Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

   凍夜天
  

 
 ある意味では、日頃の“お務め”よりも気が楽だった。そのココロは、いつもの“人間の連れ”がいないから。わざわざ庇って差し上げる必要がないから…だなんて、そんな滸がましいことは言わない。腕力は見た目そのままで さしてないが、刀の扱いも巧みで、それに何て言ったか体術とかいうのも心得てっから、体格差がある相手でもほいほい不思議に投げ飛ばしやがる。それより何より、俺と大差無いほどにそりゃあ強い奴で、その一番の理由は、この日之本で一、二を争うという実力を持った術師だってこと。そして、二つ目の理由は、ぎりぎり後がねぇほど危ないとなれば、この俺様を“眞の名”で召喚出来るってこと。………ま、そっちは今んとこ一回も使われたことはねぇ、まさに“切り札”なんだがよ。え? 自分で言ってて空しくならねぇかって? うっせぇなっ、良いんだよ、そのご当人が此処には今 居ねぇんだからよっ。
「でぇあっ!」
 垂れ込めた漆黒の夜陰までもを切り裂く勢い、水平に薙ぎ払った刀が完全に払い切られぬうちにも、胴斬りにされた小鬼がその身を宙へと蒸散させる。生身の体じゃあねぇからの、こっちがまとった妖力や咒力の方が格段に上なんだ、本来ならば触れることすら至難な…はずなんだがな。
「だあぁぁああぁっっ、鬱陶しいっ!」
 大人の腰ほどにも背丈のない、いわゆる“餓鬼”どもがわんさか居やがんのに閉口する。掃いて捨てるほどどころか、あちこちから掃いて集めて来たのが、まとめて此処へ捨てられてんじゃないかって思うよな、そりゃあ荒れた山だ。普通は山ってのは大きさに関係なく“聖地”扱いされる。なんてこたぁない、飛び出てる分だけ平地より天に近いから。神々が降りて来たまいたり、そのまま住んでおわしたりと、人はそんな理由を想像し、その土地を敬い大切にする。慎ましさを忘れず、神妙な想いと敬虔な心持ちでいれば、道に迷ったり獣に襲われたりせず、無事に里へと戻って来られるとされ、逆に、傲慢な気持ちで踏み込めば、魔物に食われてしまうのだとか。まま、魔物も集まりやすいわな。緑濃く、精気の濃密な場所だし、そんな理由で人も寄らず、陽の気で荒らされにくい。だが、だからってこうまでわんさかと集中すんのは、ちょっと普通じゃありえねぇ。普通は1匹見かけたら実質はそのン倍って頻度で在中していて、だが、そんな推算をわざわざしねぇと実数が割り出せぬほど、人はおろか邪妖同士の前にだってそうそう姿を現さねぇ。そうしねぇと、強い相手にゃ殺されるからだ。
「お前ら、親からそこんとこを訊いてねぇのかよっ!」
 馬鹿なことをつい口走っちまったぜ。こいつらに親はいねぇ。こいつらは言ってみりゃ、人の心残りだ。腹に鬱屈をため過ぎて、臓腑を腐らせ死んだ人間が成り代わったものとか、深すぎる怨念が形を取って化け物になったものとか、まま出来ようは様々だが、誰ぞが腹ァ痛めて生んだ訳でなし。とはいえ、このっくれぇは自分の身を守るすべの、基本中の基本。肌合いで判るってもんな筈が、此処の餓鬼どもは酔っ払ってでもいやがるか、見境なしに寄って来やがって、

  「てぇ〜いっ、鬱陶しいぞっ、お前らはよっ!」

 まといつくのを片っ端から。成仏だか昇天だか知らねぇが、とっととあの世へ行きやがれと。辺りへ満ち満ちた夜陰ごと、ざくざく薙いで払って斬り捨てる。その勢いと力の厚みに、風を叩いて衣紋がなびき、剛くて雄々しい肢体へ張りつく。今宵は日頃の狩衣姿じゃあない。袷の袖は袂が浅くなるよう、頑丈な紐で腕へとくくりつけてあるから、肩や腕が自在に動く。下肢を覆うわ、猟師が山へと分け入るのに着る、身に沿った筒袴の上へ、山獣の革の垂れを下げた、機動力重視の装備であり。この姿、見える者が見たならば、山の精気の精霊か何かかと見紛うはず。そんな彼が振るう使う闇の刀は、随分と前に“負の性”へのみ効力を発揮するそれへと威力を偏らせた代物で。だって自分は、人間の術師に召喚されて、邪妖を屠る“式神”だから。人へと仇を為す力は要らない。たとえ、自分が滅せられそうになっていても。そうと決めての封をしたから、邪妖への威力は数倍に膨らみ、しかもその上。混戦となり、勢い余って相方である術師に当たっても、髪の一条だって傷つけたりはしない。
“…だってのによ。”
 そういや、いつぞや。自分そっくりに化けた邪妖を、衒いなく斬った葉柱だったことへ、怒髪天にも程があるという勢いにて噛みついてくれたのを思い出す。大切丁寧にすりゃあ鬱陶しいと蹴りを入れ、乱暴に扱や何様だと、以下同文。あんな我が儘な奴、生まれてこの方 見たことがねぇし、縁もねぇ。勿論のこと、こっから先にだって親しくなりてぇとは思わねぇ性分の奴で。そこんところは変わらねぇと思う。

