関東高等学校アメフト選手権秋季大会、東京地区予選もいよいよの中盤戦へとなだれ込み、本日、各競技場にて催された4回戦にて、準々決勝へと駒を進める“ベスト8”がとうとう出揃った。全国大会、クリスマスボウルへと続く道の、いよいよ半分くらいというところか。勿論、我らが賊学カメレオンズも昨年に引き続いての準々決勝進出であり、そうそう安易な道ではなかったものの、それなりの奮闘とそれなりの蓄積がしっかりとあったればこその、立派な“成果”には違いなく。部の存在としての歴史は古くとも、途中で名ばかりとなった経緯を挟んだがため、現在のメンバーだけで新たに築いて来た、言わば“新生チーム”に変わりはなく。そんな彼らの真価が問われる、いよいよの正念場が見えて来たということになり。昨年の、そして春季大会での連戦連勝ぶりを、もはや“ツキ”だの“ラッキーバンチ”だのとは呼ばせんぞと、否が応にも気勢は上がる。そんなこんなで盛り上がってるメンバーたちへ、
「去年はこの次でコケたんだよな、確か。」
わざとらしくも目許をぎゅぎゅうと眇めさせてのお言いようにて。勝利に沸く皆々様のせっかくの喜色へ斟酌なく冷や水ぶっかける、小さなマスコット、兼 コーチ様の声がして、
「…お前ねぇ。」
金秋の陽を浴びて、ますますのこと透明感をいや増した、淡い金髪に真っ白な肌。どこまでも透けて見える金茶の瞳も大きく見張った、それはそれは繊細な造作の可愛いお顔に、細い肩やら薄い胸。華奢だが撓やかで何とも可憐な四肢という、そりゃあ愛らしいなりをして。なのになのに相変わらず、人を竦ませるような憎まれ口を忘れない。天使みたいな顔して、だのにこの臍曲がりはよぉと、総長さんが代表して窘めかけたものの。聡明で利発で、空気を読むのだって得意な筈な、いっそ悪魔の申し子の如くにそりゃあ賢い坊やだってのに、何でそんな詰まらないことをわざわざ思い出させた彼なのか。次の試合ではもっと強豪が相手なんだから、浮かれてうっかり緩んでるとあっさり喰われるぞよと。勝って兜の緒を締めよ…なんてな檄のつもりも多少はあったのかもしれないが、それよりも。昨年の今頃と言えば、
“…ああ、そういえば。”
この金髪の小悪魔坊やが、我らが総長さんと、お初だろうほどの勢いと真剣さでの“大喧嘩”を繰り広げていたっけね。しかもその後のしばらくは、顔を出さない、呼び出しもなしという、きっぱりと袂を分かつ“冷戦状態”にもなっていたから。恐らくはそれを思い出しちゃった、蛭魔さんチの妖一坊やなのに違いなく。その喧嘩の原因となった、チンピラ相手の大乱闘なんてなお馬鹿な真似を、今年こそは間違ってもすんじゃねぇぞと、物凄く遠回しに言いたい彼なんだろうなと、
“ルイには果たして届くんだろうか。”
真っ先に察したと同時、それこそちょいと心配になったのは。気合い入魂の“ささら竹刀”の扱いも容赦ない、陰の総番との評さえある、マネージャーのメグさんで。さすがは女だてらに やんちゃたちを実力で締めて来ただけのことはあり、何事へも冷静にあたる懐ろの深さと、豊かな感受性とを持ち合わせたクール・ビューティ。彼らのすったもんだへも、本人たちを除けば一番たくさんの蓄積を持ってるメグさんならではな、憂慮だったりしもしてね。何しろこの総長さん、部活のアメフトチーム以外でも、街道筋のやんちゃたちを束ねている立場上、面子や侠気おとこぎというものの優先順位なんてことが絡んだいざこざなぞへは深く理解を寄せるくせ、それ以外には…所謂“しわ寄せ”が来てのことか、あんまり気が利く男ではない“野暮天”だったりするから困ったもの。素晴らしく賢くて、大人顔負けの機知ウィットに富んだやり取りさえもこなせるような、そんな妖一くんが言い回しの奥底に真意を潜めての仄めかしをした代物。その“真意”にまで、果たして辿り着けるもんだろかと、さりげなくも見守っていれば、
「………。」
