Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “上巳(じょうし)の節句”
 


今でこそ“桃の節句”とされている三月三日のひな祭りだが、
その始まりは“上巳
(じょうし)”の節供というもので。
一月を除く、月と同じで しかも奇数が重なる日を、
古来より五つの特別な節季としていて。
三月は その昔、周の時代の王が曲水の宴を催し、
廟に草餅を供えたところ、天下が治まったという故事があり。
そこで平安朝の宮廷では、
この日、清涼殿の庭の水のほとりに文人をはべらせ、
盃を乗せた小舟が着くまでに歌を詠ませる“曲水宴”を催した。
また、同じく周の王が
辰の月に巳が重なるのはよくないのでと、
最初の巳の日(上巳)に禊祓をし、
その折に人形に厄を負わせて川へ流したという故事も伝わっており。
最初は紙の札のような“人形
(ひとがた)”だったのが、
どんどん豪華になって のちの雛人形の元となったとか。

 「そも本来は、野に出て薬草を摘み、
  それで撫でることで体を清めて、無病息災の禊斎としたもんだがな。」

しつこいようですが、本来の“当日”は1カ月前後ずれるので、
もっと暖かくなってて 野にはヨモギも顔を出し、
本当に“桃の節句”だったんでしょうねぇ。

 「だとしても、だ

おおう、何ででしょうか、
のっそりと玄関から出て来られただけで、
早や重い覇気を感じるのですが、お館様。

 「暖かくていいお日和ならならで、
  のんびり過ごして骨休めしたって、
  全然まったく罰は当たらないだろうによっ

ああそっか、
その“曲水宴”に呼ばれたな、神祗官補佐様。
相変わらずな八つ当たりにか、
出仕にお乗りと控えてた牛車の
棹を蹴るという暴挙に出かかったのを、

 「こらこら、牛が驚くだろうが。」

大きな手のひらを開き、ぱすんと受け止めたのが、

 「遅刻だぞ、こら。」

今日は今朝から姿が見えなかった黒の侍従様であり。
朝餉の場においでじゃなかったので、
ああそっか、昨夜からお出掛けかなと、
賄いのおばさまや書生くん辺りは察しがついていたし。
そしてそして、お館様の今し方の不機嫌も、
半分くらいは“この寒いのに”であり、
残りは彼の不在が原因だろうなという微妙な辺りも、
以下同文であり。

 「お仲間様がた、
  こないだの暖かさに出て来ておいででしたか?」

解放された足で、しっかり一蹴りした蛭魔だったのは
ままそこまでがお約束なので、
セナくんも見なかったことにしたか触れぬまま。
それよりもと、
こちらの彼が屋敷から離れていた事情を知った上で、
案じるように声をかければ、

 「ああ、結構な乱高下だったが、
  さすがに土の中まで響いてはなかったみてぇでな。」

せめてどこかへ別色を指すこともなく、
狩衣も指貫も黒で揃えた衣紋は、
蛭魔の個人的な従者という、
宮廷に仕えている訳じゃあない、官位を持たぬ身だからではあったが。
主人が日乃本の人間にはあるまじき髪色をしていることと対照的に、
濡らしたようなつややかな漆黒の髪をし、
切れ長で鋭い眼光宿した目許に、
ずんと大柄な上背と屈強な体格という、
並々ならぬ存在感を持つ御仁ゆえ。
他の権門の雑仕や仕丁らはおろか、
それなりの身分であろう上達部でさえ、
直接 目が合うのは恐ろしいものか、
こそこそと顔を逸らしの、同座するのを避けのと、
そりゃあ判りやすくも怖がっているとかで。

 『凄いな、そりゃ。技の蛭魔、力の葉柱くんってか?』

余計なことを言い、
畏れ多いはずが…瞬殺級の素早さにて、
その蛭魔から桧扇でぶたれてしまったのは、
言うまでもなく、
この月にお誕生の日を迎える東宮、桜乃宮様だったが。(笑)

 「曲水宴だとよ。
  今日はまた、昨日と違って風も強いというのにな。」

例祭ならともかく、この手の宴はすっぽかすのが常の蛭魔なのだが、
例によって、上司の神祗官様が

 『持病の通風が出てしまっての。
  流れの並びに穴を空けることになるのが何とも遺憾で遺憾で…。』

ああだが、即妙に気の利いた歌を詠める者なぞ、
そうそういきなり見つかりもせぬしのと。
昨日の執務中、とほほんという吐息を深々とつかれたものだから。

 『畏れながら、子息様はいかがなされました。』
 『紫苑か、彼奴は野暮の骨頂での。
  陰陽道への勉学に偏り過ぎたか、
  市井の流行りものも知らぬほどの堅物だよってな。』

はぁ〜あとの吐息が重く、
且つ、同じ房に居合わせた、
大人しめの官吏の皆様のことごとくが、
声も無いまま、気配や注視だけで、蛭魔をつつき倒したものだから。

  てぇ〜いっ
  言いたいことがあんなら声ン出して言いなっ、と

長い文机を頭上まで掲げたとかどうとかいう、
此処では茶飯事なお騒がせがあってののち、
今日の代役を引き受けたのだそうで。

 『…お屋敷と同じことを宮廷でもなさっておいでとは。///////』
 『おうよ。別け隔てはよくねぇ。』

おいおい、引用が間違っとるぞ、蛭魔さん。(苦笑)
そんな退屈で意に添わないものへ出るための出仕なのでと、
いつも以上に不機嫌なお館様を乗せ、
牛車がゆるりと屋敷を離れる。

 「せ〜な、きょくちゅい?ってなぁに?」
 「う〜んとね。」

お見送りのおちびさんたちが、
無邪気な会話をしつつ門口へ引っ込んだの、
牛車の中というこちらからも 気配で見届けてから、
むんっと新しい結界を張った蛭魔であり。
もはや習慣も同然で、無意識の内に唱えていることなれど、

 “どんなに乱暴に腹を立てていても、
  それやっちまうようじゃあなぁ。”

隠しようのない人のよさが出てのことじゃね?と、
言ったらまたぞろ臍を曲げようから、
今だけは ぐぐっと我慢をする葉柱で。
時折冷たい風も吹くが、
何のそれだとて、春が間近い証しのようなもの。
彼の淡色の髪や色白な顔容が映える、
春のうららかな日和が早く来れば良いなと。
ぎちぎちと軋みつつ運ぶ車の中、
綿入れにくるんだ温石をほれと差し出しつつ、
明日か明後日か、もっと暖かな春の日和の到来を
この癇癪もちな主人のために、
祈っておいでの侍従様だったそうでございます。






   〜Fine〜  14.03.03.


  *寒かったり暖かだったりの振り幅が半端ないのが困りものです。
   今日なんて、震え上がるような強い寒風が吹くけれど、
   陽だまりにいるとチリチリ熱いって何事というややこしさ。
   そして明日は雨だというしね。
   雪じゃないだけマシなんでしょうね、うん我慢我慢。


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