Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “たまには こんな日も…”
 



 どうやら夏風邪をひいたらしい。ベッドに寝転んでとはいえ、遅くまでPCでネットサーフィンをしていたそのまま、あっさりと寝入ってしまったその上に。うっかりとエアコンのスイッチを切り忘れてもいて。一応、お母さんが遅くに覗きに来てくれて、あらあらとケットを掛けてくれ、エアコンも切ってくれはしたらしいけど。既に体が冷え切っていたらしく、寝起きからして頭が“ぼ〜〜〜っ”としていて、そのくせ寝汗を一杯かいてて喉はからから。ガッコの方は夏休みに入っていたので、まあ問題はないかと、ほややんとしたお顔で起き上がったそのままベッドに座り込んでいたら、
「ヨウちゃん? 今日は起きないでいいの?」
 観たいテレビがあるからと言って、いつもいつも…春休みや夏休みに入っても、お母さんの出勤するまでには間に合うように起きてくるから。今日はどうしたのかなと様子を見に来てくれて。夜更かししてたから寝坊しただけだと誤魔化そうとしたけれど、さすがはお母さんで、
「お眸々が虚ろで力が足りないし、呂律が怪しい。」
 体調が悪いらしいというのは あっさりとバレてしまったその上に、
「お母さん、お仕事休もうか?」
 こんな小さい子が熱を出しただなんて。ただでさえ日頃は過ぎるほどしゃっきり元気な子なだけに、お母さんとしても不安は拭えないというもので。いつもは手がかからない子だけれど、体調が悪いことから心細くなるんじゃないか、侭に動けなくて苛つかないかと、当たり前の心配を寄せたが、

  「いいよ。汗いっぱいかいたから、これ以上ひどくはなんないと思う。」

 さすがは気丈な子で、こんな時でさえ、しっかりした受け答え。
「でも…。」
「悪寒もしないし、寒気もしないし。」
 目眩いがするとか吐き気がするとか、気分が悪いという系統の症状は一切ない。ちょっとダルイけど体の節々が痛いってトコまでは行ってなく、ただ熱っぽくてぼ〜っとしてるだけだし、その熱も測ってみれば“微熱”程度なんだからと、大丈夫を連発し、
「お昼までに熱が下がらないようならお医者に行くから。」
 ちゃんと…ある意味で“掛かり付け”の阿含さんにもお電話するからと付け足して。お母さん特製の菜物の浅漬けを刻んでトッピングしたお茶漬けをすすってから、一応の解熱にと常備薬を飲んで。柔らかい保冷剤まくらに、淡い金色の前髪の下、おでこには青い冷却剤が透けてる冷え○タを貼って。枕元には、携帯電話と体温計。手を伸ばせば届くところには、ハンドタオルとパジャマの着替えと、何年か前に懸賞で当てた小型の冷蔵庫。クレイアニメのペンギンが遊ぶ、アニメチックな氷山の形の冷蔵庫の中には、ミネラルウォーターとスポーツドリンク、忘れちゃいけない 植田inゼリーに無糖のヨーグルト。
「ああ、ポットも持って来ていた方がいいかしら。」
「カップメンとか食べれるようなら、台所まで行くから。」
「そうそう、お腹空いたら冷蔵庫におそうめんとチャーハンと、コンソメスープが入っているからね? あと、昨夜の肉詰めピーマンのあんかけの残りも。」
「わーかったってば。」
 やっぱり心配でしようがないらしいお母さんへ、わざとに…ちょこっと突き放すような言い方。もう何でも出来るんだし、何遍“大丈夫”って言わせるつもり?と。目許をうっそりと眇めて見せて、暗に“もう寝たいんだけど”と言いたげに振る舞って見せたらば。
「…うん。判った。」
 最後にっておでこを撫でてくれたお母さん。あ、やば。お母さんの手って気持ち良すぎだ。頑張って力んでた目許が緩みかけ、慌てて反対側へと寝返りを打ったけど、

  ――― あ〜あ、バレちゃったみたいかな。

 ちょっとだけ無理してたこと。だってそりゃサ、お母さんがいてくれる方が嬉しいに決まってるじゃんか。でもでも、今更なんだもん。甘え方なんて判らないし、そうかと言ってお喋りし続けるのはちょっとキツい状態なんで。安静にって横になってるのの傍にいるだけ、だなんて、退屈じゃないのかな。そんな風に思ってサ。それよか会社に行ってほしかったの。だってお母さん、勤め先の経理事務所では、パートさん待遇とは思えないくらい頼りにされてるから。特別な依頼のお仕事の補佐っていうと、必ず所長さんから指名されてるほどだから。
「………じゃあ、行ってくるね?」
 出来るだけ早く帰ってくるからって。最後の最後に言い置いて、遠ざかるスリッパの音、靴を履く音。玄関のドアがガチャンと閉まり、表の門扉がかすかに軋んで閉まる音で、完全にフィニッシュ。キィーッて音がしたのは自転車みたい。母ちゃんてば、気もそぞろになってて ぶつかってなきゃ良いけどな。

