Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “桜花繚乱・仔猫もはしゃぐvv”
 



 まだお彼岸前だってのに夏日にならんというほどまで暖かくなったかと思いきや、寒の戻りが尋常じゃなかったりもし、冗談はよせと閉口したくなるほど極端から極端へと振り回された、お茶目な始まり方をした この春だったが。そんなこんなの混乱も、三月弥生の半ばまで。あちこちの茂みや梢に新しい緑も萌え始め、冷たかった風も心なしか甘くなり、陽射しの色合いも日に日に濃くなって。街にはパステルやスモーキー調の柔らかくも華やいだ色があふれ始めており、梅の緋色を前触れに、いよいよの桜も北上を本格的に始めたとの知らせが日々の会話に取り沙汰されて。四月からの新しいスタートを前に、学生さんも社会人も真っ新
(さら)なドキドキやウキウキに胸を高鳴らせているのだろう今日このごろ。
“真っ新なドキドキ、ねぇ。”
 何ですよ、総長さん。珍しくも筆者への揚げ足取りですかい?
“そういう訳じゃねぇんだがよ。”
 春休みもたけなわで、学年から学年への持ち上がり期だからか宿題が一切ないのが魅力的な、長いめのお休みではあるけれど、
“新学期が始まりゃあや、すぐにも大会が始まるかんな。”
 秋季大会のように全国大会へと続いているものではないけれど、アメフト部がある学校はまだまだ限られている今、三年生が抜けたりした後に組み直した新しいチームというものを試してみたり、他所の陣営の基礎データを取るには丁度いい機会でもあって。
“まあ、ウチは主軸の俺らがまだ居残ってっからな。”
 何しろ、チームそのものを立ち上げたのが葉柱本人のようなもの。彼の兄の代を最後に、賊徒学園高等部のアメフト部は一時消滅しており、他の部と同様、看板だけしか残ってはいない、実態はただの“たまり場”と化していたのである。悪名高き不良学校の面目躍如という状態にあったものを、今のメンツを率いて進学して来た葉柱が急遽叩き直した。先代が去った後、居残ってはいたもののやる気をすっかりと無くしてしまっていた先輩連中には、それなりの丁重さにてお引き取り願い、やんちゃ連中というカラーは似ていたが、バイクとアメフトが好きという気の合うメンツで立ち上げたチームでとりあえず突っ走った昨年度。素人に近いくらいの陣営だったにしては、結構いい成績を出せたと思う。このままのテンションで、もっと中身を濃密に練り上げれば、今年はもっといい線をいくのではなかろうか? そうと思えば、春だ休みだとそうそう“のほほん”と過ごしてもいられない。銀や影が新入生の中から使えそうな奴ってのを既にピックアップしているらしいから、ポジション別に合宿で調整しておかねぇと…と、主将としての心積もりを胸中にて転がしつつ、愛車のゼファーを駆ってただ一人、慣れた道を疾走している彼であり。少しほど長いめの黒髪を向い風にはためかせ、低く咆哮するイグゾートノイズを置き去りに、軽快な“走
(ラン)”に乗っかって彼が向かった先はと言えば………。