その大きな手のひらを、ぽそりと坊やの金の髪の上へと載っけると、手櫛にと長い指を梳き入れ、もしゃもしゃと掻き回しつつ、
「判ってるって。」
手短な一言のすぐ後で。いつもの定位置、お膝に跨がってた坊やのお顔をちょいと深めに覗き込み、
「馬鹿はしねぇから。」
彼にしか届かぬ低いお声で、小さく付け足す。昨年のあれはあれで、彼にしてみりゃ彼なりの筋が通ってた、仁義を通したがための行状だったから。間違ってましたという意味合いからは、今もって“ごめん”を言うつもりはないのだけれど…でもね? こんなにも小さな坊やを困らせ、怒らせた行いには違いない。しかもしかも、すっぽかしなんてことをして、彼のささやかな期待を裏切っての寂しい想いもさせたから。やり直しが利かない分、尚のこと、同じお馬鹿で同じ寂しさを舐めさせる訳にはいかないってくらいは、我ながら性懲りのない馬鹿ヤロな自分にだって判るというもの。力不足は多々あるけれど、約束だけは破らない。それこそ義に厚い総長さんの、精悍さが匂い立つような男臭いお顔が真摯に引き締められて、坊やだけを見つめての“誓い”をしっかと立ててくれたから。
「………だったら良い。」
こちらさんも照れ隠し半分だろう、ちょっぴり視線をよそへと落とした、心なしか しおらしいお顔での“了解しました”というお返事を返し。何となくながらも場が収まって、さて。それじゃあ帰りましょうかと、全員で腰を上げる。興奮冷めやらないのは観客の皆様とて同じこと。殊に彼らが戦ったのは本日の最終ゲームだったので、帰途に着く方々とかち合うと揉みくちゃにもされかねず。そこでと会場内の喧噪のトーンが落ちてから、選手専用の通路を通り、スタジアム内の更衣室から駐車場へと移動をする。今日はOBさんの伝手で用意していただいた、数台のマイクロバス&自前のバイクへと分乗しかかったところが、
「…あ、待って待って。」
まだまだ緑の茂みや木立に取り囲まれた駐車場の、競技場側からの入り口から、誰ぞがこちらを目指して駆けて来た気配。おややと振り返れば、
「桜庭だ。」
「ジャリプロじゃん。」
そういえば此処は総合競技場だったから、隣りのスタジアムにては王城が、今日のスケジュールのトリをしめたらしいと今頃思い出したのは。王城ホワイトナイツのWR、美形長身でモデルさんで、アイドルでもある芸能人の桜庭春人さんが、おーいと手を振り、駆けて来たところだったから。こちらの面々は、ガッコの制服が一応はありながらも、ユニフォームを脱げばそれぞれが好き勝手なカッコであるのと対照的に。桜庭さんも、彼の後から追って来た、高校最強最速の寡黙なラインバッカーさんも、王城高校指定のものだろう、白を貴重にした同じトレーニングウェアの上下を揃って着ており、
「今から学校への帰りなんでしょ? 悪いんだけど、セナくんを一緒に便乗させてくれないかな。」
まだ外にいた葉柱へ、お願いしますと手を合わせる桜庭に続いて、やっと追いついた進をと見やってみれば。その腕の中、こちらのチームのマスコットの坊やと実は同級生の、やっぱり小さな小学生が、大人しくもちょこなんと収まっている。
「ウチは、帰ったらすぐにミーティングを始めるぞって監督が言い出して。」
その後でタクシーでお家まで、送ってってもいいのだけれど、秋の陽はこの頃ではあっと言う間に落ちるから。そうまで遅い時間まで、こんな幼い子供をちょっぴり遠い高校の施設なんかへ引き留めておくのもどうかということで、
「先に送って行こうとしたらば、皆さんが見えたもんだから。」
セナくんちまでは王城よりもご近所さんの賊徒学園さんだし、それに何より、
「ちっ、しゃーねぇな。」
葉柱総長よりも先に、セナくんのクラスメートの妖一くんが“構わないぞ”というお返事をしていたりするよな、ある意味で“ツーカー”な間柄。
「向こうに着いたらルイのバイクになるんだけど…。」
3人乗りは…ホントは違反行為だが、しょっちゅうやってて慣れてもいるし、
