Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “緑のお山の”
 


カエデには
若葉の段階で既に深い深紅の葉が萌え出る種類のものもあり、
この時期の様々に鮮やかな新緑の中にひょこりと混ざっていると、
おやと驚かされもするけれど。
強くなりつつある陽射しを受け、
鮮やかな紅色と、その陰の深色の紅が折り重なって、
そちらもなかなかに趣きがある。
目映い陽の中、気温も上がり、
涼しい風が吹いては梢を揺らす光景が、
見た目にも何とも爽やかではあるが。

 「…っ。」

そこへ何をか感じたものか。
狩衣の提げ緒の下がった袖をひるがえし、
鋭い所作にて振り向きざまに、
白い手へ構えていた、両端が尖った仏具の“独鈷”
さくと素早く振り抜けば、

  ―― ひょっ・かちり、と

風を切った音に重なり、何かしら堅いものを打つ音がして。
真っ赤な葉をたわわにつけたカエデの小枝が、
力なく かさりと地に落ちる。
見ていた人があったなら、
動けぬ相手へ何と無体なと眉をひそめたかも知れないが。
足元へ落ちたその小枝から、
ばささっと弾けるように飛び立った気配があり。
しかもしかも、

  スズメのような大きさの塊が、
  ぱかりと上下に分かれると、
  そのまま ぎらりとした牙を剥いた日にゃ

 「文字通りの、刃向かうかの。」

実は裏表に薄刃が重なっていた独鈷、
真ん中の要を支点にし、十字になるよに かちりとずらすと、
それをそのままぶんと投げれば。
相手がこちらへ飛び掛かるより微妙に先んじて、
弧を描く切っ先が相手へと横様に襲いかかりたそのまんま。
かかっという硬質な音と共に
怪異が真っ二つに裂かれての、宙空にて霧のように蒸散する。

 “昼日中からでも、こうも動けるのだな。”

弧を描いた末に戻ってきた得物をその手へ受け止めつつ、
こんな小者だのになと、
正体さえよくは判らなかったが、
攻性は満々だった妖異の敵意を瞬殺で退けた陰陽師殿が、
やや感心しておれば、

 「蛭魔。」

傍らの椿の生け垣をがさりと左右に押し割って、
そこから ぬうと出て来たのが、
今日は黒い狩衣姿の、従者にして蜥蜴の惣領の葉柱で。
結構な図体の彼が なかなかの強引さで為した無体だったが、
まるでそこから滲み出してでも来たものか、
生け垣にはどこにもほつれや枝折れなどがなく。
そこがさすがは自然の側の存在たる由縁なのだろうに、

 「いきなり出て来るな、びっくりするだろうが。」

何でそんなものを持っていたものか、
薄いとはいえ板を連ねた格好の桧扇を、
しかも閉じた格好の棒状態のままで振り下ろすところが、
相変わらずに容赦がない御主であったりし。

 「痛てぇだろうが

何しやがるかな、この乱暴者がと、
順当に不平をこぼしつつ、ぱしりと打たれた黒髪をさする彼を見て、

 “ちゃんと当たるように、微妙に頭を下げといて言うかな。”

何だかなぁと呆れたのが、この裏山の物怪らの総督のようなもの、
伏見一帯の蛇の眷属を取りまとめている、
阿含という通り名の蛇神で。
何かこれという神の使者というより、
本人に神通力が宿っている種の存在なのだが、
どちらかというと人より地に憑き、人へは罰しか寄越さぬ性なせいか、
悪神や祟神とされる地も少なくはなくて。

 だっていうのに
 こちらの神祗官補佐様と来たら

人の和子でありながら、
初見のころから それほど忌み嫌いもしない態度でいたりし。
蛇神からいや、その図々しさから始まった付き合いは、
もはや“腐れ縁”にまで育っているよな深まりよう。

 「おお、あぎょんか。待たせたな。」
 「待ってもないが、殴っていいか

もはや自然な呼称にしている“それ”は、
彼のところに居候している仔ギツネ坊やが、
舌が回らぬ身ゆえに使っている呼び方なのであり。
その子をどれほど甘やかしているかの、
揶揄以外の何物でもないのだが、

 「俺に手ぇ上げると、こいつが黙ってねぇぞ。」

ぐいと衣紋の襟首掴んで、
自分の傍らにいた葉柱を振り回し半分に相手へ突きつける辺り。

 「…お前も一度くらいは、不満とか表明すれば?」
 「うっせぇなっ

もはや蛭魔本人へ何を言っても通じまい。
せめての腹いせ、そこまで言いなりにならんでもと、
蜥蜴の総帥さんへ忠告を飛ばすことで、
余計な世話だと怒らせて、
わずかながらも溜飲を下げられた蛇神様。
房に分けて縄のように綯った髪をゆさりと振ってお顔を上げると、

 「この春は、急に暖かくなったり、
  その反動か寒の戻りも強かったりしたせいか、
  山の生気にも場所による濃淡が激しゅうてな。」

目映い陽を弾くほどの発色のいい新緑が、
固まって萌え出ている茂みなんぞは、
やわらかそうな健全な温みに満ちてもいるが。
先程 何だか怪しい者が潜んでいたような、
瘴気もどきが たゆたっている木陰もあったりするのだとか。

 「成程の。そのまんまでは、くうや こおを招きも出来ぬか。」

小さな成りでも天狐の総督の子、
時に驚くような力を発揮しもする くうではあれ。
木の芽どきの、濃い精気を得た怪異が相手ともなれば、
何が憑いてのどんな支障が出るやら、

 “敵無しの強さ持つ自分では想いもつかぬから…とは、
  こたびばかりは皮肉な話よの。”

そも 他の存在のことならば。
小さきものでも容赦はしない、
危険も嗅ぎ分けられぬ奴など
どうで長生き出来ゃせぬだろうよと、
冷酷にも捨て置くだろに。
恐れもなくの向こうから懐いてくれた仔ギツネさんへは、
妙に甘い蛇神様であり。
お前のところの和子らであろうが、
退治一掃に手を貸せと、
裏山に巣くうた微妙に小者の妖異の駆逐を、
術師の青年へも持ちかけて来た可愛げへ、

 “面と向かって爆笑せぬのだ、
  悪じゃれ言うくらいは大目に見ろって♪”

さて、どの辺りがあの子らの遊び場だ?
地の精霊らへはお前が重々言い聞かしゃあいいとして、

 「あの子らをお前の弱みと思われては、
  俺らも迷惑だからな。」

 「う…。」

此処での勢力争いへ巻き込まれかねぬとか、
お前への怨嗟を筋違いにもぶつけられては洒落にならぬとか、
こちらからも、
それなりの建前にと見捨てておけぬ理由を持ち出し、
だから手を貸すのだからなと持ってく辺り。

 “こっちも 素直じゃないところはいい勝負かも知れんな。”

だとすれば、言い訳の小道具にされた格好の蜥蜴の惣領さん。
どっちもどっちの意地っ張り二人、
面倒臭い奴らだよなぁと、
それは客観的なご意見でもって すっぱ抜き。
そんな彼がひょいと見上げた、木立の向こうの青空を、
これまた今年は早い到来のツバメが、
つーい・しゅんっと翔ってった初夏の午後……。




   〜Fine〜  13.05.13.


  *いやもう、暑いですよね。
   朝から既に陽も強く、
   昼になる前に、半袖を引っ張り出してしまいましたよ。
   そろそろ、骨折の後始末、
   ボルトを抜く手術の入院が迫っているのですけれど、
   暑い中でベッドが変わるのはちょっとヤだなぁ。
   (…って、子供か)


 めーるふぉーむvv
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