Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

    柳緑花紅、花衣
 



 柳緑花紅。北宋の詩人が詠んだ詩歌に出て来る言い回しで、春の自然の美しさを詠みながら、自然があるがままにあることの幸いをも表している。雪の白から土の黒。そして、少しずつ張りを見せる陽光の目映さへ、拮抗出来るだけの色彩が萌え始め、現れる、生命の息吹。柳の緑、花の紅。悪戯な風、無情の雨。甘い香り、草いきれ。

  「…で、陸のお部屋から見えるのが枝垂れ桜っていって、
   お花がいっぱい巻きついた、柳みたいな枝が、
   すだれみたいに何本も何本も下がってるんですよ。
   どれも勢いが強すぎて、藤の棚みたいのを設けてやって広げないと、
   枝が折れたり、先が地面についてしまうんですって。」

 早咲きの山桜をいじめた風雨の後、数日ほど続いた気欝な花曇りがやっと明け、久々に頭上に覗いた清かな空から降りそそぐは春めいた陽光。萌え始めのやわらかな緑が、下生えのそこいらや梢の先に恥ずかしそうにちょこりと見え始めている荒れ庭へと足を運べば。まだまだ幼い揚げ雲雀の囀りのような声がして。久し振りの好天に気をよくしてか、御簾を片端から上げて光を取り込んでいるらしき、主人の居処でもある広間には。床の板敷きを端から端まで覆うかの如くに、とりどりの色彩が不規則な角度で重なり合いながら撒き散らかされており。こちらも今日だけは春の花畑のような趣きになっている。
「桃に今様、鴇色に紅も新しいものが揃うておりますが。」
「だが、桜の時期はもう過ぎようからの。」
 赤や緋色での襲
かさねは、仕立て上がる頃には時期が外れておろうにとの意を含みし、闊達明朗な声が返されるのが聞こえて来る。慶雲のような淡さで染まりし薄絹の巻物が、何本も広げられてあり。色襲を見てのことか、少しずつ端をずらして重ねてあるものは、緋や緑の濃淡の絶妙なグラデーションや、はたまた季節を表す襲の拮抗色の取り合わせの大胆なところがまた美しく。
「よう、新しい衣紋の見立てか?」
「あ、葉柱様vv
 真新しい反物のお花畑の中にちょこりと座していた書生の坊やが、庭からいい響きのお声をかけてきた来訪者へと、大きな瞳をくりくりさせてご挨拶。広間には彼のほか、春の陽気に金の髪をきらきらと温めて、陽あたりのいい辺りに小桂姿の若き主人の痩躯がしゃんと立っており。その細い肩の片方、浅瑠璃の小桂の上へ、広げた反物、練白と若柳とを重ねて無造作に引っかけている様が何とも艶やか。白い手で胸元に当てた染絹を落ちぬ程度に押さえつつ、
「領から届いた絹をな、適当に染めさせておったのが仕上がったらしいのだ。」
 簡単に説明してくれたお館様。住居こそ煤けたあばら家屋敷だが、これでも神祗官補佐という、殿上人らの中でも高位の上達部だからして。俸禄として朝廷から頂いた結構な“領地”というのがあって、そこから領主であるお館様へと収められるものの中には、米や農作物の他、細工ものに毛皮や絹、手の込んだ織物もあったりし。そんな献上品の中にあった絹を何本か、例年のこととて出入りの染め師のところに預けておいたのが、この度 綺麗に仕上がったらしいのだが。となれば、初夏から夏への新しいお召しを仕立てましょうということで、今日は、これも出入りの仕立て師が同行して来ての、お見立て会もどきが繰り広げられていたらしい。物への執着がとことん薄い彼だが、だからこその無頓着さでか、結構あれこれと衣装持ちだったりし。時折ふざけたり作戦だったりして羽織し女ものも、毎回借り物ではないところからして推して知るべし。
(笑) 名のある大きなお屋敷ならば、衣紋の管理の延長として、お仕立て担当の家人も抱えていたりするそうだが。何せこちらは男所帯で、しかも…流行だの習わしだのにはてんで構わない方々ばかり。季節の移ろいを身なりや装いへと取り入れて、洒落者めかすのが粋とされる昨今にあっては、そんなずぼらでは野暮ったいか…というと、それが豈あにはからんや。素材がすこぶるつきに良い方々揃いなので、見事な衣紋に“着られる”ということがまずはない。幼い書生くんの水干姿や背伸びをしての隋身装束も愛らしいし、そんな彼を補佐する黒髪の憑神様におかれては、雄々しき肢体に漲るむくつけき力強さを相殺しての、凛とした風情が匂っているため、こちらもいかなる装束を持って来ても清冽なその存在感が負けるということはなく。