Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “猫も杓子も…?”
 



 これも長かった冬の余波なのか。春から初夏にかけてのここ数週間ほど、例年にないくらい日照時間が極端に短いのだとかで。野菜の価格が高騰中だなんて話題を、ワイドショーのみならず定時のニュースでも扱うのが、こんな時期には珍しく。そういや雨の日が多いかな、そんでもなんか、実感が薄いなぁ。あれれぇ? それって訝
おかしいよな。雨が多いということを、誰ぞに言われるより前に、自分から気がつけてた何かしら、条件づけがあったよな気がするのだが。
『最近の子は傘がなくてもあんまり不自由しないからじゃあないの?』
 とりあえず駅とか繁華街まで出られれば、アーケードだのガレリアだの地下のモールだのがどこにでもあるから、傘を差したままでいなくても構わないでしょう? それはその通りだけれど、毎日の学校までの行き来にはやっぱり傘は差すってと返せば、あらでも、ルイちゃんくらいの年頃の子なら尚のこと、学校にだってバスや電車を使うのだろし、と。そこまで話が進んでから、
『ああ、でもルイちゃんはバイクに乗ってるから、梅雨どきでもあんまり差さなくなってたわねぇ』
 あんまり過信はしないで、ちゃんと着替えを持ってきなさいよと朝食の席にて母上から進言されたのを話半分に聞いちまったのは、そんな会話の中から、やっとのこと“ああ、そっか”と気がついたことがあったから。

  “そうだよ。雨んなると危ねぇから呼ぶなって言ってあったんだ。”

 8つも年上のこちとらを、専属タクシーか何かと同じような扱いで携帯1本で呼びつけやがる、まだ小学生の小悪魔坊や。毎日の放課後、自分の通うガッコまで迎えに来いときやがって、大した距離じゃあないからこそ面倒なんだとか何とか、最初のうちこそぶつくさ言っていたものが。1カ月も続くと不思議なもので、気がつけば以前からの習慣だったみたいなノリになってしまってて、呼ばれないと却って落ち着けなかったり。

  “………。”

