Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 5
   
 “ライバル登場?”

 

 

 八月もそろそろ終わろうかという時節に入って、昨年の冷夏を補って余りあるほどの酷暑だった夏が過ぎゆき、そろそろ朝晩は涼しくなって来つつある。大通りから少しばかり裏手へ入った町角の、漆喰とレンガの壁が秋めいて映る小さな喫茶店から、カラコロロン…とドアベルを鳴らしもって出て来た人影があって、

  「やっぱ、メグ姉ちゃんは頼りになるよな。
   大学で“きょーしょく”取るって言ってたもんな。」

 満面の笑みで“満足満足♪”といった心情を素直に表現し、小さな手に提げた青い合皮のレッスンバッグを少し持ち上げ、ぱしぱしとその横っ腹を叩いて見せる坊やの。頭の天辺に渦巻く金色の旋毛
(つむじ)を、遥か足元へと見下ろして、

  「…悪かったな、俺では物の役に立たんで。」
  「そこまでは言ってないじゃん。」
  「小学生の算数が判らんのかって、呆れたみたいに言っとったのは何処の誰だ。」
  「それはルイだけじゃなかったじゃんか。」
  「…おい。」

 その場に集まっていた数人ほどの“改造制服姿”の恐持て男子高校生たちへ、臆面もなくそんなことを言い切った、末恐ろしい小学生。いかにも太々しい風体の憎まれっ子がそんな減らず口を利いたのなら、同じ憎々しい発言にしたって いっそ“貫禄勝ち”なんてな苦笑混じりな評を集めたかも知れないが、この子の場合はその真逆。ふわふわの金髪に透き通るような白い肌。可憐なまでに華奢な手足に、透明感のあるミステリアスな金茶の瞳と、お人形さんもかくやという愛らしさで整えられたる端正なお顔の持ち主が、カナリアみたいなお声で放った暴言…と来ては。怖いもの知らずにも程があるとばかり、唯一の部外者であり目撃者だったお店のマスターが“ああとうとう大怪我するかも”と冷や冷やしっ放しだったほどだったとか。まま、そこはいつものこと、頭目である葉柱が双方を宥め窘めして、険悪になりかかった場を収めたのではあったけれど。

  「言っとくけどな。ツルカメ算なんてのは、俺たちにはもう縁がねぇんだよ。」

 確か“植木算”とかいうのもありましたよね。筆者も忘れてました、実際。
(笑) しかも…これって“方程式”を使って解いたらいけないんですってね。最終的に出る答えは同じですが、それでも。彼らの世代で習うところの、それ用のやり方で解かなきゃいけないのだそうで。

  「九九が全部言えない奴もいたじゃんよ。」
  「いんだよ、半分覚えてりゃ。」

 そですね、六八=48を覚えてるのなら、八六は咄嗟に出て来なくても良いんですよね。
(こらこら) 計算に支障なく使えてりゃそれで良いんだよと胸を張った総長さん、

  「それが大人の合理主義だ。」
  「…変なの。」

 などと、お店の前で凸凹コンビ漫才もどきな会話を展開していたりする この二人。あまりにも共通項がない組み合わせなので、まるで“判じ物”のようだと思われることも多々あったりするとか。年の離れた兄弟でもなければ、従兄弟や叔父甥というよな間柄でもないし、家が近所という“隣り組”同士でもない。ましてや…年の離れた内縁の奥さんの連れ子でもないので、念のため。(最近ではこの誤解が一番多いらしい。/笑)片やの坊やは先にご紹介したような、それは愛らしい容姿をしている小学二年か三年生くらいの男の子で、蛭魔妖一という ちょっぴり恐ろしい響きの変わったお名前。そんなおチビさんから…足元という随分遠くから見上げられつつも、対等な口利きをされている片やはといえば。少し長いめの漆黒の髪をぴしっとこだわりの型に固めにセットし、派手めなサイケ柄のデザインTシャツに、ウエストが高くて裾の長い、白地のスラックスをこちらもビシリと一応は決めて揃えた、恐持て組のやんちゃさん風な高校生。タイマン勝負ならいつだって買ってやらぁと、凄ませたらなかなかの迫力を見せそうな風格の、たいそう鋭角的な面差しをした、ここいらを束ねる“賊徒学園”の暴走族の総長で、名前を葉柱ルイという。傍らにいる坊やが小さいせいもあるが、それにしたって ずんと上背のあるお兄さんであり、しかもよほどの猛者なのか、首条や肩や胸の強かさや厚さは大したものだし、背中も広く、半袖のシャツの袖ぐりからちらりと覗く二の腕には、ちょっとした所作につられたぐぐんと盛り上がる頼もしい筋肉がまといついている逞しさ。そんな雄々しさを、だが威嚇的にひけらかすでなく、日頃の安寧とした空気の中では悠然と晒しているさりげなさが、精悍な面差しに冴えた凛々しさと…場数を踏んだ者の貫禄のようなものとを加味しており、

