2
…ということは、つまり。葉柱のお兄さんの代わりにと、泣いてくれた人ってのは他でもない、此処にいる妖一坊やのことだったらしくて。
「………聞いてたんかよ。////////」
まだ夕陽にはちょっと早い時間帯。なのに真っ赤になった坊やの方へ、やっとのこと、お顔を向けたお兄さんで。
「まあな。お陰さんで、俺は泣かずに済んじまった。」
言い返しながらにやっと笑って見せたお顔が、坊やには何とも憎たらしかったけれど。う〜〜〜っと唸りながら思わず振り上げた小さな拳を、避けようともしないままに笑っていた葉柱のお兄さんだったのが、あのね? 男臭い笑い方の映える精悍なお顔といい、余裕綽々な態度といい、何と言いますか…惚れ惚れするほどカッコよかったから。
“…まあ、いっか。”
挫折を知らないパリッパリの“お坊っちゃま”ではないものの、それでも…一番好きなもので受けた敗北感なんぞで、大々的にしょぼくれられていたならば、何かと手が掛かって鬱陶しかっただろうしさ。
“これ以上グレたりはしなかろうけどもな。”
その方向に限っては、今の状態で既に十分な状況かとも思いますが。(笑) 筆者の記したマークに釣られた訳でもなかろうけれど、それはないよなと自分でも可笑しくなったのだろう。坊やの側でも しょうがないなと、くすくすと笑って見せて、それから。
――― 俺、ルイと知り合ってから、泣き虫になったかも。
今までは。少なくとも、外でとか母ちゃん以外の人の前でとか、泣いたことなかったんだぞと、恨めしげに言いつのれば、
「そか。でも、すっきりすんだろが、泣くと。」
「…ま〜な。」
誰にも知られぬ慟哭は、泣いた内に入らない。生理学的には、ストレス物質がどうのこうのと、その効果を立証した上で推奨してるけど。どんな形であれ、ただ泣けばいいのだと言ってもいるけど。そうじゃなくって。
――― 弱いとこがあったって、いいじゃないの。
悔しいとか悲しいとか、あとあと切なかったり…嬉しかったり。大きな感情が器から溢れてのこととして。泣くこともある人でいいじゃないのと。そんな余裕を自分に認めるのは、悪いことじゃあないからね。
「…何か偉そうだな、ルイ。」
「そか?」
だって俺、結構泣かされて育ったからよ。お父さんが忙しかったから? お母さんが構ってくれなかったとか? いんや、兄貴としょっちゅう喧嘩しちゃあ殴られてたからな。今でも年の差あって敵わねぇのに、小さい頃なんて下手すりゃ倍くらい大人なんだぜ? だってのに手加減しねぇ、大人げない奴でよぉ。参った参ったと言いながら、わははと豪快に笑う人。………ああそうだね。ルイのそういうところが大好きだよ。そうと思ったその途端、気持ちも浮かれて、それでつい。
「る〜いvv」
一応は人目も憚っていて、そうそう滅多にせがむって訳ではないのだけれど。今日は結構はしゃいだし、慣れないお掃除にって働いたからね。もう眠くなって来た坊やだったのかも知れずで、ちょっぴりと目許を潤ませ気味に、真っ直ぐ仰向いたそのままにて…目線でせがむ彼だったから。
「………っと。////////」
自宅だってのに、だからこそ。周囲に誰もいないのを素早く確かめ、そぉっと懐ろに掻い込んで。そのまま、やっぱりそぉっとそぉっと。くるみ込むようにして腕の輪を狭めつつ、まずは小さな肢体を抱き締める。冗談抜きに腕が余るほどもの小ささで、
“これが女だとしたら、どうなんだろうか。”
いや・だから、やっぱり女性の方がいいというのではなくて。これが女の子で、ついでに もちょっと年齢だって自分に近かったなら。果たして自分は食指を動かしたかな、好みというかタイプというか、そこには嵌まっているのだろうかと、極々たまに思わないでもなかったけれど。そんな迷いをあっさりと、蹴っ飛ばしてしまうのが、
“………やわらけぇんだよな。”
