Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

   “雨の日の物思い”
 



 今年は何だか、例年にないほど いかにもな梅雨の入りで。西日本は早々と梅雨に入った年でも、肝心な梅雨前線が関東まではなかなか上がって来ないものが。今年は曇天続きだったところへ、そのまま なし崩し的に雨催いの日々に突入したという感じ。校庭を縁取るフェンス沿い、青々とした山桜の梢を濡らしてる雨脚に気づいて、
“あ〜あ。今日も雨かぁ。”
 机の上には形ばかり開いているだけな教科書と、今年からマス目ではなくなった、でもまだ行の太めな学習帳。パステル調のイラストにも、読みやすいゴシック体の例題にも、はっきりくっきりそっぽを向いて。背条も首条も真っ直ぐに伸ばして…というほどではないながら、それでも全然こっそりとなんかしていなく、むしろ それはそれは堂々と。授業なんてそっちのけにして、窓の外をこそ感慨深げに眺めやっている彼こそは。これがいいお天気だったなら、降りそそぐ光の中、その金の髪が淡くけぶって、正に天から舞い降りて来た天使のようにも見えたろう、相も変わらず愛くるしい風貌をした男の子。頬杖をついた先、お顔に寄り添って咲いた白百合みたいな白い手も、そこにちょこりと乗っかった小さな顎も。高等上級な造形師の手になる、完成度の高いお人形さんのごとくに、可憐で繊細。無垢な幼さの中に潜むは、無意識だからこそ罪深きもの。淡くて脆い不安定さの醸す色香か、それともそれこそ魔性の欠片か…。

  “そんな大層なもんじゃねぇっての。”

 あははvv いやまあ確かに、そういうものってのは当事者ほど意識しちゃあいないもんなんでしょうけれど。ただ、この坊やの場合、わざとらしく意識されていると却って“つや消し”でもある筈な“そういうところ”を、結構 巧妙・絶妙なまでに活用しているシーンもあるのが困ったもんで。小学三年生になった今でもやっぱり、婦警さんとかおミズ系のお姉様たちとかを、愛らしいショットつきのメールにて繋ぎ止めてる“小悪魔くん”であったりし。

  ………でも、ということは。

 今は退屈極まりない授業中で、そんなモードになんて入ってない筈だってのに。伏し目がちになった金茶の瞳へと仄かに滲む、睫毛の陰もどこかしらアンニュイな。このままこっそり隠し撮りして、ポストカードにしたくなるよな、優雅な所作やら表情は。紛れもなく、日頃から神経の行き届いた動作を怠らないでいるからこその賜物。意識しなくとも保てるところが、やっぱり素地の違いというやつなのか。………などと、妙なことへと感心している場合ではない。授業中によそ見しててどうしますか。熱血の姉崎センセから叱られちゃいますよ? …と、あ・そか。三年に上がってクラスの呼び名も変わったとか言ってましたっけね。もも組とかじゃなくなったって。じゃあ、担任の先生も変わったのでしょか?
“い〜や、変わってはないぜ。”
 本人にはそんな意識なんてやっぱりないのだけれど。なかなかの英才ぶりに着目されて、教育委員会からのお墨付き、あくまでも非公式のものながら“要・観察”というお達しを受けている対象の妖一くんだったりするものだから。慣れた先生が出来るだけずっと担当した方がいいでしょうだなんて、職員室で学年主任から推されたらしく。早い話、
“厄介者扱いで押し付けられたんだろうな。”
 と、他でもないご本人が感じたくらい明らさまな人事操作があったらしく。そういうことへも気がつくくらいの子供離れした子だからね、センセーご本人へはあまり迷惑はかけまいぞと、こちらさんでも多少は留意しているようだったけど。現在只今の授業はその姉崎センセーが担当してはいないせいか、思い切り 気を抜きまくりの態勢でおり。それでも…こんな風によそ見をしていても、
「じゃあ蛭魔くん、ここからの続きを読んで。」
 なんていうご指名へ、
「たしかに言われた通り、ういは柿ん木を見とったばい。したら なぁで、やっぱり柿の実は、今日も盗まれておっとったい。そこで きっちょむさんは言いました。おいは“見ちゅうてくれ”としか言うとらんばい? 追っ払らえとも追っかけいとも言われとらんきに、ういはただ言われた通り、見ぃとっただけばい。」
 本当によそ見なんてしていたんだろかと思えるほどものなめらかさにて。九州地方の方言が一杯で、初見では読み通しにくい題材であったにもかかわらず、すいすい読めてしまえる末恐ろしい子。つっかえたならすかさず、授業中ですよ集中しなさい…なんて揚げ足を取ってやろうと、秘かに思っていたとしたならば、大きに当てが外れた完璧な応じが返って来たがため、
「あ…ああ、はい良ろしい。上手に読めましたね。」
 結果として指名した方がどぎまぎしている可笑しさよ。けれどもまあ、女性の先生だったからね。職員室に戻ってから姉崎センセへ厭味とか言われても難儀だったんで、出来る限りのお愛想、目許を柔らかく細めながら“にこぉっvv”と笑って差し上げれば、アジサイみたいにお顔の色合いが赤い系へと塗り変わる判りやすさよ。
「じゃ、じゃあ次は。」
 それを誤魔化すかのように、机の間を歩いていた自分の傍らの生徒をほいと唐突にご指名し、途端につっかえ始めたのへと“さもありなん”というお顔になって、溜飲を下げてもいたようだったが。小悪魔くんの関心は、もはやそんな先生様には向いてなく。