 桜と一口に言ってもその種類は沢山あって。一般的に日本人が花見で愛でるのはソメイヨシノだが、沖縄や九州でお彼岸前のまだ寒いうちに咲くのはちょっぴり赤みの濃い緋寒桜だし、結納や結婚、お正月など、おめでたい席で出されるお茶に浮かべる塩漬けの桜は、華やかな八重のものが好まれる。有名な日本画、横山大観の『夜桜』はしだれ桜で、ぼんやりと輪郭が霞む春の月の下、漆黒の夜陰を背景に、凛然と冴えてあでやかな淡い緋色の花すだれが、それはそれは麗しい大作だ。枝への花のつき方にも色々あって、均等に全体に散りばめられているもの、手鞠のように薬玉のように十幾つもの花が枝の節々に固まっているものと、それぞれに様々な個性のものがあり、それだけでも日本人がいかに“さくら”が好きなのかを物語っているよう。咲く時期も種類によってまちまちで、先に述べたように緋寒桜が一番手。そして、緋の八重花や白っぽいのが、開くと同時に葉も出る山桜が咲いてから、お待たせしましたのソメイヨシノが開花する。九州・四国・南紀と北上した桜前線は、海流の関係で先に房総半島や東京で咲いてから、関西の大阪・神戸へお目見えし、京都や奈良へもやって来て日本列島を優しい朱鷺色に染め上げてゆく…のだが。
「………と。」
 視野に入って来たのが、なかなか厚みのある陣幕で咲き始めていた桜の並木。国道沿いに連なるピーコックブルーの金網フェンスの中、まだ若いのだろう、背丈はそんなにもない山桜たちが、陽光に白い花をほわほわと光らせて咲き誇っている。まだまだソメイヨシノの開花には1週間以上はあるだろう時期であり。桜だ花見だというのがまだまだ実際のものとしては話題にさえ上らないでいたせいか、尚更にその唐突さが鮮烈で、視線を奪われてしまった葉柱であり、
“まさか、これの花見に付き合えって話じゃねぇだろな。”
 あちらさんだって春休み真っ只中だろうに、何でまたと。出先で開いた携帯へと届いたメールへ小首を傾げてみたものの、

  【今からガッコまで迎えに来い】

 こんな手短に呼ばれた場合、何で俺が、どうして其処へ…なんて、いくら訊いたって無駄だってこと、重々判っているお兄さんだからね。呼ばれた“ランプの精”は、魔法の絨毯に乗って迅速に指定された場所までお迎えに行くだけ。大概は“学校まで来て家まで送れ”というリクであり、行きは自前の足で登校したんだろから、そんな我儘放っておいたっていいものだろうに、どうしてだろうね。あの坊やから呼ばれると、ついつい逆らえない葉柱でもあって、
“………ま・いいんだけどもよ。”
 別にどうしても苦痛だってほどにも負担でなし、小生意気な坊やだが、こっちの鼻面を引き回している立場に嬉しそうにしている様子が妙に…可愛かったりするものだから。ま・いっかとお付き合いさせていただいている次第。
“それだけってんでもないんだがな。”
 そうそう、眸を離すととんでもないことをしでかしてる恐れもある、色んな意味から一筋縄ではいかない子でもあったりしますからね。こないだも、ちょっとしたアクシデントに見舞われており、自分が駆けつけられて事無きを得たものの、
“………。”
 実を言えば、あれはお兄さんにもちょっぴり堪えた。一緒に居た子が泣き出したのへ釣られたと、珍しくもほのかに泣いてた姿へ…ではなく、心細い場面にあっても恐らくは強がるのだろう“日頃の坊や”が改めて痛々しいと思えてならなくて。元気で何よりと腕白さをこそ褒めてやれば良いのだろうが、

  “………褒めてやれんパターンが多すぎんだよな、あいつの場合。”