「ああ。そんじゃ、その子はあたしが乗っけてくよ。」
やはりバイクに乗っているメグさんが、セナくんの方は引き受けたと言って下さって。
「お前、道は判んのか?」
「だから。まずはそっちの坊やの家まで先に送ってって、そっから後はウチの坊やんチまでをルイが送ってきゃいいだろう?」
おさすがの冴えで、てきぱきと指示を出し、何だったらバス自体を先に坊やんちへ最初に乗りつけたって良いんだし…と、話がまとまり。それじゃあ預かりましょうかと、ホワイトナイツのマスコットさんの方へと注意を向ければ、
「………どした?」
当の坊やが、むいと下唇を突き出して、むくれておりますという判りやすいお顔。いくら常勝チームだとはいえ、そりゃあ興奮したに違いない“応援疲れ”で眠いのか、それとも…まだまだ進さんと一緒にいたいのにと拗ねているのか。小さなお手々でむぎゅとばかり、コアラみたいにお兄さんの広いお胸や二の腕へしがみついてるところを見ると、後者である可能性が高いのだけれど。
「…セナ?」
深みのあるお声で進本人から促されると、しがみついてた真っ白いジャージの懐ろへぱふんとお顔を伏せて、何度かこしこしと頬擦りしてから。今日のところはそれで満足してやるということか、やっとのことで手を緩め、こちらから葉柱のお兄さんが伸ばした腕へと移ってくる。
“…ますますコアラみてぇだな。”
まあまあ、半分は寝ぼけてもいるんでしょうし。いくら大好きな葉柱のお兄さんに抱っこされたからったって、妬いたりしないで大目に見てやんなさいってばさ。
“だ、誰が妬いてんだよっ! ////////”
判ったから、こっちへの八つ当たりで手当たり次第に物を投げるのはやめてくだしゃい。(苦笑) それじゃあお願いしますねと、保護者さんが目礼し、その付き添いさんが何度も頭を下げる中、マイクロバスはやっとのことで出発し、まだまだ前進していていいのだという、勝利者だけに許される安堵の空気とそれから、ああ疲れたねぇと笑顔で零せる心地のいい疲労感とが、車内にほんわりと広がった。そろそろ始まる夕暮れの先触れか、金の色合いが濃くなった陽射しに照らされた風景が、車窓を勢い良く後方へと流れてゆくのを眺めつつ、
「あと3週で決勝戦か。早いなぁ〜。」
夏休みからこっち、妙にバタバタしていたもんだから、あっと言う間に九月は過ぎゆき、今週末にはもう十月じゃあありませんかと、妙に感慨も深くなる坊やであり。
“まぁな。週末ごとに試合があって、それを指折り待っては過ごし、待っては過ごしして来たからだろな。”
勿論のこと、ただただ“ぼ〜〜〜っ”と待ってたわけじゃなく。相手チームのデータを浚い、こっちのコンディションや力量と照合した上での対処法の特守や特攻の練習を重ね、前日には調整や集中に専念しと、きちんきちんと怠りない準備を繰り返しての充実した1カ月だったからこそ、早く過ぎたという実感がするのでもあって。8つも年上の大きなお兄さんたちの尻を叩いては頑張らせている、小さなコーチ様と致しましては。自分が所属する小学校の行事だけでは到底味わえぬだろう、大人ばりの忙しさや集中、強敵に臨むことで感じる緊張感などなどを全身で堪能出来るのが、嬉しいやら楽しいやら、あまりにスリリングで痺れてしまうやら。
「〜〜〜〜〜っvv」
これだからアメフトってサイコーvvとばかり、本日、ちょろっと体感しちゃった窮地と、それをくぐり抜けた時における“快感”を反芻しつつ、ふと視線を巡らせれば。お隣りの席、総長さんに抱っこされたままなセナくんと視線がかち合った。眠いのもあってだろう、とろんとした眼差しが今にも伏せられそうになってる坊やであり、
「?? どした?」
ただ眠いのではなく、何か言いたそうな彼だと気づいて。かっくりこと小首を傾げつつ声をかけてやれば、
「ヒユ魔くんは、葉柱のお兄さんとお揃いしないの?」
――― はい? 何ですて?