  “???”

 ご本を読むのに立ち上がったことで気がついた。自分の少し前の席にいた小さなお友達。いつもお元気な彼には珍しくも、お顔の角度が妙に項垂れているみたいで。
“しゃあねぇな。”
 この国語が今日の最後の授業だったからね。その後でお話を聞いてやろうかいと、そんな風に今日の午後の予定を決めた、相変わらずに柄になくも世話焼きな坊やだったようでございますvv





 妖一くんが柄にないなら、こちらさんの場合は 彼らしくもなく。肩のところのタックが利いてて、お袖がちょびっと膨らんでいるという、女の子でも似合いそうなデザインTシャツの中へと収まった、薄くて小さなその肩を…だがだが がっくり落としての、いかにも判りやすい しょぼくれよう。それは切なげに“はふう”なんて溜息までつく始末のセナくんだったので、
「一体どうしたよ。」
 お腹が痛いの頭が痛いのというよな様子でもなし、この子が気を重くするような種類の行事の予定も当分はないし。テレビの春の番組改編も落ち着いたばかりなので、彼のお気に入りのアニメが突然の打ち切りで終わるなんてな急な知らせも…これはさすがに小悪魔くんには管轄外のジャンルだったので、さっき慌ててi−モードで一通り調べて確認を取ってみたがやっぱりハズレ。となると、そんな彼が最も気持ちを揺さぶられることと言ったら、
「進と喧嘩でもしたんか?」
 それはあり得ないだろなと、訊いた側が先にセルフ突っ込みを入れたところへ、海外からの中継みたいな時間差で“ん〜ん”とやっぱりかぶりを振って見せるおチビさんだったりし。う〜ん、それじゃあさっぱりと見当がつかないなぁと、気の早い半袖パーカーのフードへ連なる襟へと、頬がつくほど小首を傾げて、それからあのね? 一丁前にも腕を組んで考え込んで見せた金髪の坊やへ向けて、
「…あのね? 進さんのことでってゆーのは当たりなの。」
 やっとのこと、自分からお話しする気になったのか、セナくん、そんな風に口火を切った。
「おう。」
 何だやっぱりそうなんかと、他には誰の姿もない教室にて、机を挟んでの向かい合わせ。何だか刑事ドラマの取り調べ室みたいな様子のまんま。だったら彼の側が刑事さんなのかなの、蛭魔さんチの妖一くんが。腕組み姿勢のまま、とっとと話しんしゃいと顎をしゃくるだけにて促せば。
「あのね? あの…。」
 どう話し始めればいいのかしらと、大きな瞳をうつむけた坊や。こちらさんも相変わらずに、ちまっとした小柄な体躯にそりゃあ愛くるしくも映えている、潤みの強い大きな瞳と表情豊かなお口が何とも愛らしい可愛い子ちゃんなもんだから。雨が上がって少しは明るくなっても来た窓辺に綺麗どころが向かい合ってる構図は、通りすがりの先生たちの目にも留まりやすい事この上もなく。
“…なんか、俺がまた苛めてんじゃないかって思われそだな。”
 そういう解釈自体は誤解ながらも結構なことと、あんまり気にはしてない小悪魔くんだが。ともすれば苛められっ子なタイプのセナが、そこまでは把握してない先生方からの中途半端な判断により、防波堤というか楯というかになってる自分から無理矢理引き離されてしまうのはちとヤバい。取り澄ましたお顔の陰で、そういう算段を手早くまとめ、
「なあ、」
 こんな開けたところでは、なかなか話し出せないことなんなら。今から俺んチに帰って、そこでのお話としようかと。そうと切り出しかかったタイミング、
「あのね? ヒユ魔くんならどう言ってあげる?」
 長い睫毛が瞳に重なる、斜め真下から見上げて来る上目遣いもそれは可愛く。池袋乙女ロードがご贔屓な腐女子の何割かがコロッと行きそうな。ああいやいや、ここはやっぱりアキバ系“ぷにっ子”好きのハートを大いに震わすかというほどもの、そりゃあ愛くるしい“あのね?”のお顔になったセナくんへ、
「…誰の何へだ。」
 誰からの影響なんだか、額の端へと立派な青筋を立てつつ、怒ってないから言ってみなと、ちょっぴり焦れ始めていた妖一坊やが促せば。