  “まだ“大人”ってのは言い過ぎだけどもサ♪”

 カッコいいのはホントだもんなと、内心でだけ いつもそう思ってる坊やが、上目遣いになって かっくりこと小首を傾げて見上げれば、
「ほらよ。」
 すっかり慣れたるお見事な“阿吽”の呼吸。さして屈まずとも届く長い腕と大きな手が伸びて来て、坊やをひょいと軽々抱え上げ。店のドア脇に停めてあったカワサキ・ゼファーのタンデムシート…の後方に括りつけられた“子供用補助シート”へ、ふわんと座らせてくれるお兄さん。見かけは怖いが、なかなかに優しいところも たんとあり。それを言うなら…、
「このまま帰るか?」
「うっとぉ。」
 まだお母さんが帰って来る頃合いには間があるから、どうしよっかなと。視線を泳がせて“考え中”という仕草を見せる可愛い子。淡い金色の前髪の下、陽に透ける金茶の瞳が大きく瞬く様は、ふわふわで色白な頬や、小さな顎の上へ咲きかけた 緋色のバラの蕾のような口許にそれはそれは映えており、
“黙っていれば文句なく天使みたいに可愛いんだのにな。”
 どういう加減か中身は過激で、口利きも偉そうなら、子供らしからぬ知恵者でもあって。PCを扱わせたなら専門職はだしな その上に。自分の容姿が女性受けすることをよくよく理解してもいて、T.P.O.に合わせての大人顔負けの態度の使い分けをこなす技も見事なもの。初見からそのほぼ全てを…裏と表と両方を見せていただく羽目になった葉柱は、それから続いているこの腐れ縁、良いように振り回されつつも、実のところは…彼なりに擽ったくも楽しんでいたりする。

  『ウチの母ちゃんは ちっと気が弱いかんな。』

 大人しくて引っ込み思案なものだから、知己や友達を作るのが下手な母親のため。殊更に可愛い子ぶって奥様方のサロンでアイドルになって来た彼だと知っている。その反動であるかのような、大人全般を舐めてかかって見下した偉そうな態度もまた、逆に彼なりの懸命さが滲んだ処世術が生んだ振る舞いだと判るから。頑張ってそんな“楯”を操る彼の奮闘ぶりが先に来るせいか、小生意気な素の顔さえ いっそ健気なものにも見えてくるというもので。自分で良ければ、存分に引き回されてやろう、構ってやろうと、そんな気分でいるヘッドであるらしく。………そいや、彼にまつわる妙な夢を見ちゃうほどですものね。

  “………あれは忘れた。”

 あははのはvv 結局は“真夏の悪夢”ってコトで片付けることにしたんですね。判らんでもないです、ええはい。(前話“番外編”参照・笑)
「よっし、黒美嵯川の堤防まで行こう。もしかして、大道芸の兄ちゃんが練習してっかもしんない。」
 時々、カラーボールやシガーボックスを使ってのジャグリングの練習をしているお兄さんがいるとかで、先日からそれを見に行くのに付き合わされている葉柱でもあり、
「堤防のどこだ? 取水塔んトコか?」
 うんと頷きかけた小さなお顔が、何を見つけたか“あやや?”と前方へ注意を投げる。いかにも住宅街の公用道を、駅の方向からこちらへ向かって歩いてくる人影があり、片やは前にだけツバの飛び出した型のスポーツキャップを前後逆さにかぶった洒落者で、もう片やは妙に存在感のある、だがだが、寡黙そうな学生風。年の頃は高校生辺り…のようなのだが、タイプがまるきり違う様子の二人連れは、タイプがまるきり違いつつも どちらもなかなかの男ぶりで。しかも………。

  “あれは…。”