伸びて来た小さな手が、むんずと妖一坊やの着ていた…今日のはリバイバルが話題の某ロックグループのロゴが入ったTシャツの、大きめ故に余ってた袖を掴んだので、ああとようやくのこと察しがいった。そんなしたセナ自身は、これでも一番小さいサイズのなのらしき、ホワイトナイツの…練習着も兼ねているのだろう、胸にチームの紋章がプリントされたTシャツを着ている。セナが飛び切り小さいこともあり、さすがに大きくて随分とあちこちが余っているが。そうやって余った襟ぐりやら袖からは、本人の元から着て来た青いシャツが覗いていて、最初からそんな重ね着であったかのようなバランスになってもいて愛らしく。さっきまで抱っこされていた進と一緒にいたならば、即席ながらも“ペアルック”になっていたに違いない。それでの質問だと察したものの、
「俺はあんま、そういうのって興味ねぇからな。」
お揃いを着るとか、ペアで同じものを持つとかいうこと、意識したことはそういえばないなぁとあらためて思う。洋服にせよ持ち物にせよ、我流の趣味で選んで揃えているし、特に子供っぽい趣味ではなし、
“ルイが日頃の普段に家で着ている服とかも、そんなに趣味が悪いってもんじゃなし。”
何なら同じようなパターンのもので揃えるのも…笑えるかもと。ああ、やっぱりそんな感覚が来ちまうかななんて、自分で自分を冷静に分析していると、
「セナは進さんと一緒だと、凄っごく嬉しんだけどもね。」
そうと言いつのるセナの大きな目許が微妙に歪んだから、お…っと何をか予測した小悪魔くん、身を起こすと自分のかけてた座席の余りに置いてあったドラムバッグのジッパーを勝手に開き、中をごそごそと漁り始める。
「おい…。」
人の荷物を勝手に弄るなと、言いかけたもんの…今更かなと。言葉を濁した総長さんが、諦め半分に眺めていると、両手で掬い上げるようにして順番こに引っ張り出してはお顔を埋め、使ってないの、きれいなの、匂いの薄いのを選ってたらしいタオルの中から、まあマシかというのを手に取って、
「ほれ。」
小さなお友達へと差し出してやれば、うんと頷き、受け取ったセナくん。そこへと顔を埋めて…うにうにと泣き始めたから周囲が焦った焦った。
「…なっ。」
「そ、総長っ、何したんですかっ!」
「ルイっ、あんたっ!」
「何もしてねぇよっ。」
「その子って、あの進の秘蔵っ子でしょうに。」
「バレたらタダじゃあ済みませんぜ?」
「だからっ!」
頼もしいお胸。そこへ小さな子供がくっつくのには慣れてもいたが、その子がこんな…唐突に泣き出す展開にはあまりに慣れがなかった、カメレオンズの総長さん。どどど、どうしたらいいんだかと、緊張しまくっての硬直状態を見せており、そこを周囲がやんやと囃す。…何とも平和な“族”の方々であり、
“これまでに一度も、女を泣かしたことさえもないのかな?”
