青梅の時期に降る長雨は、時として夏に入っても降り続く年があり。
『そも梅雨という雨はの、
この日之本の国という細長い島国の上空で、
北の大陸から吹き降りる寒気と、
夏場の湿気の多い気団とが、
ぶつかり合うことで生じるのだからして。』
その拮抗、押しくらまんじゅうが長引けば、
雨の時期もまた長引く。
大概は、東南から張り出す夏の気団が圧し勝って、
それがそのまま夏の到来ともなるのだが。
その勢力が弱い年は、
冷たい気団にいつまでも圧し勝てぬままとなり、
鬩ぎ合いが続くことから雨もなかなか降り止まぬ。
「だ〜〜〜っ、
鬱陶しいじゃねぇか、このやろがっ!」
ついの昨日は、久々に晴れて。
そしたらそれがまた、とんでもない暑さを発揮した。
天もまた焦れてやがったか、それとも暴走か?
どんくらいの気温だったか案配が掴めなんだか?
いや待て、本来のこの時期はあのくらいの暑さだったさ。
だってもう立秋になろうかって頃合いだ。
ただ、ずっと雨催いだったんで、
ホントならこんなにも暑い時期だってことへ、
体が慣れてなかっただけ…と。
「そういえば、そんなお話もしましたねぇ。」
その折は、あまりの暑さに、
『だ〜〜〜っ、
暑苦しいじゃねぇか、このやろがっ!』
確か確かそんな雄叫びを、
畏れ多くも天に向かって、
怒鳴ってたお師匠様じゃあなかったか。
降っても照っても、暑くても寒くても、
何がしか不愉快だと、
相手構わず噛みつくのは相変わらずで。
誰だって不快ですともというのの、
肩代わりをして下さっているものと。
そんな風に思や、
大人げない態度も癇癪も、むしろ可愛い頑是なさ。
ひねくれてるなんてとんでもない、
何とも素直に正直に、
真っ直ぐ生きてるお人だななんて。
そうまで思える、不思議な御主様。
「もしかしてこれって野分なんでしょうか。」
「さてな。何も秋にしか来ねぇってもんじゃあねぇし。」
いくら俺様でも、天の采配まで動かすのは無理な相談だからと。
やや寝不足気味に据わった目付きになったうら若き術師殿。
うなじをほりほりと掻きつつ、面倒そうにこぼしてのそれから、
「崖っ縁の土地や切り通しの道は、
水を吸い過ぎての脆くなってるかも知れぬ。」
近道だからと、そういうところ、選んで通るのはしばらく避けな。
こういうのはやっぱり古人の知恵で八卦なんかじゃないのだが、
ガキんころはこういう独り言、
あきんどや百姓に吹き込んじゃあ、
よく当たると信用されて結構重宝したもんだ。
そんな言いようをし、うくくと可笑そうに笑った青年の、
片方だけを立て膝にした座りようの向こう側。
広間の奥の、几帳を立て回したご寝所が仄かに見えて。
“…ああ、そっか。”
昨日のいきなりな灼熱猛暑に、
誰かさんが体調不良を起こしたのかも。
基本、頑丈でおいでな侍従殿だが、
その本質は本来、外気温に翻弄される変温体だそうで。
『暑いのこそ得意なんじゃあなかったのかよ。』
『…うっせぇな。』
俺は時期外れに生まれた変わりもんだからよ、
寒いのに強ぇえ分、こっちの調節は下手なんだ。
そんな風にお言いだったの、
もしかしてあっさりとは、
聞き流せなかったお師匠様だったのかしらねと。
朝から降り止まぬ雨、
以前ほどには不快そうじゃあなくの見上げておいでなの、
小さく微笑って、でも迷惑そうなお顔もしつつ、
付き合って差し上げる書生のセナくんだったりするようで。
―― でもでもお師匠様、あんまり悪態ついてると、
今日も降りて来てない くうちゃんの耳にも届くかも。
それがどうした。
父上様に 雨あめ やましてなんて、
困ったおねだりしたらどうします?
う……。
〜Fine〜 09.08.09.
*台風になったらしいですね熱帯低気圧。
こちらは、打って変わっての今日は雨で、
でも、昨日のあの、
冗談はよせという猛暑よりかは助かっております。
何だか変な夏ですね。
これ以上の被害が出ませぬように。
めーるふぉーむvv 

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