 葉柱もまた“おや”という反応を見せたのは。知己という間柄ではないながら、よくよく見知った顔であり、殊に片方の青年は…向こうからの見識はなくともこっちから知っているというケースが珍しくはないタイプの“有名人”だったから。その青年の視線が、間違いなく自分たちへと向けられているのが分かるほど近づいて来たタイミングに、

  「桜庭だ。」

 シートに座ったまま、坊やが指差して見せた側。亜麻色の髪をスポーツキャップで隠した青年の方が、擽ったげに苦笑をし、
「こら。何でいつもそうやって名指しするかな。」
 品よく形のいい口許へ、真っ直ぐ伸ばして立てた人差し指を添えて見せる仕草もなかなかに決まっている彼こそは、全国プラス台湾や韓国に合計何万人という熱狂的なファンを持つ、桜庭春人というアイドル・タレント。ソフトな面差しに浮かぶ屈託のない笑顔が、下は小学生から上はOLや主婦にまでという幅広い年齢層の女性ファンに受け入れられてる、新進気鋭、只今売り出し中のマルチタレントで。よって、此処に居ますなんてことが街中でバレたりしたらば、たちまち駆け寄る女性たちで黒山の人だかりになるのは必至。簡単には収拾がつかない騒ぎになるというのにのに、逢えばいつだって名前を大声で呼ばわる坊やであるらしく。間近にまで歩み寄りつつ、あんまり威厳はないながらも“メッ”と怒った真似をして見せれば、
「だって、二枚目が困ってるトコって面白れぇんだもん。」
 くけけ…と笑っての悪びれないお返事に、予測はあったらしきアイドルさんの肩ががっくりと下がって、さて。


 

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「久し振りなのに相変わらずつれないねぇ。」
 坊やをひょ〜いっと軽々、腕の中へと抱き上げてしまえる彼もまた、葉柱に引けを取らないくらいに体格はいい。甘い笑顔の似合う、柔らかな整い方をした造作の小顔をしているがため、押しつけるような迫力もないまま優しげな印象にまとまっているものの。かっちりとした肩幅も、坊やを抱えた胸板の厚さも結構な代物で、夏場のドラマやバラエティなどで水着姿になったりしようものなら、新しいファン層がぐいぐい入れ食いで惹き寄せられるという、別な意味でもマルチなアイドルさんであり、
(こらこら)
「………あ。」
 直接の面識はないのかなと、今更ながらに気がついたらしい。坊やが葉柱の方を向き、
「あのな、ルイ…。」
 彼らを紹介しようとしかかったが、
「知ってるさ。王城とはまだ対戦したことはねぇが、有名チームだからな。」
「あ、そか。」
 これでもアメフトチームを束ねている身。相手の二人がそっちの世界では相当に有名な顔触れだっただけに、葉柱としては微妙なところで“初対面”とも言い難く、
「春の大会では対戦出来なかったね。」
 こんな風に言うところを見ると、桜庭の側からも葉柱を知ってはいるらしく、残念だったねとにこりと笑ったアイドルさんに他意は無かったらしかったが、
「そーだな。ルイってば審判に喧嘩売ったらしいからな。」
 相変わらずにクチの減らない妖一坊やが要らん一言を付け足して、
「それに、王城ホワイトナイツって言ったら関東で一番ってチームじゃん。ルイんトコは設立1年目なんだから、どこにしたって勝とうなんてまだ早ぇーよ。」
 知った風な口利きをするのが、このお年で様になってるあたりが物凄い。とはいえ、
「お前、いやに詳しいな。」
 日本のアメフト事情は…はっきり言ってまだまだマイナーなそれだ。丁度、Jリーグが発足する前の実業団サッカーのようなもので、スポーツのジャンルとしては知られていても、九月に本場アメリカのNFLが開幕となることも知られていても、日本のそれがいつ盛んかを知っている人は少なかろう。ましてや学生の、それも高校生のアメフトは、全国的な視野で見渡せばあまりに偏った展開ぶりでもあって、いかに…未だに特殊なスポーツ扱いされているのかが判ろうというもの。だというのに、妙に詳しい坊主だなと、今頃になって改めて感じた葉柱だったらしいが、