 あっはっはっはvv それは言えてるかもですね、うんうん。
(苦笑) 金色にけぶる髪に真珠のような真白い肌。少し力んで大きく見張った金茶の瞳は、玻璃のように透明に冴え、まるで野ばらの蕾のように、やわらかいながらも形の立った唇は、表情豊かでやさしい緋色。細い肩に薄い胸、華奢な首条、か細い四肢…と。天使かお人形さんかと見紛うような、そりゃあ可憐で愛らしいお姿をしているのに、中身は正逆のまさに小悪魔で。女性の前では愛らしい仔猫ぶりっこで通すクセして、一応は恐持てするメンツで固めてる、自分の仲間たちにも全然怖じける様子はないままに偉そうな口利きをするし。お母さんが攫われたと思ってのこととはいえ、怪しい伝言に従って相手の指定した場所へあっさりと足を運んでしまい、数名の大人たちを相手にさんざんに大暴れもしたし。玄人はだしのPCの天才で、どんなにセキュリティが厳しいサイトでもハッキングなんてお手の物。のっぴきならない追っ手があったからとはいえ、吹き抜けになってた家電ビル内のホールの3階部分から“せぇの”で下まで飛び降りて来た大胆さだとかも、総長さんの記憶にはそう遠いことではなくて、
“俺らへ喧嘩吹っかけて来たチンピラへ、迷惑メールを山ほど送りつけた揚げ句に、兄貴分がいる席へ勝手に出張ヘルス嬢を何人も呼びつけて盛大な恥をかかせたって話も聞いてるし。”
 最近自分が聞いた中での最大極悪のケースがこれではあるが、当然、聞いてない話だってきっと山ほどある筈で。何とも子供離れした発想の手口だってのも末恐ろしいが、それ以上に、
“そういう奴のメルアドとか居場所とか、すぐに突き止められるネットワークってのが恐ろしいよな。”
 どういう訳だか、婦警さんたちやおミズのお姉さんたちに顔が広い子なもんだから、こういうお兄ちゃんに苛められたのぉとチクッて、店で総シカトの刑なんてのをやらかしてもらったり、たった一人の車を相手の“徹底ローラー作戦”を強いてもらって、駐車違反から一時停止や左右確認の無視、シートベルト非着用に運転中の携帯電話使用などなど、様々な違反を一点集中的に粗探ししてもらったり。遺恨が出そうな相手の場合は、メルアドだけ聞き出しといて“そういう悪戯”を自分で的確に仕掛けたり。子供とは思えないほどに周到で性分
(タチ)が悪くて…恐ろしい小悪魔くん。
“…俺なんぞのフォローの必要があるんだろうか?”
 もしかしたら自分よりよっぽど頼もしいかもなんて、そんなところへ帰着しちゃった思いをぼんやりと巡らせながら、校門の内側にバイクを止めて。すっかりと顔なじみになっている警備のおじさんに目礼をし、すたすたと足を運んだのは…今は無人の明るい校庭を縁取るコンクリの歩道だ。この年になってもう一回、通い慣れたる小学校となろうとは。自分が通ってたガッコではないから、教師の中に知った顔もいないのだけれど、ほぼ半年以上も通っていれば新しく知り合ってしまってる顔触れが出来もする。さっきの警備員さんといい、低学年生担当の先生方といい、こっちの顔と名前を覚えられて久しいったらで。外で“あらあら葉柱くん”なんて呼ばれると、さして年齢は違わないような若い先生であれ、自分の元担任みたいな気がするから始末が悪い。
“いやに静かだが、今日は工事はお休みなのかな?”
 …誤魔化したわね。
(苦笑) 確かに、校庭の一角では改修工事の最中で。入学式はまだ先だろうし、足場だって残ってるのにな。妙に静かな周囲を見渡し、そんなこんなと思う彼の頭上から………突然に降って来たものがあり、

  「わっ!」

 正体は、大量の花びらの塊りだったのだが、最初はそれと判らずで。頬や額へ触れた ひやりとした感触にゾクッとし、一体何の塊が落ちて来たんだろうかと、その場でぴょこりと撥ね上がって慌てたほどだった。それを見てのことだろう、少々甲高い笑い声が、やはり頭上から聞こえて来て。スカジャンの肩や背中へとまとわりついたまんまな花びらを大きな手で払いのけつつ見上げた先には、陽光を受けて“きらりん”と輝く髪が紫がかった青空を背景に見え隠れ。
「この野郎〜〜〜。」
 せっかく迎えに来てやったのに、妙なもん ぶちまけんじゃねぇよ、ゴミかと思っただろうがっと怒鳴りかけ、だが、はたと。別なことへ気がついて…ますますのこと、眉を吊り上げる。
「こらっ! お前ら、そこって柵の外っ側だろうっ!」
 お前らとかけた声に間違いはなく、
「凄げぇな、ルイ。俺一人じゃねぇってよく判ったよな。」
 感心したような坊やの声のすぐ後に、
「すごい・すごいvv
 パチパチという拍手と鈴を転がすような笑い声つきで続いた、愛らしいトーンの合いの手は。もしかしなくとも…妖一坊やのお気に入りで仲良しな、あのセナくんのもの。
「危ないだろうが、そんなトコでっ。」
 建物の間近に寄り過ぎた位置関係なので、真下に位置する此処からははっきり見えないが。もしかしなくとも彼らが居るのは屋上の、しかも柵の外だ。そんな危険な場所で一体何をしとるのかと、尚のこと頭に血が上り、
「いいかっ、そっから動くなよっ!」
 いくらなんでも手が届かない身の歯痒さに苛立ちながら、怒鳴ったそのまま左右を見回し、一番近い昇降口へと駆け出した。ザカザカ・かつかつと響いた足音がまた、妙に大仰だったので。小さなお口を手で覆い、くすくす笑ったセナくんと、こちらさんはもちょっと悪魔っぽく、唇の端っこを吊り上げて、にししと笑った妖一くん。どうせ此処まで駆け上がって来るのには少しほど時間がかかるだろうからと、立ち上がって作業の続きに取り掛かりかけたところが、