  ……… 今日って、暑くなりそうなのかな。

 西日本はもう30度以上って真夏日ばっからしいけど、こっちはそんなの、まだ時々だもんな。あ、でもセミはもう鳴いてるんだ。気がつかなかったな。ルイのガッコにも樹はいっぱい植わってたのにな。………誰かウチの前、走ってったな。そいや、チビせな。今頃は、どうしてるんだろ。王城は補習受けるようなレギュラーはいないって桜庭が言ってたから、すぐにも合宿なんかな。まさか、チビも一人ではついてけなかろうし、退屈してんのかな。ああでも、桜庭が気を回して、進に毎日のようにメールを出させてるに違いないよな。

  ……… あ、そうだ。電話の子機も持って来とかなきゃ。

 誰かセールスの人とか来たら、応対しなきゃいけないんだった。ま、せいぜいお子様ぶって“ボクしかいません”て言って、出直してもらうだけだけどな…。






            ◇



 いればいたで、構えの走れのとワーワーぎゃーぎゃー煩いし。ガッコに着いて着替えかけてる時なんかに“自宅まで迎えに来い”なんて呼ばれんのは、何か凄んごく面倒なんだけど。全っ然音沙汰がないまんまってのは…もっとずっと落ち着かなくって始末に負えない。どっかとベンチに腰掛けて、ふうっと…思わずながら大きな吐息を1つつけば、
「何にも連絡がないのかい?」
 別にあいつはウチのレギュラーじゃないんだ、向こうのガッコとか町内会の行事や何かがあるのかもしんねと、確かめてもないことを適当に答えると、
「アタシは別に いんだけどサ。」
 メグのやろ、意味深にフフンなんて笑いやがってよ。
「そんな風に色々言い訳考えたり、イライラ落ち着けないんなら、電話でもして確かめてみれば良いのにサ。」
 担いだ竹刀で肩をとんとんと叩きつつ、見下ろし目線で知ったようなこと言いやがってよ。大体“言い訳考えたり”ってのは何だよ。一体誰への言い訳だってんだ…って、そこまでぶつくさ並べてみてて、

  “………む〜〜〜ん。”

 上の空んなってんのは隠しようのない事実。トラック周回のランニングでは、途中でコースアウトしちゃあ、グラウンドの隅に避けてあったサッカー用のゴールポストに激突しかかること3回。練習着の下、プロテクターの着方をちょっとお茶目にも間違えてたし、さすがにボールを使ってのシフト練習では集中力も戻ったが、メッシュのゼッケン・ビブスでチーム別を“分かりやすく”色分けしているにも関わらず、敵陣営にパスを投げること…数え切れずで。これ以上のドジはしゃれにならない。ドジなら笑やあ済むが、不注意から怪我でもすんじゃないかと思えば、差し出がましくとも一言くらいは言いたくなってもしようがない。プロテクターを着なきゃあ危ない、そんなスポーツなのだから。
「…悪りぃ。」
 近くで休憩を取っていた62番の一年坊に、立ち上がりながら手を挙げて会釈をし、ベンチに置いてた携帯片手に、部室のある校舎へと向かう。午前の部のまだ半ばだけれど、野暮用で席を外すという合図。
“毎朝ってのがキツくなっただけなんじゃねぇのかな。”
 いつもだったら…と言っても今年はまだ数日分の蓄積しかないけれど。6時から始めるこっちの朝練に混ざれるようにという電話を掛けてくる。
『起きてるか? もうガッコに着いてんのか?』
 当たり前だ、これからロードワークだと応じれば、
『えらいえらいvv
 一端のコーチのような言いようをしてから。自分は母親が出勤するのと一緒に出るから、それに間に合うように迎えに来いと、お気楽と言うか勝手と言うか、自分で立てたらしき自分のスケジュールにこっちを合わせさせる、相変わらずに強引な悪魔っ子。ロードワークから帰って来て、軽くクールダウンを取ってから、練習着のまんまでバイクに跨がって駆けつければ。可愛らしくも半袖に半ズボン、イタリアンカラーのデイバッグを背負った金髪色白な坊やが。白いお帽子かなんかかぶって、マロニエの蔓が這うフェンスの前とか、ポプラの木洩れ陽がちらちら目映い木陰やなんかに、ちょこなんと待っていたりし。サラッサラな肌にはまだ汗なんかかいてなくって、玻璃玉みたいな金茶の透き通った大きな瞳を瞬かせ、
『お兄ちゃ〜〜んvv
なんて、カナリアみたいなお声で呼びかけたりするもんだから。お初の日なんて…葉柱ほどの名ライダーが、そのまま失速してのスピンをご披露しかかったほど。ガッコの前へ呼ぶ時は、悪口雑言凄まじいくせして、地元では打って変わって大人しやかで通したい彼であるらしく。物凄い脱力感を何とか立て直しつつ、いつものようにお子様シートへ乗っけてやれば、
『何だよ、その態度はっ。』
 わざとらしいぞ、ったくよと、さっそく叱られたもんである。………ってか。あんた、そんなことを一から思い出してる場合かい。