  「前に言ったじゃんか。
   阿含とか雲水とか、父ちゃんの友達には、
   学生アメフトでぶいぶい言わせてた凄いのが一杯いるって。」

 ………そういえば。ルイさんと知り合ったのは、彼がアメフト選手だったからという繋がりからではなかったもんだから、それで違和感があったものの。彼の、凄まじい経歴を誇る“伝説の冒険王”だったらしきお父様には、結構色々と奇天烈な知己が多いらしく。夏休み前に遭遇した、居丈高な双子のおじさんたち…もとえ、お兄様たちにしてもしかり、あの後にちらっと顔を合わせた妙に貫禄のあった大工さんしかり。
“しかも、あの大工のおっさんもアメフトやってたって言うからなぁ。”
 こちとらキャリアはそんなにないせいで、伝説組の名手の名前にまではあまり詳しくない。兄の斗影が言うには、金剛兄弟も武蔵巌も、先の世代からすれば伝説の名手たちであり、
“こいつの父ちゃんっていうのだって…。”
 蛭魔? それって…あの蛭魔か? と、何度 念を押されたことか。どのどんな蛭魔なのかは聞かせてもらえなかったのだけれど、自分より先にアメフトにハマった兄なのだから、プレイや練習法だけでなく選手にももっと詳しいには違いなく。………一体どんな人物だったやら、ますます謎が深まったのは今は置いといて。
「僕らもサ、中学生時代に、妖一のお父さんからトレーニングを見てもらったりしたことがあったからね。」
 ねぇと腕に抱えた愛らしい坊やに相槌を求める姿が なかなか絵になっている、人気台頭中のアイドルさん。にこにこ笑顔を崩さないままに付け足したのが、
「僕なんか、蛭魔さんに憧れてアメフト始めたようなもんだしね。」
 ………いや、坊やのお父さんの方の“蛭魔さん”なんでしょうけれど。
(苦笑) モデルのお仕事は子供の頃からやってたそれだけど、スポーツに憧れたのは坊やのお父さんのカッコいいプレイを見たからだもんねと、にっこし笑って言ってから、

  「あ、勿論、ヨウちゃんのことも大好きだよォvv
  「うるせーよ、女たらし。」
  「あ、酷いなぁ。僕、芸能人にしてはストイックな方なんだよ?」
  「じゃあ何で、いっつも女に取り巻かれてんだよ。」
  「あれはファンの子たち。熱愛の噂だって立ったことないもん。」
  「どーだかな。マスコミの見てないトコで上手いことやってんじゃねぇのか?」

 軟弱者に見せといて結構強かだもんな、あ・ひっど〜い…っと。片やが小学生だとは到底思えない“大人”な会話を繰り広げていた彼らだったが、

  「で? 今日は何だ?」

 こんな住宅街の只中へ、たまたま通りすがった彼らだとは到底思えない。自分が此処に居ると調べてやって来たに違いなく、だったら用件とやらもある筈で。堂に行った訊きようで話を振った妖一くんの、おら聞いてやるぞという“ドーン”と構えた余裕の表情に見上げられ、
「う…ん。僕の御用じゃないんだな、今日は。」
 ここで唐突に語勢が弱まった桜庭くんが、ちろりと振り返った肩の向こう。それまではずっと置物みたいに黙っていた連れの方に目をやったのに釣られるように、坊やのみならず葉柱までがそっちへ注意を向けたのだが、