 いよいよ末期なのかな、と。ふと思ってしまった総長さんだったりし。
(苦笑) こっちが高校に上がって間もなくという頃合いに知り合って、それ以降ずっとの“お迎え”は、この春先にて目出度くも(?)3年目に突入した訳だけれど。雨の日は迎えに呼ぶんじゃないと、それをわざわざ言い置いたのは昨年の今頃、梅雨どきのこと。結構雨が多かったからというのもあって、事故ったら危ないから雨の日は呼ぶなとわざわざ告げた。
“それの前は…どうしてたっけかな。”
 1年経ってからやっと言い置いただなんて、俺ってそんなまでトロかったかな。アメフトとバイクにかかわることへは、これでも結構気が回るつもりだったのにな。
“………。”
 あまりの豪雨では向こうも濡れたくないからと呼ばなかったことだろし、当たり前の毎日って呼ばれ方が定着したのは…、
“夏休み過ぎてからだったような?”
 妖一くんがもっと小さかった頃から、ずっと一緒にいたような気さえするけど。実際はまだ2年。まだまだ8つの(もう9つになったのか?)坊やの側にしてみりゃ、2年といったらかなりの歳月にもあたろうが、こっちにはこっちで、彼をまだ知らないでいた頃という小中学生時代もあったのだし、その前の何年かという蓄積だってちゃんとあった筈なのにね。なのに、この2年間という期間のインパクトがあまりに鮮明なせいでか、そっちはすっかりと霞んでる始末。
“まあ、元々あんまり昔のこととか思い出さねぇ方ではあるが。”
 そういや湘南の原尾くんのことも、毎年逢ってたお友達だったのに、すぐさま思い出せないでいましたしねぇ。…もしかして、今が良ければ殆ど過去を振り返らないO型でしょうか、総長さん。
“…B型だ。”
 そうでした。
(笑) 律義で利他的で義理堅いA型でもなく、身内をどこまでも信じる親分肌のO型でもなく、天才肌でマイペースなB型でしたっけね。…なんか そぐわないような気がするのは私だけなんでしょうかしら。まあ、血液型の話は置いといて。(おいおい)
“雨が多いってことは…。”
 そのまま、坊やからのコールがない日も多いということになる筈。なのに、そんな格好では全く気がつかなかったのは何でだろうか…と、この1ヶ月を思い返してみてみれば。
“………雨の日もつつがなく逢えてるからだろな。”
 普通にバスを使ってだとか、若しくは、知り合いだというミニパト勤務の婦警さんたちにちゃっかり送ってもらってだとか。そういう手段をあれこれと講じてまでして、あっちから毎日足繁く通って来て下さるものだから。迎えに来いというコールはなくとも、ほぼ毎日のように顔を合わせ続けてて。昨年の梅雨どきや秋の終わりに雨が多かった頃のように、ああ今日は来ないのかと逢えない日を数えることがさほどなく。それで“雨の日が多い”という実感も薄かった…ということかと。
“もうちっと自分が主体の人生を送ろうぜ、俺。”
 ふと、そんな風に冷静に思うこともたまにはあるらしい、葉柱さん。今日は久々にいいお天気の中、地元から数駅ほど離れた繁華街のショッピングモールまでのお出掛けである。平日の昼間だからか人の出足も今少し穏やかなものながら、それでも久し振りのいいお日和は人々をお外へ誘うものなのか。奥様層の日傘が早々と、プロムナードのあちこちに朝顔みたいに咲いており。乾いた陽射に白く晒されたアスファルトの上を、淡色の傘が幾たりも移動中。スタンドバー式のカフェの奥向きにて、壁代わりに嵌まってる大きなガラス越し、歩道を行き交うお元気なおばさまたちの流れなんぞを気もそぞろに眺めている。そろそろ日中は暑くなって来たものの、主義にまつわるトレードマークでもあるせいか、衣替えの直前ではまだまだ手放せぬ白の長ラン姿でいる彼は、やっぱり人の目を引いてしまうようで、
「…あれってもしかして賊学の?」
「うん。制服着てる人ほど幹部だっていうから、あの人もかなり怖い方の人だと思う。」
 試験期間なのか、それとも…自分らと同じく、自習か何かが重なって早引けしている途中なのか。反対側の入り口近くに立ってた女子高生たちが、蓋つきのカップコーヒーを片手に、こそこそと彼を見ては何やら話が弾んでいたりし、
「あんなパリッてカッコした人は珍しいよね。」
「そだよねぇ。」
 氣志団じゃないんだから。そだよねぇ、今時だと不良もそうじゃない子も変わんないのにね。アロハとか着て、シルバーとかのアクセをベルト通しに下げて、どっか たら〜んとしたカッコしてるもんなのに。やっぱ“こーは”なんじゃない? こーは? だからさ、不良なのに先輩を立てるとか、古臭い決まりごとにはうるさいってゆーかー。あ・そっかー、体育会系か〜。そいや独りでいるしィ。それか、応援団とかに入ってる人なのかも知んないねvv 押忍…ってやつ? ありかも〜〜〜vv
“…笑われてはないトコが救いかしらねぇ。”
 不良だ不良だと怖がってこそこそしている割に、興味津々なのか、なかなか話題が尽きないご様子なのが耳に入って、こっちもついつい苦笑する。体格がいいのは喧嘩ばっかしててしかも強いからかな、とか、結構イケメンじゃん、え〜・そっかなぁ、濃くない?とか。聞こえてないと思っての暴言の数々に、辛抱たまらずとうとう吹き出しそうになったので、
“やばやば…。”
 せっかくだから、カッコつけたままで通してあげなきゃねとでも思ったか。これ以上抱腹絶倒な扱いをされぬうち、判りやすくも髪をふるると揺すっての自己主張をしてから、お喋りしていた彼女らの傍らをついと通り過ぎ。彼女らの言う“今時には珍しくも”毅然とした態度を崩さぬ、クールなお兄さんへと向かってつかつか歩み寄ったのが。こちらさんも涼やかな目許にきりりとした迫力が滲む、そりゃあ判りやすい改造セーラー服を着た、グラマラスなお姉様。
「待たせたね。」
「おう。」
 声をかけられあっさりと、沈思黙考から顔を上げた葉柱であり。用は済んだのか。ああ。何か飲んでくか? いや、あたしはいい。そんな手短なやり取りをし、それじゃあと店を後にする。出入り口近くにいたお喋りさんたちからの視線が、頬に当たって擽ったかったけれど、そこは何とか知らん顔で押し通し、
