Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “片蔭り(かたかげり)〜陰陽師版“別のお話”
 



 京の都は大和・日之本の中心地。帝がおわす大内裏を中枢として、文化的にも物資の流通という点でもそりゃあ栄えた賑やかなところだが。内陸の、しかもぐるりを山々に囲まれた盆地の中なもんだから。冬は途轍もなく寒いし、夏は途轍もなく暑い。戦略的にも、陰陽的な吉兆の理からも、最高・最適な位置取りなのだそうだが、その文化の発展や波及に爛熟期を迎えた安寧の世には、そんなご大層な肩書きをわざわざ思い出す人も稀であり、
「あ"〜っそっ! 毎日暑いぞ、この野郎がっ!」
 お前も大地と仲のいい“精霊”とやらの端くれならば、この暑さを何とかしやがれ、と。見た目は精悍そうな男衆でありながら、実は実は蜥蜴の邪妖一門の総帥である葉柱さんへ、無理難題もいいところな、我儘な八つ当たりを吹っかけては、ささやかながらの気晴らしをするのが日課になりつつあるのが、この屋敷の当主、お館様の蛭魔様。一応…というと畏れ多いが、神祗官補佐という上位の役職にお就きの上達部
(かんだちめ)様でありながら、お役所へのご出仕も頻繁におさぼりなさるわ、貴族の方々の交流の場にもあんまりお顔を出さないわ。場末の古いばかりなお屋敷の、ろくすっぽ手入れもしないお庭が見渡せる広間にて。単色の小袖一枚に短袴という平民並みの簡素な恰好でごろっちゃしては、時々 堪りかねたように勢いづくばかりな暑さへ愚痴をこぼしたり、陽が傾いてようやっと涼しくなってから訪れる“黒の侍従”さんへと八つ当たりをしてみたり。やること為すこと勘気の赴くままというから、それってまるで年端も行かない童のようだねと東宮様にも言われたそのまま、実に気儘な日々を送っておいでで。
「お前は風や大地との縁が深いのだろうが。それなりの精霊へ命じて、ほんの一片
(ひとかけ)で良いから、冷え冷えと涼しい風の一つも送らせてみな。」
 そのまま何かの呪いでも紡ぐんじゃなかろうかってほど、そりゃあ凶悪なまでのお顔になって詰め寄るお館様へ、
「無茶ばっか言うんじゃねぇよ。そんなことが出来ようものなら、俺は今頃、雲に乗って空へと駆け登り、天上人たちへの仲間入りをしとるわい。」
 葉柱さんが閉口気味な言葉を返す。
「ほほぉ、天上人と来たか。」
「おうよ。」
「そんなにも俺の式神でいるのが面倒になったか。これだけが障害なんだって言うんなら、いつでもその軛
(くびき)から解き放ってやろうじゃねぇか。」
「…お前ねぇ。」
 その代わり、明日にも雪を降らせて見せろとか、ますますの無理を言うのだろうによ。当たり前だ、何でまたタダで解放してやらにゃならんのだと。何だかどこかで理屈がおかしな言いようでさえ、ああまで堂々と嘯
(うそぶ)かれると…皆して“ははぁ”と平伏して聞かなきゃならない正論のように聞こえるから不思議なもの。
「…ったく、お前って奴はよ。」
 怒るよりも呆れが過ぎて、何とも言えないお顔になった葉柱さんが、やれやれと苦笑しながら、あのね? いいか? 滅多には出せんのだぞと念を押しつつ、その大きな手のひらへと呼び出したのが…白磁の鉢につるつると遊ぶ、いびつな玻璃の塊みたいな氷が一掬い。待ってましたとばかりのやっとのこと、悪戯っ子のように小さく笑ったお館様。おいでおいでと袖を振り、ボクまで呼んで下さって。この猛暑の中にはあり得ない筈の冷たい施し、傍仕えの少年へも“一口だけだぞ?”とつるんと分けて下さった。何につけ、こんな調子でおいでなもんだから、冗談抜きに…この世に怖いものなんて一つだって無いんじゃないか?なんて。次の帝になられる桜の宮の東宮様や、絶対の漆黒を恐れもしない、夜陰に蠢く蜥蜴の邪妖たちを全て率いておいでの葉柱さんから、真顔で決めつけられている、それは末恐ろしい人………の筈なんだけど。

  ――― あのね?あのね? 時々ね? とってもお優しいお顔をなさるんだよ?