  「最近のお前の素行を正しに来た。」

 それは端的、且つ、素っ気ない言いようには、到底“友好的”な気配は微塵も感じられなくて。ああこれは説教に来たらしいなと言うのは坊やにも判ったらしい。………ただ、
「“そこー”って何?」
 はしっこい坊やではあるものの、PC用語やカタカナには強いが…四角い言葉にはまだまだ未到の代物が多いらしい。お顔を上げて素直に訊いてきた彼へは桜庭が、
「日頃のお行儀とか行動ってトコかな?」
 柔らかく言ったのへと重なるように、進本人が言葉を継いだ。
「平生の行いや品行のことだ。」
 子供相手にますます四角く言ってどうすんだと、これには葉柱も呆れてしまう。ついつい名前が先行してしまったが、桜庭の連れの方に関しても葉柱はよくよく知っている。漆黒の剛い髪をざんばらに刈った至って洒落っ気のない青年で、冷たいほど冴えた眸の深色が映える鋭角的な面差しをし、さりげなく着ているシャツの下には…鋼に匹敵するほどまで鍛え上げられた屈強な筋肉が隆と張った、完成された肢体が包み込まれていて。先から一言も発しないでいたにもかかわらず、結構な存在感にあふれていた偉丈夫。
“こいつまでもが知り合いだとはなぁ。”
 桜庭のような芸能人なぞではなく…なのに彼の方をこそ、ついつい意識してしまうようなそんな相手。まだ一年生だというのに、現在の関東の高校アメフト世界に於いて彼を知らないだなんて“素人以下だ”とまで言われるだろうほどの実力者。常勝軍団・王城ホワイトナイツのラインバッカーというポジションを、既に確固たるものとしている最強最速の男。それがこの青年、進清十郎である…のだが。それほどの彼が、同じ高校アメフトの世界にいる自分ではなく、まだ小学生の小さな坊主にこそ用向きがあってわざわざ運んだという辺り。一体どういう順番な世界なんだろうかと、ちょいと疑問を覚えてしまった葉柱であっても無理はなかろう。いやホント、顔の広い坊やです。
(う〜ん) そんな彼らを、今のところは“傍観者”として見やっている葉柱には当然構いもしないで、
「聞いた話では、放課後になると毎日のように暴走行為に及んでいるそうではないか。」
 おおう、そう来ましたか。回りくどい言い方ではなく、すっぱりと真意を告げたところは、曲がったことが嫌いな進らしい言及の仕方であり、
「…っ。」
 妖一坊やも、一瞬ハッとして…だが、反駁出来ずに視線を泳がせてしまったほど。
「しかも。同い年の友人も作らず、年齢的に不相応な相手との交流ばかり深めているとか。」
 こちらさんもまた、小学生相手とは思えない、小難しい言い回しでの意見をするお兄さんであり。そしてそして、

  “………。”

 春先からの云々まで知られているとは思えないながら、夏休みと言えばの“宿題”を現役学生という一番頼りになる世代に見てもらおうという、なかなか合理的な思惑から、その学生陣の“お友達”の中でも一番頼れる人を訪ねて、高校生のお兄さんたちが溜まり場にしている喫茶店へ連日通っているという…確かに少々外聞が悪そうな心当たりがあるものだから、
「…うう。」
 珍しくも言い負かされた格好で口籠もってしまった坊やだったりして。
「それって…母ちゃんに聞いたんか?」
「いいや。」
 端的な返事しか返さない進の言いようへ、
「妖一のお母さんは告げ口なんかしないでしょ?」
 桜庭が優しく言葉を足してやる。寡黙で言葉の足りない友人のためか、それともそんな彼の言いように傷つかないようにと相手のためにか。こういう“中割り補足”をする役回りには慣れている風の春人であり、
「今回のは進が思い立ってのことで、お母さんは知らないことだから、それは間違えないでね?」
「…うん。」
 ほうと小さく吐息をついて、抱えられてた桜庭くんの懐ろにぽそんと凭れる。凶悪なまでに油断なく、いつもいつもお元気なこの坊やの唯一の弱点が“お母さん”だということは、葉柱にもよくよく判って来ており、よほどのことドキドキした彼なんだろうなと偲ばれた。とはいえ、

  「…そっか。もしかして阿含だな。」

 おや。口調に張りが戻りましたですね。夏休み前に逢ったからな…と事実把握をうんうんと噛みしめ直してから、
「最近の俺んこと、面白おかしく何か話したんだろ。それを、堅物な進が真に受けたんだな。」
「ピンポ〜ン♪」
 その通りで〜すと、にっこり笑ったアイドルさんの応じに力を得たか、

  「清十郎の馬鹿っ。」

 おお、打って変わっての果敢な反撃だ。抱えられた態勢のまま、身を乗り出すようにして噛みついて来た坊やへ、目上へ向かって“馬鹿”とは何だと言い返しかかったお兄さんだったが、
「ルイのこと良く知らないくせに、判ったような言い方で上から見てんなよなっ! それって十分“むせきにん”なんだぞっ!」
 先程までとはがらりと雰囲気が変わって、金茶の目許をそれは鋭く吊り上げている坊やであり。可憐なそれだった口許から溢れるは、斟酌のない抗議の文言。
「何だと?」
「そこらの料簡の狭い大人みたいに、人を見た目で判断すんなって言ってんだ。ルイがどんな奴なのか、ちゃんと判って言ってんのか? 阿含から言われたことと見た目だけで、ただの不良だって決めつけてんだろ、どうせ。それで言うなら、清十郎なんか、堅物すぎて煙たがられて仕官出来ないでいる幕末の浪人みたいなもんだかんなっ。」
 こ、細かい例えですな、そりゃ。つけつけと口撃を放つ雄姿はいつものそれだ。いや、よほどに堪えたのだろう その直後なだけに、その反動も加わったか、真摯な分だけ過激さが当社比127%になっているかもで。
(こらこら)
「アメフト馬鹿で、気も利かなきゃ融通も利かなくて。無愛想が過ぎて、小さい子に怖がられてばっかいるくせにっ。」
 勢いづいて言いつのる坊やの言へ、