「…? どした? メグ。」
 舗道に出てから少しほど歩いて。店からの視野から外れた辺りへまで離れてから、ようやっと。息継ぎが出来るぞ〜〜〜っと言わんばかりに…それでも多少は遠慮をしつつ、苦しげに笑い出したメグさんだったのは言うまでもない。何が何やら、事情を全く知らない葉柱がキョトンとしているのさえ可笑しくて、
「は、腹が痛い…。」
 言われてみれば、今時 バラエティ番組のコントにだって出て来ないってほどの、型通りのツッパリっぷりだ。髪をきっちりセットして、いかにもな特攻服風の学ランに、よ〜く磨いた革の靴。斜
ハスに構えた横柄な態度…はさすがにそうそうしょっちゅう取ってないものの、目付きは悪いわ口の端でシニカルに笑うわ、十分過ぎるほど威嚇的な面構えをしているその上、すぐさま額に青筋が立つ短気者…とくりゃ、立派な“昭和の遺物”には違いない。とはいえ、
「大丈夫か?」
 確かに、いざって時の威容・迫力にはただならないものがある男だが、日頃の彼はこれでもなかなかに奥が深い御仁で。女子供には優しいし、繊細というか思慮深いところがあるというか、
“ちょっと違うか。えっと…。”
 こういうのは何ていうんだっけ、えっとえっと…と。何とか笑いの発作が治まったところで、今度は絶妙巧みな言い回しに苦慮しているメグさんであり、
「おい、ホントに大丈夫なのか?」
 ちょっぴり情けなくも眉を下げ、いかにも心配してくださってるお顔へと、
「大丈夫。」
 はあと肩を落として深呼吸。ここにあの坊やがいたらねぇ。きっと即妙な言い方をしてくれるに違いないのに。そんなこんなと思いつつ、
「広場を回ってこうよ。」
 まだちょっと、気遣うような目つきなまんまの連れへと向けて、大丈夫だったらと芸のない言いようを重ねる代わり、そんな風な提案を1つ。このモールにはスズカケの樹がところどころに植わった公園が駅の傍らに広がっており、今時の季節は若い緑が涼しい風に揺れ、なかなか過ごしやすい。そんなせいでか、愛犬を連れたお散歩客も多く来るスポットとしても有名で。見かけに拠らず、実は小動物が大好きなメグさん、そこを通って目の保養をするのが此処に来たらの定番コースになってもいるので、
「ああ。」
 そんな気分になるほどに、お元気元気という主張が、やっとこ心配性な総長さんを安堵させ、のんびりとした歩調で遊歩道を進む二人連れ。同世代の通行人はやっぱり少ない時間帯ながら、それでも全くいないという訳ではなく。道幅も広くて明るいショッピングモールの、人の流れが途切れる一角なんぞに、所在無さげにたむろしている顔触れが、こっちに気づくとこそこそっと足早にいなくなるのを鼻先で笑って見送ってやる。
“あれはあれで、何かしら楽しいのかしらね。”
 気の合う仲間と集まって、腹を割っての話に屈託なく興じたり、ちょいと こづき合ってみたりが楽しいのは誰であれ同じ。問題なのは、数に頼っての間違った威勢や威容で気が大きくなり、罪のない相手へ向けて、とんでもない考え違いなことをやらかす馬鹿者たちが偶にいることで。そういう性分
タチの悪い奴らほど、強い相手に敏感でもあり。警察とそれから自分たちへ、ああやってこそこそしていたりする尻腰のなさが、メグさん辺りの女傑ともなると、何とはなし 癇に障ったりもするようで。
“みっともないったらありゃしない。”
 目端の利くメグさんが嘆かわしいと眉を顰めているその傍らでは、
「…お。」
 行く手に随分とお子様世代の人垣が出来ているのに気がついた総長さんが、そこから明るい歓声が上がっているのへと気を引かれた模様。祭日でもないのになと思いつつ、だがまあ、こんなにいい陽気なら、生気が有り余ってるお子たちが集まるのも已なしかと。こちらさんはこちらさんで、どこぞの育成振興会の会長さんみたいなことを思いつつ、そんな人垣についつい関心を寄せたらしく、
「ルイ?」
 空を遮る高層ビルもすぐ間際にはなく、とはいえ、開放的と呼ぶには足元が堅すぎるスクエアな空間。モールの端のレンガ敷きの広場に設けられてあったのは、全天候型コートを気取ったストリート・バスケ用のゴールが2基ほどあって。周辺の店舗のショーウィンドウに暴投したボールが当たらないようにということか、一応のフェンスが囲っているその中で、誰ぞがゲーム中であるらしく。時折歓声が上がっているところから察して、
「人気者がプレイ中ってトコみたいだぜ?」
「平日の真っ昼間にかい?」
 訝しげに眉を顰めるメグさんへ、他人のことは言えねぇだろがと苦笑をし、ちょっくら観てかねぇかと指を立てて見せる辺りが、
“子供なんだからねぇ。”
 スポーツで沸いてる雰囲気というものは、競技による差こそあれ、根本的なところは似ているもので。
“こうまで容易く惹かれているなんてねぇ。”
 恐持てな筈の総長さんの、実は周囲の子供らに負けないくらいに純真なところへ、保護者感覚で“くすすvv”と笑い、軽快な足取りでそちらへと向かった連れの、頼もしい背中を後からのんびりと追ってみる。そろそろお昼休みも終わろうか昼下がりに入ろうかという時間帯で、中学生層が最も多そうな人垣は、上背のある彼らには頭ひとつ分ほど差があるがため、余裕でその向こうを透かし見ることが出来。2基のゴールは両方とも塞がっているのだが、こちら側のコートの方に圧倒的な人気がある模様。お遊びだからか、ゼッケン用のビブスなんぞも使ってもおらずで、よってチーム分けも外からのパッと見ではなかなか判りにくいものの。パス回しを眺めていればすぐにもその構成は掴めて来る。今はそういう人数割りの遊びだからと二手に分かれているものの、全員で仲間内であるのか、ちょいと肩なぞがぶつかるたび、馴れ合ってニヤニヤ笑い合ってたりもする彼らなのだが、そんなこんなよりも葉柱の眸を引いたのが、