  「動くなっつっただろうがよ、このクソガキどもがっ!」
  「わ、早い。」
  「誰が“クソガキ”だ、誰が。」

 バタンと開いた屋上へのドア。一応3階建て校舎のその上だから、中折れの階段を4階分上って来なきゃならなかったのに。正にあっと言う間という間合いにて、此処へと駆けつけたお兄さんであり。ドアを開けた途端に真横から吹き抜けた風で髪がばさっと掻き乱されたが、それへと構ってられぬまま、しばらくその場に立ち尽くしていたのは。
“…さすがに多少は堪えたか。”
 こらこら、そんな…肩で息してるしとか何とか、冷静に分析したげない。
(苦笑) 何とか呼吸を整えて、そのまま真っ直ぐ彼が歩み寄って来たのは、大人でもなかなか跨ぎづらい…腰より上という高さの鉄柵の間際。お馴染みのお子様たちが居るのはその外側で、隙間だって細かい柵だから、いくら小さい子供でも抜けることは不可能で。
「何でそんな…そもそもどうやって、そっちに行けたんだ。」
 柵の向こうにも四畳半ほどの空間があって、そっちへと乗り越えてた彼らは体つきもずんと小さいので、さほどぎりぎりという感じではなくいるのではあるけれど。とはいえ危ないには違いない。
「あのね、先にひゆ魔くんがこっち来て、それから柵の上まで登ったセナのこと、支えて降ろしてくれたの。」
 パステルカラーのお洋服がいかにも春らしい装いで、陽光に暖められたつやつやの癖っ毛を風にもてあそばれている愛らしいお子様。潤みの強い琥珀色の瞳をふにゃりと細めて、凄いでしょーvvと笑ったセナくんへ、
「…あのな。」
 がっくしと肩を落とした葉柱のお兄さん。冒険しちゃったと喜んでるよ、この子ったらと、そうと思って脱力したらしい。言われてみれば、給食のかそれとも家庭科の食材仕入れにでも使われてるものか、硬質プラスチック製の間仕切りの入った頑丈そうなバッカンが柵の向こうとこっち、双方の傍らに1個ずつ転げていたから、これを足場に登って降りた彼らだったのだろうと思われて。
「命綱だってつけてんだ。危なくなんかねぇっての。」
 大威張りの坊やが一丁前にワークパンツ風のジーンズをはいたその細腰から柵へと、コードみたいに延ばしてたものには最初っから気がついていたが、
「児童用のビニールの縄跳びじゃあ、命綱になる訳ないだろがよ。」
 おおう。あの、内側に螺旋みたいになったカラーの樹脂が練り込まれてるやつでしょうか? 懐かしいなぁ…じゃなくって。確かにそんなもんじゃ、数kgだって支えられるもんじゃない。足を滑らした途端、あっと言う間に千切れますってばよ。
(ぶるぶるぶる) それを想起しての恐怖もあって、ピシッと叱咤気味の声で言い返したものの、
「体を吊り下げるのには足りねぇが、これがピンと張ったら其処より先に行かねぇってカッコで使ってたんだよ〜だ。」
「…お前ね。」
 猿回しのおサルかい…。
(苦笑) 周到というか、口だけは相変わらずに達者だというか。何だかもうもう、真剣に叱り飛ばす気も失せたらしい葉柱さん。そんでも、とっととこっちへ来なさいと。まずは…向こうのバッカンを立ててセナくんを登らせ、上から軽々と引っ張り上げると、懐ろへ抱えてやってこちらへ救出。続いて小悪魔坊やも抱き上げてやれば、こちらさんはセナくんと違い、こっそりはしゃいで…きゅうぅッと向こうからもしがみついて来た小さなお手々の可愛げへ、
“………う。///////