  「「…こら。」」

 制止する声が二つ重なり、

  「それは言い過ぎだ。謝りな。」

 言い諭したのは意外にも、遠回しながら槍玉に挙げられていた葉柱本人だったから。同時に窘めようとした桜庭が“おや”と意外そうなお顔になった。それにも気づかぬままの妖一くんが、
「う…。」
 言葉に詰まってしまったところへ、
「見た目で物言っちゃいけないんだろうが。ましてや、お前はちゃんと知ってるんだろう? この大男が不器用ながらも生真面目で、アメフトに命懸けてるってことくらいはよ。」
 そこまでの生意気を言うのだからと、こちらさんも敢えて子供扱いをしないで言を正した葉柱であり。そんな態度へ…坊やの方でも、
「…ごめん。」
 渋々という重そうな口調ながらも謝ったところを見ると、

  “…成程ね。”

 同じ人への縁
(よしみ)から繋がっているとはいえ、自分たちより世代的に年上の阿含さんが、やたらと…冗談めかしつつも棘のあるよな言い回しをして、最近の坊やの素行がどうのこうのと 生真面目な進を焚きつけたもう1つの理由が、何となく見えて来た桜庭だ。
“この子がこうまで懐いてるトコ、見せつけられてはね。”
 大人と一緒にいれば便利で面白いからという、ただの形ばかりの懐きようではなく。この青年じゃなけりゃあと唯一限定して、どこかしら気に入っているから…大好きだからいつも傍らにいたがる坊やであるのらしくって。この、一筋縄ではいかない手ごわさを良く良く知られた“特別”な坊やが、自分の側から寄ってく存在というものを、そういえば自分たちはあまり知らなかったから。

  “妬けちゃったんだろな、うんvv

 あの、怖いものなしで自信家の阿含氏がねぇと、そっちを可笑しく思って小さく微笑んでいると、その坊やご本人から…むうっと膨れたままのお顔で不満げに見上げられ、
「はいはい、戻りましょうね。」
 名残り惜しかったが仕方がない。腕の中へと抱えていた、軽くて暖かな小さな存在を、元居たバイクのシートへと降ろしてやって、
「葉柱くんの真似をする訳じゃあないけれど。」
 桜庭としても、一応のお説教。
「進の言い方は相変わらずに言葉が足りなかったけれどもね。世間一般からの見方ってのはそういうもんだ。真相とか詳細までを慎重に手繰り寄せた上でなきゃ、絶対に取り沙汰しない人なんてのはむしろ珍しいくらいだろ?」
「…うん。」
「ヨウちゃんは葉柱くんがどういう人かっていう“ホント”を知ってて平気かもしれないけれど、例えばお母さんは? どんな躾けをしてるのかしら、なんて言われてたらどうするね。」
「………。」
 シートの上、お膝に乗せてた小さな手を坊やがぎゅうと握り締める。キツい言いようだが、これもある意味で“ホント”の現実。無責任で不用意な大人は、意外なくらい一杯いる。そんなこんながこんな簡単な言いようで判る聡い子供なだけに…簡単に傷ついてしまいもするのだろうなと、素直な反応に愛しさがつのる。強くてお元気で、賢くて…優しくて。少しほど屈んで、おでことおでこをくっつけて。元気の消えたお顔を覗き込み、

  「なんてね。
   ヨウちゃんのお母さんは芯のしっかりした人だし、
   葉柱くんのことだって良〜く知ってるんだろ?」

 こくりと頷く坊やの柔らかい頬を、指先で優しくちょいちょいとつついた桜庭の向背から、
「そうだな。お前の母上なら、何言われようが平気だからと言いそうだな。」
「…進、ずるい。」
 一番の決め台詞、美味しいところをお連れさんに攫われて。アイドルさんが“むう”とむくれ、
「…ぷふっ。」
 坊やが堪らず、吹き出してしまった一幕でございました。