  “…あれ?”

 よほどに遊び慣れている中学生だろう、動きやすそうな大きめの私服姿の男の子たちが3人ずつでのゲームを楽しんでいたその中に、妙に小さいのが紛れ込んでおり。しかもしかも、その金髪頭と金茶の眸には…重々見覚えもあったりし。
「いっけ〜っ、ヨウイチ!」
「そのままスローしちゃえっ!」
 正式な2ゴール式のゲームだったなら“3ポイントシュート”かもというほどに、まだちょっと距離のある位置で。ひょいっとインターセプトを仕掛けて相手のパス回しをカットし、自分でボールをキープした、6人中一番小さいおチビさん。やっぱり少々大きめのTシャツを重ね着しており、ボトムは膝丈のゆったりしたパンツ。躍りかかって来たノッポの敵からの牽制へ、ヒップホップ系のダンスを思わせる動きにも似た所作を見せ、足は固定したまま すすっと腰を沈め、軽く体を左右させるだけにて身を躱す。それから、小さな片手にボールを乗っけ、もう一方の手を後ろから添えると、絶妙なタイミングで膝を折っての短いアクション。腕に脚、肩や胴など、細っこい全身を何とも見事に連動させて。まるで野生の生き物か何かが空へと飛び立つ瞬間のような、いかにも自然で伸びやかなフォームのままに、ボールを宙へと送り出す。そのコースがまた小癪というか絶品というかで。さして高々と投げ上げてもないというのに、かなりの身長差がある相手チームの面子たちが、咄嗟に宙へと翳した、防御のための腕の林を次々に鮮やかに擦り抜けてゆき、リングの縁を越え、バックボードに当たってからネットへとゴールイン。
「やたっ!」
「凄げぇぞ、あいつっ!」
「これで何点目だっけ?」
「26だよ、26。それも一人でっ。」
 同じチームのお兄さん2人が駆け寄って、坊やの金の髪をわさわさと掻き回してやり、やめろよな〜と振り払いつつも、まんざらじゃあないというお顔をする彼こそは、
“何やっとるんだ、こんなとこで。”
 総長さんにはお馴染みすぎる小さな坊や。蛭魔さんチの妖一坊やじゃあ あ〜りませんか? ザッと周囲を見回したものの、いつも一緒のあのおチビさんは姿が見えず、よもやと警戒した、あのスカした歯科医もいない模様。行動派な坊やだから、このくらいの“遠征”ならたった一人ででもこなせる彼には違いないが、それにしたって学校はどうしたのだろうかと案じておれば、
「ルイ。」
「あ?」
 うっかり存在を忘れてたお連れさんからのお声がかかって来。考えごとの途中だというのが ようよう滲んだお顔を向ければ、
「観てたいんでしょ? あたし、先に帰るね。」
「あ、いや、俺も…。」
 慌てて身を返し、その場から離れかかれば。そりゃあ素早くもその鼻先へ、綺麗な指先がふぎゅると押しつけられて、
「観てたいんでしょ?」
 ゆっくりと繰り返すところ、ありありと冷やかしを含んでいて。むむうと膨れかけたものの、そんな背後から、