 例えば、ボクが新しく教わった咒をきちんと覚えてご披露出来た時とか、明るい内からいらしてた葉柱さんが、濡れ縁のところで柱に凭れて座ったまんま、くうくうと転寝なさっているのを…起こしもしないで そぉっと眺めてらっしゃる時とか。そういう時のお館様は、それは優しく、それは綺麗で正に雅な貴人という風情をたたえておいでで。日之本の人には珍しい、金色の髪や玻璃の玉みたいな金茶色の眸が、あのね? 菩薩様の慈悲を満たしたような優しい色合いに染まって見える。お強い方だからこその、余裕や自信という頼もしさに裏打ちされた、拙い者、小さき者を愛でるように見守って下さる穏やかな眼差しが、本当に本当にお優しくって…………。


   ……………え? あ、えとえと。こんにちはですvv


 ボクは、そんな蛭魔様のお傍にて、術師になるお勉強中の書生で、セナといいます。小早川という陰陽道の符咒を扱うお家の末席に連なります、まだまだ未熟な若輩者ですが、どうかよろしくお願い致しますですvv 






            ◇



 一応は“京の都の”と胸を張って言っても構わないだろう“所在地”ではあるけれど。大内裏からは ずんと離れた、場末も良いとこなその上に、果たして人が住んでいるのだろうかと、近隣の方々でさえ怪訝そうなお顔で、門から中の荒れ果てたお庭を恐る恐る覗いたりなさるような。昔々は名のある大権門のご一家が住んでいらしたと言うけれど、お家騒動やら謀反の失敗やら、あることないこと様々な取り沙汰の果てに、取りつぶすお金が無いからと放置されての荒れようを呈していた、そんなして荒んだ古びたお屋敷。何時の頃からか、年若い主人とその身の回りの世話をする雑仕に賄い、牛飼いに小者たち。さして多くはないのだけれど、人が何人か住まわるようになり。時々思い出したように、きちんとした輿でお客人が訪れることもあるようだから、一応はそれなりの身分なり位なりをお持ちの方らしいが、それにしてはあんまり賑わってはいない。何より、どんな素性の方がご主人なのか、今の今になってもまだ、近隣のお宅の誰も知らないまんまというから…相変わらずに不思議なお屋敷で。そんな蛭魔邸にセナがやって来たのは、もうとっくに元服していても良い筈な年の頃。名こそ貴族の権門の家柄の、随分と末端にお情け半分でくっついていたものの、領地も持たず、本家からの支給もなく。写本や手内職で細々と過ごしていたような、平民並みの小さな小さな家に、一応は“跡取り”として生まれた少年。学問へも武芸へも さして秀でた得手があるでなし、大人しやかで小柄な、どこか頼りない男の子に育った彼だったのだが。そろそろ元服をと周囲が構え始めた頃合いになった途端、平々凡々な子供であった筈の彼の周辺で何とも物騒な事件が立て続いた。大人しくって小柄な少年。大した家柄でもないこともあり、恐れる者なぞいないまま、取り巻き引き連れた貴族の小童っぱが生意気にも大人の真似ごと、自身は特に偉くもないのに目下だからと苛めたりなぶったりすることがたまにあり。その場では“へへん”と嘲笑した輩が、どういう訳だか…何とも奇妙な災禍に襲われる。自宅で寝ていて座敷で溺れかかったり、見通しのいい広場で飛礫の雨に襲われたり。そんな目に遭うのがセナへ理不尽なちょっかいを出したものばかりだと判った途端、行状を改めて畏れ入るかと思いきや。あれは呪われた子じゃ、奇異が起こるぞよという方向で恐れられ、忌み嫌われてますます追い詰められた不条理には、さしもの蛭魔でさえ大いに呆れたそうであり。

  『こいつがな、お前を困らせていた“憑神”だ。』

 ともかくはと、ちょっぴり方法を間違えての守護を強引に敢行中の“憑神”さんをセナの眼前へと引き摺り出し、一体何が起こっていたのかを語って聞かせた上で…どうするかを選ばせて下さって。それから、あのね?
『こ〜んな危ねぇのが憑いてる坊主だ。制御出来るようになるまでは、此処での修行を続けるこったな。』
 そんな言い方をして、面倒そうに肩を竦めたお館様だったのだけど。何かにつけて“ちび、ちび”と、前にも増してセナを可愛がって下さる彼であり、

