昔から“木の芽どき”という言い方があって。
ただ単に植物の芽吹く時期という意味合いでもあるが、
そんな時期というのは、
例えば、縮こまってた冬から脱しての
生気有り余る身を持て余し気味だったり、
はたまた例えば、新しい環境での何かしらに、
不安だったり緊張したりでストレスも多かったりするからか、
そんなこんなが引き金のような
ちょっと微妙な事象や言動へも使われることがあり。
ex,いやぁ、
よく判んないけど、木の芽どきだからかねぇ
ただまあ、
現代よりも自然の精気も大地の気脈も濃かったころには、
それらによる影響だって馬鹿にはならずで。
理屈では計り知れない現象だって、
もしかしたらば 多少は多かったかも知れぬ。
毎日のように分け入ってる山で迷うのは、
過信からくる不注意もあろうが、
もしかしたなら そんな隙へと付け込んだ妖かしの悪戯かも知れぬ。
気が弱っている者が、無防備なままでいて、
怪異に取り憑かれることだって万に一つくらいはあったかも知れぬ。
何たって 世界をくるみ込む自然世界のほうでも
新しい精気が満ちあふれている頃合いなだけに……
“とはいえ、幼い生気でもあろうから、
年を食った連中の いい餌食にもなりかねんのだがな。”
そういう悪食な手合い、
仲間であろうに新芽を食んで食んで馬力をややつけた輩が、
次にと人へ手を出すのが、こちらにはいい迷惑な流れなのだと、
尖った目許をなお鋭く眇めておれば。
ほれ あすこにも、
ふらふらと危うい足取りで、
森の奥へ分け入って来た娘御がいる。
奉公に上がった先で、躾という名のひどい仕打ちでも受けたのか、
泣き腫らした目許や頬が痛々しいし。
表情も虚ろで、足元どころか小袖の裾も泥をつけての大した汚れよう。
家にも戻れずで、詳しくない京の都へふらふらと踏み出してしまい、
疲れ切ったまま彷徨(さまよ)っているらしく。
お初に手を付けることばかりなのだから 分からなくて当たり前、
半人前は叱られて叱られて伸びるのだ…というが、
叱る側が本当に本心からそう思うているのかどうかが問題で。
実は八つ当たりも兼ねてませんか?という、
心ない先達がたまに居るのが目も当てられぬ。
新米に直接接す役職にいつまでも居るってのは、
よほど見込まれているか、そうでなければ、
責務のある仕事はさせられないと思われているかだと、
自分でまったく気がつかぬまま、
自身を少しも正さぬ存在が、
やがてはお家を食い滅ぼすとも気づかない、上の者も考えなしだが、
まま、そっちは今はともかくとして。
《 おお、やわらかそうな娘御だの。》
《 思い切ったものよ、こんなところまで落ちてくるとは。》
そんな声が聞こえたような気がしたか、
焦点の合わない眸を ふと上げれば、
どこか趣きのある枝折り戸を掛けた板塀の前にいて。
どこぞの分限者の寮の裏口か、
それとも権門の隠れ別邸の入り口か。
明かりはないが、
頭上の月明かりが十分にその落ち着いた佇まいを照らし出していて。
どなたもおらぬか、矢来垣越しに見える屋敷にも人の気配はなく。
「……。」
人の作りしものを見たせいか、
多少は我に返れたらしく。
井戸を借りて足だけでも濯がせてもらおうかと、
そのくらいはわきまえが戻ったらしいお嬢さんの、
背中へ垂らした落とし髪を避け、細い肩を鷲掴んだ手があって。
「ひ…っ。」
「そこへ踏み込んじゃあいけないよ。」
心の臓が跳ね上がるほど驚いた彼女だが、
怖いと思うただけ まだまだ生に執着はあると見た上で、
「ほれ。そっちで ちびと一緒に隠れてな。」
そうと素早く囁くと、
ようよう見やれば女性のような痩躯だというに、
どこにそんな力があるものか娘さんをひょいと腕の上へと抱え上げ、
くりんと振り向き、間近い木立の下へと移す。
そこには、水干や狩衣というよりは
小袖ぽい直垂(ひたたれ)だろう簡易の重ね着をし、
足元も筒裾になった狩袴という、動き回ること優先のいで立ちをした、
小柄な黒髪の少年が控えており。
「此処でしばらく静かにしていてくださいね?」
懐から取り出した白い紙、
その両端を房になるように折り返し、
真ん中には何やら墨で書いた弊を、
娘さんの額へ添えれば。
さっきまでだって何ともなかったが、
それが実は随分と息苦しい空間だったと思えるほど、
ずんと清涼な空気にくるまれたような気がして。
「??」
「しぃですよ?」
何か訊きたげなお顔へ、
はんなり微笑って口元へ人差し指を立てた瀬那にそちらは任せ、
「風牙の鉾よ、我の楯磨きて諸者の影を映したまえ。」
軽い所作にて白い手をすいすいと、
指先を立てたり折ったりしつつ
その身の前にて何か切るように振り、
彼なりの霊顕印を結べば。
生け垣や矢来垣、枝折り戸といった風情ある拵えは
あっと言う間に夜陰へ呑まれ、
《 何奴か。》
《 我らの贄を返せ。》
周囲の樹木をざわりと波打たせ、
同じ黒にもこんなにあるかと思わすほど、
重苦しい闇の澱が様々に層をなして垂れ込める。
そんな恐ろしい闇の中、
闇さえ現すほどの白さにて、すっくと背条を延ばして立つは、
さっき娘の肩に手を置いて引き留めた、公達らしき青年で。
染めも織りも上等そうな狩衣や、
口許を隠す桧の扇も優美だが、
それら以上に眸を引いたのが、
「……月?」
金色という不思議な色合いの髪。
扇を持つ手も細い手首も、そういえば
月光を受けて輝くように白く。
もうとうに散ったが、
“桜、みたい。”
ずっと幼いころ、
里の近くの丘の上にあったのを
たまたま夜中に見たら、あんな感じで
それは怖くて、でも…凛ときれいだったのを思い出す。
“強くてきれい……。”
結界に守られ、すっかりと安心したか、
疲れに呑まれるように ことりと眠りへ落ちてしまった彼女は
その後をまったく知らないが。
優美な桧扇は、実はそのつなぎようが特殊なそれで。
月明かりに白々と照り映える、
衣紋の袂をさらりとゆらしてから。
ぶんっと勢いをつけて振り切れば、
一枚一枚の薄板がすべり出し、
連結したまま長く長く伸びていって、
しなやかな鞭へと姿を変えるからおっかない。
それをぶん・ひゅんと鋭く振り回し、
周辺に満ちかかっていた瘴気を、
片っ端から蒸散させる咒力の物凄さよ。
「…お前、ホントに人の和子か?」
「さてな。俺にも出自は判らんし。」
呆れた葉柱からの言いようへ、くくと笑って返しつつ。
迷子を片っ端から取り込み続けの魔窟の封印、
とっとと終わらせちまおうぜと。
こんな更夜でも意気揚々、
月の使いのような玲瓏な姿と裏腹に
したたかに辣腕振るう、術師殿でありました。
〜Fine〜 14.05.08.
*更新の間が空いてすいません。
いやもう、風邪に振り回されてる もーりんでして。
何とか床上げは出来ましたが、
まだまだティッシュとの縁は切れ無さそうです。
もっと買い溜めしとけばよかったなぁとは、母の弁で。
一家で持ち回ってます、誰か止めんか。
めーるふぉーむvv
or *

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