  「…ルイ?」

 あああ、向こうからも見つかっちゃったみたい。まま、こんな上背のある人ですし、しかもこの暑い陽盛りの中で長袖の学ラン羽織ってりゃあ、人目を引かないはずはないってもんで、
「悪り。俺、抜けるな。」
「え〜〜〜?」
「何でだよう。」
 たちまちブーイングが沸き上がっていたが、そんなものには臆しもせずに、
「知り合い見っけたからvv
 お気楽に答えてコートから離れてくる彼である模様。こうなっては知らん顔も出来ないかと、さっさと離れてったメグさんに背中を向け、人垣を器用にも擦り抜けて来たお馴染みさんを待ち受ければ、

  「ルイ、ガッコは? サボリか?」

 開口一番、何て不名誉な訊きようをして下さるものやら。
(笑) これもいわゆる条件反射で、さっそくにも目許を眇めてしまった総長さん、
「あほう。こんな時間帯にサボるんなら、グラウンドに出とるわい。」
 ついいつもの習慣から、子供相手であるにも関わらずの斟酌のない語調で応じれば、
「そだよな、うんうん。」
 何たって春季大会中だからねと、そちらさんもまた慣れた風情でうんうんと、一端の大人のように頷いて見せ、
「じゃあ何でこんなとこに居やがんだ?」
「関東大会での会場の下見だよ。」
 先週終わった都大会は、お見事にも準優勝を収めた賊学カメレオンズであり、次のセクションにあたる“関東大会”の1回戦にて、この春に新しく完成したっていうスタジアムが割り当てられてたので。自習になったのをいいことに、交通の便と会場自体とを見物して来たその帰り。此処へはメグさんの私用があったのでと、幹線道路から途中下車した彼らであって、
「え? メグさんもいたんだ。」
「まあな。」
 なんだ〜、先に帰っちゃったのか? 安心しな、さっきのシュートは観てったからよ、と。彼らには特に何てこともない“いつもの会話”を交わしていたに過ぎなかったのだが。周囲のお子様たちにしてみれば、何とも奇妙で華々しい光景に見えたことか。何しろ、片やはまだ小学生の、しかも1mちょこっとしか背丈のない、見るからに華奢な男の子。それが…50センチ以上は身長差のあろう、見上げんばかりに大柄で恐持てな、高校生以上の屈強精悍な特攻服のお兄さんと、そりゃあ堂々としたタメグチでの会話を繰り広げているだなんて。しかもしかも、向かい合うにあたって、子供扱いして屈み込むでなく、ポケットに手を突っ込んでのしゃんと背条を延ばしたままという、言わば“対等な”態勢で視線を合わせてる総長さんだってのがまた、ただの知り合い同士というのとも違って見えて、

  「凄げぇ〜。」
  「ヨウイチ、あんな怖そな兄ちゃんにもダチがいるんだ。」

 坊やの側の、媚びるでない甘えるでない毅然とした態度もまた、特に作為的なものではないだけに、周囲からの憧れや尊敬の眼差しを集めてもおり、

  ――― お前こそ何でまたこんなトコにいやがる。
       市内の小学校対抗の陸上大会があったんだ。
       それが何で此処にいる。
       低学年は午前だけの参加だったから。
       陸上競技場があんのはもっと先の駅だろうがよ。
       親戚の家がありますって言って、途中で降りた。
       お前なぁ…。

 どうせ、そんなのいい加減な口実であり、引率の先生が制
める間もあらばこそでとっととホームに降り立ったに違いなく、
「ホントは電器館辺りへ寄り道すんのが目的だったんだろうがよ。」
「ぴんぽ〜んvv
 キャハハと笑って済ます彼へ、まま今更な話だよなと思えば 気も抜けて。
「昼飯は? 喰ったのか?」
 訊けば“ん〜ん”とかぶりを振るから、そんじゃあ此処のモールのどっかに入って食ってこうかと促したところが、