ルイさんがモテないとまでは申しませんが、そんな展開にまで持ってくような柄じゃないと思いますよ?
“だよなぁ。”
ただただ困ってるお兄さんはともかくも、お気に入りのおチビさんが泣いてるのは気になったのでと、
「どうしたよ。」
金髪の小悪魔坊やが綺麗なお手々で髪を撫でてやれば。うぐうぐと咽(むせ)ぶお声が、引きつりながらもやや静まって、
「このカッコしてたらね? おねいさんが“あらパパとお揃いね、良かったねぇ”ってゆったの。」
そうと告げたもんだから。
「………。」
成程、つまりはそれが結構根深い不満の種となり、いつもにこにこ良い子の筈が、ちょっくしご機嫌が悪かったセナくんでもある模様。そしてそして、そんな告白を聞いちゃった周囲はといえば、
「……………。」×@
まずは言葉を無くした面々が、次には…笑っちゃいかんと必死で耐える。
“パパ?”
“もしかして、それって…。”
“やっぱ、あの…。”
そりゃまあ確かに、高校生離れした重厚さはあるが。ガタイもいいし、男臭さの塊りで。しかも頼もしいまでに落ち着き払っていもするが。それに何より、
“…このチビを抱っこする手際が、相当に慣れて来てるからなぁ。”
とは、妖一坊っちゃんからの見解であり。…そう。どうやら、この同じTシャツを着ていた進さんとセナくんとを見た人から、何と“親子扱い”発言をされたから。それを“悔しい”とか“冗談じゃない”とか思っちゃったセナくんだったらしいのだ。
「セナ、進さんの子供と ちやうもんっ。////////」
じゃあ…違うのならば何に相当するのかという認識までは、惜しむらくはまだ無いものだから。それで尚のこと、気持ちの収まりが着かないでいたセナだったらしく、
「そうだよな。失礼にも程があるよな、そいつ。」
きっとあれだぜ、セナほど若くはなかったもんだから、悔しくっての意地悪を言ったんだ。そーかな? そうだって。どのくらいの女だったんだ? 中学生か? 高校生くらいか? んと、小春おねいさんより大きくて、メグおねいさんよりかは小さかったの。じゃあ、結構な年じゃんか。
「〜〜〜〜〜〜。」←あっ
子供の“大きい”“小さい”は、背丈だけじゃなくって年齢の長短にも使われる。よって、王城のマネージャー嬢の若菜小春さんよりも大人っぽくて、賊学のマネージャーのメグさんよりかは…〜〜〜だったというのへ、妖一くんたら なんて言葉を返すやら。(笑) お陰様で、一部に むっかりしかかった人が出ましたが、
「気にするこたないぜ? きっと焼き餅焼かれただけだ。」
「そっか。」
「若いってのはそれだけで罪だかんな。」
「そうなの?」
「ああ。俺らはまだ二年生だからな。これが五年とか六年とかになったら、少しは判って来るんだろうさ。」
美しくも慰め合う、小さな天使たちの会話を指して。頼むから、そこのお笑いヒマワリ劇団を何とかしてくれと、マイクロバスを運転していたOBの方までもが必死で笑いを堪えていたそうである。(あっはっはっvv)
◇
「…お揃いかぁ。」
どうにもむかむかしていた気持ちが整理されて、やっとのことで落ち着けたのか。セナはすぐにも寝ついてしまい、今はすうすうと穏やかな寝息を立てているばかり。運転手さんもやっと冷静さを取り戻せ、バスは快適な走りを続ける。そんな中、先程セナがちょこりと洩らした“お揃い”についてへと皆の思考が向いたらしく、
「まあ、あんまりいかにもな“お揃い”とか“ペア”とかってのは、ちょっと引きますよね。」
一年のランニングバックがポロリと零せば、
「まあ…それはそうだけど。けど、気がついたらカノジョが同じストラップとか、くれてたりしねぇか?」
これは二年のラインの一人が言い返す。
