Little AngelPretty devil
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “秋霖 月にかかりて”
 


そういえば久し振りの雨だと思う。
今年は春から何だか妙な気候続きで、
妙に暖かいのが前倒しだったり、
そうかと思えば、冷たい雨がいつまでも続いたり。
夏は夏で、近畿一円はただただ暑かったが、
他の地域じゃあいつまでも梅雨が明けなんだり、
やはり早すぎる台風が暴風雨をもたらして早苗を流したりと、
好き勝手の蹂躙をし倒したのは、まだ記憶に新しい。
市井の陰陽師などが中途半端な雨乞いや何やを失敗した挙句、
怒り狂った土地の者らから私刑を受けた話も冗談抜きに少なくなく。

 “しかもそん中には、
  民に化けてた妖異が交じってて
  手ひどい仕打ちを煽ったって笑えねぇ話もあったらしいが。”

やっと涼しくなって来た宵が、
昼の内に降った雨のせいか一気に冷え込んで。
小袖に単
(ひとえ)だの狩衣だの、
下も大仰な指貫だの重ね着る式服の厚みが、
やっと相応になっては来たものの。
雲間から現れた望月が降らせる青い光を浴びて、
その白い頬が月の分身のように輝く様に、

 「……っ。」

風にざわつく竹林の足元から、
何かに追われるように飛び出して来た小さな童子が、
行く手に立っていたこちらに気づいたそのまま、
ひいと怯えて立ちすくんだのへ、

 「ああ、怖がるな。こんな見栄えだが、一応 人だ。」

自分を立てた親指で差して、そんな風に言ってのける方もたいがいだが、

 「こんな時刻に出歩くとは、貴様の方こそ怪しいな。」
 「お師匠様、お師匠様…。」

身をかがめて、怯んだままの幼子へ、
吊り上がった双眸にとがったお耳という おっかない要素つきの
過ぎるほど整ったお顔を差し向ける、
術師様も相変わらずに人が悪いまんまで。
まだ帯び上げ前なのだろう、
膝までの短さで帯もない紐くくりの着物という身なりの
それは小さな男の子。
何かから逃げて来たという風情であり、
割って入った瀬那の方がすがりやすいと思ったか、
わぁんと半分泣きながら、
そちらも最近は狩衣をまとうことが増えた
小さいお兄さんのお膝へとしがみつく。

 「坊やの村はどっち? もしかして、西伊の村かな?」

サイという発音へ うんと頷いたのと、

 「襟足にまじないの灰か。
  坊主、子供だけ集められてたトコが襲われたな。」

セナが抱え上げたことで目線に入ったのだろう、
粗末な着物の後ろ襟をやや乱暴にちょいと引き、
ちろりと目許を眇めてそうと訊けば、
怯えながらも何度も頷くものだから、

 「ちびはその子を連れて社まで下がれ。」
 「ですが…。」
 「どの道、その子を庇っていてはお前も動けまいよ。」

力なき子供と共に安全なところへ引けと言われて、
そこは言い返したくもなったらしいセナだったが、

 「進を呼び出して護陣の橋頭堡を構えよ。」
 「あ…。」

子供を守るためとそれから、
蛭魔が調伏の中で使うやも知れぬ“足場”を構えよという指示であり。
アテにしてない訳じゃないと、
にっかと笑った師匠だったのへ、はいと大きく頷いて。
護符を貼った独鋸を逆手に構えつつ、
抱えた坊やごと、
向背の、こちらは野生のニシキギの薮へと突き進む彼で。

 「…追い払うのが上手くなったよな。」
 「ふん。」

以前だったら、
四の五の言うなと師匠風を吹かせての強引に引かせていたものをと。
ニシキギの茂みの中から滲み出すように現れた男が小さく微笑う。
漆黒の髪に深色の双眸という取り合わせの風貌は、
術師よりも余程のこと、この日乃本の民らしかったが、
研ぎ澄ましたような冴えた鋭角を呑んだ瞳には、
人には非ずとする形の虹彩が瞬く。
こちらは直衣と袴といういで立ちの彼で、
だが、そのすべてが夜陰に紛れやすい深黒で揃えられており。
躊躇することなく膝を地についての、蛭魔の傍らに身を置いて。
再び訪れた静寂へ、黙って耳を傾けておれば、

  さくさくさわわ…、と

先程の子供が飛び出して来たのと同じ竹の株を踏み越えて、
明らかに怯えていよう幼子が、
まるで幻で繰り返しを見るかのように慌てふためいて飛び出して来て。

 「たすけ、てっ。おかあが、おとうがっ。」

どれほど恐ろしい目にあったやら、頬には涙があふれて痛々しいし、
叫ぶ声も、息継ぎをし忘れての途中で噎せてしまう懸命さ。
やはり粗末な身なりの子供で、
この先の農村を襲う妖異の暴虐は
月の巡りに関わりなくなりつつあるようだと知れて。
怖や怖やと泣いて怯え、
やっと会えた人へすがりつく様は、それだけで胸を衝かれる可憐さだったが、