  「ヨウイチっ。」

 背後からの、いやによく通るお声が飛んで来た。野次馬然として周囲を何となく取り囲んでた連中よりも、腰も態度もしっかりした声音であり、
「何だよ、お前。もう辞めんのか?」
 さっきまで眺めていたコートにはいなかった顔だから、もう一方のほうで遊んでいた子だろうか。この子もやはり中学生くらいの、まだ十分に幼い顔つきをした男の子で。少しほど利かん気が強そうなところが見受けられ、思ってもみなかったことだとするような憤慨ぎみな言いようには、どこか“自分に断りもなく”という含みも感じられたが、
「おお。」
 相手の態度の色合いへ、間違いなく気づいていながら、なのに…そんなもんに遠慮する義理なんてありませんと振り切る、こちらさんもなかなかに強腰な坊やであり。
「そもそも来合わせたからってだけで混ざってただけじゃんよ。」
 練習の邪魔して悪かったな、じゃあなと一端な言い回しで手短に言い置き。そんなやり取りを黙って見やって待っててくれてた、大きい方のお兄さんへと駆け寄りかかれば、
「待てよ。」
 素早く出された手が、坊やの二の腕をやや強引に掴んで引き留める。これへはさすがに、少々むっと来たらしいヨウイチ坊やだったが、
「そいつ誰?」
 相手の視線は自分ではなく、向かいかけてたお兄さんのほうへと真っ直ぐに向いており。何でそうなっているのかが、ピンと来なかった彼に成り代わって、
「〜〜〜〜〜。」
 葉柱ご本人が微妙複雑な表情になっていたりし。というのが、
「言ってなかったっけ? ルイだ。」
 おいおい、言ってなかったっけだと? 日頃から人を話の肴にしとるんか。だってよ、日のほとんどを一緒にいるんだもん。だから、話題にもなりやすいんだってば。傍から見れば尋常ではない取り合わせでの漫才もどきのやり取りが続いたもんの、突っ掛かって来ていた少年の耳には届いていなかったらしく。その代わり、

  「え〜っっ! だって高校生じゃんか!」

 はははは、はいぃ? 何をそんなに驚いておいでなのでしょうか?
「???」
 ヨウイチくんにも総長さんにも、それがどうかしたのかというリアクションだったため、大きく眸を見開いての“補足説明を請う”というお顔を向けたれば、

  「お前と口喧嘩ばっかしてるっていうから、
   俺てっきり、クラスが一緒の小学生だと思ってたのにっ!」

   ……………………………………。

 葉柱のお兄さんの口許が引きつったのも、目元が眇められたのも、それからそれから額の隅に見事な青筋が立ったのも。その中学生の発言のせいではなく、手前に立ってた金髪の坊やへのお怒りからのことだろと、筆者は思うのだけれども。
(笑)

  ――― 日頃どういう会話をしとんじゃ、てめぇ〜〜〜っ。
       悪かったってば。

 そんな視線のやり取りに重なって、
「大体、こいつってば不良じゃんか。」
 いちいち指差すところが、やっぱり怖い者知らずな坊主であったが。気が動転しているのならともかくも、もしかしてお調子に乗ってのことなら、いい加減にしとかんと。誰へでも気さくな突っ張りお兄さんじゃあないかもしれないと、周囲が少々その囲いの輪を引き始めたそのタイミングへ、

  「「それがどうかしたか?」」

 おおお、見事にハモってるハモってる。
(笑) 当人たちにも思わぬこととて、申し合わせたかのようにステレオ音声になったため。ついつい顔を見合わせた小悪魔くんと総長さん。やっぱり同時に苦笑を浮かべた気の合いようが、お相手にはいかにも意味深な示し合いにでも見えたのか、十分むっかりと癇に障ったらしくって。
「な、なんだよ、その態度はよっ。」
 答えになってねぇぞと語気を荒げるのへと、葉柱の方はさすがに肩をすくめて、そのまま背中を向けてしまい、
「お…おいっ!」
 逃げんのかよと息巻きかけた小さいお兄さんへは、
「俺、別に不良とでも付き合うぜ?」
 その代理ということでか、ヨウイチ坊やがあっさりとお返事を返してやってる。いくら何でも中学生相手に本気の言い合いもねぇよなと思ったらしいと、そこは易々と総長さんの気持ちを察してのフォローに立つことにしてのお言葉であり、
「だって、お前、そこらでたむろって偉そうにしてる連中が嫌いだって言ってたじゃんかよ。」
 それがこれってのは話が違うじゃんかと、どこか慌て気味に言いつのるこっちのお兄さんへ。小さな肩をいかにも大人のようにため息交じりに落として見せてから、

