Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “異世界の君へ…”
 




 やっと待望の夏休みに入ったのに、今年の梅雨はなかなか明けずで。三年生になって部から引退しちゃったお兄さんは、それでも…自分が引っ張り込んだようなもんだからと、在学中はぎりぎりまで部の活動にお付き合いするのだそうで。それでと構えられてた合宿に、今週中にも入る予定だったのにね。この長雨が影響し、周辺に幾つかある斜面や山肌の地盤の点検が済むまでは、グラウンドつきの合宿所の利用許可が下りないとかで。そんなせいでの只今は、管理人さんからの連絡待ちという案配。で、連絡があったらすぐにも経つというお話なので。
『だったら俺も、ルイんトコで待つ。』
 ついてくのは既に決定事項だったような言いようをした坊やだったが、それへは特に反駁しようとしなかったお兄さんだったりし。これって、いわゆる“阿吽”のかんけーってやつなのかなぁ。傍にいつも居ることが当たり前になってて、だからいちいち話題にならない。何でお前、此処に居るんだなんて、そんなつれないこと訊かれないのがじんわりと嬉しいような。…でもあのね? 言われたら言い返す用意もあったから、ちょこっと肩透かしかもななんても思ったりし。どう答えてもご不満だという、相変わらずに我儘なことを思う、小さな坊やだったりしたそうだけれど。

  ――― そんな待機状態のまずはの1日目。

 やっぱりお電話はないままで。西や南やでは物凄い雨が続いてるんだし、こりゃしょうがないかって、今日の出発はないなと早めに見切って…さて。ルイの英語のテキストの和訳の宿題を手伝ってやってから、腹筋だスクワットだ腕立て伏せだと、基礎トレにいそしむその周りで、キングと一緒に跳んだり撥ねたりしてやっぱり付き合ってやって。お風呂に入って晩ご飯を御馳走になって…何だか時間が余ったので、平安時代の妖怪退治で、陰陽師とかいうのが活躍する映画のTV放映を、することもないからと何となく観てた。有名な狂言師の兄ちゃんが、古風で雅な衣装も何するものぞと、それは綺麗な身ごなしをしてるのだけでも見ごたえはあって。お話は、でも、そんな優雅なばっかでもなく。凄腕だけれど何かしら世を恨んでる術師が出て来て、禁忌になってる“闇”を招く種の術を使い、世の中を混乱に陥れてしまい。
「これって、もしかして晴明だけなら放っておくのかもな。」
「…かも知れんな。」
 守りたい人とか、家族っぽい身内がいるから。それと、悲しい宿命
さだめに引き裂かれた人たちの、無念とか悲痛を。彼なりに苦々しいと思ったから、それで。
“そう思ったら、晴明も案外と不器用だよな。”
 一丁前なことを感じたお坊ちゃま。神代の昔の象徴様ほどもの絶対の存在を、ある意味、容易く召喚出来てしまえるほどもの術師が敵役なのだが、そこまでの力がある者が、どうして世に不満を抱くほど、一体どういう不自由をしているのだろかと。そうまでの力、何とか器用に使いこなしてもっと楽しく生きてみりゃいいのにと。そんなこんな思ってぼんやり見てた映画だったけど。
「………。」
 終盤のクライマックスに至って…何か言いたくなって。同じソファーの傍ら、そちらさんはちょっぴり自堕落にも、その長身を斜めにしつつ座ってたお兄さんの、斜めになった脇腹へと。小熊が親熊に抱きつくみたいに、自分の身をぴっとりと添わせれば。
「? どした?」
 もう眠いのか? なんて、失礼にも随分と子供扱いなことを訊いてくれるもんだから。