            ◇



 相変わらずに幅が広くて奥の深い交流を持つ不思議な坊やで。進から窘められたことへも一応の敬意を払い、
『じゃあ、これからは俺だって分からないカッコでバイクには乗る。』
 そんなことを言い出したのへ、3人のお兄さんたちが初めて意を揃え、おいおい…と呆れたのは言うまでもないことだったが。
(笑)

  「あ、葉柱くん。」

 九月に入れば高校アメフトの世界でも本番を迎える。クリスマスに行われる全国大会決勝戦、クリスマスボウルを目指して、各地で一斉に予選大会が始まる。東京都秋季大会もその開会式が華々しく催され、参加校の面々が勢揃いしての式典が行われたのだが、お堅い式次第が終わって“さて帰るか”と更衣室から出て来たところへ、葉柱へ気安い声をかけて来た者があり。この気安さと自分への“くん”づけから、相手が誰なのかはあっさりと思い出せた。
「なんだ、ジャリプロ。」
「…その呼び方はやめてよね。」
 チビがそう呼んどったが。わわ、僕の話なんかしてくれてたの? 何の話? めげないアイドルに懐かれてる総長を見捨てて、他の面子たちは“お先に”と帰ってゆく。
“…まあな、現地集合だったし。”
 全員が自分のバイクでばらばらに乗りつけたので、帰りもそれで済ます予定ではあったのだしと。仲間の薄情さへも何とか理解を寄せて、さて。
「先日はごめんね。急に強襲かけちゃって。」
 あんな出先で取っ捕まるとは思わなかったろうねと、擽ったそうに苦笑った桜庭に、
「そういや、なんであの店が判ったんだ?」
 こちらも今更ながら不審に感じたらしい。葉柱がそう訊くと、
「う…ん。ヨウちゃんが時々、あそこの紙ナプキンとかコースターとか持って帰ってるんだって。それでお母さんが、電話番号とか控えてたの。」
「…そっか。」
 小学生が喫茶店の常連というのは、やはりいただけないことかもなと、改めて感慨深げな顔になった葉柱へ、
「言ったろ? ちゃんと判ってるお母さんなんだし、君がそこらの中途半端な突っ張りじゃないって事だって皆が知ってる。」
 それとも違うの? 小首を傾げる二枚目さんに、今度はしょっぱそうな苦笑を向けて、
「まあ、それは良いんだが。」
 蒸し返してもしようがないなと“ほりほり…”と頭を掻いて見せた葉柱へ、不意に声を低めた桜庭が、
「此処だけの話、なんであの進がヨウちゃんにご執心かっていうとね。」
 そんなことを囁いて来た。そういえば、それもまた奇妙なことではある。アメフト以外にはてんで関心なぞ持たないような男なのに。単に“子供が不謹慎なっ”という正義心の発露からの行動にしても、それならそれで場をわきまえない性急さが何となく、あの堅物そうな彼らしくはなかったような。
「???」
 目顔で催促すると、何故だか…桜庭はくすすと楽しげに笑って見せて。

  「進ってば、ヨウちゃんのお母さんのことが好きならしいんだよね。」
  「…はい?」

 そりゃあまだまだ若くてきれいな人だけどもサ。あんなにも旦那様のこと、堅く信じて待ってる人へ、無謀な恋心を抱いたもんだよねぇ。上げつらうような意地の悪い言いようではなかったが、それでも“呆れちゃうよね”というカラーは隠し切れていなくて。
「ヨウちゃんも薄々気がついてるらしいよ。」
「…☆」
 もっとも本人は、進よりも進のお父さんみたいな堅実そうな人が良いなんて言ってたけどね。クスクスと軽やかな笑い方をする桜庭には、周囲を通りすがる他校の生徒たちもついつい視線を奪われていて。
“…さすがは芸能人ってか。”
 間近に向かい合うのは二回目となる、王城ホワイトナイツのWRさん。端正な顔立ちに柔らかな人当たり。物言いもソフトで思いやりがあり、機転が利いていて。実力本位な王城でレギュラーだという、根は真面目なスポーツマンさんだから、体格も良ければ動作も機敏で。よくもまあこれだけ一人に集まったなと思うほど、様々に優れたところが集結した、まさに選ばれた人間という観がある。
「? どしたの?」
 不意に、自分をまじまじと眺めやる葉柱に気がついて、キョトンとした声をかけて来る彼へ、
「いや…さぞやあのチビにも懐かれてるんだろうなとだな。」
 ついつい口を衝いて出た一言だったのだが。桜庭は…一瞬ほど息を引いてから、ますます眸を見張ると、

