Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

   草いきれ
 


桜の時期をとうに越しての、今は鮮やかな緑の季節。
瑞々しくも発色のいい可憐な若緑と、
張りのある落ち着いた深緑の天然の襲
かさね
そこここにふんだんに見られるようになる時期で。
いよいよと早くなった夜明けの名残り、
それは爽やかで心地いい空気が満ちているうちはいいけれど、
昼を過ぎると たちまち頬に火照りが昇るほど、
初夏めいた暑さが早々と訪れている今日この頃。
こんな時節は風を切って翔けるのが一番だと、
駒を引き出し、風の向く先、気の向くままの遠駆けへ。
連れもつけずの身軽なまんま、たかたか赴いた主従のふたり。
今は出先の草原で、天穹を仰いでの草枕と洒落込んでおり、
“くーかくーかと寝てんじゃねぇよ”
着くなり ぱっさん、後ろざまに倒れ込んだ草の上にて。
畏れ多くも主人を放っぽって、心地よさげに眠ってしまった侍従へと、
金髪痩躯のご主人様は、只今ちょいと目許を眇めてる最中である。
そりゃあさ、特に何がと目当てがあった訳じゃあないけれど、
せっかくの二人きりだってのに、
身体だけを残しておいての“置いてけぼり”はないだろう。
「………。」
こちらは痩躯を伸びやかにうつ伏せ、草の上へと肘をつき。
初夏の直垂は柳と青白。
涼やかな襲
かさねをまとった袖から伸ばした手の先、
手折った青草で、傍らの寝顔をほれほれと擽っていたのだが、
「お…。」
途端に一陣の風が吹き、あっと言う間に手元の草を持ってゆく。
まるで、そんな悪戯で起こしてやるなと風から窘められたような気がして、
“色んなもんに好かれてやがるのな…。”
彼のせいではないけれど、それでもやっぱりこいつが悪いと
葉柱の男臭い精悍な寝顔へ向けて、恨めしげに囁いた蛭魔である。


そこいらの公達の若いのが、
夜っぴて悪ふざけや夜這いに耽っているのとは事情が違い、
そんな夜陰に紛れてこそ動き出す、妖かしの存在を成敗するのがお務めの身。
そうでない晩だって、無防備に眠る性分
たちではないせいで、
自分だってそうそう早起きではないくせにね。
主人を置き去りにして とっとと眠ってしまうとはと
そのご機嫌がちょっぴり傾
かしいでおいでの模様。
対して、やっぱり本来は夜行性であるがため、
陽が昇ると眠くて眠くてしようがなくなるという、
蜥蜴の一門の総帥殿。
何とか起き出せても、瞼の上がり切らぬまま
とほんとしたお顔で庭先を眺めていたりする彼は、
日頃であれば、昼近くにでも塒
ねぐらへ昼寝に戻っていたものが、
このところはこんな風に、何かというと引き留められ、
一日中を蛭魔の屋敷に居続けになることも、今では珍しくなくなったほど。
気まぐれで我儘で、他人の都合なんて視野にはなくて。
そんな強腰な性分だからこそ、
人心の隙へと付け入る妖魔へも、胸を張って対峙出来るのではあろうが。
「………。」
何とも無防備に仰のいた、男らしくも彫の深い面差しを、
ただただじっと眺めやるお顔には、
そんないつもの強引さやら、勘気の強そな尖んがりはなくて。
陽を透かす金の額髪の陰、
儚げな憂いの色が…眉間にほんの一刷毛ほど載っているだけ。
“…なあ。”
仔猫のように退屈なんじゃあない。
仔犬のように構ってほしいんじゃあない。
ただ。そう、ただ…。
“………。”
穏やかにも深々とした呼吸に合わせ、
直線の襟が交差して切れ込んだ先、
分厚い胸板が上下しているのをじっと見やる。
袖丈が合ってはいないのか、
紐の通った直垂の、濃色の袖口から少しほど長いめに はみ出した
腕が投げ出されたその先では。
ごつりと大きな手のひらを、芒種の若草が包み込み、
小さな羽虫が止まろうと来ようものなら、
風もないのに揺れて邪魔をする。
“色々と…好かれまくっておるのだな。”
彼自身も天然自然の一部だからか、それとも。
おおらかで頼もしきその存在は、
様々なものから好もしくも慕われているらしく。
そしてそれがちょっぴり面白くない術師殿でもあったりする。
“鈍感で大雑把なくせに。”
そのくせ、小さいもんを優先しやがってよ。
“結構 短気で乱暴なくせに。”
不思議と本気で殴られたことはねぇけどな。
“気が利かねぇ野暮天だしよ。”
修羅場にあっては、こちらの出方をきっちりと把握しているところが絶妙痛快で、
そういう“気の合いよう”が何とも心地いいし。
打って変わっての静かな夜陰の底にては、
伸べられる大きな手がそれは温かで、
見下ろされる深色の眼差しが何とも頼もしく。
物思う横顔に、見惚れる自分にこそ…腹が立つ。
“なあ…。”
詰まんないから起きろよと、胸の裡
うちにて呟けば、
「ん………。」
おや、届いたかな? 間合いよくも眸を開けた。
その身を預けた大地が意識を手離さぬのか、
やっぱり とほんと抜けた顔なのへ、
「外だとお前のご贔屓ばっかだな。」
苦笑交じりに言ってやりゃあ、
眠気を追い出す息の端、さすがは蟲で匂いから気づいたらしい。
こちらを向いたその所作の先、
重ねた下にし隠してた側の手を無造作にひょいと捕まえて、
「わ…☆」
その拍子、ころんと転がりかかるのを、余裕の片腕で受け止め引き寄せ、
上体だけ起こした、その懐ろへまで掻い込んでくれてから、
「ん…。」
草の刃でちょいと切ったの、あっさりと見つけ、
そのまま衒いなく口唇をあててくれる。
「…☆ ////////
寝ぼけてんじゃねぇとか何だとか、
威勢よくも噛みつきかかった反発が、
温かな感触にするするとその棘を溶かしてしまう不思議。
伏目がちになった顔は、さっきより間近いのにやっぱり遠い気がして、