  『そういえば。
   あの蛭魔が誰かと一つ屋根の下で暮らすだなんて、
   セナくんが初めてなんじゃないのかな?』

 時々は、畏れ多くも“東宮様”とお話しする機会だってあったりし。春にお生まれになられたことから、桜の宮様という通り名をお持ちの東宮様は、高貴な存在感が馥郁と辺りに薫る、絢爛豪奢で富貴な牡丹のお花のように華やかでお美しくて。聡明で気品があり、歌舞音楽、咏歌に絵画などなどと、様々な芸能・芸術にも深きご理解があり、しかも…それはそれはお優しい方で。ちょこっと破天荒で、上達部の方々や貴族の皆様からは敬遠されがちなお館様の、数少ない理解者でもあらっしゃり。何かしらの宴の席などで、ちょっとした隙などには、セナのような下々の者にもお声をおかけ下さり、御簾の傍らまで寄せさせては色々な楽しいお話をお聞かせ下さったり、勿体なくもこちらからの話を聞いて下さったりもする。
「最近はどうしているの?」
「はい。皆して息災、健康に過ごしております。」
 素直にお応えすれば、なのにクスクスと笑って見せて。
「それは判るよ。先だっても綾篠の沼で、何やら一騒ぎあったらしいじゃないか。」
「あやあや…。///////
 さすがは東宮様で、いかに大臣様方がおとぼけになられても大事がないよう、世情をちゃんと把握するべく、ご自身なりの情報網をお持ちであるらしく。それを通して得られるお話から、希代の咒詞使いとして腕に自信の陰陽師であるお館様の、その存在や技量、しっかと買っていなさるだけでなく、
「君も葉柱くんも大変だよねぇ。」
 こちらの内情にも ずんと詳しくておいでなものだから。あのその、ついつい。本当ならそんなこと、お話ししてはいけないのかもな、所謂“俗なこと”まで、ついつい口に上らせてしまうセナだったりもして。
「ボクはそんな、大変なんてことはないのですが…。」
 言って良いものかどうしたものかという戸惑いから、思わずのことながら言葉を濁らせると、
「セナくんは…ってことは。葉柱くんの方は、何だか大変そうだなぁって見える時もあるんだね?」
 察しが良い東宮様。やんわりと目許を細めて、ここだけの話ってことでと先を促されるのへ…ついついセナのお口もほどけやすくなってしまい、

  「どうしてあのように、
   罵
(ののし)りの言葉ばかりをお使いになるのかなぁって思うことがあります。」

 お館様は陰陽の術師で、全部が全部ということでもないながら、邪気清浄や邪妖封印などという仕儀をはかる時には“咒詞”という言葉を使う。言葉には“言霊”といって言った人の想いという力が多かれ少なかれ宿るという。それをセナへと教えて下さったのは、他ならぬお館様であり、
「葉柱様のこと、そうまで軽んじていらっしゃる訳でもないのに。」
 むしろ大切な存在だと思い、いざという時には一番に頼れる存在だと思ってさえいると、自分のような未熟な者にも判るくらい、信じているし睦まじくしてもおいでなのにね。なのに、どうしてああまで悪し様に、腐したり貶めたりするような物言いを平気で浴びせるのか。まるで故意に怒らせようとしているかのように、挑発や威嚇の籠もった物言いが当たり前。口汚い罵りの言葉というのはさすがに少ないが、相手を小馬鹿にしたような大上段からの見下すような言い方だとか、葉柱さんが人ではないこと、判っていよう今更なことを、どうしてだか悪し様に言ったりもして。
「それだけ腹蔵なく ものが言える、気の置けない、遠慮の要らない、間柄だということだろう。」
「でも、ボクだったらそんなこと、怖くて到底出来ません。」
 だって普通は。大切な人や大好きな人に対しては、大事にしたいという気持ちの滲んだ、優しい想いしか沸かないものではないだろか。それを何とかして伝えることで、相手を癒したり、お互いを暖めたり。縛りつけるというのではなく、けれど、どうか一緒にいて下さいと切望し、掻き口説く。普通は そうしたいとだけ思うものではないのだろうか。
「いくらお館様が…誰の助けも要らないとするほどに、怖いもの知らずで強くて毅然としている人だと言ったって。」
 そういう人の思うところ。自分のように自信のない弱腰な人間には、一生かかったって理解は出来ないものなのだろうか。そうと思えばそれもまた切ないセナであるらしく、
「嫌われても良いのかなぁって、時々ハラハラしてしまいます。」
 傍らにいるこの子がやきもきするほどに、斟酌の無さ過ぎる言動を取る蛭魔だということなのだねと。桜の宮の貴公子様、まったくもって困った人だよねと内心でこっそり苦笑をし、