  “だ・か・らっ。”

 その“朝いちコール”がなかったから、落ち着かねぇんじゃないかよと。筆者に鋭いひと睨みを食らわせてから、校舎へ続く石段を登りもって、携帯の短縮ボタンを押して待つこと…数刻。どこの樹に留まっているやら、いやにくっきり“みぃ〜んみぃ〜ん”と、ゴシック体で鳴き始めた蝉がいて。ああそういえば、もうそんな時期なんだと、今になって気がついた総長さんでございます。






            ◇



 ぽかりと。眸が覚めたことで、ああ今まで寝ていたのだと気がついた。背中が暑い。尻や足も、布団に触れてるトコは全部じんわりと暑い。でも、それが熱のせいなのか、それとも気温が高いからなのかが区別しにくいから、夏風邪は面倒なんだよなと。はぁ〜あと大きく溜息一つ。ぬるくなったおでこの冷却ハップをはがし、ごみ箱へポイと投げれば…お見事なストレートでシュートイン。そのままパタリと倒れた華奢な腕が、しばらくすると持ち上がり、う〜んう〜んと伸ばされてから、またまたパタリと落っこちて。よっこらせと寝返りを打った坊やが目指したのは、布団の脇に畳まれてあった着替えのパジャマ。寝汗をかいたんで着替えようと思ったらしいが、う〜んう〜ん、匍匐前進がなかなかキツい。
“うあ〜、馬力が足んねぇ。”
 病人の気分に酔えるほど暇人じゃないからね。とっとと持ち直して、ルイんとこにいかなくちゃ。それが無理ならせめて、夕飯までには起きられるようになっていて。そうそう、お米を研いでセットしといてあげよう。今日中にケロッて治してお母さんを安心させなきゃ。そうと思ってやまない坊やだったからこそ、なのに体がついてかないとは。本気で体力が足りてないんだな これは、と悔しいけれども痛感しもする。
“でも、お腹は少し空いて来たかも。”
 階下の台所まで行くのは今一つかったるいけどな。ぱふんと枕へ突っ伏して、こちらもぬるくなってた保冷まくらに頬擦り。そんな風にダラダラごろっちゃしている姿が珍しかったのか、

  「………油断しまくりだぞ、お前。」

 背後からの唐突なお声は、少しばかり叱咤の色を含んでたみたいで。え?と、びっくりして肩越しに声がした方へと顔を向ければ、白いオーバーシャツに紺のTシャツ、下は黒っぽい濃紺のジーンズというカッコの総長さんが上がり込んでた。
「な…っ。」
「ドアフォンは さんざ押した。その前に、携帯へも電話したんだぜ?」
 なのに全く反応がなく。これは何かあったのかもと、大慌てて駆けつけてみれば、ドアフォンに応答はないものの二階の窓が開いていたから。悪いかなと思いもしたが、反応がないというのがどうにも気になったからと。そこは…勝手知ったる他人のお家。お勝手へ回って、内緒の場所に隠してあった鍵を拝借し、上がらせてもらった彼だという。
「電話に出られなかったのは寝入ってたからなんだな。」
「う…ん、そうだと思う。」
 体の向きを直しつつ、そっか今目が覚めたのはドアフォンの音がしたからかも。そうと合点がいったそんな坊やの、白いおでこへ乾いた感触。

