Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    a place of relaxation in summer
 


 それでなくとも、暑いから集中出来まいということで設けられた長期休暇であるのだろうに。何でまたそういうお休みを与えられた世代の、学生スポーツの全国大会がそんな灼熱地獄の中で開催されるのだろうか。

 「高校野球だけじゃねぇ、高校総体もそうだろし。
  何と言っても、小学生や中学生のサッカーも、
  地区予選が一学期で、夏休みの真っ只中に全国大会があるんだぜ?」

 小学生や中学生の大会の方が“何と言っても”なのは、それらを口にした彼がまだ小学生だから…に他ならず。あれだぜきっと、学校が休みになるんなら好都合とか、グラウンドへの使用申請があんまりない時期だってこととか、そこしか見てねぇ大人が勝手に決めたんだぜ? 炎天下での開催になってもまあ子供は元気だから大丈夫だろうって。放っておいたって、暑い中へ飛び出してって遊び歩ってるくらいなんだからって。

 「皆が皆、そうだって決めつけられてもなあ。」

 大体だ、昔はも少ししのぎやすかったんだろうけど、今みたいなとんでもねぇ夏にしちまった大人が、何を勝手なことをほざいてやがるかな。開催当時と今との環境差とか、ちゃんと刻々調べ直してんのかね。こうまでやんやと言われてる温暖化の時代だってのによ。それに、コンクリの家ばっか増やして、エアコン さんざ普及さして、人ンこと断りもなく虚弱にしといてよ。そんなになった身が、帽子かぶって水さえ飲んでりゃ大丈夫なワケねぇじゃねぇかよな。

 「…ったくよぉ、困ったこったぜ。」

 自分が言ったことへ、小さな顎を上下させ、うんうんと頷いて見せる様が…何と言いますか、

 “ジジくせぇ。”

 それを八つも年上のお兄さんから言われていたら世話はない。勿論、実際に言ったらどんな仕打ちが待っているかくらいは重々予測してもいるので、そうと感じたことさえおくびにも出さずにいたものの、

 「えと、次は火を止めてルーを入れる、か。」

 続いた言いようには ついつい待ったをかけた葉柱で。
「止めるのか?」
「そう書いてあるぞ?」
 坊やが手にしているのは市販のカレールーであり。父ちゃんが言ってた、こういうのは、でっかい食品会社が社運を賭けてって構えで、予算いっぱい組んで、精鋭を集めて研究した末のもんだから、

 「だから、箱に書いてある“作り方”に忠実に作るのが一番なんだって。」

 我流とか言ってあれこれ入れて凝りたいなら、いっそ クミンとかターメリックとかいうスパイス調合したり、小麦粉撓めたりして、ルーも自分で作らにゃ意味ないんだってよと。相変わらずの居丈高な態度にて、一端のご意見を発してなさる金髪金眸の坊やが今現在立ち向かっていなさるのは…ホウロウの両手鍋、オン・ザ・IH。ちなみに、場所は葉柱さんチのそりゃあ広々としたお屋敷の一角で。とはいえ、大勢の来客を招いたおりに使われる“厨房”ではなく、お夜食など軽いものをちょちょいとつくるための簡単なそれ。簡単と言っても、真っ白なカウンターに電気調理器2口と流しのシンクがはめ込まれた格好の、これがワンルームマンションなら十分上等な部類の調理台で、身内が使う居間の隣り、次の間のような空間に据えられてあって。両開きの窓と向かい合うセッティングは、中庭に向いたテラスで軽い朝食を楽しむ家族とやり取りが出来るようにという、何とも小じゃれた仕立てでもあって。そんなキッチンに今は、野菜と肉を煮込んだそれだろう、いい香りが充満しており、
「火を止めたら溶けにくいんじゃね?」
「いいから。ここは説明書を信じなって。」
 そう言って坊やがぶんぶんと振った黒いパッケージには、辛口カレーのルーが入っていて。中から取り出したパックの半分、チョコを思わせる山形になってるものをぱきぽき割って鍋へ入れ、用心深く掻き混ぜてから、お玉で探せなくなったところで再びの点火。
「あとはくつくつ煮込むだけ♪」
「飯は炊けてんのか?」
「おお、抜かりはねぇって。」
 そりゃあ丁寧に洗ったから、そりゃあ美味いぞと。妙なところへ大威張りな坊やへ、
「まあ…それは見てたけど。」
 三合炊くのに、いやさ三合洗うのに、何でザルが大小5つも要るんだろかと、そっちがどうしても腑に落ちない。それどころか…鍋が4つにフライパンが2つ、5本の木じゃくしに8本ものお玉、カレー用の大きなスプーンを5、6本に、まな板は2枚を引っ切りなしに何回もを、今やっと洗い終えたところのアシスタントのお兄さんが、微妙なお返事を返していたりする。事の発端は、そんな彼のついつい零した一言で、