感触もそうだが、それだけじゃなく。態度や行動力だけを見ている分には、あんなに手ごわそうな子なのにね。すっかりとこちらに身をゆだね切っているからこそのこと、やや萎えた肢体の小ささとそして、得も言われぬ柔らかな感触がして。これこそがこの子の素なんだろうなと、その儚さに何となく…ホッとする。このまま、抱きすくめる腕が追っても追っても追いつかないままに、どんどん、どんどん萎んで縮んでいって。しまいには腕の中から消えて無くなってしまうのではないかと心配になるほどに柔らかく。そのくせ…触れれば、柔らかくはあるけれど、しっかりとした温みと存在感が伝わってくる。重ねた唇は、やっぱり小さくて柔らかで。軽く啄ついばんでから、舌先で合わせをつついてやり。そのまま上と下とを別々に、軽めに挟むようにして順番に構い分けてやるのがいつもの手順。子供を相手にやることじゃあないかも、そんな風にも思いはするけど。この小さな温みを懐ろに掻き抱く感触の、得も言われぬ充実感は、もはや何にも換え難いから。
“…来るトコまで来ちまってんのかな、俺。”
女をよくよく知る前にこれかよと、内心にて失笑が洩れたとほぼ同時、
「あ………。////////」
「? どした?」
妙に真っ赤になった坊や。髪を撫でると、ひくりと震えてから、妙にいやいやをする仕草。突っ撥ねようとしてではなくて。払い飛ばすというより、身を遠ざけようとしているようで。
「妖一?」
「…な、なんでもねぇ。////////」
何でもないって顔じゃなかろうと思ったし、妙に…腕を突っ張っているのが気になったので。
「どした。口ん中、咬んじまったか?」
それとも、治りかけてた口内炎か何かに、うっかり触ってしまったのだろうか。お顔を覗き込もうとするのを、ますます嫌がる坊やだったから、
「ほら、暴れんな。」
ひょいと、何の気なしにのこと。腕の中に収まってた坊やを抱き直したところが、
「………んあ。/////////」
かすかなかすかな、甘い声。不意を突かれて、本人も意識しないままに出してしまった、そんな上がり方をした声だったのだが。
「…お、お前なぁ。///////」
わぁ〜〜〜、俺、やばい。何でまた、小学生の蜜声にどきどきしてるかな。声変わり前なんだから、高いのは仕方がねぇじゃんかよ。バランスが悪くて転ぶかと思ったとかいうような、言わば悲鳴だったのかも知れんのだし。そんなもんへ…何でこうまで熱くなるかなと。頭の中が、胸の混乱に何とか追いついて、そんな風に正論を掘っくりかえして落ち着こうと頑張っている。頑張れ俺と思いつつ、どきどき喧しい鼓動の音の隙間から、何とかして相手を見やってみれば。
「…妖一?」
どうしたのだろか、妙に大人しい。今さっきの“お前なぁ”にも、そういえば反駁の一言がなかったし。ちょっぴり恥ずかしいものに限って、すぐさまピンと来るよなおマセな子だから、少々お下品ないい回しで“溜まってんのか”などと囃し立てるか、それとも…せっかくの雰囲気がぶち壊しだろがと怒り出すか。悔しいほどにも的を射た攻撃があると思っていたのが、そういう反応は一切なく。
“…そういやぁ。”
意味が分からないままに囃し立ててたような子は、意味が分かる頃合いの“思春期”になると、恥ずかしいことをしていたという自覚も出て来る反動から、そういう手の話題を殊更に“いやらしい”とか“不潔”とか極端に毛嫌いするようになるケースもあるというから。もしかして、おませが過ぎてそんな段階に入った彼なのだろうか。
“…いや、それこそ早すぎるだろうよ。”
まるでお父さんみたいな心配を、頭の中にてグルグルと。溝の切れたカーボンディスクよろしく、出口のないままリピートしていたところへと、
「あんな? あの…。////////」
こそりと。蚊の鳴くような声でやっとの応答。どした?と、心配気味のお顔を寄せれば、またまた少々気後れしてか、視線を逸らした坊やであったが、
「何か、体が変になった。///////」
「………変?」
ざわりと、背条とかが鳥肌が立ったみたいな感じになって。それから、腹とか胸の奥辺りが熱くなり。指先や爪先まで、一気に泡立つみたいな熱がサァッて駆け抜けて。そんなのが通り過ぎた後だってのに…まだ何かが疼いてやまない。これらをきちんと言えるほど、落ち着きを取り戻した彼ではなかったけれど。そこはそれ、一応“年長さん”だったから。朱を亳いたようになってる坊やのお顔を眺めつつ、先程、こっちを骨抜きにしかかった甘い蜜声を思い出したお兄さん、
「………それって。」
「………。////////」
うつむいたまんまながらも上目遣いのお顔がこっちを睨み、わざわざ言うなと言いたげな、どこか複雑そうな視線を向けており。もしかして微妙に成長しちゃった坊やなのかもと言いかけた、こちらのお口を塞いだそのくせ…こんな言いようをぽつりと紡いだ。