  “………あ。////////

 大きな手のひらが熱を診てくれている。そのまま後ろへ倒れ込まないようにって、背中にも支える大きな手。いや、寝かしてくれても熱は計れるんじゃないのかな?
「ん〜、どうなんだろ。俺の手もけっこ熱いみたいだしな。」
 やってみたけど判らなかったと、うむむと目許を眇めて首を傾げた総長さんへ。でもでも“無意味なことをしてまあ”とばかりの、いつもみたいな辛辣なお言いようが出て来ない。瞼が重くて、体もまたぞろダルくなって来ていて。
「…おい?」
 言葉少ない坊やだってことから、そんな様子だと気づいた葉柱。前のめりになりかかってた坊やを軽く抱き上げてやると、敷布の上を軽く撫で、
「…ちょっと待ってな。」
 辺りを見回し、パジャマの替えの下に敷かれたバスタオルに気がつくと、それを手に取り、シーツの上へ。少しでも乾いた感触の方がよかれと思ったらしく、それからあらためて寝かしつけてくれて。でもね? あのね? 熱の籠もった体には、確かに乾いた感触も嬉しかったけど。ベッドに降ろされた背中から、お兄さんの腕がすいって離れてくのは寂しくて。眠くなって来た眸で、懸命に見上げた大好きなお顔。

  “………何でだろ。”

 正直に言えば、うん、逢いたかったよ。当たり前みたいに、毎日、お顔見てたからさ。こんななって出掛けられなくて、逢えないのが一番詰まらないなって思ったよ。なのにサ。来てくれたのにサ。眠くて眠くてしようがないの。微熱が籠もる肌の中、同じ温度に緩くなった意識が、あのね? 今にもとろとろとほどけてって、容易く溶け込んでしまいそうで。
「…るい。」
 ベッドの上、もう睡魔が虜にしているのか思うように動かない手を、それでも僅かに動かせば。大きな手がネ、掬い上げてくれて、上下から両手で挟んでくれる。わ〜、やっぱデカいよ、ルイの手。……………あ〜、もうダメだ。寝る。寝ちまう。勿体ねぇな…。せっかく、ふたりきり、なのに………。







   「………寝た、か。」


 電話に出ないわ、来れば来たでインタフォンにも反応がないわで、いやな予感ばかりがした。いつもいつも強かで周到で、でも、思えば…自分はあまり彼を頼もしいと思ったことはないから。頭が切れるとか要領が良いとか、そういう小手先のものでばかり何でもこなせるもんじゃあない。PCの天才であってもこんな小さな子供なのだ。婦警さんに知り合いが多くても、呼んだのへ駆けつけてくれるまでは非力な小学生に過ぎないのだ。理屈が通らない相手には何を言っても通じない。先だってのやっちゃん関係者は、たまたま道理がようよう判っている手合いだったけれど。坊やへ危害を加えることが誰の機嫌を損ねるのかという、そんな基本さえ…カッとなったら吹っ飛んでしまうような馬鹿も、決して少なくはなかろうから。こんな小さな腕で体では、何に打ち勝てるものかと思えば…いつだって心配は尽きなくて。さっきだって…状況が把握出来たと同時、何とも無防備に寝そべってた小さな肢体に、自然な反応として“…危っぶねぇ”とついつい思ってしまった…危ない人。
“…んだよ、そりゃ。”
 だって。なにがどう“…危っぶねぇ”なんですよ。どうにかしちゃおうとする良からぬ者が出そうなほどに、魅惑あふるる存在だと。あなたもまた思ったからこそ出た感慨でしょうがよ。
(笑)

   “悪かったな。///////

 真っ赤になって、それでも、あのね? くうくうと安らかに眠る坊やの寝顔に見とれつつ、ベッドの傍から、しばし離れられなかった総長さんであり。お昼を回ってから今度こそ“お腹が空いた”と目覚めた坊やから、熱が下がらなかったらあのドレッドヘアのお医者さんを呼ぶとこだったと聞かされて。………それはいけません、俺の家の掛かり付けのセンセーに乗り換えなさいと、妙に躍起になった総長さんだったのは、はっきり言って余談だが。
(笑)

  「あ、美味〜いvv

 お母様直伝の鷄雑炊を作ってあげて、一匙一匙、ふうふうと冷ましつつ食べさせてやり。早く良くなって下さいなと、ねだられるまま、いつまでもお手々を握ってあげていた、心優しきお兄さん。それでなくとも暑さに食欲と気力を削られる夏場ですからね。坊やも早く快癒して、お元気に駆け回ってはお兄さんからせいぜい煩がられて下さいませね?




     暑中お見舞い申し上げますvv



  〜Fine〜  05.7.24.


  *本館の日記にて“風邪引いた〜〜っ”と
   既に何度もお騒がせしまくっておりますので、
(おいおい)
   ご心配いただきました方々への、お礼というかお詫びというか。
   関東以北は、まだあんまり真夏日にはなってないそうですね。
   それでもどうか油断なさらないように。
   (それと、地震の被害はいかがでしたか? 怖かったでしょうね。)


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