型通りの難しい言い回しで“荘厳華麗”とでも描写すべきか。満開に近いせいで、枝の隙間さえ見えないほどに、見渡す全て、左右や手前に奥。それからそれから、ゆるやかな傾斜のせいで上下までもが桜一色に埋まってる。花の闇ってのはこういうのを言うのだろうなって思った。ただ暗いってだけじゃなく、漆を塗り込めたような…もしくはビロウドみたいな。手がかりの見当たりそうにない、厚みのある深い夜陰に匹敵するほど、何とも言い知れないような厚みのある空間がそこには広がっている。そう…ただ視野を塞いでいるだけじゃない。幾重にも重なってる枝々が層を成し、奥行き深く濃密に空間を埋めている桜花の群れの物凄さは、ただただ圧巻で。花びら自体の緋白もまた、練絹のような厚みと存在感があるそれだものだから、小さな自分たちの感慨なんぞ、この壮麗な存在の前にはあっさりと呑まれてしまって…言葉もない。
“う〜〜〜。”
この情景をどう感じたか、置き換える言葉がほしいと切実に感じた。何か言わなきゃ声を出さなきゃ、圧倒されて感に堪えた胸が今にもはちきれそうになってたし。ずっと後になっても鮮明に思い出したいから、その時の“鍵”にだってしたいのに。ああもう、口惜しいな。絶妙な言葉が見つからない。さして雅びやかでなくたっていいのに、大仰じゃなくたっていいのにね。あまりに大きすぎて、繊細さが深すぎて、自分の懐ろへは収納不可能ということだろか。携帯の写真や動画に収められたって、そんなの“これ”と一緒じゃないって分かってる。精密であればあるほどに、単なる無機物としてしか写せないのが“デジタル”だから。人の目と手で、人の言葉で、そう…人の感受性を経て。描かれた素描や紡がれた感慨に敵う筈がないというもの。
「ほら、こっちの方が陽当たりが良いぞ。」
日頃なら、言い終わらぬ内にもたたたっと駆けて来る機敏な坊やまで、何だかぼんやりと固まっているのへ苦笑をし、ほらほらと小さな肩や背中を二人分ほど促して、もともとの休息スペースだったのだろう、小さなベンチが残っていた辺りへおチビさんたちの足を歩ませる。足元もまた、こちらは昨年の落葉の堆積か、ふかふかとやわらかな感触がしていて、まさに夢の中みたいな世界に心奪われたらしい天使さんたちへ、
“…ふぅ〜ん。”
こちらさんにもお初の感慨。日頃…どころか、ついさっきまでの小生意気さもどこへやらで、何とも素直に感動していて胸が一杯でいる、そんな二人のお顔があまりに愛らしかったものだから。我知らず口許へと込み上げて来そうな笑みを押し殺すのが、そりゃあ大変な葉柱さんだったりして。
“まあ、こうまでの代物が相手じゃあな。”
かく言う自分だって。5年ほど前に…兄とそのお友達に、一足早い花見だと此処へ初めて連れられて来た時は、メグと二人、やっぱり呆気に取られて辺りを見回してたもんである。浄水場が建設される予定だったとかで、敷地と国道までの道路が簡単に整備されたものの、途中で資金繰りがままならなくなったか、それとも地元住人たちの反対にあったか、中途半端に放り出された半整備を受けた丘の上。桜はその計画の始まりに、もしかして敷地を隠したかったのか、囲うようにと植えられたものだったらしいのだが、そんな人間たちの思惑なんて知らないよとばかり、誰にも知られぬ“穴場”として、こんなにも華麗に根付いているのが…皮肉といやぁ皮肉かも。瞬きするのも勿体ないほど、魂を吸い取られてるみたいに目が離せない風景。あまりに綺麗で、この感動を独占したくなり、
『此処のことは絶対に誰にも内緒なんだからね。』
そんな約束をメグと交わしもしたもんだから。今日の今日まで、族やアメフトの仲間であっても、絶対に教えないままでいたのだけれど、
“こいつらならメグも怒るまいよ。”