  「あの男はどうにも素直ではないからなぁ。」
  「?」

 東宮様は相変わらず、くすくすと軽やかに笑っておられる。
「セナくんにこうまで心配させているとはね。そこだけは、けしからん…かな?」
 仕えている人のこととはいえ、そうまで心配してやっているセナの一途さをこそ愛しいと言いたげに、このところすっかりと青年らしく大人びて来られた目許を、優しく優しく細めて見せて、
「好きだという自分の気持ちをあらわにするのが照れ臭いとか、それが自分の弱みになると思っているとか。つまりは そういうことだろと思うよ?」
「弱み?」
「ああ。好きなもの、大切にしたいものっていうのは、その想いの強さだけ、出来れば常に自分の傍らにあってほしいと望むものでしょう? でも、そんな“相手があっての気持ち”なんてのは、依存心にも似ているからね。何かがほしいと思う、物欲しそうな顔になるなんてヤだ…なんて。そんな風な考え方をしちゃう意地っ張りには、なかなか認めにくい感情だったりもするんだよ。」
「…そういうものなんですか?」
 どうもセナには今一つ、理解が追いつかない模様。それこそ、あの蛭魔とは正反対なくらいに、素直で無垢な彼だから、判れという方が無理なのかもねと、艶やかな錦の衣にくるまれた肩をかすかに竦めた東宮様であり、
「子供みたいな意地でって場合もあるけどね。大人ってのは…妙なところが意固地なもんで。あからさまな“好き”って感情を持つことがどうにも恥ずかしくってさ。だから、ホントは撫でてあげたい、愛でてあげたいけれど、そんなの女々しいとか何とか、見栄の方がついつい強く出ちゃうものだから。欲しくて伸ばした手のやり場に困って、愛しい相手を逆に叩いてしまうこともある。」
 それって…。セナが何か言いたげに唇を震わせたのへ、くすんと悪戯っぽく笑った東宮様、
「ね? まるで…好きな子の気を引きたがって、そんなことをしたら嫌われるってのに、ついつい意地悪をしてしまう腕白小僧みたいでしょ?」
 にこりと笑った東宮様は、
「普通はサ。大人になりゃあ、そこまでの乱暴なんてしやしない。自分の感情を押し殺してでも和を乱さないようにと心掛けたり、本音を言ったら損をしないか、そういうことをまずは考えるようになったりして、自分を押さえる術を多かれ少なかれ身につける。」
 人は群れをなす生き物だから。そうやって非力さをカバーして繁栄して来た存在だから、組織というものの力を知っている。我を張ってばかりいては煙たがられるのは、新しい力や存在が旧体制から叩かれやすいのと同じ理屈であり、調和というものが成り立たない…というのを建前に、現在の位置や安寧を失いたくはない権勢者たちが自分たちに都合のいいように社会の構造を固めてしまっているからで。
“まま、そういうお堅い“社会悪”の話は、今回は置いといて。”
 東宮という立場にある彼でさえ即効性のある手は打てないことと、その胸の奥深くにて苦々しい溜息を飲み込んでから、
「蛭魔は、所謂“大人”には珍しいほど、奔放なまま、強い自負を礎にして自分の思うままに生きてる奴ではあるけれど。そんな“自分の想い”にだけは、時折 制御し損ねて、振り回されることだってあるのだろうさ。」
 そんな言い方をなさった東宮様へ、
「???」
 小さなセナくん、やっぱりちょこっと…意味が把握しかねて、ついついひょこりと小首を傾げてしまったようでした。







            ◇



 せっかくの涼風がそよぐ、気持ちのいい晩だのに、

  「こんの、脳みそのちっこいトカゲ野郎がっ!」
  「うっせぇなっ!
   ああ、ああ、確かに俺は地を這うトカゲの一門の代表だよっ。
   だが、脳みそ云々ってのは何だってんだ、どういう言い掛かりだ、アァッ?!」
  「一遍言ったことは、後々までしっかり覚えとけって言ってんだよっ!
   この言い回しをこそ、何遍言ったと思ってやがるっ!」
  「そうかい、そうかい。そりゃまた お手間を取らせましたことっ。」

