“…ったく。”
本質的には優しい子なのだ。いかにも我儘な子供のやりたい放題に見せておいて、実は…思わぬところで気を遣っていたと知らされるような運びが、これまでにもどれほどあったことか。この年齢で驚くほどに視野が広くて、色々なことへ詳しいだけでなく、大人顔負けの洞察力も持ち合わせていて。
――― 子供扱いされたくなければ、
まずは自分の身の回りを完璧にこなし、その身を守り切れ。
その父親から、一端(いっぱし)に偉そうにしたけりゃ まずは足手まといになるなと、それこそ“対等な一人前扱い”を前提にされて育ったせいか、もっと小さい頃から独立心や克己心の強い子で。偉いね凄いねと型通りに褒められても、心からは喜んでないなと判る自分たちには、その懸命な一途さこそが愛惜しくって。今からこれじゃあどんな凄い人物になることかと、内心わくわくしながら見守って来たのにね。
「…此処へは、どうやって来たんだ?」
何となく。ついついという風を装って訊いてみた。自分から話を振ってどうするよと苦々しく感じつつ、でも…訊きたいような。そんな微妙なポイントで。
「どうって。バスん乗って来た。」
けろりと応じ、それから。
「ルイは、まだガッコだ。」
しっかり付け足し、にんまりと笑って見せる。こっちが過敏にもピンポイントでもって気にかけてるのを知っていて、そこで故意に名前まで持ち出した…という風にも取れなくはないし。若しくは、ただ単に年上のお兄さんを良いように顎で使っていることを、誰へでも自慢したいだけなようにも見えなくはなくて。
「なあ。」
「んん?」
「何であんなのが気に入ってるワケ?」
「あんなのって何だよ。」
愛らしい容姿は玲瓏として冴え、大人顔負けの機知とウィットを持ち。子供のくせに憎たらしいほど察しがよくて賢くて。恐らくはあのバイク乗りのお兄さんの何倍も、頭の回転の早い子で。PCの取り扱い方や様々な雑学に物の道理というものへまで。そりゃあよく通じているその上に、演技力もあればそれらを駆使して築いた人脈だって半端じゃない。ただの頭でっかちじゃなく、人としての厚みというか“奥行き”というものまで、今からこれほど備えている、末恐ろしい小さな坊や。
“だってのによ。”
なんでまた…選りにも選って。あんな、どこにでも居そうな、不器用でお馬鹿そうなのに食指をそそられて懐いているかなと。妙に気持ちの不整合を感じてしまって落ち着けない。桜庭と仲が良いのは気にならない。華やかな容姿とソフトな人当たりにカモフラージュさせた内面に、結構強かなところもあるあの青年アイドルさんならば、坊やと対等に渡り合えるだろうから…少なくともマイナスにはならない筈で。頑迷で気の利かない進もまた、可愛げのない子供だと受け止めて、甘やかさないで馬鹿正直に真っ直ぐ向かい合うところが、坊やへは良い刺激になることだろうから、接することへの文句はないのだが。
“あのお兄さんだけはちょっとなあ…。”
危険だと何かが騒いでやまない。凡庸すぎるところがこれまでになかったタイプだから、それで関心が向いている坊やなのだろうか。育ちが良いくせに不良っぽくて。族の総長なんてな地位に立ってるくせに、子供に良いように振り回されていることを自分に許してもいて。世の中のモラルは一応でいいから守っとけ…な妖一が、試合を没収されかねない大切な時期なのに、自分らの仁義の順序の方を優先して大喧嘩した彼を理解出来ないと。そうと言いつつ…捨て置くでなく見限るでなく、困ったようなお顔をして見せた辺りから、こりゃあ不味いかなと思っていたのだが。だからと言って、まだまだ小学生の君だから。周到に準備を整えた上で掻っ攫うというのは、この自分には難しくはないことながら、だからこそ何とも大人げないような気もするし。(…と言いつつ、いつぞや横浜まで攫ってったのは、何処のどどいつだい。)
“深窓の令嬢が不良に惚れるってのとも違うしな。”
早く治れとおまじないでもしてくれているのか、いつまでもギプス撫で撫でを続けてくれている可愛らしい坊やの、ちょいと伏し目がちになった甘くて稚いお顔に見とれつつ。困った方向性の恋路へと、今にも雪崩込まんとしかかっている坊やの行く末を案じている、こっちこそ見かけを裏切ってなかなかお優しい歯医者さんだったりするのであった。
◇