   「あのね?あのね? もしも葉柱のお兄さんが…ネ?」








            ◇



 賊徒学園高等部の敷地内というと。授業中でも関係なく、校舎の曲がり角ごとなんぞに、いかにも目付きの悪そうな一団がしゃがみ込んでの車座になってたりして。通りかかった相手へその全員で斜めに睨み上げ、視線を合わせても外しても適当にいちゃもんをつけてくるというから。これみよがしな性分
タチの悪い地雷が一杯という、それはそれは危険な“肝試し会場”だったりもするのだが。(おいおい
「…あ? 何であんなチビさんが、のしのしと歩ってるんだ?」
「チビだと?」
 単に小柄な一年生か、若しくはご近所の中学生あたりがここへと通う兄でも訪ねて来てのこと。怖い者知らずにも校庭へまで、入り込みでもしたのかと。先に見つけた奴の視線を追った連れもまた、その視野へと収まった、成程、小学生くらいの“おチビさん”に気づいたもんの。
「ば…っ、お前知らねぇのかよっ!」
 何を大それた暴言を吐いとるかと、しゃがみ込んでたところを慌てて立ち上がり、連れの手を引いて手近な校舎内へばたばたと駆け込む。何をそんなに慌ててやがると目元を眇めたお連れさんは、あまりに事情が通じてないところから察して。もしかして一年生で、しかもあんまりガッコ自体へ来ていなかったクチらしく。
「だからっ。ありゃあ、三年の葉柱と関わりのあるガキなんだよっ。」
 さすがに“三年の葉柱”というフレーズへは、こうまで恐れるに足る相手のこととして、意味も通じたらしかったものの、
「関わり?」
 弟とか従兄弟とかいうやつか? そこまでは俺も知らねぇが、葉柱が一年の頃からのずっと、アメフト部の部室に堂々と入り浸ってるガキで、それでかどうか、街の族連中にも顔が利くっていう妙なチビなんだと。
「だから、下手なちょっかい出すとどんな報復が降って来るか。」
「ホントかよ。」
 そんな大層な…と言いたげだったお連れさんへ、
「ホ・ン・ト・だ。」
 その背景へでんでろ・でろでろと、梅雨にはお似合いな暗雲垂れ込めて来たような効果を引っ提げ、きっちり念を押したお友達。
「本人からして警察に顔が利きまくりの凄げぇスジのガキなんで、葉柱さえ尻に敷いてるって評判だかんな。」
「…警察に?」
「昼日中、ちょくちょくミニパトにニッコニコで乗ってやがるトコを見るからな。」
 知り合いにマッポがいるんだぜと付け足されたのへ、おおう、それは恐ろしいと、やっとのことお話が通じたその頃には、当の坊やの姿も校庭にはなくて。奥まった特別棟にあるアメフト部の部室へと、真っ直ぐ向かったらしかったのだけれど。それを追うようなタイミングにて、またぞろ降り出した雨の音。妙に嘘寒い響きでその音を増し、授業中の静けさをたたえた校舎の廊下で、不気味なくらいに耳についた、六月の午後だったそうでございます。




