ああビックリしたと、ドキドキしつつも何とか強腰な言いようを言い返し、
「今日は呼んでねぇだろが。」
いつもなら昇降口に差しかかる頃合いに携帯で呼び出してる相手だが、今日は呼び出してなんかない。何にか気を取られたままにて、小学校の校門をぽてりぽてりと出て来た坊やであり、
「第一、まだガッコの授業中じゃねぇのかよ。」
「残念でした♪」
今週一杯は短縮授業なんでな、俺らも昼までで終わりなんだよと言い返して来るお兄さん。愛車のゼファーにまたがったまんま、翼みたいに左右へと腕を伸ばしてるハンドルに自分の腕を引っかけて。ちょこっと前かがみになってる彼のお顔が、にっかとほころんだ…その屈託のない笑い方に、
「………。///////」
不覚にもドキリと、坊やの胸の中で何かが撥ねた。面差しも体格もそれなりに完成されつつあって、精悍で男臭い風貌の、すっかりと一端(いっぱし)の男衆なのにね。時々こうやって自分にだけ、鋭い筈の目許を細めて、悪戯っぽい顔で笑ってくれるのが、
“子供が相手だから微笑ましいって思ってのことなのかな、それとも油断しまくってのことなのかな。”
どっちにしたって、仮にも族の総長張ってる男が気ぃ抜いてるんじゃねぇよなんて思いつつ、でもね。温かいお顔だなって思って、ついついこっちまで釣られそうになる。喧嘩の最中とかアメフトの試合中とかの、怖いくらいに真剣真摯な、気魄の籠もったお顔も知っているからこそ、こんなお顔もするんだっていうのが格別に“特別なこと”に思えてね。それを向けてもらえる自分だってのが、ちょこっとだけ…嬉しかったりする。
“…チッ、俺も焼きが回ったぜ。”
色々あって人間が丸くなったのかな。そんなになるなんて もう年だぜ、ったくよ…なんて。ついつい手のひらであおって“おいおい、ちょっと待ちたまい”と声を掛けたくなるようなこと、苦笑混じりに胸中で転がしていたヨウイチくんだったのだが、
「…あの。」
そんな二人が向かい合ってたところへと、怖ず怖ずと声を掛けて来た人がいる。不意を突かれて、ついでに…柄になくもほこほこと和んでた胸中まで覗かれたような気がしたか、ああん?と細い眉を吊り上げもって振り返った坊やの背後に立っていたのは…。
「…あっ。」
昨日の今日だから まだ忘れちゃあいない。昨夜の寝不足の原因になってくれた、こざっぱりとしたスーツ姿の、あのお兄さんだったもんだから。ホラー映画なんかの殺人鬼が唐突に現れたなら、このくらいゾッとするのかとまざまざと思ったほど、一気に背条が凍りつきそうになった坊やだったものの、
「やっぱりそうですよ。この人です。」
そのお兄さんの背後から、別な人の声がした。おややと首を傾げるようにして、お兄さんの後ろを覗き込めば、そこには。
「一昨日はどうも、お世話になりましたねぇ。」
背丈のちょこりと小さな、和服の似合う、それはそれは品の善さそうなお婆さんが一人、そりゃあ柔らかな笑顔でもって立っていらっしゃり。不躾に覗いて目が合ったヨウイチくんへも、寒の中に薄く射した穏やかなお日様みたいに、にっこりと笑って下さったのだった。
お話は一昨日の午前中へと逆上る。此処のほんご近所の息子夫婦のところへ、徒歩にて向かっていたその途中、幅広な横断歩道の真ん中に取り残されてしまったお婆ちゃん。信号が変わりそうになった時に、慌てた拍子に転んだらしくて、お膝をアスファルトで擦りむいていたもんだから。すぐ間近にいた車線から降りて駆け寄ったお兄さんは、まずはバイクのハンドルに掴まらせ、自分が後に立って“歩行器”代わりに押してやりつつ、残り半分の横断歩道を渡らせてやって、それからね。バイクはガードレールへチェーンで留め置き、そこからは背中へおぶって目的地までと送ってやりかけた。小さなお婆さんは軽かったから、筋骨頼もしい体躯をした総長さんにはお易いことだったんだって。ところが、あとちょっとというところで、迎えにと出て来ていた家人らしい方々がこっちを見やって…誤解をしたらしく。