 『カレーか、そういや最近喰ってねぇな。』

 DVDを観ていたその狭間、映像が終わって画面が地上波の映像に切り替わったその間合いに、メジャーなメーカーのカレーのCMが映し出されたものへの何げない感慨だったのだが。そんな葉柱のお隣りにいたのが…何事へも負けず嫌いな小悪魔さんだったもんだから、しまった不容易なことをと後悔したが時すでに遅く、

 『じゃあ、明日にでも俺が作ってやんぞ?』

 アメフトの夏合宿もお盆を前にして中休みに入っており、トレーニングこそ自主トレモードに入ったが、首脳陣はそうも言ってられなくて。いよいよの秋のリーグを前にして、自軍と敵軍のプレイスタイルから個々人のデータまで、色んなものの色んな角度からの資料整理をしていたはずだのにね。

 『今日は朝っぱらから 母ちゃんと父ちゃんとで、
  小豆を煮たり餅米蒸したり、な〜んかバタバタしててよ。』

 その結果がこれだと、重箱にきれいに並べたおはぎを持参した坊や。お盆当日はお家でのご用意もなさいましょーから、早い目の今日持って来ましたと、出迎えて下さった葉柱夫人へのご挨拶もきちんとこなし、いかにもお使いという顔をしつつも、その実…頭のどこかで自分も何かやってみたかったというスイッチが入っていた彼だったのだろう。

 “家じゃあ あんまりやらせてもらえないそうだしな。”

 というのが。何かと大人顔負けのレベルで器用な坊やだが、さすがに料理や裁縫といった家庭科部門は年齢相応の“人並み”なのだそうで。
『切るだけなら何とかなんだけどもな。』
『いやいや、味付けも大したもんだと思うぜ。』
 手先が器用で舌も肥えてる。ただ…何をどう工夫しようと構えてみての結果なのか、台所用品全出動させて取り掛かるもんだから。ちょっとしたインスタント食品にちょみっと工夫したりしただけで、台所が台風一過という有り様になってしまう“不思議ちゃん”なところは相変わらず。そこを案じられてのこと、他へもお届けする予定あってのおはぎ作りだったのでと、こたびは手を出させてもらえなかったらしい。そんな下地があったところへの、カレーが喰いたい発言だもの、そりゃあ聞き逃す筈がございません。市販のルー使うカレーだったら、肉と野菜を切って炒めて煮るだけだから すぐ出来んぞ? だから大丈夫と自信を揺らがせなかった小悪魔坊や。でもねぇ、どんな料理だって基本は“肉と野菜を切って炒めて煮るだけ”に尽きるのですが。(若しくは最後が“焼くだけ”に変わるくらいで。)それでもまあ、思い返せばこの夏もまた、合宿所でのアメフト三昧。好きなことをやっているのだから不満はなかろうが、夏らしい遊びというのも少しくらいは堪能させてやりたい。花火見物や海水浴は、合宿所として逗留していた海辺の宿舎でついでにこなせるとして。一人で作るお料理といや、キャンプにつきものの自炊ってのの代替になるかもしれないと。妙なところで保護者欲がむくむくしちゃったらしいお兄さんが、GOサインをだしてのこの運び、
「なあ、まだかな。」
「う〜ん。じゃがいもとか小さめに切ったしな。」
 鍋の上から下から、煮立つ様子と火加減とを何度も何度も交互に眺める坊やへ。その所作があんまり可愛いものだからと見とれていたお兄さん、不意な間合いで声を掛けられたのへ…火が通ってりゃあもういいんじゃねと、実は自分もあんまり蓄積はないもんだから、適当なところで折り合うような言いようをしたところ、

 「じゃあ、こんで終了〜っ!」

 出来た出来たとはしゃぐ坊やの手元から、流しの洗い桶へと放り込まれたお玉に、もはや苦笑しか出て来なかったり。後片付けは絶対ごめんだと、今から堅く誓った葉柱さんだったのは言うまでもなかったりする。