 相変わらずの喧嘩腰。今宵はまた一体何が発端なのやら。喧々囂々と繰り出される文言の数々が、丁々発止と壮絶なまでの鍔ぜり合いを繰り広げており。言い淀んだら負けとされそうなのが悔しくてか、流すことなく受けて立つ葉柱も、結構律義な男であるが。だからこそ…もう付き合っておれんとばかり、そっぽを向いてしまったらどうするのだろうかと思えば、セナとしてはやはり気が気ではなくって。広間での喧噪が十分に聞こえる、少し離れた隣りの間。夜空を昇って来た月が煌々と輝き、真珠色の月光にて照らし出す庭を何とはなしに眺めていると、そんな少年のちょっぴりの気欝を拾ってか姿を見せてくれた憑神様。気晴らしに付き合えればとの彼からのお気遣いへと頬を染めつつも、訊かずにはおれなかったこと、やはり尋ねていたセナであり。
「進さんはどう思われますか?」
「どう…と問われても、な。」
 彼もまた、そういった機微には縁がないのか。それとも、他人の思惑などというものには関心を持ったことさえないからか、う〜むと首を捻ってしまったが、
「安心感があるから。あそこまでの容赦のない言いようが出来るのではないか?」
「安心感、ですか?」
 うむと頷き、
「どんなに悪し様な物言いをしても、本心から憎くてしようがなくてだとか、相手の存在や尊厳を壊したくてだとかいう、心の底からの思いを乗せた悪態ではないと。それこそ、素直に言えない本心の裏返しなんだと、少しは判ってもらえているから。だから、安心し切ってあのような口が利けるのではないのだろうか。」
 いくら“詞の誓約”を結んでいたって、そして自分が誓ったものをそうそう簡単には反故に出来ない、誇り高き総帥殿だからといったって。ならば、火急の時にだけその傍らに来ればいいのだ。あのように手ひどい言葉を浴びせたり、蹴り飛ばしたりもするほどのつれない態度で、軽んじられることが判っていながら、それでも傍らにいたいというのは、それだけの絆があるからで。
「彼奴の憎まれは確かに、場合によっては臓腑を抉るような辛辣極まりない言葉さえあって。それを聞いた主
(あるじ)が悲しそうになっていることこそが、俺には耐えがたかったりもするほどだがな。」
 雄々しき憑神様が、らしくもなくほろりと愚痴めいた言いようをしたものだから。あわわ…と焦りかかったセナの髪をそっと撫でてやり、
「だが、葉柱はそれを奴なりの“甘えだ”と解釈出来るから。だから、苦に感じることもなく、傍らに在れるのではないのかな。」
 第一、葉柱の側からも、大概の場合、恐れげもなく言い返している。それこそ、打てば響くという凄まじい間合いにて。
「それこそ、本心からの物言いをいつもいつも吐き出している奴らでもなかろう。時には駆け引きを楽しんでいることだってあろうし、言葉の綾や揚げ足取り、からかい合って遊んでいるだけなのかも知れん。」
 だとするなら、ギャーギャー・ワーワー喧しいわ、繊細な心を流れ弾で傷つけられるわ、こんな傍迷惑なお遊びも滅多にないもんだが。
(笑)
「本音や本心はそうそう見せない、聞かせないのが蛭魔でもあろう。語調や言い方が荒いから“喧嘩”のようにも聞こえるが、必ず言い返してくれるからと、期待を持っての言い合いに過ぎんのではないのかな。」
 進としては…彼らのような強腰な人々の心情だけなら理解も出来るものであるらしく、
「情に流されてばかりいては、それこそ、いざという時に気持ちを引き絞って、冷徹な判断をしたり集中したりが出来なくなろうからな。」
「………あ。」
 そうだった。術師である自分たちは、例えば膂力は人並みでも良い。お勝手の女性たちが抱えられる漬物石が、どうしても持ち上げられなくたって構わない。ただ…いざという時には、大地の精霊たちさえ説き伏せるような大きな力を発揮するために、精神の集中や錬成を手際よく立ち上げられねば話にならないから。
「主へ対しても、このところの蛭魔は…時々ながら、大人が相手と変わらないようなキツい物言いをしたりすげない素振りをしたりすることもあろうに。それへといちいち物怖じしているか?」
「…いいえ。」
 セナはふるふるとかぶりを振った。強い強い自負があるから、多少は辛辣な言いようも出来る彼らであり。そんな斟酌のない言いようをぶつけられることは、そのまま、それだけ強い子だと、見込まれているのだと思わなくってどうするか。
「…落ち着けたか?」
 やっとのこと、表情や瞳の光に張りが戻ったセナを見やって。上背のある武神様、大きな手のひらでぽふぽふと、少年のやわらかな髪を撫でてやる。ふと気がつけば、広間からの罵声もいつの間にやら静まっており、
“喧嘩するほど仲がいいとも言うのだしな。”
 なのに気を揉んでしまった心優しい主人を、何とも擽ったい想いから見下ろして。
「〜〜〜〜〜。///////
 もしかするとそろそろ眠たくなってのことか、月光に潤む大きな瞳。それへと惚れ惚れと見とれた…こちらさんはこちらさんで、やっぱりどこかで大人げなくも可愛らしい武神様であり。邪妖だの呪いだのを相手にしている人たちな割に、さほどには殺伐としていないみたいで…どうも御馳走様でしたvv











