Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “年の瀬の寒”
 


さて、このお話では暦を今時に合わせて進めておりますが、
となれば、先月は新嘗祭だの豊明節会だのといった
神様への収穫の報告や豊饒を祝う式典などがあったのと入れ替わり、
年も押し詰まっている今月は、
十陵八墓への貢ぎ物、穂初を奉る“荷前の使”という儀式があるそうで。
他にも“御仏名”という凄涼殿の汚れを祓う儀式を経てののち、
追儺の大祓えが大みそか。
それらの準備と並行して、
各地の受領から届く産物も整理せねばならぬし、
雪や凍えで困ってはおらぬか、さりげなく黒の侍従に探らせもしと、
破天荒なお館様も、この時期はそれなりに忙しく過ごしておいでで。

 「寒いったらありゃしねぇのがな。」

忙しいのはまだ、自身の裁量やら粘り強さで何とか出来るが、
宮中にしても自宅にしても、
木枯らしがどっかから躍り込む作りの家屋なのが
つくづくと恨めしい蛭魔であるらしく。

 「遠く天竺は通年でずんと暖かいというし、
  唐の家屋は もちっと密閉されていての暖かいとか。」

 「地域にも拠るがな。」

インドも山麓側は豪雪地帯だし、
唐の宮殿も、執務の種類や官位によっては、
どどんと大仰なほど空間取ってて風通しは良かったらしいですしね。
…という意味合いのことを、合いの手として告げた侍従殿へ、

 「……っ
 「…ってぇなっ。」

どかっと蹴りが入るのもいつもの事ならば、

 「〜〜〜っ。」

蹴ったことで葉柱が後ろへやや押された格好になった分、
二人の間に距離が空いたため、
ふるるっとその身を震わせる術師様なものだから。
だあもう、こうなると判ってように蹴るなよこの短気者がと、
元いた懐ろへ、ほれと迎え入れてのくるみ込んでやり。
そんな所作のどさくさにそうなったまでと装ってのこと、
こちらの首元へ頬が埋まるようにと深く引き寄せ、
数刻前と同じ態勢へ仕切り直す二人であり。

 といっても、艶っぽい閨房の話なんかじゃあなくて

それでなくとも忙しい
宮中でのお仕事あれこれの狭間に飛び込んだ、
人へ仇なす妖異封滅の仕儀の一環。
某荒れ果てた屋敷の庭先にて、
冷たい月の光を浴びながら、
妖しき陰の匂いがする大岩を前に、早よ目を覚ませと待機中。

 「ったくよ。
  この忙しい時期に、怨嗟の呪いなんぞ仕掛けんなっての。」

結構いい歳の権門の上達部が、
栄達した同期を妬んで何かしらの咒を掛けたらしく。
たとい帝や朝廷相手のそれでなかろうと、
呪いなんてものへ手を出せば重罪に処せられるもの、
しかも見事に失敗しての跳ね返ったらしく、
堂々の自業自得、反魂の憂き目に遭っているものを。

  出来れば救うてやってほしい、と

その今帝から頼まれてしまっては、そうそう無下にも断れぬ。

 『仏心からじゃねぇな、ありゃ。』
 『え? そうなのか?』

大したもんだなぁと感心していた葉柱なのへ、
ヘッと鼻で笑った蛭魔が言うには、

 『自分の後見じゃあない筋の大臣と、懇意にしている古株だ。』

しかも、奥方の実家は随分なご意見番でもあるようだから、
今すぐどうというもんじゃないながら、
のちのち何かこじれたおりの切り札に、
恩を売っておくつもりだろうよと。

 『こんなもん、基本だ基本。』

見かけは好々爺だが、あの爺さんも結構な食わせもんだぞと、
畏れ多くも今帝へそんな言いようをする蛭魔だが、

 “とはいえ、そんな相手でも依頼されれば断らねぇんだよな。”

葉柱としては、胸のうちにて苦笑が洩れるばかり。
下手にその馬鹿ヤロがおっ死んで、
何の落ち度もない呪いの相手が恨まれんのもけったくそが悪い。

 「それに こたびの失敗では、
  寄代に使った小蟲が、
  怨嗟を吸って妖異に変貌しかけとるしな。」

弱りつつある大元の術者の生気を取り込み終えれば、
それなりの力も付いてしまうゆえ、
その勢いで他の人間の生気をも求めて、
危険な徘徊を始めるやもしれぬ。
一気に吸い尽くすまでの妖力はまだないらしいので、
この咒礎へ舞い戻ったところを、
礎石とともに封じてしまおうと構えた蛭魔だったのだけれども、

 「こんな寒空に ほっつき歩いてんじゃねぇっての。」

つか、今年のこの寒さの前倒しって一体何なんだ。
夏は殺す気かってほど暑かったしよ、
おりゃあ修行や苦行を喜んでこなして実にするような、
堅物な陰陽師じゃあねぇっつうの、と。
神祗官関係者としてそれってどうよというよな自慢、
拳をぐうに握り、大威張りで力説しておれば、

  ――― こおぉおおぉぉぉ……っ、と

どこからか、陰鬱な響きが大気を震わせつつ、
彼らへと近づいて来たようで。

 「お待ち遠うの相手が戻って来たようだぞ。」
 「おうさ。」

待ち兼ねたぞこの野郎と、
ある意味、いい感じで
沸点まで気力が満ち満ちておいでの陰陽師様へ。
ほれと、ずっと背中へ担いでいた魔封じの白弓を手渡し、
だがだが、自身の懐ろからは離さぬまんま。
弓へ矢をつがえての、半身になっての腕を引き、と
矢を射る態勢を取りつつある蛭魔なのを、
邪魔にならぬよう、だがだが、風に晒して冷やさぬよう、
絶妙な息の合いようで影のように寄り添うたまま、
補佐する葉柱も大したもので。

 「……っ、せいっ!」

冷たく冴えた月の光の中、
羽虫にしては随分と肥えて、子犬ほどもあった妖異へと、
禊斎重ねし破魔の矢を射込み、岩へと突き立てそこへと封じる。
咒弊を取り出す所作さえ、
寒うてかなわんと、ややぞんざいだったのを。
おいおい、それでは…と窘める従者の胸元へ、
ぼすんと飛び込み、後言を封じて、

 さぁさ、帰ろう暖かい我が家へ。
 こことあまり変わらぬほど隙間風は凄まじいが、
 笑顔のかわいい家人らが待っているし、
 美味しい夕餉も湯気立てて用意されていようから。

一刻も早くとのおねだりへ、
しょうがねぇなと苦笑をこぼし、
大きな御手にて宙へ印を結んだ蜥蜴の総帥。
たちまち二人ともが夜陰の中へとその身を溶かし、
あとはただただ風が吹き行くばかりなり……。







   〜Fine〜  13.12.15.


  *一月下旬の寒さだそうですね。
   夏の酷暑といい、なんでこうも極端から極端なものか…。


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