Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “そういう人”
 


端午の節句は初夏らしい気候が続いたというに、
一転、朝晩が妙に涼しい以上の冷えようになったり、
曇天の間合いが増えたりすると、
ああそろそろ、梅雨が近いせいだなと、
皆さん何とはなく察するのが、
ここ日之本じゃあ あるのだけれど、

 「それでも、その合間の晴れ間は、
  新緑も奇麗で清々しいものですよね。」

 「そうだね。」

まだ蒸し蒸しとまでは至らない中、
ちょっぴり緑の香をはらんだ風がそよぐと、
それは心地がいい、案外と過ごしやすい季節でもあり。
一体 何の苦行かと思うよな
真夏の日照りや蒸し暑さが来る前に、
せめて この過ごしやすさ、
爽やかな芽吹きの香りを堪能しておこうということか、
宮中行事もたんとあり、

 「くどいようですが、平安時代と現代とでは暦もずれますしね。」
 「そうそう。陽暦だと、今が皐月だし。」

ですよね。
帝が邪よけの菖蒲を献上する端午の節句も、
その宴で群臣らが薬玉を賜るのも、
やはり邪気除けにと
賀茂神社で近衛による競馬(くらべうま)があったり
騎乗のまま矢を射る“流鏑馬(やぶさめ)”をしたのも、
実は今頃の時期だったのであり。

 「平安時代の六月といや、
  神祗官が天神地祇を祀る“月次祭”があってのち、大祓だね。」

宮中の穢れを追い出し安穏を祈る儀式で、
ええ、はい。
それって年末じゃあないかと思われたでしょう?
用意のいいお宅の大掃除じゃあないですが、
年末とそれから 年の半ばにもやったんですって。
しかもしかも、
地域の絆あってのお祭りでもなければ、
町起こしのイベントでもなく、
歴とした“国事行為”だったので、

 「これらばかりは、
  宴嫌いな蛭魔だとて出ぬ訳にも行かぬしな。」

帝は国を作りたもうた神々、天照大神の子孫であり、
よって、国事行為もほとんどが、その父や祖先たる“神様”へ捧ぐもの。
国家公務員の上級に位置する神祗官は、
身につけ修めし天文学やら暦学、方位学を総動員し、
采配の責任者として、吉日を定め、恵方を紐解き、
古来よりの作法を教え説き…と。
決して軽んじてはならぬことへの舵取をせねばならぬので、
これで結構 通年で忙しく。
日々の政治向きやら権勢争いやらには関わらぬとする人物でも、
影響力は少なくはないため、
同じ血筋や家柄で職位の後継までも決める風潮が落ち着きつつある昨今、
ぜひとも我らが後押し致しましょうなんていう、
見返りほしやの面々が近づいて来るのが

 “はっきり言って面倒臭いのだけどもね。”

やれやれという苦笑をこぼされるのも、
ここが気を抜いていられる友の屋敷であるからかも。
随分と老齢な父御の後を継ぐ身なのは明白だからか、
若いのに冷めた言動をするところ、
老成なさってとか達観なさってとか、これは頼もしいなどと、
判って言ってるのかも怪しいごますりをされておいでの
武者小路家の嫡男・紫苑様と、その書生・甲斐谷陸くんとが、
供の一人も連れずに訪のうたのは。
一応は京の都の圏内ながら、
場末…というより、洛外境界線の真上じゃなかろうかと言えようほども、
たいそう鄙びた野辺寄りの屋敷。
会話の中に名前がこぼれた、
現 神祗官補佐殿たる、蛭魔妖一殿の館であり。
この時代でなくともの礼儀として、来訪の意を告げる文を出しておいたものの、
数日ほど うんともすんとも返事がなく。
昨日の昼下がりになって、
こちらのお屋敷の書生である 瀬那という少年が、
やはり供もなしの、しかも文字通りの駆け参じてくれて。