  「俺は自分の手柄でないことで威張ってる奴が大嫌いなだけだ。
   ルイをそこいらの薄っぺらな不良と一緒にすんな。」

 くっきりはっきり言い切った、何とも凛々しかった坊やには、庇っていただいたカメレオンズの総長さん、お背
せなで小さく苦笑して見せたそうであった。………けど。なんかそれって、恋人を腐されたからってことへの憤慨の弁にも聞こえるんですけれど?(うふふんvv
「あ…。」
 呆然自失と立ち尽くす、ストリートバスケ少年の前から今度こそ踵を返した坊や。何事もなかったかのように、ぱたぱたっと駆け出すと、先に歩き始めてた白い長ランへと追いついて、降ろされてた大きな手へさも当然という態度で手をつなぐ。それへと応じてか、向こうさんもまた当然顔にて、小さな肩に負っていた小ぶりなデイバッグを取り上げてやり、

  ――― ルイ、何食いに行くんだ?
       そうだな、ご飯ものがいいかな。

 じゃあ“盛末亭”に行こうぜ。あすこの日替わり定食、評判なんだ…と。あくまでも“世は事もなし”なお二人さんだったそうですよ?










  clov.gif おまけ clov.gif


 何とも奇妙な出会いがあったもんで。だがまあ、付き合いの広い子だってのは重々知ってた葉柱だったし、これまでは年上の部にばかり引き会わされて来たものが、今度は自分よりかは年下の部にも会わされるよになったってことだと思えば、困惑気味だった気持ちも何とか落ち着いて。
「歯医者がいちいち俺に突っ掛かるのがよ〜く分かったぜ。」
「何言ってんだよ。ルイの方こそ、阿含に意味なく咬みついてばっかいるじゃんか。」
 わざわざ置き換えなくたっていい話だろうがよと、そのどちらともの接点となってる当のご本人の坊やから言われていれば世話はなく。誰のせいなんだ、この野郎と、むむうと眉を寄せたのも束の間、
「お友達同士が仲悪いのはイヤか?」
 ある意味“火種”のご本人へとお伺いを立ててみれば、
「別っつに〜♪」
 傍らにあった鉄製のカゴの中からアメフトボールを取り出しては、机の上へ器用にも積み上げて遊び始めた坊やが、その手遊び(てすさび)の傍らという風情にてお返事を返して来た此処は。毎度お馴染みの賊学のアメフト部室。妙な場所にて自分が知らなかった坊やのお顔、思わぬカッコで目撃出来た総長さんだったものの、
“ま〜な。四六時中一緒って訳じゃあないんだし。”
 しかも飛び抜けて行動派な坊やなだけに、お兄さんの傍らでアメフト三昧…なだけじゃあ収まらない、多趣味さと多忙さも健在だってのが、特に不思議だとは思わない葉柱だったりもし。…そいや、サバイバルゲームクラブにも入ってるって言ってましたもんね、この坊ちゃんたら。桜庭くんのコネでの子供モデルのバイトも続けているそうだし、高見センセーの研究室へも、新開発の小道具が出来ると欠かさず呼ばれて出入りしているそうだし。ミニパト乗務の婦警さんたちとの交流の輪も途切れさせてないと来て、いやホンマにお忙しい小学生には違いなく。子供のバイタリティってこうまで物凄いもんだったんかねぇと、今更ながらに感心していると、
「心配しなくてもいいぞ?」
 何をどう案じたものやら。窓辺の桟に頬杖ついてた総長さんに駆け寄って来て、どした?という眸を向けて来たお兄さんのお膝へ、いつもの強引さにてよじ登って跨がると、
「あすこへはこのところあんまり行ってねぇし、ルイが嫌だってんなら声かけられても無視すっから。」
 妬かなくていいからなと言わんばかりの気遣いの声を出す坊やなもんだから。メグさんは言うに及ばず、副将その他の皆様までもが、咄嗟という自然な反射で吹き出しそうになったのを必死で堪える苦しげな声が室内に充満し、
「あのな…。」
 それへはさすがに、口許をひん曲げながら何かしら言い返しかけた葉柱の気勢を押し潰し、