 「坊主よ、お前どこの里の子だ。」

風にはためく厚絹の衣紋。
その絹鳴りの音に紛れかねぬ訊きようだったが、
お膝へ抱き着いた和子は、お顔を上げると真ん丸な眸で見上げて来つつ、

 「サイの村だ。」

そうと答えたその途端、蛭魔の手から樒の束がばさりと落ちる。
つややかな葉をたわわにまとうこの樹は、
祭祀に用いられ、葉や樹皮から抹香を作りもするが、実が猛毒で。

 「効かぬとは おかしいの。」
 「……っ。」

咒を連ねた弊を恐れぬは、妖かしではない証しにもなろうが、
葉の間に隠れていた棘にはその毒が塗ってあり。

 「人の和子なら、大騒ぎをしておるはずだがの。」
 「お前、なんてまた危ない見分けを仕込むかな。」

 何だ、気づかなんだか?
 何がだよ。
 サイの村なぞ此処いらにはないぞ。
 え……?

 「先程の和子は、俺の仕込みだ。」

セナちびにそうと訊けと言ってあったがな、
そんな地名は発音が似たものさえないし、あったとしても、

 「今宵は絶対に出歩くなと、
  帝からの厳命を里ごとに勅使が伝えておるからな。」

それが届いておらぬよな、
山小屋に寝泊まりしている樵の親子でも、
だったらだったで、こんな夜更けにたった一人でうろつくものかと。
大威張りの陰陽師殿が、
どんどんと明るくなる月光のした、冠のように煌く金の髪を夜風にけぶらせて、
小さな和子をそれは意地悪な双眸で睨ねつける。

 「邪に襲われた幼子の振りで すがって来て、
  匿われた相手を襲う手の込んだ輩が出るそうでな。」

 「……っ。」

たとい邪妖とその身がばれても、
小さきものが怖ず怖ずと怯んで見せれば、
徳の高い術師ほど、
何となれば自身の咒で何とでもなろうと、
気を許しがちにもなるらしゅうてな。
“窮鳥 懐へ入れば猟師も殺さず”なんて言われを悪用した、
結構 頭のいい手合いだが、

 「相手が悪かったな。
  第一、俺とこいつとがいるのを見て、
  迷わず俺へ飛びつくなんて、お前。」

がああっと耳障りな奇声を吐きつつ、
その口許から鋭い牙を剥いた邪妖だったが、

 「そいつを喰らうのは止めときな。」

開かれた口のつっかい棒よろしく、
鋭い刃がそれは素早くすべり込んでおり、
牙のすべてを押さえとどめている見事さよ。
葉柱が延ばした瞬殺の小太刀がなした早業で、

 「腹ァ下すぞ。」
 「言うに事欠いてそれか

にべもない相棒へ、こちらも同じくらいの斟酌なしに、
ギロリと殺気を込めた一瞥を寄越しつつ。
真っ直ぐ伸ばした人差し指と中指にて、宙に印を結んでののち、
その指先を、もはや単なる妖異でしかなくなっている存在へ差し向ければ。

 「あ……」

月光に濡れて青々と、その身が掠れてゆき、
そのまま夜陰に溶けるように消えてゆく。
忌むべき者も去るときは等しく、如来の慈悲が包むものか、
それはそれは静かな消滅で。

 「忘れてるようだが、俺は神祗官補佐だ。」

うっさいわね、セナくんに独鋸持たせてるくせに。
あれって仏法の密具じゃないのよっ。
脱線したいかのよな言いようを持って来たのはもしかして、
しんみりするのは柄じゃあないからと言いたいか、それとも、

 「案ずるなよ。
  俺の眷属には人の生気を吸うよな威勢のいいのはいねぇから。」

 「…うっせぇなっ。////////」

たとい眷属にはおらずとも、
同じ邪妖のはしくれが、それを成敗する和子の手下とはと、
要らぬ妨害受けてやせぬか、ちらと気になったからだなんて、

 “口が裂けても自分からは言うまいよ。”

それこそ どんなに月の光がまばゆくとも暴くなんて無理な相談と、
精悍なお顔を仄かに染めるよに、男臭い苦笑をこぼす葉柱へ。
口許歪ませた術師の青年、
余計な世話だと早速の蹴りを飛ばしつつ、

 「とっとと帰るぞ、おいっ。」
 「ああ。そうそう、セナ坊には何て申し開きをするのだ、お前。」

邪妖へこちらの段取りを盗ませる罠、
先に小さな和子を飛び出させた“仕込み”のことを揶揄する彼なのへは、

 「さてな。
  夜風が寒かろうからと、小豆雑煮を用意させてあったから、
  それ食ってもう寝てるかも知れぬぞ。」

 「………おい。」

さすが、そういう方向へは周到なお館様なようでして。
まあまあ仲良くお帰りなさいよと、
頭上の天穹から見下ろす望月が、
呆れたように吐息をついた秋の宵…。





   〜Fine〜  13.10.15.


  *相変わらず手際はいんですが、
   たまに侍従さんに甘い脇を衝かれることもなくはない
   おやかま様らしいです。
   恋仲なんだもの、そのくらいの可愛げはなくちゃあね?(後が怖いが…)


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