「…俺って、もしかして凄げぇ“いんらん”なんかな。」
「……………。どこでそういう言葉を覚えてくんだ、お前。」
今時じゃあ、よっぽどコアな裏ビデオの中でしか…それも“言葉なぶり”って形で女を貶おとしめて恥ずかしがらせるような時にしか、出て来なかろう、古い言い回しだってのと、思った自分にも少々閉口しかかったが。………さては、そういうビデオを見てるわね、青少年。
“うっせぇなっ。兄貴のお古をもらったことがあるだけで、…っと。/////////”
メグさんには内緒にしといてあげるんだね。
“ああ。”
場外での妙なやりとりはともかくも。(苦笑) ああこりゃやっぱり“そういうことか”と、アタリをつけた葉柱で。
「だって…俺、おミズのお姉さんとかと、えっちな話も時々するし。」
だから、体も反応しやすくなっちゃったのかな。だってだって、ただの“きす”なのに、今まで平気だったのに。きゅうぅんという声が聞こえて来そうなほどに。そりゃあ切なげに眉を寄せ、困っているのと頼りなげなお顔をするのがまた、罪なほどにも可愛いもんだから、
“うわ〜〜〜〜っっ! うわっっ!!////////”
ヤバイぞ・ヤバイと、今度はお兄さんの方が真っ赤になったが、
「………ルイ?」
ああそうか、自分の身の反応が、一大事すぎてるんだ。そいで、こっちの不審さや、言動の底にまでは注意を向けてる余裕がない坊やなんだなと。まだ少々混乱してか、日本語がおかしい総長さん、それでも状況は何とか掴めたらしく。落ち着け、葉柱。今、この子が頼っているのはお前だぞと、自分自身を叱咤してから…数刻後。彼なりに練ってみた“正しい解釈”というのを捧げてみる。
「その…もしもお前が“淫乱”とかいうのだったら、だ。
えっちなことへドキドキするの、今のお前みたいに困ったりはせんと思うぞ?」
「………え?」
ああ、まだ反応が鈍いというか、頭の回転も混線中なのかしら。一を聞いて十…どころか、百も千も判ったその上、万くらい先の手配を先回りして打ってくれてた子だったのにね。という訳で、今回ばかりはそこへと頼ったずぼらも利かず、
「…だから、だ。」
あああ、こういう話題は俺もなんだか苦手だってばよ。いつぞやみたいに歯医者に、丸投げしちまうか? でもなぁ、こういう微妙な話こそ、あいつじゃ却って危ない気もするし。せっかくこっちに向いてる“芽”だってのに、ないことないこと積み上げて“そんなもんは気の迷いだ”なんて誤魔化されたらどうするよ。………一部、大人の魂胆も入り混じってて(苦笑)、なかなか複雑な胸中だったらしいのを。それでも何とか押さえ込み込みしながらのこと、
「だから、だ。お前が言ったような、性根が、その、ちょっとは やらしい子なんなら。快感だようって喜ぶばっかな筈じゃねぇのかよ。」
「あ………。」
そっか、と。小さな口許がかすかに動く。そうは思わなかった坊やだったから。むしろ、それでは困ると慌てたのだから、即ち…淫靡な性癖の持ち主ではないということ。まだちょっとばかり赤い頬のままで、それでも、やっとのこと理解はしたらしく。だがだが、そうなると。
「〜〜〜〜〜〜。/////////」
やっとの機転が再起動したその一番最初に、選りにも選って…妙な混乱から妙なことを口走った自分なのだということへの自覚が、その身の内を駿馬のように駆け巡ったらしくって。
“…それこそ、プライドの高い子だからな。”
パニック状態にあったとは言え、どういうことを口走るかなと、凄まじい自己嫌悪の中にいる彼なんだろなって。想起するのも簡単だったから、
「…頼むから、
俺の口を封じれば八方丸く収まるなんて、物騒なことは考えんなよな。」
んん?と。依然として懐ろの中にいる坊やを引き寄せ、小さなおでこへこっちの額をくっつけながら、単調な声でそうと告げてやれば。
「………そうか、その手があったよな。」
にんまりと口許が笑ってるお顔が上がって来たので、こっちもこっちで“おいおい”と眉を下げての閉口顔。絶妙な掛け合いのタイミングに笑いつつ“どうしよっかなぁ”と言って、ぎゅうむってしがみついてくる小さな手が。再びこちらの懐ろへと伏せられたお顔の温みが。秋の風にさらさらいたずらされてる金の髪が…ひどく愛おしい葉柱であり、そして。