 ………なんてな、湿っぽい季節に合わせたような雰囲気引きずって、今日はバスを使ってのご訪問をしたらしき、金髪金茶眼の愛らしい坊や。誰かが昼休みに使っていたのか、鍵も開いてた通いの部室に落ち着くと、途中で買って来たお昼ご飯のハンバーガーとポテトを、適当な机の上へと広げたものの、
「〜〜〜〜〜。」
 随分と昼下がりに食い込んでいるにもかかわらず、育ち盛りの食べ盛りさんが、なのにご飯へ手を伸ばしもしないで“はぁあ”とついつい溜息ついてたりしたもんだから、これは一体どうしたことか。窓の外には、雨のせいで誰の影もない中庭の向こう、遠目にアジサイとツツジの茂みの緑が望めて。ここのは青が主体の手鞠花がたわわに咲いてるその可憐さが、少しは気持ちを宥めてくれる。
『あのね? 進さんがね。なぁんでるの。』
『? 悩んでる? あの進がか?』
 結構失礼な言いようをしたのへまでは気が回らなかったか、セナくん、こっくりと頷いてから、
『進さん、もう三年生でしょお? 春の大会までは出てたけど、秋の大会はどしよっかなって。』
『あ…。』
 そういえば。あのお不動様…もとえ、高校最強最速ラインバッカーさんが通う王城にも、大学部がありアメフト部もあり。日本のアメフトの世界ではレベルも高いチームだったりするから、学業よりもそっちを優先して、そのまま進学するのだろう彼だって点では、妖一坊やにも納得がいく選択なのだが、
『でもね? こっからは大学の方の練習に交ざりに行くとしたらば、秋大会には出れなくなるの。』
『…まあ、そうなるだろな。』
 いくら…それぞれのポジションが担う役割がきっちり分かれた、これ以上はない専門職の集う競技だとはいえ、単なるフォーメーションの把握のみならず、各々の選手の癖やらコンディションまでも、ともすれば自分の身体の延長であるかの如くに把握しておかないと、いざという時の瞬間の判断にも影響が出かねないのは他のスポーツと大差なく。両方を掛け持つのは少々無理なお話しだろし、何より…部の後輩さんたちへもちょこっと失礼な行為かも。
『高校のアメフトと大学のアメフトでは、スタミナとか馬力とか持久力とか、色んなことのレベルがやっぱり違うからな。本格的なものを早く身に馴染ませたいなら、早い目にそっちで身体を慣れさせといた方がいいに決まってる。』
『うん。ショーグンの監督さんはそうゆってたの。』
 セナくんも一緒に居た時のお話だったのか、それにしたって子供にはちと難しいお話だったろに。大好きな進さんに関わるお話だからと、ちゃんと聞いてた彼もなかなかに健気ではあり。
『でもね、それからの進さんが、ちょこっと変でね。』
 桜庭さんとかは気づいてないみたいだけれど、セナには判るのらしい微妙なあれこれ。セナくんをお膝に抱っこしていて、小さな坊やを見下ろしてる風に見せながら、でもあのね? そのお眸々はセナのこと、ちゃんと見てない時があったりするし。
『アニ横の新しいお唄、セナがところどこを間違えても、全然気がつかなかったイするし。』
 困ったことですぅと悩ましげに眉を顰める無邪気な坊やに向かい、
“いや、それはそれで普通なんだって。”
 思いはしたが、心から困っているらしい彼を見ていると、さすがにそんな茶々をお気軽に入れていいとも思えなくって…黙るしかなく。
『セナが思うに、進さんは迷ってるみたいなんですのな。』
『迷ってる?』
 うんと頷いたセナくんは、
『大会のしあいは練習とちがって“もう一回”が出来ません。観てても“どうなるんだろー”ってハラハラするくらいだから、じっさいにやってる進さんたちはもっとずっとハラハラドキドキしてるはずで。そんな“しんけんしょーぶ”のドキドキを、進さん、もちょっと味わってたいのかも。』
『………ふ〜ん。』
 うわあ、こんな一気にも喋れるんだ、こいつ、と。まずはそっちに驚いてから、
『何でお前がそこまで判るんだ?』
 あらためて訊いてみた妖一くんで。高校最速にして最強のラインバッカー、王城ホワイトナイツの難攻不落な守備陣を背負って立つ、進清十郎くん17歳といやぁ。ちらとでも笑ったところを誰も見たことがないってほどの、徹底した“無感動・無感情・無表情”を広く知られてもおり。深色のまま鋭く切れ上がった龍眼に、意志を含んで堅く締まった口許。少しほど立って来た頬骨に、そこも鍛えてあるゴツゴツした首回りと。男臭くも精悍に整ったお顔が、整っているからこそニコリともしないのは…いっそ怖いくらいの迫力を帯びてもいて。ただでさえそんな恐持てなお顔をしており、その上、表情の変化に乏しい風貌の、お不動様とか鬼神様で十分に、誰のことを言っているのかが通用するよなお兄さんだってのにネ。ただぼんやりすることが増えたというだけで…それだってなかなか外からは判りにくいことだろうに、その上、アメフトを続けてく上での迷いがあるだなんてこと、何でまた、あの…日常の何やかやへも覚束ない坊やには“判る”のか。寡黙で無表情な彼だけど、これだけは誰にも判るのが。練習好きなその視線の先には、現今よりも高みの“強さ”しかないということ。いつだって今よりもっと強くなりたがってる進だということ。寡慾そうに見えてもその実は、腹の底でぐつぐつと“強くなりたい”願望が絶え間のないほど煮えたぎってるに違いなく。それへこそ集中しているから、その他がごそぉっと抜けてる彼なのでもあって。だったら尚更、とっとと大学の練習の方へとお邪魔しに行く、のが正解だろうに………と気がついて。理詰めで出たそんな答えに、されど足を向けない進だから、迷っているのだと感じたセナくんなのだろか?
“理詰め…ってのはないわなぁ。”
 自分で導いておきながら、その内心にてすぐさま苦笑混じりに否定したその通り。何で進の心情までが判ったかと問うた妖一くんへ、セナくんのお口から飛び出したお返事は、