 しまったなぁ、これでほだされた。口許がちょっぴり緩んだところを、間違いなく間近から見定められて、身を離した瞬間に、
“もう くだくだ怒んのはナシな?”
 思わせぶりの上目遣い。いかにもな そんなお顔をされたもんだから…こちらさんも相変わらずな相性な模様でございます。
(苦笑) とはいえ、
「大体…お前ら、何をしてたんだ。」
 ランドセルも手提げも持たずの完全に手ぶららしいので、何かのお当番という雰囲気でもない。小さな手にはそれぞれに、ビニール袋を握っており、中身は…さっき葉柱にも振りかけた、桜の花びらが一杯。恐らくはフェンス沿いに咲いていた、あの山桜のものだろう。
「此処の花びらが一番きれーなのvv
「はあ?」
「下だと、水たまりとかあるだろ?」
 それでなくたって誰かが踏んでいたりもいる。だがだが、
「此処は水はけも良いからさ、乾いた隅っこに濡れないまんまのがいっぱい、段差になってる隅に吹き寄せられてんだよ。」
 指差されて眸をやれば、成程、ごつい段差が船縁のように出っ張ってる縁の、下に沿っている溝の辺りや角で交わる隅っこには、花びらが吹き寄せられて集まっていて、それを目当てにと此処まで辿り着いた“花摘み坊や”たちであるらしい。
“…珍しくも可愛いことへ夢中になってんじゃねぇかよな。”
 先にも触れたが…此処だけの話、春休み前にちょっとした事故がありもして。学校の半地下になってた倉庫に閉じ込められるという、不慮のアクシデントに見舞われた妖一くんで。最初はさして心細くもなかったらしいのが、一緒に閉じ込められちゃったセナくんが啜り泣いたのへつい釣られて…と、貰い泣きしちゃった子供らしいお顔を、助け出しにと駆けつけた葉柱のお兄さんへ、見せてくれた坊やだったのも束の間のこと。一晩寝たらケロッと復活。やっぱりお元気な“とんがらし坊や”っぷりを発揮しまくってる小悪魔くん。口も減らなきゃ、態度も横柄。携帯1つで何だって出来ちゃう恐ろしさも復活の、末恐ろしさ数十倍な今日この頃ではあるけれど、

  “けど、まあ…。”

 ツーリングに出たところが、思わぬ雪で帰途を封じられ、間に合うのかなとハラハラさせられたホワイトデイ。チョコエッグの亜種だろう、中にストラップが入ってるよという携帯型のチョコレートというのを見つけたものだから、当日にお家まで足を運んでそれをお返しにと差し出せば、
『…いい大人が世間に乗せられてんじゃねぇよ。///////
 なんて言いつつも、包装紙を剥いた中身、セロファンの窓がついてた箱にいつまでも見入ってた坊やであり。ああいう可愛げをたまに見せられると、何と言いますか…ホッとすると同時に、なんていじらしい子だろうかと思えてしようがない。日頃の小憎らしさが反転する分、尚のこと強烈に印象づけられるのだろうか。いやいや、本質的には いじらしい子なのだ。可愛いなんて言われてる場合じゃない、恐持てのする、誰からも恐れられる存在にならなきゃと、頑張って突っ張って片意地張ってる。そんな普段の彼の方こそ、実は相当に無理をしている姿なんだと…。
“思わせないほどの可愛げのなさも大したもんだが。”
 こらこら、フォローは?
(苦笑) それぞれの小さな手にしっかと口のところを握られたビニール袋には、さっき撒いたせいもあってか半分ほどにも詰められてはおらず、
「お前ら、そんなに桜好きか?」
 ひょいと屈んで坊やたちに訊いたお兄さん。顔を見合わせ、こくりと頷き合った二人だと見て取ると、