「………ルイこそ、どこで覚えて来んだよな。」
不意打ちにそんな一言を…随分とあれこれが省略された一言を口にした坊やへ、
「あ? 何をだ?」
今度は残念、本気で意味が分からないらしく。キョトンとしているお兄さんへ、
“ほら。これが通常モードのくせしてサ。”
お馬鹿な兄ちゃんだからなって、しょうがないなぁっていつもいつも思わせてるクセにさ。肝心なツボだけは、しっかり押さえてやがんだもんな。わざわざの噛んで含めるみたいな言いようとか、それとは真逆で、妙に敏感に気づいてくれた上で…俺が恥ずかしいって思わないようにっていう、今みたいに素っ惚けた気配りをしてくれるトコとかさ。カッコいいやら悪いやら。他でこんな冴えてたトコって言ったらば、試合中と喧嘩の最中の修羅場以外では あいにくと見たことねぇけどな。………でも、
“だから…俺、好きになったんだ、きっと。”
他ではどうでも、俺んことでだけはツボを外さない人だから。不器用だからこその真摯さで、しっかと見ててくれてる人だから。そんな希少な真剣さをもって対してくれる彼のこと、自分にだけって独占したくなるのに、そうそう時間はかからなくって。
“………。”
初対面の時に何やかや構ってくれたり、連れ去られそうになったのを助けてくれたりしたのは。俺が小さい子だから見過ごせなくてっていう、誰にでも同じことをしたって対応だったのかも知んなくて。そんなのヤだったから、そうじゃないよなって思いたくって。そんな想いが働いて…やんやとまとわりついてた俺だったのかも? ヤだな、それって何だかサ。
“こっちからばっかの“一目惚れ”みてぇじゃんかよな。”
今頃気づいているあたり、正真正銘、無自覚・無意識の挑発って代物だったのだろうから、尚のことに気恥ずかしい坊やだったりし。
“何だよ、何だよ。////////”
俺の方からばっかの“好き好き好きvv”っていう一方通行なのかよと。当世はやりのラブコメじゃああるまいし、なんかそんなの癪だよなと。復活した途端にとんでもないところまでの先読み試算を叩き出してる、坊やに内蔵のスーパーコンピューターだったりするのだが、
「…なあ。」
妖一坊やにすれば不意なこと。当の葉柱からの声にハッとして、しがみついてたお胸から、そろぉ〜っとお顔を上げたれば。
「その…高校での俺のアメフトは、全国一を目指すって意味では終わっちまった訳だけどよ。」
選りにも選ってこんな時に、何を今更なことを言い出すかなと。思いはしたが…黙っていると。大きな手でほりほりと、後ろ頭を掻きながら、
「この先もまだ当分は、一緒に居てくれっかな?」
……………あ。////////
真っ赤になった妖一坊や。他でもなく、今一番にほしかったことを言われたもんだから。今度は一発で意味合いが通じたくせしてね。
「…しょうがねぇな。
こうなったら俺が8年後にクリスマスボウルまで連れてってやっからよ。」
「何だよ、その前に俺だって、大学での甲子園ボウルに出てやるさ。」
「賊大って一部リーグじゃなかったろうよ。」
「2年もありゃあ上がれるサ。」
などなどと。終盤はさすがの事情通ならではな、省略しまくりの言いたい放題な会話になっており。いつの間にやら、照れも気まずさも消えてのいつも通り。気負いはないけど溌剌と強かな、打てば響くの間合いも復活。思わぬ形で発覚しちゃった、坊やの微妙な成長から生じた齟齬とかぎこちなさまで、自分たちだけで難無く整理出来るようになってるんだもの。これはますます最強コンビなのかもと、某アイドルさんが此処にいたなら苦笑しながら確信したよな、そんな空気を醸しつつ。更けゆく秋の日、窓辺で逆シルエットになってた二つの影が、何とも自然な引き合いにて一つの影に重なりまして。来たる冬にも不安はないぞと、今からほんわか温かムード。
――― これからも一緒に居るのはいいけどよ。
おお。
浮気したら、タダじゃおかねぇかんな。
速攻で別れんのか?
速攻で性根を叩きのめしてやる。
………ほほぉ。
お後がよろしいようで。(苦笑)
〜Fine〜 05.11.28.〜11.30.
*もはや年の差なんてもの、障害になっちゃあいない人たちみたいです。(苦笑)
**

|