  “あいつ一人で、十分足りてるからなっ。”

 頭上に照り映える月の恩恵、闇の力を増した精霊刀を振りかざし、雑草が生い茂る急な傾斜をがしがしと登りつつ、

  「待ってろ、蛭魔っっ!」

 絶対に見つけてやっからなっ!と雄々しく続いた雄叫びの陰。そしたら………コトの仔細を訊けるから、と。あああ、やっぱり。相変わらずに、振り回されてる御仁なようです、こちらさん。
(苦笑)





            ◇



 いかにも待ちぼうけの態にて、退屈そうに気の抜けたお顔をして。こんなところによくも在った、今にもほろほろと崩れてしまいそうな山寺の本堂の、その周縁を巡る濡れ縁へと腰掛けて。幼い子供のように垂らした足をぶらぶらと、宙で揺らしていたのが、つと止まり。

  「おうおう、やっとのご到着か。」

 形ばかりで雑草に埋もれかかってる境内まで。どこの合宿の寒中遠駆けでしょうかという態にて、いつもはシャープに撫で付けている黒髪をざんばらに振り乱し、あちこち鉤裂きだらけとなりし蜥蜴の総帥が登って来たのへ、にんまり笑ってのお声かけをしたのは。もう言うまでもないでしょが、一応のご紹介。この若さで神祗官補佐にして、封邪退魔においては当代随一の手腕を誇る、蛭魔妖一という陰陽師。どこぞの仙女か、若しくは、月の下に咲くという妖花の精霊か。ほっそりと嫋やかな肢体に花のような顔容をしておりながら、
「お前はよぉ〜。」
「何だ?」
 よほどの目にでも遭ったのか、引っ掻き傷程度ながら、それでも大層な難儀をくぐり抜けたことをこそ思わせる惨状と、それによって相当に練り込まれた憤怒の滲むお顔を向けられて。だのに、にいと嗤った強かそうな表情の示す通り、心胆の太さはどこの僧兵にも負けない剛の者。そして、そんな態度から…葉柱にも判ったことが一つあり、

  「…一つだけ訊いていいか?」
  「一つでいいのか?」

 何か色々と、言いたいことや訊きたいことがありそうな顔をしておるが、と。澄まし顔にて訊き返す蛭魔であり。
「………。」
 そうやって何でも判ってんのに、じゃあ詳細は…わざわざ訊かなきゃ語る気もねぇんだろうがよ。そんな意を込めて睨めば、そんな反応が引き出せたことを喜んでやがる。つくづくと趣味の悪い野郎だぜ。
「何だよ、言えよ。」
 じゃあお言葉に甘えまして。
「何でお前は、こんな伏魔殿の奥向きへ、そんなまで無傷でいやがった。」
「ほほお、ずったずたのボロボロにされててほしかったのかよ。」
「…っ、だからっ。」
 そうじゃなくて…だあっ、もう。何でそうそうヒネたことを言いやがるかなっ! そんなであって欲しいわきゃねぇだろがっ! そもそも、心配してなきゃ駆けつけねぇだろうがよ…っと。息巻く俺の鼻先へ、綺麗な右手を説法する釈迦だかとやらを真似てこっちの顔の前へかざして見せる。揃えて立てた指にて挟んであるのは1枚の咒符で…っ、
「うわっ! 退魔の咒弊じゃねぇか、それっ。」
 当然というのも何ではあるが、葉柱もまた立派な邪妖の端くれだ。殺す気かっと後ずされば、
「ば〜か。お前には効かねぇから安心しな。」
 楽しげにひらひらと振って見せ、
「これをかざして入って来たからな。ここの程度の魔物では、俺には指一本触れられねぇのさ。」
 へへんと、その綺麗に通った鼻梁の峰をそびやかす術師殿であったりしたから…って。あの? もしもし?