  「葉柱ルイっ! 出て来やがれっ!」

 外からのよく通るそんなお声が、ど〜んと部室内へまで轟いて。ご本人の感覚は“何ともにぎやかで落ち着かない日であることよ”という程度であったけれど、たまたま通りすがったクチの賊学生たちは、笑えるほどの大慌てで身を隠す。窓から顔を出してた総長に“お前も仲間か、こら”と目をつけられでもした日には身の破滅だ、とでも恐れられてのことだろうと思われて。そんな中にあり、怯むことなく胸を張っていたのが、
「あら、あの子。」
「あ…タクヤだ。」
 おおお、そんなお名前だったですかい。見覚えのある中学生が、今日は自分のところの制服だろう、白と紺と緑の斜めの細かいストライプというしゃれたネクタイと、夏服の白いシャツに濃紺のズボンという、なかなかシャープでトラディショナルないでたちで、ロードサイクル風の自転車に跨がったまんまで、こっちを向いての仁王立ち。背中に濃色のデイバッグを背負っているところから察して、学校帰りの身であるらしく、
「ここいらの学区の坊主じゃないっすね。」
 見かけない制服だったのと、そんな身であれば…この敷地に単身で入って来るほどもの、向こう見ずにも限度があろう、超弩級の大馬鹿者なぞ、久しく見たことがないからで。
「…ルイさん?」
 部員たちが“どうしますか?”と伺う声をかけて来るのは、いくらガキでも舐めた真似をさせてそのまま無事に返すと“しめし”がつかんのではないかと思ってのことだろが、
「放っとけ。」
 こっちが何処にいるのか見定めてもないらしいし、いちいち目くじら立ててたらキリねぇぞと、投げ出すように言って仲間内を宥めたところが、

  「葉柱っ、覚えとけよっ!
   ヨウイチ泣かしたら俺がただじゃおかんからなっ!」

 今日も先日と同様に、初夏らしい明るい陽射しがあっけらかんと降りそそいでる、そこだけは何処のガッコとも変わらないだろう、静かな空間の中庭にて。相手も内容も突拍子もない、いわゆる“宣戦布告”をした彼であり。

  「………………………………………おい。」

 周囲の静けさを一体どうと解釈したやら。自分がどれほどの爆弾発言をしたのかにも気づかないまま、荒い鼻息をふんっと1つついてから、自転車のペダルに片足を乗っけると、ハンドルを切っての方向転換。賑々しくも騒がしく乱入して来た割に、やたらと静かに退場してった彼であり、
「…ルイ、生きてるか。」
「おかげさんで。」
 これまでにも色んな騒動に巻き込まれて来たからな、このっくらいじゃあ堪えんさと言いつつ、されど、
“…何が嬉しくて、中学生から小学生を取り合う宣戦布告をされにゃならんのだ。”
 しかも鞘当ての対象は男の子。
(笑) やれやれと肩をすくめて室内を振り返れば、
「………お前ら。」
 こちらさんが静かだったのは、腹を抱えて声もなく、床にへたって笑い頽れていたかららしくって。一応はこの学内や駅前周辺の繁華街にて、顔を利かせ幅を利かせている幹部格全員が、ことごとく討ち死にというからとんでもない威力であったこと。中坊の意味不明な一言に憤死してる場合かとばかり、片っ端から“弛
たるんでんじゃねぇぞ、起きろ”と鉄拳制裁に回った総長さんだったのは言うまでもなく。そんな様子をどう解釈したのやら、
「ルイって見かけに拠らずロマンチストだからなぁvv
 照れ隠しにみんなを殴って回るこたないじゃんかなんて言い出した、坊やからの至近地雷の暴発に遭って、
「な…っ! ////////
 おおう真っ赤になったぞ、さては図星かとチームメイトたちが沸いたりし。
“…そっか〜、そういう言い方があったのか〜vv
 絶妙な言い回しを、メグさんが心のメモ帳に書き足したのは言うまでもなかったり。
(笑) やっぱりすっかり、至って平和なツッパリさんたちな模様です、うんうん。





  〜Fine〜  06.5.31.〜6.01.


  *モテモテ小悪魔くんの若いツバメくん現るの巻でございましたvv
(おいこら)
   なんちゃってFTの緊迫の正念場を書くのに疲れて、
   ちょびっと休憩して…こゆもんを書いてたなんていう、
   救いようのないお馬鹿でございます。
(苦笑)
   プロット固めずに書き始めたんで、終盤、見事に玉砕しておりますが、
   坊やの手広い交友関係には、年齢相応な(?)顔触れもいるんだよという、
   そういうお話にしたかったんですが…。
(笑)

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