  clov.gif おまけ clov.gif


「あのあの、それで…あのですね。///////
「?? どうした? 主
(あるじ)。」
「あのあの。進さんのこと、これ以上…好きになってしまったら。ボクの霊力は落ちてしまうのでしょうか。///////
「…なっ。///////
 いきなりの話題の変わりようへ、雄々しき憑神様が、らしくもなく…赤くなってたじろいでしまわれたところへ、
「以前、お館様が仰有ってらしたことがあります。」
 淡い色合いの小袖から伸びたか細い腕の先。小さなお手々の細い指同士を、ぎゅうと堅く握り込むよに合わせたまんまにし。小さな主人は切なそうなお顔になって、擦り寄るような勢いで首条を伸ばすと訊いてくる。
「固執や執着というものは、ともすれば雑念と紙一重だから。あまりに強すぎると、世の理
(ことわり)や自分さえ見失う恐れがある、と。」
 想う心が力になる。それが“咒詞”を操り、大地の力“龍の気”を読み取る“陰陽道”の術師の真骨頂であるならば、
「まだまだ未熟なボクが何かに代え難いものを抱えるのは、霊力を削ぐばかりであって。でもでも、そしたら…進さんのお姿が見えなくなってしまうのでしょうか?」
 それもまた不安の現れなのか、怖ず怖ずと伸ばされた小さな手のひら。それがそぉっと、頼もしき胸板へと触れる。触れた瞬間、何にか怯えて止まったが。そのまま ついと伏せられた小さな温みの、何とも温かくて…優しいことか。

  「…主よ。」
  「はい。」

 大きな手のひらが。そっと…守るように包むように、セナの小さな手のひらへと重なる。本来は実体はない筈の存在なのに。眞の名により、そして何より…セナを守りたいとする彼の意志により、こうまで重厚な実体を持った、奇跡の守護神。
「見えなくなることなどない。」
「本当に?」
「ああ。」
 くっきりと頷いて、進は更なる言葉を紡ぐ。
「主が必要としてくれるのならば、その想いが俺に力を与えるから。だから、消えたり見えなくなったりなぞしない。」
 はっきりと言い切ってから、
「ただ、もう助けは不要だというのなら話は別だがな。」
 これもまた所謂“道理”だったからか。さして感情を込めることもなく付け足せば、たちまちセナの大きな瞳が潤みを増して、

  「進さんの意地悪っ!」

 そんなこと…そんな言い方、しないでも良いじゃないですかと。今度は怒ってお顔を真っ赤にしたセナであり、

  「………何をやっているのだか。」
  「可愛らしいものではないか。」
  「仲裁は要らんかな。」
  「野暮なだけだろよ、きっと。」

 ふふんと笑って白い手が誘えば、御簾を少しほどからげていた大ぶりな手がついと引っ込み…後は内緒。お月様も呆れて群雲に隠れた、そんな真夏の宵の口の一幕でございましたvv
(ちょんっ)




  〜Fine〜  05.8.04.


  *いつもお世話になっております、Hくり様へvv
   せっかくお題をいただきましたのに、
   何だかドタバタとうるさいばっかなお話になってすいませんです。
   こちらの世界では、セナくんもちょっとは“お兄さん”でして、
   進さんもうかうかしてはいられませんvv
(笑)

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