さてもさすがに、お彼岸を迎えた京の都では、
いよいよの春がやってくる気配も色濃くなりて。
ぽかぽか暖かくなったり、そうかと思や冬の風を吹かせたり、
思わせ振りにじわじわと、来ては戻りつしていたものが。
昨日今日と、雨上がりなのにそれでも暖かなまま、
過ごしやすい日和が落ち着いていて。
まろやかな陽を浴びて、
筆の先から滴り落としたように転々と
雑草ながら、それでもやわらかな緑の新芽が、
庭のあちこちへお顔を出してもいて。
「大路の市でも、野草や山菜の品揃えが増えておりますよ。」
「そうか。春の山菜は揚げると美味いよな。」
テンプラが登場するのは江戸時代じゃないの?と思うなかれ。
日本最初の菓子は、神前へ供えた“揚げ菓子”だったそうで、
高温の油で揚げるという調理法は、
唐渡りらしいとは言え、存外古くから日之本にもあったらしい。
“まま贅沢品には違いないんだろうがな。”
油といえば、大量の原料を圧搾して絞るものゆえ、
そう簡単には多量に生産することもままならず、
この時代では燈明用が優先されよう品であったのだろうが。
調理用や食用に使うのならば、
動物の脂肪をじんわり焼いて溶かし出したものこそ、
特段に美味い…という知恵までお持ちのこちら様。
既に仏教が定着してもいて、
四ツ足獣を喰らうは野蛮という、風潮やお達しが出るのは…いつからか。
他の陰陽家ではどうだか知らぬが、
そういった獣へ宿る妖かしも、相手をせにゃならない関係もあってのこと、
当家では特に厳しく“忌むもの”とはされておらずで、
「それでは、今宵にでもご用意しましょうね。」
賄いのおばさまも もはや慣れたもの。
実は荒ごとも多いそのお務めに、
特段の精力が要る皆様なのだからという理解の下。
猪や兎、鷄に鴨に野鳥まで、
鮮やかに捌いてしまわれる腕と度胸はマタギばりなので、
油の用意も心得ておいで。
主人の蛭魔と書生の瀬那とで向かい合い、
湯づけなどとはかったるい、
朝からしっかりおむすびと川魚の佃煮や総菜を食しておれば、
「…っ、おやかましゃまっ!」
ふかふかな頬に甘色の髪を引っつめに結い、
小袖に袴を着付けた 人の和子の姿だが、
その割りに四肢を地につけての必死で駆けて来たらしい、
当家預かりの仔ギツネ坊やが、広間前の庭先へと飛び込んで来て。
「…っ!」
「くうちゃんっ!」
濡れ縁に下がっていたツタさんが真っ先に駆け寄り、
手にしていた濡らした手ぬぐいで、まずはと手足を拭ってやれば。
続いて駆け降りて来たセナくんが、
杯に注がれてあった湯冷ましをお飲みと差し出してやる気の遣いよう。
息せき切ってという感のあった様相だったからであり、
朝餉の場にいなかったのは、ずんと早よから一人で遊びにと出掛けていたから。
同じ仔ギツネのこおちゃんは、今日は天界の宮にお留守番。
なので、彼に何かあったという訳でもないらしく。
「…もしかして あやつに何かあったか?」
この騒然とした様子へも動じぬまま、
いやさ、冷静が過ぎるほどとなっていろいろ解析していらしたらしい、
金髪白皙のうら若き術師殿。
椀を片手に ようよう旨みの出たシジミの澄ましをくいと飲み干し、
滋養もがっつり供給したぞと構えつつ。
小さな坊やに静かに訊けば、
「そーなのっ、ちらないおじしゃんが いっぱいぱい来て。
おやかましゃまのなむなむ、苦苦の汁かけて消してって。」
「え?」
ツタさんにはよく分からない言い回しだったようだが、
「お師匠様の結界に、
何かの灰汁を掛けて無効とした者らが踏み込んで来たらしいです。」
そこは自身もその筋の存在のセナくんが、中を取っての説明をし、
「俺の結界へというより、
別の地主への対処だろうな、そりゃ。」
押しかけたのが人間ならば、
蛭魔が仕掛けた結界のうち“合(ごう)”の障壁以外はさして効かぬはずだし、
どういう進路を取ったやら、
まずは迷子になるはずのその“合”の咒を既に突破しているらしいと来て。
「あ…ということは、阿含さん、ですか?」
「うむ。」
ここに居着きの樵や猟師ならば、
生活へも祟りが及びかねないからと、
土地神や山の神様への信仰をおざなりにはしないので。
それでなくとも禁忌の謂れを殊更に吹聴して回ったその上、
実際に妖かしも徘徊していて(笑)
それ関わりだろう騒ぎもよく囁かれるよな山へなぞ、
こんな突拍子もない侵入を仕掛けるはずはなく。
「流れ者の猟師か、因果物専門の豪気な広め屋か。」
それか見世物を生業にしている興業師とかいう輩かも知れぬと、
(『冬の香りの』参照 08.12.18)
蛭魔が並べたあれこれは、
どれもこの世に実在するかどうか曖昧な、妖かし関連を目指している輩ばかり。
珍しやと見世物にするくらいならまだ良いほうで、
下手に大物を掴ませれば、それを使徒としどんな乱行に走ることか。
流れ者の猟師というのも、
珍しいもの目当てな連中に雇われ、護衛のような格好で来たのだろから、
十分にご同輩と言え、
「だがの、くうよ。
あの蛇野郎ならば、
人間の5、6人なぞ、あっさり畳んでしまえように。」
下手すりゃ頭から“がぶり・ごっくん”と
ひと飲み出来るほどの大妖だから案じることはないはずぞと、
いやそこまで具体的には言っちゃいないが。(笑)
見慣れぬ修羅場の殺伐とした空気に触れ、
慌てて飛んで来ただけかも知れぬと、
そこは慎重に構えて問いただした蛭魔だったのへ、
「ちやうのっ、あぎょん、痛いたいってっ。
ゆってはないけど、お札でお手々とか痛いたいってっ。」
それこそ、感じ取れたことだと、
必死な声音で言いつのり、
大きなお眸々を涙の膜で埋めておいでの仔ギツネさんへ。
にんまり笑ったお館様、
濡れ縁にてすっくと立ち上がると、
「よっしゃあっ。貸し作りに行くぞっ!」
「この急場に、そういう即妙な言い回しがよく出るよなぁ。」
即妙だと思った葉柱さんもご同輩では、と。
今朝は自身の塒(ねぐら)からお越しの黒の侍従様のお言いようへ、
一応はそんなツッコミを胸のうちにて零しつつ。
それでも 準備が先よと、
素早く破邪弓の一式を取りに蔵へと向かったセナを見送って。
春先早々からひと暴れとなろうとは、
この一年もなかなかに退屈はしないで過ごせそうよと、
にんまり不敵に笑った術師どのだったようでございまし。
こういう騒ぎへ、
春から縁起が良いと思ってしまう神祗官補佐様って一体……。
〜Fine〜 14.03.22.
*お務めがなくとも ほのぼののんびりとは行かないのが、
こちら様たちの巡り合わせかも知れず。
あぎょんさんをせいぜい悔しがらせるほどの
大活躍をしてくださいませ。
めーるふぉーむvv
or *

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