「こんな風体の俺に何か勘違いしたなってのはすぐにも判ってな。そりゃあ怖い顔をして駆けて来たんで、面倒なことになんのもなと思って、そこで降ろして逃げたんだよ。」
そのお婆ちゃんが提げていたお土産の和菓子の入ってた紙袋の中に、留め金が緩んでたという総長さんの金のネックレスがするりと滑り落ちていたのだそうで。返さなきゃいけないしお礼もしたいと、昨日からずっと…息子さんたちがこの近辺を探していたらしい。
「バイクのナンバープレートまでは見てなかったらしくて。ただ、いつものお馴染みなカッコしてたもんだから、相談に行った交番から訊かれた交通課でも“もしかして”ってすぐにもピンと来たらしいんだが。何せ都議の息子さんだからっつって、問い合わせするにも気を遣ったらしくてサ。」
それで私服のお巡りさんが、さりげなく近づこうとしてたらしいんだとさと。冷たいサイダーの入った大きめのグラスを差し出しながら、銀さんがそうと話してくれたのへ、
「悪いことへの問い合わせじゃなくてもか?」
なんか妙な理屈だと怪訝そうな顔になった坊やへは、
「いや…だから。間違いだったら引っ込みがつかんだろうよ。」
「…なんだそりゃ。」
どこか曖昧な言いようの葉柱の説明では良く判らなかったのだが、それを押しのけてメグさんが言うには、
「ルイが暴走族の、それも頭目(ヘッド)だってのを知ってて…なのに取り締まってない、みたいなサ。本人へ、それもバイクに関してって問い合わせで接触したらば、警察って立場上、そこんところに目ぇ瞑ってられなくなるだろからね。」
大人の世界ってのは ややこしいんだよと、自分じゃあ説明出来なかったことへ、不貞腐れたような一言を投げた総長さんへ、
「いっそ一遍ほど取り締まられちまえば良いんだよ。」
あの喧しいマフラーは余計だろうにと、そのオートバイに恩恵受けまくってる坊やがそんなキツイことを言ったりし、
“でも…。”
ここも行きつけの居酒屋の、奥まった畳敷きのお座敷にて。簡素なテーブルの傍らへと腰を下ろしてたお兄さんの、大好きな温みのお膝によじ登って跨がって。白ランの中へと潜り込みつつ、
“…妙なことにならなくて良かったよな。”
心からの安堵の想いに、人知れず零れた小さな溜息が一つほど。勝手な取り越し苦労をしていただなんて、当然のことながら誰にも話す気になれなくて。ただ、安心した途端に眠くなったのは何だか癪だったから、いつもみたいに可愛げのないこと言ってみたりしたのだけれど。
「…ふにゃ。」
ルイの大きな手がネ、そぉっとゆっくりと。髪の中までも もしゃもしゃってまさぐって撫でてくれたもんだから。
“………心配かけてんじゃねぇよ。”
ああもう限界だ。ここで眠ってしまおう。ちょっぴり堅くて頼もしい、いい匂いのするルイの暖かい懐ろで。誰にも邪魔されないままに、大好きなアメフトの夢とか見よう。途中で起こすんじゃねぇぞ? 判ってんな? zzzzzzzz………。
〜Fine〜 05.1.08.〜1.12.
*そういえば、
1月末にルイさんのお誕生日が来るんでしたっけねと思いまして、
突発的に思いついて書いてみました。
いえ、全然お誕生日を祝ってはおりませんが。(おいおい)
*今回も九条様からお素敵作品を頂戴いたしましたですvv
ヘッドがっ! カッコよすぎですようvv
いつもいつもありがとうございますvv
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