  ◇  ◇  ◇



 今時の邸宅に多い、全面ガラス張りのリビングやらテラコッタを敷いた南欧風テラスやらを散りばめの、茂みや何やという“突起物”を極力削いでのフラットさ重視な庭が開放的…といったよな、モダンな作りとやらではないけれど。手入れが行き届いた青々とした芝生を敷き詰めた庭では、スプリンクラー式の散水機がちょうど動いてて。低くてゆるい弧を描いての横っ跳び、ぐるぐる回って噴水みたいに水を撒いている様を眺めつつ、プールサイドで食べることとなった手作りカレーはなかなか美味しい。洗い物&お片付け担当のアシスタントだった葉柱のお兄さんは、その合間に…ちぎったレタスと半分に切ったプチトマト、キューリのスライスに缶詰の白アスパラとロースハムとをガラスの器へ盛りつけて。タマネギのみじん切りを水で晒したのと和えたフレンチドレッシングをからめた、スタンダードなサラダを何とか作っての、献立の上でもフォローをしおおせていて。

 「いっただきますvv」
 「いただきます。」

 向かい合った大小二人、揃って手を合わせてのご唱和が、冷やしたお水や何やを運んで下さったメイドさんたちをこそり笑わせたのもご愛嬌。粒の立った白米はほかほかで瑞々しくもあり、豊かな甘みを含んで懐ろ深く。そこへとかけられたカレーは、あえて奇を衒わなかったところが、脆弱でもなければ複雑でもない安定感を生んでいるその上へ、
「お、肉がやわらかい。」
「だろvv 父ちゃんがな、サジを濡らすくらいのほんのほんのちょっとでいいから、塩コショウするときに蜂蜜垂らして揉み込んでみって。」
 野菜や角切り肉への丁寧な下処理が、いい風味をプラスしてもいて。表面だけの辛さに収まらない、深みある出来になっている。白木のテーブル、デッキチェア。ビーチパラソルはシックにも、生なりの帆布を張ったの、スクエアに仕立てたしゃれた代物で。見上げた内側には、傍らでたゆとうプールの水面からの反射、さざ波を光らせた陰がゆらゆらと優しく躍ってて。カットグラスとお揃いのピッチャーには、敢えてごつりと砕いた氷が氷山みたいにぷかりと浮かび。グラスのほうでは重なり合ってた氷がずれてか、何もせぬのにからんと踊るのが何とも涼しい効果音。

 「…だから、ルイ。おはぎはせめてデザートとして食え。」
 「そか? 美味いぞ? ウチじゃあ昔っから、カレーの副菜にあんこものだしな。」
 「だからそんな舌になるんじゃねぇのか?」

 美味いと褒められたのは嬉しいが、それでもやっぱりカレーと同時に食うもんじゃねぇってばと。額の端っこに血管が浮かび上がりそうになってる坊やだったりするのも、ご愛嬌…なんでしょうかね?
(苦笑) どこからか聞こえる蝉の声。そういやキングはどこ行ったんだ? ああ兄貴がな、メグと出掛けた高原のほうの別荘に連れてった。あっちに住んでる親戚んトコで飼ってるシェルティの仔なんで、里帰りがてらにお見合いなんだと。

 「お見合い…。」
 「チビだが あれでももう十分に適齢期だかんな。」

 さらっと言ってのけた葉柱にしてみりゃあ、特に意外なことじゃあなかったらしく。それより、

 「そういや、お前がブリっ子するの、最近見かけとらんかったが。」

 さすがに“もう四年生だから可愛い路線もなかろうし”ということで、柄じゃあないと見切って辞めたんだろかと思っていたが。昨日の葉柱の母上へのご挨拶では、いかにも覚束ない子供が一所懸命に教わった通りを言いましたという体を装っての“猫かぶりっぷり”も健在だった。今日は今日で、当家の息子二人の家内でのあれこれを世話して下さる、篠宮さんというお姉さんへも…おはようございますに始まって、着替えから朝ご飯からお料理の下準備に至るまでを付き合って下さったその間中、ごろごろにゃんと鳴かんばかりに甘えまくっておいでだったし。

 「…相手を選んでただけか。」
 「当ったり前じゃん。」

 こっちだって結構恥ずかしいんだからよと、頬張ったカレーのせいではなくの、ちょいと口調をくぐもらせる坊やだったりし。大人からすりゃあ まだ10歳になるかならぬかの世代は、正真正銘 立派な“子供”だろうにね、当の子供の世界じゃあ そうはいかないものだとか。背伸びをし始める年頃だからどうとかいう次元の問題じゃあなく、大急ぎで“かわいらしい”から脱却しないと、

