Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “新緑の中”
 


桜に沸いた空気も落ち着き、
春の長雨も、さほど冷たいそれではなくなれば、
幼い若葉があちこちで萌え始め、
それは清々しい新緑の季節が幕開けとなる。

 「木陰は涼しいですが、
  陽向では汗ばむほどの日もありますものね。」

女性の仕丁らが川端でお洗濯をする様子にも、
朗らかな笑い声なぞ入り混じるせいか、
何とはなくの華やぎが加わるし。
まだまだ若い葉ばかりの柳が揺れる下、
帯上げ前の幼子らは、着物の丈が短いのをいいことに、
はやばやと瀬へ踏み込んで、ばしゃばしゃとはしゃぎ始めもし。
自分たちはそうはゆかぬ大人らが、
そんな涼しいやんちゃを微笑ましいというお顔で見守っていたりするのも、
この時期ならではのことで。

 「そういや、くうちゃんはお水って平気だっけ?」
 「う?」

ふわふかだった冬毛も いつの間にやら、
夏のしっかとした毛並みに変わっておいでの仔ギツネさん。
そのまま笹で巻いたらチマキになりそうな、
上新粉製の甘い餅菓子を手に、
瀬那くんからの唐突な問いかけへ“うや?”と小首を傾げておいで。

 「浅瀬での水遊びは平気だよな?」
 「お風呂も何とか。」

イヤよイヤよと大逃げなさいますけどねぇと、ツタさんが苦笑をし、
えへへvvとご本人もあっけらかんと笑っておいでで。
まま、神様にお仕えするという天世界の精霊ぽい存在なのだから、
何ならそれなりの咒でもってお清めは可能なのかもしれないが、

 「菖蒲のお風呂にも入ったしねぇ。」
 「うっvv」

青い香がした すうすうしたお風呂だったのと、
嬉しそうに頷く坊やではあったれど、

 「この時期に、
  菖蒲湯に入るとかチマキを食べるとかいった
  節季の行事があるのは やはり、
  季節の変わり目だからでしょうか?」

書生のセナくんとしましては、
単なる風習じゃあないぞ、
ちゃんとした理由で裏打ちされているのだぞというの、
知っておきたいらしくての問いかけだったようであり。
青みを含んだ白小袖に藍の袴という、
初夏向きで清しい色襲(かさね)を選んでまとい。
広間の濡れ縁に胡座をかいての座り込み、
早生のそれだろソラマメを、
ザッと湯がいたのを器用に剥きつつ、
蛭魔が応じての曰く、

 「まあ、一月一日だの三月三日だの、
  奇数が重なる月と日を
  用心しろよという特別の節季にしているのは
  おおよそそんな事情からでもあるのだがな。」

ちょっとした年中行事なんてものじゃあなく、
国事としての重要な儀式として、
そういった習わしも司るお立場の神祗官補佐としては。
行事のそもそもの由来や何やにも、重々通じておいでであり。
それこそ このシリーズでも、
あちこちで耳にタコなほど持ち出してもいる話題だが、

 「ただまあ、この時期のあれやこれやは、
  季節の変わり目だから用心しろよってこととか、
  単なる衛生上の問題ってだけでもないのだな、これが。」

 「はい?」

直前まで寒さに縮こまってた身、
風邪を恐れてのこと体を温めようという態勢でいたところへ。
だってのに、いきなり冷たいものを食べたなら、
体の方がついてけなくて体調を崩すかも知れぬという用心やら。
蒸し暑くなり始める頃合いだから、
ひんやりした口当たりのいいものをついつい求めがち。
煮炊きしたての温かいものじゃあなく、一旦冷ましたものや、
刺し身のような生まものが好まれ始める時期でもあるが、
そういったものは よーく洗うか火を通すか、
よくよく気をつけて食しなさい。
冷ます手間を惜しんでのこと、長い間を放っておいたものなぞは言語道断で、
口にするのは控えなさいと。
そういった注意を喚起するがため、
殺菌性の高い笹で包めだの、菖蒲の湯に浸かって体を清めよと
風習だの習わしだのを通し、広めているばかりでもないらしく。