  「よ〜し。だったら、これから“穴場”へ連れてってやろうじゃないか。」


 妙に楽しげに表情を明るくし、小さな悪戯坊主たちを懐ろへと引き寄せた総長さんだったりしたのであった。








            ◇



 ホントはいけないんですよの3人乗りにて、カワサキ・ゼファーでまずはと向かったのが、
『…穴場ってのはコンビニのことか?』
 確かに…桜の花がプリントされた、お花見キャンペーンというポスターが貼られてるし、同じ柄のノボリたちが まんま桜みたいに林立しているよなと、オチの貧相さへ目許を眇めた坊やたちへ、
『あのな。』
 なんでそうそう即妙に揚げ足が取れるんだろうねと閉口しつつ、
『花見に手ぶらでってのも詰まらんだろうが。』
 今からだと昼過ぎに着くだろからと、お弁当と飲み物とお菓子とを此処で仕入れてくだけだ。バイクなんだから自分で下げてける大きさにしとけよと注意を授けて、菓子パンやサンドイッチ、好きなおやつをそれぞれに選ばせて。ついでにトイレにも行かせてから、再び走り出したマシンは、大きな道からどんどんと、空気の綺麗な片田舎へと道を選んで進んでく。突然のツーリングは、遠足みたいで楽しくて。縦に並んでるからお喋りは出来ないけど、あのね。後ろに乗っかってるヒル魔くんが時々頬をついついってつついて、道端の畑に菜の花が咲いてるのとか、遠い梅林の帯みたいな緋色とか指差してくれるから、セナくんにも楽しい道行きで。
「あとちょっとだぞ。」
 ガソリンスタンドでのストレッチ休憩を挟むほどの長丁場になってしまったのは、これでも“お子様が一緒だったから”とスピードを抑えていた総長さんだったからで。ほかほかとした陽気の中、3人がやっとこ辿り着いたのは、

  「…うわぁあ〜〜〜。」
  「あやや…凄いです〜。」

 少しほど山間部に入ってしまうけれど、未舗装ながらも…山菜摘みにご近所さんが登って来れる程度にしては、割としっかりした道もあり、
“???”
 開発途上の新興開拓地だろうか? それとも、国の事業か何かで整備されかけたものが、採算が合わないかどうかして頓挫したっていう施設でもこの先にあるのかな?…と。およそ、小学生が思いつくようなことではない“推測”を立てていた、相変わらず子供離れした感覚をした小悪魔くんだったのだけれども。どんどんとその視野を侵食してゆく緋色の陣幕に包まれてくにつれて、そんな深読みなんて もうどうでもよくなった。周辺の山道沿いは山桜が中心だが、も少し上がっての奥向き。ところどころで平坦な開けた場所がある末のどん突きまで来ると、陽当たりのいい斜面になった場所だからだろう、一足早いソメイヨシノがこんなにも早く満開近くになっている。