今年のスーパーボウルはどことどこの対戦になるのかなどと、小一時間ほども他愛のない会話などに沸いてから、じゃあそろそろと席から立った坊やであり。帰りにはタクシーでも呼んでやろうかと雲水が申し出たところが、
「ううん。そろそろあっちも授業が終わる頃だから迎えに来させる。」
ああそうですか。あまりに当然そうに言い切るものだから、毒気が抜かれ、じゃあなと手を振って病室から出てった小悪魔くんの残像へ、改めて“はぁあ”と溜息をこぼす歯医者さん。確かに楽しい時間を過ごせたが、去ってしまえばもっと味気無いから始末が悪いぞなんて、またまた大人げない駄々を胸の裡へふつふつと滾(たぎ)らせかかっていたのだが。
「…? 何だ、落書きされたんだな。」
「え?」
せっかくのお見舞いなんだからと、気を利かせて席を外していた雲水が、さっきまで坊やが腰掛けていたスツールをしまいがてらに目が行ったらしく、ギプスの側面を指さして見せ、
「そこからじゃあ読みにくいか。」
サイドボードの引き出しから、手鏡を取り出すとそれに映して見せてくれたのが、一体いつの間に書かれたものだか、黒いサインペンで書かれた小さな文字列。
《 早く治せよ。他の歯医者にかかる気はないからな。》
まずは意味が飲み込めなくて、次には書かれたメッセージとそれを書いたらしき人物というのが、頭の中でどうしても一致してくれなくって。
“うわぁ~~~。なんて似合わないことを………。”
こらこら。(笑)
「何てことをしやがるかな、まったくよ。」
迷惑なことをしやがって。偉そうにしてたってガキはガキだよな。気の利いたジョークのつもりかな。ひたすら こきおろすような言いようを並べる弟へ、はいはいと適当に相槌を打ってやり、
“判ったから、午後の検温までにはその情けない顔を何とかしろよ。”
込み上げる嬉しさが塗りたくられてて何とも素直なもんじゃあないかと、こちらさんはきっちりと無表情の下へ苦笑を塗り潰している、雲水お兄さんのモノローグだったりするのである。
――― 子供に振り回されるってトコでは、
問題のお兄さんといい勝負じゃあないですか。ねぇ?
おまけ 
「いやぁ~、やっぱ芸能人ってのは図太さとか肝の座り方が違うよなぁ。」
「はい?」
いやに感慨深げになって首など振って見せたりするものだから、一体何事があったのかと、その周囲に集まったチームメイトの何人か。今日は例のおチビさんから呼び出しがかからなかったらしい総長さんは、背もたれのないベンチの座板へ一冊の雑誌を乗っけると、とあるページを開いて見せる。どちらかというと女性向けの大判グラビア月刊誌で、そこに掲載されていたのはインタビューを交えた特集であるらしく、大小のスナップ写真が何枚かと、記者とゲストの対談の模様を綴った記事とがきれいにレイアウトされているのだが、
「ほら、これだ。」
総長さんが指さしたのは、片側1頁丸々という大きな写真。只今売り出し中の某アイドルさんへの今後の活動予定などをインタビューしつつ撮ったものとは別口なのだろう。どこか屋外で撮ったという開放的な雰囲気のもので、長いめの亜麻色の髪が陽に温められて、ますますと甘い色合いを強めていて。そんな彼が懐ろへと抱えてやっている、金髪の小さな男の子がこれまた何とも愛らしい。
「これが…どうかしましたか?」
「よく見なよ。チビの“うるうるお目々で上目遣い、指組み合掌つき”のおねだりだってのに。こんな強烈な“お願いvv”を平然と受け流せるんだぜ?」
凄げぇよな~、俺だったら後ずさりしつつ ついつい流されるよな~。やたら感心している総長さんへ、
「…そうっすか。」
それ以上の言葉が継げない。確かにね、この坊やは自分たちも知っている。生で間近で見てもいる。こんなもんじゃない、もっと可愛い愛くるしい子だってことも知っている。そんな子がこんな愛らしい仕草をしたらば、どんなに可愛いかも理解は出来る。でもさ、
“腰砕けになるっすか。”
そんなヘッドだってのも問題多々有りではと、思いはしても言い出せない、少々(?)お気の毒な彼らだったりするのである。
~Fine~ 05.1.26.~1.27.
*恐らく、まだカミングアウトはしてないと思います。(笑)
一刻も早い方がいいのか、いっそ一生黙っててほしいのか。
チームメイトの皆さん、どっちなんでしょうね?
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