから苦手だと、
小さな弟分をいい子いい子と構う傍ら、
む〜んと目許を眇めてお断りを入れて来る 勘のよさよ。
そして、そんな彼の懐ろから、
大好きなお兄ちゃんを見上げてた 小さなくうちゃんもまた、
むむうと眉を寄せての“いやぁよ”というお顔を学習していたりするもんだから。
“…妙な影響、拾わなきゃいんだけど。”
いつまでも天使のようでいておくれと、
他でもない、あの堅物なマスターが、丹精込めて育んでるくうだってのにと。
しょっぱそうに苦笑した七郎さんだったのは言うまでもなく。
何てことない秋の午後、静かに静かに過ぎてくのでした。
おまけ 
「誰かが既に言ってそうだが、お前らの遺伝子は一体どうなっとるんだかな。」
予約した患者さんが来るにはまだ少し間がある頃合いなのか、
診察台回りの整頓をグラマラスな美人助手に任せ、
お茶の用意をさせたリビングへと話の場を移す、阿含センセイ以下ご一同。
彼だって十分、日本人とは思えぬほど、
白衣の下は筋骨隆々の精悍な男性ではあるのだが、
そんなもんは比じゃあないほどに、
くっきりはっきりと金髪白面のお歴々が居並ぶ血統。
蛭魔さんチって、一体どういうお血筋なのかと、
訊きたくなってもそりゃしょうがないところだろうけれど。
「確か、開国前夜に恋に落ちた英国士官と呉服屋の一人娘が始まりだとか。」
お膝に抱えたくうちゃんに、特製プリンを食べさせてやりつつ、
七郎さんが口にしたのが、そんな起源話だったけれど、
「……なんか凄げぇ嘘臭いんですけれど。」
選りにも選って、妖一くんから胡散臭そうなお顔をされてりゃ世話はなく。
その妖一くんはといえば、
「父ちゃんが言ってたのはサ、
平安時代の凄げぇ妖力持ってた陰陽師がご先祖で。」
その人がお狐様が降りた身だったんで、
髪の毛は金だったし、瞳の色も金茶だったんだって…と続けた坊やだったのだけれど。
「そんな大昔の日本人に、そこまで真っ黄っ黄の頭したのが居たってか?」
「ヨウちゃん、それはあり得ない。」
こればっかは七郎お兄さんからまで、
疑問符投げかけられた坊やだったりするのだけれど。
「そっかなあ。俺はあり得ると思んだけど。」
ひょこり、小首を傾げる妖一くんの傍らで、
金の綿毛をふわふわ揺らし、
真似っこなのか、やっぱり小首を傾げるくうちゃんだったりし。
はてさて、どこがどう、つながってることなやら……。
〜Fine〜 08.9.24.
*取り留めがないにも程があるぞの、
初秋のある日の、自己満足話でございましたvv(笑)
めーるふぉーむvv


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