か、かわいいvv
 

「すごい…。」
「すげぇ〜〜〜。」



 
 型通りの難しい言い回しで“荘厳華麗”とでも描写すべきか。満開に近いせいで、枝の隙間さえ見えないほどに、見渡す全て、左右や手前に奥。それからそれから、ゆるやかな傾斜のせいで上下までもが桜一色に埋まってる。花の闇ってのはこういうのを言うのだろうなって思った。ただ暗いってだけじゃなく、漆を塗り込めたような…もしくはビロウドみたいな。手がかりの見当たりそうにない、厚みのある深い夜陰に匹敵するほど、何とも言い知れないような厚みのある空間がそこには広がっている。そう…ただ視野を塞いでいるだけじゃない。幾重にも重なってる枝々が層を成し、奥行き深く濃密に空間を埋めている桜花の群れの物凄さは、ただただ圧巻で。花びら自体の緋白もまた、練絹のような厚みと存在感があるそれだものだから、小さな自分たちの感慨なんぞ、この壮麗な存在の前にはあっさりと呑まれてしまって…言葉もない。
“う〜〜〜。”
 この情景をどう感じたか、置き換える言葉がほしいと切実に感じた。何か言わなきゃ声を出さなきゃ、圧倒されて感に堪えた胸が今にもはちきれそうになってたし。ずっと後になっても鮮明に思い出したいから、その時の“鍵”にだってしたいのに。ああもう、口惜しいな。絶妙な言葉が見つからない。さして雅びやかでなくたっていいのに、大仰じゃなくたっていいのにね。あまりに大きすぎて、繊細さが深すぎて、自分の懐ろへは収納不可能ということだろか。携帯の写真や動画に収められたって、そんなの“これ”と一緒じゃないって分かってる。精密であればあるほどに、単なる無機物としてしか写せないのが“デジタル”だから。人の目と手で、人の言葉で、そう…人の感受性を経て。描かれた素描や紡がれた感慨に敵う筈がないというもの。
「ほら、こっちの方が陽当たりが良いぞ。」
 日頃なら、言い終わらぬ内にもたたたっと駆けて来る機敏な坊やまで、何だかぼんやりと固まっているのへ苦笑をし、ほらほらと小さな肩や背中を二人分ほど促して、もともとの休息スペースだったのだろう、小さなベンチが残っていた辺りへおチビさんたちの足を歩ませる。足元もまた、こちらは昨年の落葉の堆積か、ふかふかとやわらかな感触がしていて、まさに夢の中みたいな世界に心奪われたらしい天使さんたちへ、
“…ふぅ〜ん。”
 こちらさんにもお初の感慨。日頃…どころか、ついさっきまでの小生意気さもどこへやらで、何とも素直に感動していて胸が一杯でいる、そんな二人のお顔があまりに愛らしかったものだから。我知らず口許へと込み上げて来そうな笑みを押し殺すのが、そりゃあ大変な葉柱さんだったりして。
“まあ、こうまでの代物が相手じゃあな。”
 かく言う自分だって。5年ほど前に…兄とそのお友達に、一足早い花見だと此処へ初めて連れられて来た時は、メグと二人、やっぱり呆気に取られて辺りを見回してたもんである。浄水場が建設される予定だったとかで、敷地と国道までの道路が簡単に整備されたものの、途中で資金繰りがままならなくなったか、それとも地元住人たちの反対にあったか、中途半端に放り出された半整備を受けた丘の上。桜はその計画の始まりに、もしかして敷地を隠したかったのか、囲うようにと植えられたものだったらしいのだが、そんな人間たちの思惑なんて知らないよとばかり、誰にも知られぬ“穴場”として、こんなにも華麗に根付いているのが…皮肉といやぁ皮肉かも。瞬きするのも勿体ないほど、魂を吸い取られてるみたいに目が離せない風景。あまりに綺麗で、この感動を独占したくなり、
『此処のことは絶対に誰にも内緒なんだからね。』
 そんな約束をメグと交わしもしたもんだから。今日の今日まで、族やアメフトの仲間であっても、絶対に教えないままでいたのだけれど、
“こいつらならメグも怒るまいよ。”
 くすんと小さく笑って、それからね。お腹が空いてきたからとお昼ご飯を取ることになって。堅いから開けてと差し出されたジュースのペットボトルを順々にパキリと開けてやるやら、お弁当や袋菓子の封やら、デザートムースのキャップを開いて差し上げるやら。小さな王子様たちのお世話を甲斐甲斐しくも焼いて差し上げる総長さんだったりしたのであった。………もしかしてお兄さん、保育士さんに向いているのかも知れません。