 『ごごご、ごめんなさいっ。』

お師匠様、こちらから頂いた文を、
読んだけど忘れてたとか、ついさっき仰せになって、
じゃない、言い出したものだから。
あのあのあの、えっと、
紫苑様には いつでもお越し下さいますようにと、

 『陸からなるべく穏便に伝えてもらえないだろか。』
 『……判ったから泣くな。』

う〜るうるうるうる、
面目次第もございません…というの、
絵にしたならば子供が左手で描いたような頼りなさ、
萎えた肩や涙目にて表現しまくりの乳兄弟さんへ。

 『何だか空気がひんやりするのは、
  あの進さんがどっかで殺気はらんで見守ってるからなんだろうし、
  そうまでしなくとも、ちゃんと取り計らうし、
  何より紫苑様とて、
  蛭魔様のご気性とか性癖とか ちゃんとご承知だから案ずるな。』

取り次ぎを頼まれた陸くんが、
約束ごとをそんなあしらいにした蛭魔へよりも、
セナの態度のほうへこそ溜息ついちゃったほどに。
これもまた ある意味で相変わらずのやり取りを経て、
今日の訪問と相成ったのだが、

 「おや。あれはセナくんじゃあないか?」
 「お…。」

門口どころか、母屋の戸口にさえ人を置かずという、
殿上人の住まいと思えぬ奔放ぶりもよう似合う、
様式も古ければ、あちこち傷んだまんまのあばら家屋敷じゃああるが。
住まう人らが伸び伸びと暮らしているのも
伝わって来そうな佇まいであり。
前庭や通り抜けの路地なぞは、
手入れこそ雑だが、
季節の草花がしっかり顔を覗かせておいでで、生気もたっぷりと感じられ。
そんな一角、ヤマブキの茂みの手前に立つ少年が
訪問者二人の目に入る。

 「セナ。」
 「あ、陸…と、
  紫苑様っ、ようこそおいで下さいましたっ!」

あわわ、すいません。
そろそろお越しかと門口へ立つ途中でしたぁと、
真っ赤になっての何度も何度も頭を下げ下げ、
失策を詫びるところも相変わらずの書生くんであり。

 「まあまあ。
  こちらとて、
  着きますよという先触れの侍従も
  いちいち出さなんだのですし。」

蛭魔さんチが色々と礼儀を蔑ろにしたとても、
じゃあこちらもと同じ真似はしないのが、
さすが武者小路さんチの次代様じゃああるけれど。
当日まで先触れをいちいち出すのは却ってうるさがられるだろうし、
何より、

 “門口に人がいないのでは、出す意味もなかろうし。”

結局、後から来た自分たちと一緒に“お邪魔します”と成りかねぬ。
そういう意味のないことはさすがに読めたのでしなかったよと、
くつくつと微笑った紫苑様。
確か蛭魔とさほど年は変わらない世代のはずなのに、
お顔へたくわえておいでのおヒゲのせいか、
それとも泰然となさっておいでの態度のせいか、
それは落ち着き払った、ずんと年上の大おとなにさえ見えて。
半島渡りか、織りの綾模様もあでやかな、
深色の襲(あわせ)でまとめられた狩衣装束がまた、
落ち着いた印象のお姿にようようお似合いの決まりよう。
周囲に大人は多いが、
生憎とこういう沈着冷静なお人は少ないものだから、(笑)
はや〜と見ほれてしまったセナくんであり、

 “いや、ウチのお師匠様が
  年甲斐のないことしまくるっていうのも
  あるんだけれど。”

それへまた、葉柱さんとか まんまと乗せられちゃうし
…って、こらこら、セナくん。
いくら内心でとはいえ、
隠しごとが苦手なあなただってのに、そんなことを思ってていいの?
どっかで他でもないご本人からカマをかけられて、
ポロッと出ても知らないぞ?(笑)

