二月は一番寒い季節なんだって。姉崎センセーも“いんふるえんざが はやっていますから、お外から帰ったらうがいをして手をあらいましょうね”って言ってたし、琴音ちゃんとか三宅くんとか、お風邪ひいてお休みしてるしね。でもね、二月には楽しいことだってあるんだよねvv 豆まきでしょ? そいから、お雛様を出すでしょ? あと、エレクトーンの発表会があるし、そいからそいから………vv ///////
「おいこら、手が止まってっぞ。」
はややっっ、は〜いっ、ひゆまセンセー!
◇
誰がセンセーかと、小さな白い手で こつんってこづかれた生徒さんも、こづいた方のセンセーも、どちらも甲乙つけがたいほどに可愛らしい二人が奮戦している此処は、ヒル魔くんチのキッチンで。エプロンだと大きすぎて、裾をどこかへ引っかけて却って危ないからって、幼稚園の時に着ていたスモックをヒル魔くんのお母さんが出して来てくれて。後はもう良いからって、ヒル魔くんが追い出しちゃったので、お台所には小さなお子ちゃま二人しかいない。
『大丈夫だ。ガスコンロは使わないからさ。』
あと、包丁も使わないし、困ったら絶対に呼ぶからってお母さんと約束して。そいでのお籠もりを始めて…早くも30分が経過している。キッチンの中は甘ぁい香りが一杯で、流しの洗い桶の中にも甘い洗い物が一杯で。
“あらあら、あれってすぐに洗わないとなかなか落ちないんだけれど。”
おトイレに来たついで、こっそりと覗きながら“困ったことね”と苦笑したお母様の心配をよそに、二人の小さなパティシエさんたちは踏み台に上がっての腕まくり。二重に重ねた大きなボウルの中で、お母さんに前以て刻んでもらっておいたチョコレートを、大きな泡立て器と奮闘しつつ頑張って溶かしているセナくんと、これも空煎りしてもらってあったアーモンドを卓上のIH調理器の上、小さめのフライパンの中で…グラニュー糖で作ったカラメルに素早くからませるという高等技術へと奮闘しているヨウイチくん。
「よし、こっちは冷ますだけっと。」
自分の体ごとという大仰さでフライパンを斜めに傾けながら、クッキングシートの上へと広げた飴がけのアーモンド。これに溶かしたチョコをからませるのが次の段階であり、
「あ、こらセナ。そんなボウルを引っ掻いたらいけないんだって。」
「ふにぃ〜、お手々が痛い〜〜〜。」
そんな熱くはないながら、それでもお湯の入ったボウルでの湯煎作業なだけに、何度も何度も注意された。傾け過ぎてこぼさないよう、火傷しないようにって。それで、ただの作業よりも緊張したセナだったらしく、泡立て器を取り上げられると、小さな肩ががっくしと下がる。きっと明日は肩が凝るんだぜ。良いも〜ん、ママにスースーするの貼ってもらうも〜ん。スースー? ああ、あの臭い奴か、だっせ〜のな。ヒユ魔くんはどうすんの? う〜んと、俺は若いから肩なんか凝らないもんな。あ、セナもえと わかいもんっ。こないだ誕生日来たくせに。でも わかいんだもんっ!