極めつけはやはり、金髪痩躯のお館様で。何に臆することもなく、いつだって堂々と胸を張っている彼がまとえば、どんな衣装でもいかにも颯爽として見えて。季節の決めごとから大きく外れた格好や襲かさねを、無頓着にも羽織っていても。斬新で鮮やか、大胆でアバンギャルドだと(おいおい)うら若き女御たちからは誉めそやされるわ。若衆たちの間でも、自分が着るのは勇気がないからせめて文や料紙の重ねでと真似る者が出るわ。染師たちからは“当世の流行、人気の品や拵えを知りたければ彼を見よ”なんて言われての、ファッション・リーダー扱いされるわ。
“今回は開き直ってのカタカナ使いまくりか? おい。”
 あっはっはっは…っvv まあまあ。つまりは、そのくらいにご自身の感性の妙なるところを周囲から評価されてる方々だというお話ですがな。晴れやかな明るさの満ちたる広間に負けじと、こちらも十分に温められた濡れ縁のところまで歩を進めたが、これでは足の踏み場がないなと苦笑し、そのまま縁側へと腰を下ろした黒の侍従へ、
「ボクも縹
はなだのと浅黄のと、夏物の新しいのを作っていただくんですよ?」
 瀬那くんが嬉しそうに とたとたと寄ってゆき、濃青と水色の反物が隅の方へと避けてあるのを、腕を伸ばして指差して見せる。その脇には、淡い翠や純白の何本かもまとめてあるので、伸び盛りな坊やへはその他にも幾式かをついでに仕立てるに違いなく。それは楽しみだのと笑って応じてやっていれば、
「お前もついでに仕立てるか?」
 その薄い肩へと、白紗の生地に繊細な織り柄が透けた見事な逸品、青みがかった緑の絹の上へと重ねてすべらかしつつ、麗しのお館様が声をかけて来る。
「黒だの藍だの、重い色ばっか着てやがって。たまには青碧だの水色だの、思い切っての生成りだの、垢抜けたところを着てみろや。」
 線の細いお顔のその口許に、仄かに含み笑いを浮かべておいでの白皙の美丈夫。仕立てる前の絹の色合い、顔へどう映るのかを見たくてのことだろか。小桂の衿を下げるべく、胸元の合わせを少しほど開いてくつろげ、後ろも抜き襟にしたのが、淡い髪色に透けてる華奢なうなじをますますあらわにしていて。そんな細い肩越しに、艶なる視線を寄越す様子もまた、何とも意味深であだっぽく。
“冬は冬で、氷雪の化身みたいに見えたのにな…。”
 つれなくも非情な冬が去ってのち、樹上の梢には梅の紅白、桜の緋白。桃の緋が済んでから、若葉が瑞々しく茂り出し。大地には菜の花、蓮華が広がり、花色映える緑の側にも濃淡が増して、山吹の黄にユキヤナギの白、卯の花に藤。初夏には柳の緑も濃くなって。つつじや夾竹桃の鮮赤がいよいよの華やぎを添える中、深紅や純白、堂々と富貴な牡丹が大輪の花を準備する。そんなまで華やか賑やかな季節の中にあり、自然天然の花々に全く引けを取らない存在感にて咲き誇る、玲瓏なる風貌もそれは目映き、麗しの術師殿だったりするものだから。アクの強い憎まれ口を叩かれても、今日は不思議とムッとせず。そして自分は、そんな彼の傍らに影のごとくに控える身だからこそ…というよな意識があった訳ではないけれど、
「いんだよ、俺は。」
 端
はなから取り合わず、喉を鳴らしてくつくつと、笑っているばかりの蜥蜴一門の総帥様。髪も瞳も肌色も、淡彩軽やかな印象をした術師殿とは対照的に、こちとら、住まわる世界が染みたよな、深い深い漆黒の髪をした闇の者。筋骨雄々しく、肢体を縁取りし線も気概もいや太く。屈強精悍にして野太くも逞しい自分では、華やかな薄色を着たとても、借り物のようでどこか落ち着かず滑稽なだけだろし。第一、
「荒くたい性分だからの、すぐにもズタボロにしちまう。」
 こんな風に春の日和にのんびりしている同じ日の夕べ。朧ろな月のその下にて、今度は草の葉に乗る夜露を踏みしだき、命灯強くも萌え出た木の芽より ずんと厄介な何物か。人に徒なす邪妖相手の、命のやりとりの切った叩ったを、激しくも苛烈に繰り広げもする彼らなので。薄色淡色、繊細な絹のお上品な仕立ての衣紋では、着たその端からおじゃんになるのが目に見えてもいる。
「さようさ。天下一の粗忽者であったわな。」
 忘れておったわ、済まぬ済まぬと、わざとらしくも笑った術師であったものの、