  「………なあ。」
  「ん〜?」
  「美味いか?」
  「甘い。」
  「ほほぉ、吸血性だったか。」
  「ば〜か、違げぇよ。」

やわやわで小さい、綺麗な手だから、なんて。
正直に、されど曖昧に言った日にゃあ、
したたかに蹴られるのがオチだから。
それでと言葉を濁してのその代わり、
「俺の贔屓がどうのって言ったが。」
ふと思い出して訊いてみりゃ、たちまち罰の悪そうな顔になる。
ああ、わざわざ言うつもりはなかったことなのかな。
人の言葉はなかなかに複雑で、
流せばいいものとそうでないもの、
未だに見分けられないことのほうが多くって。
でもなぁ、やっかまれたり妬かれる筋合いなんて
冗談抜きにねぇぞ、こら。

  「俺はあの宮大工が気に入らねぇ。」
  「…あ"?」

聞いた話じゃ、蛭魔が今の身分に落ち着くよりも前から、
何かと馴染みだったという逞しい男衆。
力づくでの嫌がらせをされると、呼んでもないのに助けてくれて、
そん時の義理があるからと、
この礼儀知らずの恩知らずが唯一、何かにつけて贔屓にしてる先でもあって。
「も少し腕が上がったら、
 棟梁最初の大仕事に、あのあばら家の立て替えを任せてやるんだとな。」
雑仕の小僧まで知ってやがったそんなこと、
何故だか俺には内緒にしてた。
そんな区別も気に入らねぇ。
「………。」
寝起きだったのも手伝って、何だか気持ちも腐って来たから。
傷の塞がった手をとっとと押し返せば、
「………。」
何だよ、気に入らねぇなら言い返せよ。
許しもなく不機嫌になったのが気に入らねってかよ。
ああ、掻い込まれてる相手だから、何されるか不安で反発出来ねってか?
「…っ。」
手を緩めかかれば…ますます恨めしげに見上げて来やがるから。

  「そんな不貞顔まで綺麗なのは、お前、反則だろうがよ。」
  「…っ。//////////
  「何だよ、何がしてぇんだよっ。」
  「〜〜〜〜〜っ!////////

だ〜〜〜っ、痛いから蹴るな、叩くな、咬みつくなっ。
忙しい奴だと、どうどうと
何も判ってないまま…大きな手で抱え込み、よしよしと宥める総帥様が、
即妙洒脱で粋な洒落者になったなら、きっと絶対イヤなくせして、

  「こんの鈍感無粋野郎がよっ!////////

梅雨も間近な初夏の青穹へ向け、
若々しくも伸びやかなお声が放たれて、
遠い高みへ吸い込まれていった、とある昼下がりのことでした。





  〜Fine〜  06.06.07.


  *緑の瑞々しいいい時節ですが、
   既に存外と強い紫外線にはご用心のほどを…。

 
ご感想はこちらへvv

戻る