 「それにしても…。」

はややぁと惚けた後、
急に あわわと何にか焦ったこちら様の書生の坊やへ。
まあ何とはなく想像はつくものか、
そこへは触れないとした、やはり大人の紫苑様。
とはいえ、もう一つの事へは触れずにおれなんだようで、

 「そのキラキラしているのは、もしかすると精霊たちではないのかい?」
 「あ、あの…見えてましたか?」

こちらも主人同士の差異と同様、
そろそろ筋骨も青年のそれへ切り替わらんとしかかりな陸くんと
さして年は違わぬのだろうに、
こちらは堂々の童顔小柄でおいでのセナくんの。
可憐ともとれそうな肢体のあちこち、
小袖に袴姿のその肩口やらまとまりの悪い黒髪の上なぞに、
空からの陽あたりとは微妙にずれている光がチカチカと弾けており。

 「ここまで近づくと俺にも見えるぞ?」

それだけ存在感のある精霊たちだというよりも、
ぎりぎり姿を現しかけまでして
こちらの少年へ何事か訴えたがっている彼らだということ。
しかもしかも、
本人にもちゃんと把握は出来ているらしく、

 “こういうところに素養の差があんのが口惜しいよな。”

生まれもっての素養の有る無しは、
本人のせいではないことと、そこは重々判っているが。
何につけ陸の方がしっかり者で、
ついつい庇ってばかりだった弟分のセナの方が、
されど、精霊相手の“本分”では ずんと巧者なのが、
皮肉な話、才があるがゆえ 判ってしまう陸くんなのでもあるようで。

 意気地のなさげな繊細な気性をしているのも、
 妖異の気配のみならず、
 周囲にある“小さきもの”の
 気配や動静を察知しやすいようになのであり、

 “実際、意気地なし なんてことはないしなぁ。”

これで怒らせると結構おっかないそうで。
そも、根本的に弱々しい和子であったなら、

 『進が憑いた時点で、どうにか なっておるわ。』
 『……お師匠様。』

どうにかって なんですよと、
聞き返したところもまた、強腰の現れじゃあなかろうか。
なんてことを、
来訪者らがついつい想起してしまったような素養を
気張らずのごくごく自然にご披露していたご本人はといえば、

 「この子たちは僕に用があるんじゃないんですよ。」

困ったなぁと眉を下げた書生くん曰く、

 「お師匠様がついつい邪険に追い払った子たちなんです。」
 「……おや。」

それこそ、セナ以上に自然の気配からも懐かれておいでの神祗官補佐殿、
何せ、

 “蜥蜴の総帥様が、式神様としてついてるほどだし。”

そんなお人だというに、
朝一番のご挨拶にと、金の髪へ祝福の光が降りそそいだり、
白皙の額へ朝露の精霊が接吻しようと寄って来たりしようものならば、

 『だ〜〜っ、うるさいなっ
  挨拶は判ったから、もう散れ散れっ。』

白い手を振り回し しっしっと追い払いまくるものだから。

 「繊細な精霊さんたちが
  嫌われているのかしらとか、病が憑いておいでかしらとか、
  僕のほうへ聞きに来るんですよね。」

 「それはまた…。」
 「罪な話だねぇ。」

本当に鬱陶しいなら、
それなりの弊をもっと増やして、出入り禁止にしちゃうだろうに。
そうなんですよぉ、そこを説いているのですが、と。
新緑も綺羅々々しい中、
日之本の和子の中にあっても綺羅々々しさで五指に入りそうな方々が、
困ったことよとの苦笑や何やに口元たわめ、
向かい合ってござった昼下がりでございます。






   〜Fine〜  13.06.03.


  *ツンデレなんて人間同士でも判りにくいんだから、
   精霊さんには尚のこと通じなかろうね。(笑)
   葉柱さんがまた、
   そういうフォローまではしないだろうお人なので、
   (あれで一応は恐持て系の惣領さんだし…。)一応・笑
   こういう事態へは、セナくんが一人で大変なんじゃなかろかと…。


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