「ああ、それはあるよな。誕生日でもないのに何でくれんのかなーって思ってたら、相手のケータイにも同じのが下がってて。」
「体操着入れとか作ってくれるじゃんか。あれもサ、一応は青のチェックとかだったりすんだけど、女子が使っても不自然じゃない柄とかだったりしてサ。気がついたら、同じので自分のも作ってやがんの。」
一緒に帰る時とかさ、いかにも“デキてます”って主張してるみたいでサと。困るんだよな〜〜〜と言いながらも、
“彼女がいるってことも、一種のステータスなんだろか。”
ウザイよななんてスレたこと言い出さねぇところが、こいつらってば可愛いんだよな…と。だから、小学生がそんな一丁前な見解もってどうしますか、まったくもう。(笑)
「ペアねぇ…。」
男衆たちの少々勝手な物言いへ、こちらさんも可愛いと思ったからか“くすす”と苦笑ってたメグさんが。ふと、何かを思い出した…というよな声を上げ、周囲にいたチアの一年の女子たちが“何ですか? ねぇねぇvv”と急っついたので、
「うん。そういう、誰かにひけらかしたり見せつけるためみたいな“お揃い”ってのには縁がないんだけどサ。」
手入れの行き届いた、所作の綺麗な指先を唇の下、顎近くの窪みへと添えながら、
「気がついたら、相手の私物が妙にウチにあるってのはあるかなって。」
そういうのでなら、同じデザインのマグカップだったり、お揃いのスリッパだったりするからねと、あくまでもあっけらかんと応じたのへと、
「きゃ〜〜〜んvv」
「メグさんたら、過激vv」
黄色い声がどっと上がった。え? なんでよ? だってだって、それって“半同棲”に間近い関係じゃないですか。そうなるのかい? だって、マグカップにスリッパですよ? ちょっと寄ってくとか、休みの日だけのお招きくらいなら、お家にあるもので間に合わせますってフツー。キャッキャと一気ににぎやかになった辺り、やっぱりこういう話題は女性の独壇場ってやつなんだなぁと、皆して苦笑しちゃったり。セナくんがついつい“ずっと大人のおねいさん”扱いしたほどに、立派に大人の色香を身につけたメグさんは、結構以前から既に、葉柱の兄上と…どうかすると親たちさえもが半ば公認しているような間柄であり、族の仲間内では知らない者はいないから。一年の女子が騒ぐほどには新鮮な艶話でもなしと、男子の面々は落ち着いたもの。それよか、お前、さっき言ってたカノジョってのは、もしかしたらバドミントン部のあの子のことか? ポニーテイルにしてる一年の。え?/////// 何で知ってるんですよ。やっぱりな、同じストラップってっから怪しいなと思ってたら。このヤロが、早々と幸せ掴みやがってよ。お前みたいな幸せもんは、ルイさんの親衛隊には入れてやらん。え〜〜〜、何でですよう。守るものが他にもあるよな奴に、ルイさんを守れっか。
“…そんなもんがあったのか。”
迂闊にも今の今まで知らんかったなぁと、男子陣営のこそこそ話に何となく耳を傾けてた妖一坊や。その前の“カレ氏の私物”云々というメグさんのお話へと意識を戻し、
“俺らはどうだろか。”
ふと、思い出してみる。総長さんは坊やのお家へは、せいぜい送ってくれて“それじゃあ此処で”と玄関先で帰ってしまうのが定番化しているので、さして何やら持ち込んではいない。むしろ、坊やがルイさんチへお泊まりするケースが結構多く。
“ルイから分捕ったパジャマ代わりのTシャツは俺のと見做せば、もう何枚かあるよな。あと、俺用にってルイの小母ちゃんがご飯茶碗とかお箸とか揃えててくれてるし。”
結構あるじゃんかと、そんなこんなを数えていれば。懐ろのセナにつられたか、周囲のにぎわいも何のそのと、転寝に入ってる当のご本人さんの横顔が視野に入って。