  ――― こいつ凄いよな。
       どいつだ?
       笛吹いてる奴。
       ああ、えっと、源博雅か?
       うん。

「だってよ。阿倍晴明って、得体が知れない奴だのに。よく判んない力を持ってて、それが恐ろしいからって他の貴族たちからも嫌われてて。」
 それどころか、不思議な術がらみで自分だってしょっちゅうからかわれてもいるのに、全然懲りないでいて。友達だろうがって力になりたがってて。しまいには、晴明でさえ“命を落とすかもしれない”っていうほど難しい術にまで、俺も一緒になんて言いだすんだぜ? 何が起きるんだか、何をするのかさえ良く判ってないくせに。力になりたいって。リスクを全然判ってなくて、そんな勝手を言い出すんだぜ?
「晴明はさ、もしかして…この術に限ったことじゃなく、巻き込みたくないからって思ってたから、邪険だったり意地悪だったりするんだろうに。」
 まったくもうもう、気配りのしてやり甲斐がない奴だよなと。大人ばりの深読みをした上で、柔らかそうな頬を不満げに膨らませて見せた坊やであったのへ、
「それはどうかな。」
「え?」
 黙って聞いてたお兄さんが、どこか擽ったそうな苦笑をする。
「晴明とかいう奴は、博雅を試しているのかもしれない。」
「うん。」
「いや、お前が言ってるのとはちょっと違って。」
「???」
「俺はこんなに非情だぞとか、お前のこと大事にしないような奴だぞって思わせるような。そんな意地悪をして見せて。」
「それで“早く見限れ”って持ってってるんだろ?」
 お気に入りな奴だもの、要らない怪我とか させたくないじゃんか。大樹の幹にしがみついてるコアラみたいに、お胸やお腹をへこっちの脇腹へへちょりとくっつけてたまま、白いおでこをこしこしって擦りつけてきたのはやっぱり眠いからなのか。そんな言いようをする坊やの頭に手を添えて。ぽわぽわした金色の髪、長い指でゆっくり梳いてやりつつ、
「そうじゃなく。」
 こういうことが実は苦手なお兄さんは…何とか頑張って言葉を探し、
「そんな奴でも懲りないで、傍にいてくれるのか?って。どきどきしながら確かめてるんじゃねぇのかな。」
「何だよ、それ。」
 もっとずっと小さい子がすることじゃんか。わざと苛めて、そんでもついてくるのかなって、確かめたくなるってやつだろ? 俺はそんな詰まんねぇこと やんなかったけど。
「うん。お前は強い子だからな。」
 ホントは臆病な駄々っ子がやる甘え方だしな。思わぬ拍子に、そんな人だなんて思わなかったって、見限って離れて行かれるのは怖いから。先に自分で見極めときたくなるんだってな。こんなコトしても許してくれるの? こんな悪い子だけれど愛してくれるの?って、ただ確かめてただけなのが、気がつけばどんどんボルテージ上げてっちまうんだよな。
「…それと同じだってのか?」
 あんな強くて自信家の陰陽師だぞ? 貴族たち全部から嫌われててもそれがどうかしたかって笑ってられるほど。明日世界が引っ繰り返ったって、まんま独りで居られるほど強い奴なのに?
「だからだろうさ。」
 初めて出来た、純朴なお友達。どんなにはぐらかしても、お前はホントはいい奴なんだろなんて、見当違いなかいかぶりをしてくれたりする純粋さが。どっちかって言うと自分の方こそが庇ってやらなきゃならないほどに、危なっかしいくらいピュアな人。離れて行ってほしくないけど、それは相手が決めることだし。さりとて、自分の性分を改める気はさらさらないし。どうせだったら自分が何か試したことで、嫌われるなり見限られるなりした方がマシって。そう思っての意地悪にも見えるけど、

  「それにしては突っ慳貪じゃあないじゃないか。」

 からかったままで放っておかない。どんな反応を見せるかな? じっと見やって見守ってる。だって大切な人だからね。足りないところを庇い合うんじゃなく、守るんじゃなく。役に立ちたい、ううん…支えてあげたいって思う人。同じこと、しゃにむに、打算なく思ってくれる人。何もかも知ってて言ってる自分と違って、何も判ってないのに。それでも胸張ってるそれは純粋な真っ直ぐな彼が、この陰陽師には殊更に大切な存在に違いなく。
「危ないことから、ただ追いやりたいんじゃなくって。実は、それがどうしたって言ってくれるのが、切ないくらい嬉しいんだろと思うが。」
 頬をくっつけてるお胸から、柔らかに響く、深みのある声。片手間にながら、髪を梳きつつ頭を撫でてくれる温みへと、こんのドリーマーが…なんて毒づきながらも。

  “…そうかも知んない。”

 危ない術に取りかかるって言ってるのに、一緒に居てくれる頼もしい人。ホントは役に立たないかもしんなくても、独りにしないって思ってくれたの、嬉しかったろなってのは坊やにも何となく判って…あのね? お子様を相手に、そういう微妙なこと語ってくれたお兄さんだったのが。坊やには…口許への笑みがついつい込み上げて止まらないほど、嬉しいことだったみたいです。


  ――― でもサ、こんな何でも出来る奴なんて、ホントにいたのかなぁ。

       さてな。安倍晴明は飛び抜けての天才だったっていうから、
       こんなことまで出来たんだってことにされてるだけなのかもな。


 聖徳太子だって、ほれ。八人だったか六人だかの話を一遍に聞けたっていうけれど、人数は後からどんどこ増えたものかも知んないしよ。ああ、それはあるかもな、なんて。何とも罰当たりなことを言い合いながら、エンドマークの出ているテレビ画面を眺めやり、
「次は何 観る?」
「そろそろ寝ろ。」
「え〜〜〜っ?」
「え〜〜〜っじゃない。」
 ただでさえお前は宵っ張りだろうがよ。預かってる間にもっと夜更かしの癖がついちまったら、お母さんへ申し訳が立たんのだ。
「いい子だから、な?」
「悪い子でいい。」
 そんな言いようをしながらも、ぎゅむとしがみついたる小さな温み。ふわふかな髪の手触りといい、少ぉし上目遣いになってこっちを見上げてくる愛らしさといい、日頃の小生意気なあれやこれやがあっさりと相殺されるほどに稚くも可愛らしくって。同じ存在の上での違いは、まま、今は人目がないからかもなと納得が行くとして。

  “これがどうして、あんな怖くて強いお兄ちゃんの夢とつながるものやら。”

 まだ時々観ることのある、美麗で迫力もたっぷりのとある夢のことを不意に思い出したのは。丁度観ていた映画のせいか。坊やの感慨とは全然別なところで、ちょっぴり遠いことを考えてたなんてことは。ええもう、はっきり言って内緒だったりする葉柱のお兄さんだったりする訳ですが。
(笑)
「…? どした?」
「いんや。」
 晴れたらいいですね、明日こそ。
(くすすvv)



  〜Fine〜  06.7.24.〜7.25.


  *いえね、野村萬斎さんの映画を観たもんですから、つい。(笑)

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