“………同い年の小学生が若いの若くないのって。”
我が子ながら面白いことよと、吹き出しそうになるのを堪えつつ、ヒル魔くんのお母様はリビングへと撤退なさったのでありまして。(苦笑)
――― 事の起こりは、昨日の放課後。
終礼のHRで連休中の注意事項を聞いてから、センセーさようならとご挨拶をし、おチビさんたちが教室から飛び出してくそんな中、
『セナ。』
こちらもやっぱり、自分よりも大きそうなランドセルを よいちょと背負ってた小さなクラスメートへ、きびきびとした足取りで近づいたのが。クラスどころか学校中をこの小さな身でシメている、ヒル魔さんチの妖一くん。ちょっぴり跳ね上がった癖っ毛が、窓からの陽光を受けてきらきら光り、愛くるしい目鼻立ちに細っこくも可憐な肢体という、ちょっと見、ハーフかクォーターの“帰国子女”と間違えられやすい容姿をした男の子だが。先にも述べた通り、この可愛らしいお顔で…もう中学生くらいは大きな六年生のいじめっ子でさえ、蹴り飛ばして泣かしたという豪の者。いやそれは今は関係ないんですけれどもね。
『なぁに?』
可愛いというならこちらさんだって負けてはいない。大きな瞳は琥珀色の虹彩の部分が滲み出して来そうなほど潤んで愛らしく。柔らかそうな小鼻に頬っぺに、小さなお花の蕾みたいな口許から覗く真っ白い歯並びもそりゃあ無垢で可憐なる、女教師殺しとの異名も恐ろしい、屈託のない笑顔が売りの(おいおい)小早川さんチのセナくんが、にっこし笑ってのお返事を返すと、
『………。』
強い相手には容赦ないけど、自分より弱い者にはやさしいヒル魔くん。黙ったまんまでセナくんの小さな手を掴んで持ち上げる。え?と思ったと同時、ちょっぴり痛くて眉を寄せちゃったセナくんで。でも、それってヒル魔くんのせいじゃなくってね。
『どうしたよ、これ。』
指とか甲とか、手のあちこちに、絆創膏を貼ってたのへ、ヒル魔くん、いち早く気がついてたらしくって。
『誰かにいじめられたんか?』
ヒル魔くん曰く、自分がシメてる縄張りでの勝手は許さんと、セナやクラスの子が苛められると必ず仕返しに行く。上級生だと特に勇んで出て行くので、苛めじゃないよ、確かに泣いてたけど、傍にいたそのお兄さんには助けて貰ったんだよなんて事の場合なんかは、こっちも止めるのが大変だったりするのだが、それも今はさておいて。
『ん〜ん、違うの。』
にこぱと笑ったセナくん。それで説明は済んだと思ったか、じゃあねと手を振って出て行こうとするのを引き留めて、じゃあどうしたんだと根気よく訊いてみたところが、
『ちょこれいとぉ?』
『うんっvv』
あのねあのね、連休が終わったら ばれんたいんでーでしょ? だからね、セナ、進さんへってチョコ作ってたの o(><)o vv/////// でも、むちかしいんだよぉ? すぐに こげちゃうし、ピチピチって はねて飛んで来るしで、やけどしちゃってママにしかられちゃったよう。おいこら、直火に鍋かけてどうするよ、それに大人がいない時にガス台なんか使っちゃあ危ないだろうが。ウチのコンロは電気の あいえいちだもん…と。平仮名ばっかで筆者にも大変な会話にて(苦笑) 大体の経緯を掴んだヒル魔くん、
『よ〜し判った、俺が手伝ってやる。』
『え? ホントぉ?』
明日迎えに行くから、俺んチで作ろう。甘いのが苦手な進でも大丈夫なの、考えといてやるからよ…と。そんなやり取りがあっての、今日の“チョコレート教室”と相成ったそうで。
「よし、そっちのバットを持ってこい。」
「はいっ!」
「そぉっとだぞ? 蒔いてあるココアを揺らすな?」
「判りましたっ!」
ウイ・ムッシュって言ったら、軽くだったけどお玉で叩かれたのでそれは辞めたけど。手際のいいヒル魔くんなので、作業もそろそろ終盤に入った。セナくんが溶かしてたチョコに、飴がけしたアーモンドを入れ、フォークで掬ってはココアを打ち粉代わりに敷いたバットへと転がして、
「1つ1つにココアをかけろ。」
「え〜〜? あまくならないの?」
ヒル魔くん、進さんでも食べられるのって言ってたのにな。チョコの上へココアまでかけたら、物凄く甘くならないの? そんな心配をしたらしく、お鼻の頭にココアパウダーを擦りつけちゃったお顔のまんま、キョトンとして見せたセナくんへ、