  “誰がだ、誰がっ。///////

 お〜や、聞こえましたか。善哉善哉。
(苦笑)








            ◇



 さして はしゃいだり駆け回ったりした訳ではなかったが、心底感動したのと…長い移動だったのとで、やっぱり疲れてしまったか。帰りはあっさり撃沈し、お兄さんの押すバイクに、半ば積まれるように乗せられても全く目を覚まさないほど、くうくうと眠ってしまってたおチビさんたちであり。苦笑混じりに仲間へと連絡、手が空いてた近場のメンツへ四輪で迎えに来てもらった総長さん。何とか国道まで出て待っていたのと、お子様たちもすっかりと眠っていたので、穴場には気づかれぬまま。自分はゼファーで、眠れる天使たちはダチの車で、戻って来たご一行であり。まずはとセナくんをお家まで送り届けると、そこで一緒に目を覚ましたヨウイチくん。お兄さんのバイクが良いと言い出したので、お世話をかけた銀さんにお礼を言って帰ってもらって。
「さあ、帰るか。」
「ん…。」
 バイクの後ろに括られたお子様用のシートにひょいと抱えて座らされ、あらためてシートの前へと跨がったお兄さんの、広い広い背中にしがみついたそのどさくさに、あのね………?
「あのな、あのな、ルイ。」
「んん?」
 春の夕暮れはまだ白々と明るかったが、それでもね。辺りに人影もなく、誰が聞いてる訳でもなかったのにね。それはそれは小さなお声で、坊やがこっそり囁いた。


  ――― 明日、また行かないか?
       ? どこへ。
       今日行った“穴場”だよっ。
       ああ、構わんが?
       明日は、その…二人だけで行こうな? ///////


 もう一回、見事だった桜を見たいし、それと…あのな? 今日はセナにも半分くらい、ルイんこと奪られてたから…詰まんなかったし。言ったすぐさま、お顔をぱふんと。こちらの背中へ埋めてしまった坊やであり。そんな含羞
(はにか)みの様子にこちらさんもあてられたのか、お、おうと どぎまぎしながらのお兄さんからの応じの声が…妙に浮ついていた模様でもあってvv 明日も良い天気になりそうですよ? 今夜はよ〜く眠って、存分に楽しんで来て下さいね?











  heart_pi.gif おまけ heart_pi.gif


 葉柱のお兄さんに凄っごく綺麗なお花見に連れてってもらったと、早速にも進さんへ嬉しそうにご報告したセナくんだったのは…まま仕方がなかったが、

  【ヨウちゃんも行ったんでしょ?“あにゃば”ってどこの桜の公園なの?】
  「………はあ?」

 進さんが探しあぐねているからという、桜庭さんからの問い合わせには、さしもの はしっこい妖一くんでも本気で意味が判らなくって。話が通じるまでに、数分ほどかかってしまったそうである。
(苦笑)

  『すっごい きれぇなトコでネ、コンビニの向こうの“あにゃば”ってトコなの。』
  『あにゃば、か?』
  『うんっ! あにゃばっ!』

 相変わらずなんだろう、ちびセナくんとお不動様の会話をあっさりと想像出来た妖一くんだったが、
「…ま、頑張って探しな。」
 宿敵“王城ホワイトナイツ”に塩を贈る気はねぇよと、すげなく応じれば、
【う〜、意地悪〜〜〜っ。】
 それとこれとは関係ないじゃんか〜と責められちゃったが、あの高校最強の集中力を少しでも揺さぶれるのなら…と思えば、あのね。そんな御託、聞く耳持たないよんと澄ましちゃう小悪魔くんで。成程、春季関東大会への前哨戦は、こんな形でももう始まっているらしい。
おいおい







  〜Fine〜  05.3.19.〜3.21.


  *暑さ寒さも彼岸まで。
   急に暖かくなって来たのでと、少々フライングながら書いてみましたお花見話。
   春休みのお供にどうぞですvv

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