くすんと小さく笑って、それからね。お腹が空いてきたからとお昼ご飯を取ることになって。堅いから開けてと差し出されたジュースのペットボトルを順々にパキリと開けてやるやら、お弁当や袋菓子の封やら、デザートムースのキャップを開いて差し上げるやら。小さな王子様たちのお世話を甲斐甲斐しくも焼いて差し上げる総長さんだったりしたのであった。………もしかしてお兄さん、保育士さんに向いているのかも知れません。
“誰がだ、誰がっ。///////”
お〜や、聞こえましたか。善哉善哉。(苦笑)
◇
さして はしゃいだり駆け回ったりした訳ではなかったが、心底感動したのと…長い移動だったのとで、やっぱり疲れてしまったか。帰りはあっさり撃沈し、お兄さんの押すバイクに、半ば積まれるように乗せられても全く目を覚まさないほど、くうくうと眠ってしまってたおチビさんたちであり。苦笑混じりに仲間へと連絡、手が空いてた近場のメンツへ四輪で迎えに来てもらった総長さん。何とか国道まで出て待っていたのと、お子様たちもすっかりと眠っていたので、穴場には気づかれぬまま。自分はゼファーで、眠れる天使たちはダチの車で、戻って来たご一行であり。まずはとセナくんをお家まで送り届けると、そこで一緒に目を覚ましたヨウイチくん。お兄さんのバイクが良いと言い出したので、お世話をかけた銀さんにお礼を言って帰ってもらって。
「さあ、帰るか。」
「ん…。」
バイクの後ろに括られたお子様用のシートにひょいと抱えて座らされ、あらためてシートの前へと跨がったお兄さんの、広い広い背中にしがみついたそのどさくさに、あのね………?
「あのな、あのな、ルイ。」
「んん?」
春の夕暮れはまだ白々と明るかったが、それでもね。辺りに人影もなく、誰が聞いてる訳でもなかったのにね。それはそれは小さなお声で、坊やがこっそり囁いた。
――― 明日、また行かないか?
? どこへ。
今日行った“穴場”だよっ。
ああ、構わんが?
明日は、その…二人だけで行こうな? ///////
もう一回、見事だった桜を見たいし、それと…あのな? 今日はセナにも半分くらい、ルイんこと奪られてたから…詰まんなかったし。言ったすぐさま、お顔をぱふんと。こちらの背中へ埋めてしまった坊やであり。そんな含羞(はにか)みの様子にこちらさんもあてられたのか、お、おうと どぎまぎしながらのお兄さんからの応じの声が…妙に浮ついていた模様でもあってvv 明日も良い天気になりそうですよ? 今夜はよ〜く眠って、存分に楽しんで来て下さいね?
おまけ 
葉柱のお兄さんに凄っごく綺麗なお花見に連れてってもらったと、早速にも進さんへ嬉しそうにご報告したセナくんだったのは…まま仕方がなかったが、
【ヨウちゃんも行ったんでしょ?“あにゃば”ってどこの桜の公園なの?】
「………はあ?」
進さんが探しあぐねているからという、桜庭さんからの問い合わせには、さしもの はしっこい妖一くんでも本気で意味が判らなくって。話が通じるまでに、数分ほどかかってしまったそうである。(苦笑)
『すっごい きれぇなトコでネ、コンビニの向こうの“あにゃば”ってトコなの。』
『あにゃば、か?』
『うんっ! あにゃばっ!』
相変わらずなんだろう、ちびセナくんとお不動様の会話をあっさりと想像出来た妖一くんだったが、
「…ま、頑張って探しな。」
宿敵“王城ホワイトナイツ”に塩を贈る気はねぇよと、すげなく応じれば、
【う〜、意地悪〜〜〜っ。】
それとこれとは関係ないじゃんか〜と責められちゃったが、あの高校最強の集中力を少しでも揺さぶれるのなら…と思えば、あのね。そんな御託、聞く耳持たないよんと澄ましちゃう小悪魔くんで。成程、春季関東大会への前哨戦は、こんな形でももう始まっているらしい。おいおい
〜Fine〜 05.3.19.〜3.21.
*暑さ寒さも彼岸まで。
急に暖かくなって来たのでと、少々フライングながら書いてみましたお花見話。
春休みのお供にどうぞですvv
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