  「…馬鹿だねぇ。」

 ぽつりとした呟きを寄越して来て。
「これはわざわざ言うまいって思ってた。君が気づいてないんなら尚のこと、癪だから教えないでいようかって思った。」
 信じられない言動をした存在の、希有なところをこれ以上見逃すまいとするかのように。こちらから視線を外さぬままでいた二枚目が…くすすと再び笑って見せて、
「あのね。いいことを教えてあげる。僕や進はサ、ヨウちゃんが幼稚園に上がる前からの知り合いなんだよ?」
 君も知ってるらしい阿含さんたちなんかは、ヨウちゃんが生まれた頃からの知り合い。
「なのにサ。こっちから出向かないと思い出してくれないの。電話やメールだって、こっちからばっかり。携帯の番号なんて、機種を変えるごとにちゃんと知らせているのにね。一度だって“遊ぼう”とかって御用で呼んでくれたことなんてないんだよ?」
 それって、どういう意味だか…判るよね? 皆まで言わないでそんなお顔をしたアイドルさんに、

  「…あ。」

 やっと。ピンと来た総長さんであり。そんな鈍いところ、気負わない自然体なところも気に入られているんだろうねと。桜庭くんが、微笑ましげなものを見るよな、大人のお顔をして見せる。
「ヨウちゃんはね、芸能人だってことや大人だってことへは、あんまり価値も関心も持たないみたいなんだよね。」
 まあ…ちゃっかりしてるから、その場での利用ってのは大いにするんだけれどね、と。あの小悪魔の周到さや知能犯なところを付け足してから、

  「同い年の君に負けたなんてのはなんか口惜しいから、
   これからもちょくちょく構いに行こっかなvv

 んふふんvvと意味深に微笑って、葉柱の背条を震え上がらせてから。その視野の中に何かを見つけて大きく手を振る。ぱたぱたぱた…と葉柱の背後から駆けて来たのは、今の今、話題に上っていた小さな坊やで、
「桜庭、進が探してたぞ。バスが出せないって。」
「あ、いっけない。」
 それじゃあ、またねと、二人へ手を振る。すらりとした長身が立ち去った後に居残った小さな坊やへ、遥かな高みから視線を落として。桜庭を見送っていた愛らしい横顔が、そのままこっちを見上げて来たのへ………。

  「………何だよ、気持ち悪いなぁ。」

 自分の顔に何かついているのだろうかと誤解して、まだ短いシャツの半袖のところを顔に寄せ、ぐしぐしと小さな肩ごと擦りつける仕草の、何とも可愛らしいことよ。

  “ああ、これって末期かも…。”

 小憎らしいばかりな子なのにね。減らず口ばかり達者な、怖いもの知らずで。綺麗な見目まで余すところなく利用するくらいに、要領ばかりよくって。なのに…そんな子が油断して隠し切れなかった健気なところばかりが印象に残って。誰にも凭れない強情な子が、じゃあどうして自分には煩いくらいまとわりつくのかに…人から言われて気がついて。

 “懐いてくれてることへの優越感なんてもんは、嫌いな存在には感じないよな。”

 そんな甘やかな想いに、口許がほころんで仕方がなくって。柄になく“微笑み”なんてものが口許に浮かんで仕方がない葉柱へ、

  「ほら、早く帰ろう。」

 桜庭から何か美味しい話でも聞いたんか? へらへら笑ってみっともないぞと、躍起になって腕を引く坊やが、もしかしたなら…焼き餅を焼いてたのかもなんてことは。これで一杯一杯だったヘッドには到底深読みし切れない、まだまだ“未知の領域”のお話だったりするのであった。






  〜Fine〜  04.8.27.〜8.29.


  *何だか“光源氏”計画というよりも、
   妖一くんの“逆ハーレム話”になって来つつありますが。
(笑)
   それと、今回は進さんにちょこっと“憎まれ役”を振ってしまいました。
   ますます“進セナ”サイトにあるまじきことですよね、すいませんです。
   ところで。妖一くんのお母さんって誰だと思います?
(笑)

  *またまた
九家九条やこ様に桜庭くんを描いていただきましたvv
   
是非ともあちらサマへもお運びをvv

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