「……………。」
こちら側へと項垂れさせてる首。少しほどセットが取れかかった長い目の黒髪が、お顔にかぶさりかけていて。それがちょっぴりと しどけないかも。あの、恐持てのする三白眼が伏せられると、凄みさえを帯びてた揮発性が一気にトーンを落とし、その精悍さに重厚さが増して、何とも言えず男臭い。でもでもあのね? 口許が、今にも開いちゃいそうな、ゆるい合わさり方になってるところは、何だかやんちゃで可愛くて。開かないかな、そしたらあのちょこっと長い舌も出て来るのかなって、ついついワクワクもので見守ってしまう。
“…そっか。”
いつもなら、今セナがいる場所に自分がいて、ぴっとりとくっついてたから気がつかなかった。ルイって、こんな顔して寝てるんだってこと。お泊まりしてる時は、薄暗がりでよく見えてなかったし、まじまじと眺める必要だってなかったから。
“だって、見なくたってルイだもんな。”
温みが匂いが、触れてる存在がルイだから。じっと見つめて検分なんてわざわざしない。触れば分かるし、口を利いたらもっと分かるし、それにそれに、じっとして一緒にいるのも落ち着くけれど、構ってくれたらもっと嬉しい。大きな手で撫でてくれたり、どした?って覗き込んで案じてくれたり。ひょいって小脇に抱えて大急ぎの駆け足をしてくれたり、背負ってくれたりお膝に跨がれば支えてくれたり、
「………。」
物なんてどうでもいい。本人が傍にいてくれれば、それでもう、他には何にも要らない。むしろ、セナほどに我慢が利かない自分だから、物なんかで同化気分に浸る程度じゃ、もはや満足出来ないって方が正しいのかも。
「ん…あ?」
こっち側になってた二の腕へ、そぉっと凭れておでこをつければ。それで起こしちゃったのか、ひくんと顔を上げて周囲を見回す。ごめんねとかは言わないからね。だって、置いてけぼりにしたのはルイの方。そのまま狸寝入りで眸を伏せていれば、
――― ぽふぽふって。
セナを抱えていてもまだ余裕で届く長い手が伸びて来て、凭れてた頭を髪を撫でてくれるから、あのね。今日のところはこれで我慢してあげる、寛大な坊やだったりするのである。お家に着くまでのあと一時だけ、セナくんに貸しといてあげるからね? 今だけだからね? いぃい?
おまけ 
私物の持ち込みとは大きく逸脱するけれど。もしかしたらば…その前の、持ち物ペア化に近いこと。
「そういやうっかり数えてなかったけど。」
「何がだ?」
「ルイってサ、もしかして“四つ葉のクローバー”って好きなんじゃない?」
「そりゃあ誰だって好きだろよ。幸せの象徴だぞ?」
「…そんでだな。」
以前にもらったバスの定期券用のパスケースしかり、出先で雨が降り出したからって買ってくれた傘しかり。買い物が増えたのでとまとめて入れなとやっぱり買ってくれた紙袋しかり。ないなら別だが、あれば必ず、その柄をわざわざ選ぶ彼であり、
「賊学のヘッドは、四つ葉クローバー・マニアだったのか。」
「おうよ。お陰さんで今のところは無事故無違反だ。」
「…無違反?」
「バレてなければ“無違反”。」
「メンツじゃ誇りじゃへは妙に煩い割に、そゆとこは ちゃっかりしてんのな。」
「まぁな。」
お後がよろしいようで…♪
〜Fine〜 05.10.02.〜10.03.
*おかしいな、
坊やたちの運動会へのアプローチ話を書くはずだったんですが、
気がついたらこんな方向へと逸れておりまして。
運動会ネタはまた後日ということで、はい。(笑)
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