  「…もしかして、俺、試された?」
  「そうかもな。」

 あ〜あ〜あ。何か一気に力が抜けたぞ。またそんな凶悪な顔して笑いやがってよ。脱力が深まるからやめてくんない? 人が困ってる様がそんなに面白れぇかね。何だって? お前は“人”じゃあない? 屁理屈言ってんじゃねぇよ。
「そんなもん、身につけてやがったから、気配薄くて“遠歩”でひとっ飛びって訳にいかなかったしよ。」
「そもそも そんなずぼらすんなっての。」
「何でだよ。こんなところで長々と待ってやがって、現に退屈してたんだろうが。」
「まぁな。もちっととっとと来やがるかと見込んでたからの。」
「う…。」
 さすがは屁理屈の帝王で、それでなくたって論説よりも熱意の総帥、弁舌で敵おうはずもなく。それどころか、
「…待たせちまって、その、すまねぇ。」
 謝ってるよ こいつ、と。当の蛭魔が呆れたほどの、実直さが、擽ったいほど愛しくて。
「な〜に。いいってことよ。」
 しゃあしゃあと言い返してから、ぽんと、弾みをつけて縁から飛び降り、
「こういうことってのは、計画立ててるときだけ面白いけど、いざ取り掛かるとお前の側のほうが楽しそうだしよ。こっちはただただ待ちぼうけだから、詰まらねぇこと夥しくてよ。」
「…ほほぉ。」
 まあまあ面白いことをつらつらと、よくもまあ。苦労しまくった相手の前で、そうまで滔々と並べられるもんだよなと。再びの青筋が額の隅へぴきぴきと、おっ立ちそうになった葉柱だったものの、

  「ちび二人も可愛くて、
   似非ものながらもそれなりに、
   この時期の“団欒ごっこ”ってのは、結構楽しいもんだがよ。」

 視線を足元へと流した横顔が、唐突ながらもそんな言いようを紡いだので。はい?と。葉柱の表情が固まる。ちび二人というのは、恐らくのきっと。あのあばら家屋敷へ顔を出した自分へと、師匠からの短い書き置きを手渡して、まだお帰りじゃないんですぅ、どうしましょうかと大いにうろたえていた書生の坊やと。そんな彼の小さな背中へ飛び乗って、やはりおろおろ、尻尾を不安で膨らませていた仔ギツネ邪妖の“くう”のことかと思われて。あの二人を可愛がっていた彼の態度には嘘もなかろうに、

  「……………だから。」

 言い淀んで、それから。その沈黙がそのまま、言葉の代わりに示したもの。


  「………お前、耳真っ赤。」
  「…っ、うっせぇなっ!」


 弾かれたように がうっと牙を剥き、やっとお顔を上げたのへ。その所作と同じ間合いで歩み寄り、冬の色襲
かさねにくるまれた、ほっそり尖った肩を抱く。思わぬ間近へ沿うて来た、精悍な匂いと温みに、
「………え?」
 柄になく圧倒されてか、滅多にないほど素の顔になったのを、
“うわぁ、もちっと見てたいなぁ…。”
 頬やら目元やら、ほんのり朱に染まっているのがまた、色っぽいってか愛らしいほどなんだもんよと。そんな方向でちょこっとたじろぎながらも、そんな心中をぐぐっと頑張って押し隠し。覆いかぶさるようにして抱きすくめた痩躯をあやしつつ、薄い口許へと唇で触れ。
「あ………。」
 何か言いかけたのごと、吸うてやる。懐ろの中へと掻い込んだ痩躯が、ゆるやかに萎えて。
「…は。////////」
 ああ、もうこんなに、吐息が白くなる頃合いなんだと。妙なことへ気が逸れるのが、今一つ 粋ではないままな総帥殿へとすがりつき、

  「〜〜〜〜。」
  「ああ? 聞こえねぇぞ?」

 訊き返せば、小さな小さな声が“………色ぼけトカゲ”などと言うものだから、
「悪ぁるかったな、色ぼけで。」
 気のせいか、舌っ足らずな言いようもまた、してやったりと加算されたか、そんな憎まれくらいでは腹も立たない総帥殿。さぁて、それでは帰ろうか。それとも、

  「せっかくの外での逢瀬だしの。
   そこいらの洞や古祠でいいならば、すぐさま温めてやってもいいが?」
  「〜〜〜〜〜っ。//////////」

 いつもの如く、あしらってやるつもりだったのに。何だか今宵は調子が狂うと、恨めしげな顔の術師の青年。その金色の髪を照らして、空では丸ぁるいお月様、可愛いことよと笑ってござったそうですよ。





  〜Fine〜  06.12.06.


  *判る人には判るスタイルシートを使いたくての、
   晩秋の宵のお話と相成りました。
   いやホントにお寒くなりましたね。
   外でごそごそするおりには、防寒対策は念入りにねvv
   (判っとるわっ//////
(←あ)と蹴られそうですが…。/笑)

ご感想はこちらへvv***

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