 「例えば、
  木の芽には栄養もたんと含まれているが、
  それと同じくアクも強い。
  よって食い過ぎると、
  体に合わずに粘膜が腫れたり、腹を壊したりもするのだし。」

 「あ。」

言われて思い当たるものがあるものか、
セナくんがすぐにも聞き返したのが、

 「たけのこもでしょうか?」
 「まあな。」

よく思い当たったなと、
褒めたいような苦笑とともに、大きく頷いた蛭魔であり。

 「新鮮なのは生でもいけるなんて言うけれど、
  本当に新鮮かどうかなんてのは、
  長年世話をしている竹林の主にしか判るまい。」

実は少し薹が立っていたものを、
素人が勝手に生で食うて、腹を壊したという話も訊かぬじゃないしの、と。
どこで聞いた話なのやら、小意地の悪そうなお顔になって言ったその後で、

 「ただまあ、ウチで出されるものは
  しっかりアクも抜いてあろうから問題はないだろうが。」

 「はいvv」

信用のおけない者が手掛けたものなんぞ食えるかと、
そんなお言いようじゃああったれど。
実のところ、
こちらの賄いのおばさまへの信頼がどれほどかという裏返し。
判っていても指摘はしないのが暗黙の了解と、
そこは書生くんでさえ重々承知で、
お師匠様ったら可愛いなぁなんて、
余計な余裕まで出て来ておいでだったりするのだが。

 「あとは、この時期だからっていう、物怪の跳梁だな。」
 「…………はい?」

意外というか、
これまでの学びの中には覚えのない話がいきなり飛び出して、
セナくん、キョトンと目を見張ってしまったが、

 「あのな。
  アクの強い、精気に満ち満ちた新芽や木の芽は、
  何も人や動物だけが喰らう訳ではないのだぞ?」

おいおいおいと呆れつつ、
ただでさえ吊り上がり気味の切れ長な目許をますますと、
細めつつの眇めてしまわれたお師匠様の言うことにゃ、

 「そこへと宿る濃厚な生気は、怪異にだって御馳走だってもんでな。」
 「あ……。」

さわ…と 丁度吹いて来た青風に、
庭の向こう、漆喰塀の上から覗いている立木の梢の若葉が揺れて。
それが何だか、正体不明な妖異の影のようにも見えて。
選りにも選って、くうちゃんの方がセナくんのお膝へと、
怖いようと言いたげに こそり擦り寄ってったのが、
居合わせた大人たちには苦笑を誘った一幕で。

 「まま、そういったもんで勢いついた輩をな、
  蹴り倒してくるのが俺らのお役目だってことだ。」

 「あ、はいっ!」

不安に感じることはねぇぞということか、
にんまりと不敵に笑うと、
それは頼もしく言い放ったお師匠様ではあったれど。

 “な〜んか暴力礼讚に聞こえるのが問題だよなぁ。”

それこそ今更じゃああるけれど、
文官の代表なのにそんでも良いのかねぇなんて、
他でもない黒の侍従さんがついつい思ってしまったのも、
それこそ余裕からのことかも知れぬ。
まばゆい陽を受け、不揃いに伸び放題のサツキの茂みが
そりゃあ初々しい若みどりに濡れていた、
五月皐月の とある昼下がりでありました。





   〜Fine〜  13.05.06.


  *陽向にいると暑いけれど、
   かと言って木陰に入るとシャツ1枚では ちと涼しい。
   そういう面倒臭い頃合いになりましたね。
   紫外線が強まるのもこのあたりからで、
   化粧品関係のDMメールが殺到して届きます。
   おばさんは もはやあんまり気にしてないんですけどもねぇ。


 めーるふぉーむvv
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