  『何となく。』

 何とも他愛ない一言だったのだけれども。
(苦笑)
『葉柱のお兄さんはどうするの?』
 ぞくとさんも大学があるから葉柱のお兄さんもそこへゆくのでしょ? だったら進さんと同じだから、訊いといてくれる?と。この小悪魔さんをメッセンジャーに使おうとは、何とも大胆な要請を持ちかけて来た坊やでもあって。………とはいえ。

  「……………。」

 さあさあという静かなこぬか雨の足音を聞きながら、こちらの坊やがあれからずっと思っていたのは、あのね? そのね? セナくんが感じてた、溜息を招くほどのむずむずとは全然違ってて。
“ルイが先のこと、どう思っているのか、か。”
 目端が利くとか、抜け目がないとか、油断がならないとか。そういう近間なところでの鋭敏さには自信もあったのにね。あれれぇ、そういえば。お膝に登っては“こっち見ろ”と命じてる相手な割に、じゃあ自分を見てない時のルイってば、どこを目指してどこを向いているのかなって。今の今まであんまり考えてなかったような。
“…まあ、そういうトコもまた、俺とセナちびの性格とか素養の差ってやつなんだろけどもさ。”
 進さんオンリーに夢中になってる節のあるセナと違って、ご本人もまたあれこれ抱えてて忙しい坊やだし、それに。進路なんてものは結局本人が決めることだから、他人が踏み込んだってしょうがないこと。それであんまり関心の針が向かなかったに違いなく。
“何を選んでもそれをどうのこうの言う気はないしな。”
 そりゃあサ、イケメン路線の芸能人になるとかヘビメタのバンドを組むとか言い出したなら、似合わないから辞めとけくらいは言うかも知んないが。アメフトで食ってくって言い出しても、政治家になるって言い出しても。ベンチャー企業を立ち上げて実業家になるなんて道を選んでも、おお頑張れって言ってやれるし、応援だってしてやるし。
“あ、でも。政治家ってのは難しいよな。”
 家系や環境はこれ以上なく整ってるから、ノウハウや人脈には事欠かず、人生の選択としては難しい道でも無さそうながら
“ルイはお人よしすぎるからなぁ。”
 昔流のバンカラな気風が滲んだ豪快な政治家にも、今時風の派閥を器用に乗り継いで着実にのし上がってく怜悧な政治家にも向いてはいないような気がするもんだから、
“それを選んだなら、ちょこっとは説教してやらんといかんのかもだな。”
 うんうんと頷き、それでいつもの調子に戻れたらしく。冷めかけてたフライドポテトをやっとお口へと運んだ坊やだったりし。
“まったく、どいつもこいつも世話の焼ける兄さんたちだぜ。”
 自分やセナみたいな子供を悩ませてどうするかと、勢いづいちゃったその弾み、しっかりせんかとの憤然とした想いまでもがその胸中に育ちつつある坊やだとは露知らず。自分の教室、一番後ろの座席にて。机に突っ伏し くうくうと、罪のないお顔で午睡を堪能中の、葉柱のお兄さんだったりしたそうな。…もしかせずとも、全く悩んでいなかったお兄さんだったから、坊やの感性にも何も響かなかったってのが、ホントの正解なんじゃないでしょか。
(苦笑)









  clov.gif おまけ clov.gif



 あんまり退屈な授業が立て続く午後だったからと、とうとう6限目は見切って部室へと運んだ総長さん。こちらさんも退屈そうにしていた坊やから、まずはとお膝によじ登られてから、進路はどうするとあらためて…しかもそりゃあストレートに訊かれて、