「大丈夫なんだよ。」
そう言って、最初に転がした1個を摘まむと、あ〜んって声かけたのへ条件反射で開いたセナのお口にポイッて入れてやる。
「…? ……………ふに、なんで? これ、苦い〜〜〜。」
うやぁ〜んってお口を歪めたセナくんへ、くすすと笑ったヒル魔くん、
「無糖ココアは渋いばっかで甘くはないんだよ。だから、甘さを消すのに使うと丁度良いんだ。」
後で教えて貰ったんだけれど、ココアもチョコレートも原料は同じもので、しかもそのままだと物凄く苦いんだって。ただ、脂肪っていう油とか、ぽりへのーるとかががいっぱい入ってて、体にとっても良いからって、昔はお薬みたいにして飲まれてたんだって。
「ほら、これで仕上げだ。頑張れよ。」
「うんっっvv」
楕円の形のアーモンド。ふかふかのフエルトみたいな、チョコのお洋服を着せてあげて、さぁさ、手作りチョコの完成ですvv
◇
レース柄がプリントされたセロファンの小さな袋に入れて、お口をピンクのリボンで結んで。良いか握り締めるなよ? お前は体温が高いからすぐにも溶けちまうからなって、手提げカバンに入れてやり、来た時同様、お家の前まで送ってってやった。どうもありがとうって何度も何度もお礼を言って、お家の中へと入ってったおチビさんを見送って、さて。
「………どした?」
「うっと………。」
迎えには歩いて行ったんだけど、送りはいつものお兄さんを呼んでバイクで行ったの。乗るとこがちょっと高いバイクだからね、小さいヨウイチくんやセナくんの乗り降りには、葉柱のお兄さんが一旦降りて手を貸してくれるんだけど、さあそれじゃあ帰ろうかって、手を伸ばしてくれたお兄さんに、あのね?
「………まだ3日早いけど、これやる。」
スカジャンのポッケに入れて来たのは、セナくんと半分こしたお手製のアーモンドチョコ。
『ひゆ魔くんも葉柱のお兄さんにあげるんでしょ?』
にこーっと笑って疑いのないことだとばかりに言い切られ。だから半分こねって、チョコを分けてくれた可愛い子。袋詰めの見本にってリボンをかけるラッピングまでしちゃったしな。しょうがないなって、持って来たんだけれど、俺よかルイの方が甘いもの平気だったしさ。どうせ当日んなったら、ガッコで山ほどもらうんだろ? そこへ紛れちまうのも何か癪だから早いめに…サ。
「えと…。」
なかなか受け取らねぇから“ほらっ”て揺すって見せたら、ゆっくり手ぇ出して来て。やっとのことで触って、手の中へ。
「良いのか?」
「おう。///////」
言っとくけど俺だって、毎年一杯もらってんだからな。当日は外なんか歩ってらんないくらいで、だから今日の内に渡すんだ…じゃなくて、あのな。/////// 真っ赤になった坊やの、彼にはらしくないほど支離滅裂なお言いようが、失速しかかり絡まりかかったそんな間合いへ。
――― つい、と。
伸ばされて来たのは、大きな手のひら。坊やの跳ね上がった前髪を、やんわりと押し潰すみたいに包み込んでぽふぽふと、いい子いい子と撫でてくれて。
「ありがとな。」
大好きなお声がそう言ってくれたから、あのね。どぎまぎしてた落ち着かない気持ち、あっと言う間に溶けちゃって。えへへって笑って、お兄さんの懐ろへと飛び込めたの。
――― もしかしてお前が甘いもの苦手なのは、
こういうのへ沢山貰い過ぎて飽きたからじゃねぇのか?
沢山貰うってのは信じたのか?
……………まあな。
実は俺も“あの坊やに渡しといてネvv”ってやつ、既に幾つか預かってるし、と。この坊やがいかにモテているのか、あらためて肌身に染みて思い知らされてる今日この頃な、総長さんだったものだから。抱っことばかりに伸ばされた手を取って、バイクの後ろへ乗っけてやって。そのまま、まじっと見上げて来た愛らしいお顔の、物問いたげな表情へと………辺りの人通りを確かめてから、そぉっとそぉっと口づける。まだ本番当日ではないのだけれど、その日は恐らく、坊やも総長さんも忙しい日になることだろから。お互いに3日早めの…。
HAPPY St.Valentineday!
〜Fine〜 05.2.13.
*勿論、セナくんも進さんへとお手製チョコをプレゼントして、
それはそれは幸せな当日を過ごしたそうですが、
そっちの方は皆様めいめいでご想像いただくとして…vv
**

|