 『いい年して何をいつまでも 小さい子ぶっているのかしら』
 『〜ですぅだなんて、キモいったらないわ』
 『あれって大人の前でだけなのよ? わざとらしいわよねぇ』

 などと陰口叩かれた末に、冷遇される原因にもなるらしく。子供扱いが気恥ずかしい年頃というのは、大人が思うより早く来るもの。自分にも覚えがないとは言わないが、もはや小学生の間からってのは…何をかいわんやですな、まったく。
(う〜ん) その辺りを問われたこちらの坊っちゃまの場合に至っては、ナチュラルにそういうタイプだった訳じゃあない。せっかく愛らしい風貌をしているというのに、それに見合った中身じゃあなく、むしろ可愛げがないほど冷めきった、正反対の思考や嗜好をしていたのだが。そこはそれ、だからこその怜悧さが働いてもいて。年上の、特に女性陣にはそう振る舞った方が好印象を与えるからという“手管”として、どこの ぷに系アニメキャラですかというような、未成熟ゆえの愛らしさを押し出したそれ、舌っ足らずで不器用そうな言動を故意に装い、ご披露していた猫かぶりを、

 “初対面のときに知らされたもんな。”

 そういう手管の必要なしと見なされたのは、お付き合いが続くとは思わなかったから。だってのに、こんなに長く、しかも坊やの側から懐ろへ飛び込んで来るよな、表現体こそ乱暴ながらも、甘え半分、思い切りしがみついてくるよなお付き合いが続こうとはね。これも隠さない素のお顔、大人でもこれはちょっと苦手とするかもというレベルの辛口カレーを、
「…もちょっと辛くてもOKだな。」
 なんて言いつつ頬張ってる剛の者な彼としては、あまりに掛け離れた可愛い素振りはそろそろヤンピ…もとえ、卒業の予定なのだとか。

 「そろそろクラスチェンジしとかねぇと、何かとキツイんだって。」

 こういうのより生クリームどっさり塗ったケーキが好きだろうと思い込まれてたり、ホラー映画やアクションものは怖いだろからって、
「ファミリー向けのアニメ映画へのご招待ばっかされてみろよ。しかも、ミルクシェイクとキャラメル風味のポップコーンつきで。」
「そ、それは…。」
 お友達のセナくんなら双手を挙げて喜びそうなあれこれだが、こっちの坊やにしてみりゃあ、それらの饗応、笑顔で受けるのはかなりの拷問なのかも知れず。

 “…だろうよな。”

 こういう子はこういう子ならではの苦労もあるらしい模様。その愛らしい風貌も、よくよく見りゃあ…どちらかといや冴えた印象のあるクールビューティ系なので。そんな玲瓏涼やかな外見から、先々ではさぞや冷静怜悧な美丈夫になるのではと言われてもいる坊やだけれど。

 “その実、内面は案外と熱血派だったりするのかも知れんしな。”

 冒頭の訳知り顔での物言いもそう。根性論を振り回すことを愚とするような、徹底した合理主義者ではあろうけど。一皮剥いたら…案外と、夢見がちな理想主義者だったりしてなと。要領が悪い自分なんぞに、いつまでもいつまでもくっついててくれる小悪魔様へ、こっちこそ離れがたい何かしら、感じてやまない自分を自覚する葉柱で。


  ―― なに ぼ〜〜っとしてやがんだ?
      別に。今日も暑いなぁと。
      カメレオンって暑いのには強いんだろ?
      どうだかな、あんま動かねえでいるとかいうしよ。


 カメレオンってところは認めてやんの、そんなもん今更だろがよ…と。やっぱり笑える応酬が絶えぬお二人さんであり。どのタイミングで食器やら下げに行ったもんだろかと、篠宮さんやメイドの皆様、吹き出しそうな口許押さえて困っておいで。セミも呆れてかどこかへ飛び立ち、青空ひろがる真夏の昼下がりには、閑とした静けさが訪れるばかり……。



     
残暑お見舞い申し上げます




  〜Fine〜  08.8.13.


  *何てことない夏の日を書いてみました。
   何げに一緒にいることがもはや当然となってる二人ですが、
   坊やへのお父さんからの構って攻撃はもう収まったのでしょうか?
(笑)

  *依然として暑い日が続きますね。
   こういう時は暑いものとか辛いものとか言いますが、
   猫舌で辛いものにも限度のある人間は
   一体どうしたらいいんでしょうか?
(訊かれても)
   今週末はいよいよの夏の大祭、皆様にいい出会いがありますようにvv

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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