  「進路だぁ?」
  「おう、進路だ。」

 保険の外交員とかソムリエになりたいとか、ホストになりたいとか言うんなら、似合わないから諦めな。さもないと、俺もこれからの付き合いをちっとは考えるかんな、などと。暇にしていた間にどこまで想像力を膨らませた坊やだったやらな職種の羅列へと、何だそりゃとますますのこと眉を顰め、恐持てのお顔の目許をぎゅぎゅうっと眇めた総長さんだったりしたのだけれど。
「もしかして宿題の作文のお題か何かか?」
「違げぇって。」
 今時、三年生にそんなお題で作文書かせる先生は居ないってと、もしも居たなら済みませんな発言をしてから、
「俺はまだ最初の分岐まで3年はあっから真剣には考えてねぇけど。ルイは今年中どころか去年のうちにでも、決めとかなきゃいけないことだったんだろうがよ。」
 車輛整備士とか弁護士とか、ものによっては専門学校を選んだりもしなきゃあならなくなるんだろうしと、どういう極端なものを並べますかな発言へ。後からやって来たメグさんがクスクスと笑ってくれてから、
「そういやそうだよねぇ。」
 あたしは一教科オンリーの教職を取るつもりだから、このまま賊大の文学部だけど、そういう具体的な進路の話はしたことがなかったものねと。お兄さんの先行きを心配してくれてるらしき坊やの金髪頭を、やわらかいお手々でいい子いい子と撫でてくれ。だってのに、
「……………。」
 心配されてる当のご本尊は、どこかムスッと口許をひん曲げる。差し出がましいことよと怒ったか、それとも実は人知れず悩んでいたから、そんな手痛いところのど真ん中を貫かれて逆ギレしたか。
「るい?」
 怒ったって怖かないからねと、愛らしいお顔をずずいと近づければ、

  「そんないい顔、見せてんじゃねぇよ。」
  「…はい?」

 坊やの、真ん丸で形のいい頭へ大きな手をぽそんと置いて、ふわふわで手触りのいい髪をもしゃもしゃと撫で回し、別段セットまではしてないとはいえ、何してんだよとかぶりを振って振り払ったのとほぼ同時、ああ…とやっと想いが至ったことがあったりし。

  “そか。ルイの“お気に”だったっけ。////////

 髪を撫でてもらって、嬉しいようと首をすくめながら目許を細める坊やの所作と表情と。無邪気な仔猫みたいで一番可愛いと。前から言ってた葉柱だったのを思い出す。でもさ、あのさ、今はそれどころじゃなかろうにね。////////


  ――― こういう話の最中に、色ボケしてんじゃないっての。
       ああ"? 何だよ、それ。誰が色ボケなんかしたよ。
       自覚がないんじゃ言っても始まらねっての。
       誤魔化してんじゃねぇよ、こら。


 本人たちは喧嘩のつもり。けどでも、お顔を間近に近づけ合っての、瞬ぎもせぬままな言い合いは。傍から見る分には…喧嘩は喧嘩でも、これだと立派な痴話喧嘩だと思うよと。メグさんがますますの苦笑を浮かべてしまった、雨催いの昼下がり。そろそろ鉾を収めないと他の部員の皆様もやって来るというのにね。やっぱり相変わらずな方々であったようですよと。誰が下げたか、頭の重たそうなてるてる坊主が、窓辺から困ったように笑ってた、梅雨どきのひとときでございます。





  〜Fine〜  06.6.15.〜6.16.


  *梅雨入りしてからというもの、
   関西地方はあんまり梅雨らしい天気が続かないまんまでして。
   今日もまた朝からからりと晴れ渡っておりまして。
   水不足騒ぎになんないかが心配だったり致します。
   それとは逆に、
   沖縄とか九州、四国や関東地方はまとまって降ってばかりいるそうで。
   何かと気鬱なことでしょが、
   楽しいお歌でも口ずさみ、どうか乗り切ってくださいますように。

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