  “自分だって。これで怒らすとどこの武将や魔神より恐ろしいくせによ。”

 可憐な花のような、しなやかな若木のような。どこの深窓の姫御かと思うよな、繊細さとそれから…蠱惑の魅惑とが馥郁と匂い立つ、いかにも優しげで嫋
たおやかな、そんな見栄えと裏腹に。指先に挟んだ咒符一枚にて小山ほどもの大邪妖を易々と封じる、苛烈強靭な咒力を誇り、裂帛の気合い一つで鬼さえ転がす気勢も、尋常只者のそれではなく。そこへ加えて、図らずも敵が多い身ゆえの緊張を、常態にて維持し続けている彼でもあって。鋭角的な冴えや躍動、気概に四肢に常のこととてみなぎっており。そうまで苛烈な人性でありながら、なのに…その尖りよう、抜け目のない浅ましさではなく、器の大きさ、尋の深さとなって、頼った者には頼もしいそれとして滲み出してくるから、あら不思議。そこらの公達の若造どもなぞ問題外。殿上内裏で我が物顔で暗躍する、年経た古狸どもでさえ、貶おとしめようと結託し束になってかかっても、丸きり歯の立たぬままでいる、それは強かで手ごわき豪の者。そうとは到底思えぬような、儚い花のような見栄え・姿をしているなんて、いっそ詐欺かもしれないほどで。
“そういう落差もまた、こやつなりの周到な武器であるのかの。”
 筋骨の強靭さや大太刀ひらめかす膂力では、限度があると とっとと見越し。だからこそ選びし、内面の強かさや人性上での周到狡猾。こんな呼びようだと聞こえが悪いかもしれないが、何にも媚びず おもねることなく、気概の雄々しさは折らぬまま。誰に恥じ入ることもなく、自身の選びし信念を貫き、毅然昂然と胸を張っているなんて。立派に男らしく、凛々しくも頼もしい限りなことではなかろうか。
「…何を腑抜けておるのかの。」
 先程から ふいと声も発さぬようになり。されど、心ここにあらず…には見えぬまま、くっきりとした目許を和ませて、ただただこちらを眺めているばかりな葉柱であり。実を言えば自分もこういう作業・仕儀は退屈だったか、相手をしろよと言葉でのちょっかいを出して来た蛭魔であったのへ、

  「なに、綺麗だなーと思っての。」

 薄色に絶妙な色を合わせて上品に着こなすのも、濃色を立ち居振る舞いの切れのよさであっさりと従えちまうのも、相変わらずに見事だしよ。似合わぬ色なんてないんじゃないのか? お前…なんて。目許を細めてしみじみと。問われるまま請われたまま、思うところをすらすらと、それこそ臆しもしないで衒(てら)いなく並べた彼だったので、

  「…そやって、思ったままをすぐ口にするのはあらためな。////////
  「??? なんでだ?」

 別に腐した訳でもないのによ。それに…なんでお前、そんな赤くなってんだ? うっせぇなっ、蘇芳の赤が頬に映ってるだけだ。/////// 今かけてんのはどう見ても露草色だが。主人が赤だって言やあ、青でも黒でも赤だって言うもんだ。それよか色盲だったら大変ぞ、ちゃんと玄米やぬかづけを食って眼の精力を付けねば…と。お見事にすれ違ってる主従二人の会話を聞きつつ、これもまたいつものこととて、セナもお仕立ての職人さんも慣れたもの。こっそりクススと笑いつつ、それでは今回はそういうことでと、手際よく荷をまとめの、見送りのして、広間からそそくさと離れる彼らだったりし。後に居残るは喧々囂々と賑やかな喧噪の主たちだが、人の気配の退いたのに気づけば、直に大人しくもなろうから。花も終わってその代わり、梢に緑の見え出した古梅の一株。若い枝が風に遊ばれ、かすかに震えている様が、座敷の二人のじゃれ合いを笑っているようにも見えたとさ。



  〜Fine〜  06.4.12.


  *神戸の桜は散り始めてますが、京都の桜は今週末が見ごろだそうで。
   東北や北陸はこれからですね。
   各地の銘木の中継があるのが楽しみです。

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