Little Angel Pretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル U
 
  Pretty devil 危機一髪”A
 

 


          



 指定されたホテルというのは、最寄りの駅から快速で数駅分ほど離れた繁華街に聳え立つ、外観も内装も、ついでに利用客層も、それは豪奢な一流ホテルであり。政財界の大物が支援者たちを招くパーティーを開いたり、海外から来日した有名芸能人が定宿にするというから、都心からは少々離れているのに結構な盛況ぶりの澄ました宿で。居並ぶソファーやテーブル、観葉植物に衝立に間仕切り
(パーテーション)などなどへも金をかけ、欧風の装飾も絢爛豪華に、数階分の吹き抜けになっている広々としたエントランスホールに踏み込んで来た、ランドセル姿の小さな存在へ…ドアマンが一瞬怪訝そうに眉を寄せたが。真っ白な頬を緊張に堅くした、金髪の愛らしい坊やであったことから、宿泊客に知己がいて呼ばれた、どこぞかの外国特使のお子様かもしれないかなと、呼びとがめるのは止してフロントへと目配せを送る。
「…どうなさいましたか?」
 目配せを受けたフロントマンは、子供が相手でもこれみよがしな子供扱いはしない。一応の丁寧な口調にて、何か御用でしょうかと尋ねかけた。フロントカウンターよりも背の低い、小さくて可憐な容姿をした坊やは、
「あの、ジンリュウさんって人のお部屋はどこですか?」
 棒読みなところがあどけない、愛らしいお声にほのぼのと聞き入っていたホテルマンは、だが、一瞬ハッと瞬きをし、それから…何事もなかったかのように表情を戻すと、
「承っておりますよ。」
 腰の低い笑顔を見せてから、ベルボーイを一人、目顔で呼び寄せ、
「こちらの坊っちゃんを、1801号までご案内して下さい。」
 それは穏やかなお声と笑顔にて、そんな風に告げた。お顔はいかにも柔らかだったけれど、その芯には“良いか、粗相があってはならないぞ”という、かなり厳しい気配が滲んでおり、
「判りました。」
 引き受けたまだ年若なベルボーイさんも、ぴしっと背条を引き締める。これはきっとやんごとない筋のお子様であるのだろうという、そんな伝達が無言のうちに交わされたのらしい。切れがよくてスマート、且つ、丁寧な先導を受けて。まるでどこぞかの王室の皇子様ででもあるかのように、堂々とした足取りで広々としたロビーを突っ切り、大型のエレベーターに乗り込んで、目的の階まで一気に上がる。
「………。」
 大きくて豪奢なホテルの威容へは物怖じしてはいないらしき坊やは、だが、初めての独りでのお使いか何かで緊張しているのか、硬い表情のままの無言であり。導かれるままに到着した18階でゲージから降りると、いかにもな豪華さがあふれていたロビーとは打って変わって、シックに落ち着いた雰囲気の廊下へと踏み出した。一見すると地味に見えもする階だったが、判る人には…調度の数々や飾られた絵画彫刻が いかほどするのかへ目を丸くしただろうという豪華さであり。さしてドアの数が並んでいないのは、
“…この階がスィートルーム専用のフロアだからだろな。”
 緊張したままに、されど、坊やは周囲への注意を怠らない。エレベーターに一番近い部屋ではあるが、逃走経路にエレベーターを選ぶのは危険かも? 非常階段は奥まった方にあるらしいから、そっちへ一気に駆け出して。足止め用にそこらの壷とか何だとか、威勢よく転がしてやれば良いかもな…などと。支配人が聞いたら目を回しそうなことを算段しながら、ベルボーイが呼び鈴を押した大きなドアを、あらためて睨みつけた。今や誰にも替え難い、唯一の身内である母を、どうやったかは知らないが略取した奴が此処にいる。有名人や大人であるならともかくも、自分のような子供へピンポイントであんなメールを送って来るほどなのだから、却って悪戯なんかではないだろうという確信をした。一応…母へも電話を掛けてみたが、圏外にいるという機械声での応対に苦々しげなお顔をしたのがつい先程。やはり間違いのない非常事態であるらしく、されど…策らしい策は考えないでやって来た。葉柱に相談しようかと一瞬思ったが、他の大人ならいざ知らず、彼には何故だか…迷惑はかけたくなくて。結局、誰にも告げぬままに此処へ来た妖一であり、

  「…。」

 かちゃりと開いたドアから姿を現したのは、拵えを地味に作ったスーツ姿の見知らぬ男。二、三、言葉を交わしてから、失礼致しますと会釈をしたベルボーイが身を譲り、さあ入って下さいなと促され。警戒しつつも…ここは言うなりになるしかないかと、ランドセルの背負いバンドをしっかと握ったまま、品の良いドアを横目に、未知の空間へと小さな足を踏み入れる。

  「…っ。」

 背後で静かに扉が閉まり、肩越しに振り返れば…応対に出て来た男がそのままそこへと立って。逃げ出せないようにという見張りをするつもりなのだろうか。あまり表情のないままな堅い顔の、目線が早く奥へ進めと急かすので、意を決して廊下を進む。ここも一般のマンションよりも幅のある、ゆとりのある作りになっており、間接照明の柔らかな明かりに照らされた中、足音を吸い込む絨毯の上をスニーカーで進んだその先には、小振りの団地の3DKが丸ごと収まってしまいそうなほどの、レセプションルームが広がっている。大きな窓に高い天井、ゆったりとした応接セット。それから、小粋なデザインのカウンターバーとスツールとがセッティングされてあり、まるでちょっとしたスナックのシーンの撮影用のセットのよう。そのスツールに腰掛けていた男が立ち上がると、自分の肩辺りを指さして見せる。どうやら、荷物を此処で下ろせと言いたいらしい。携帯はズボンのポケットに移しておいたから問題はなく、指示に従って肩からベルトを抜くと、ソファーの座面へランドセルとバッグとを置く。何がどう運ぶやら、相手の手の内にぎりぎりまでは従おうという構え。こっちは非力な子供に過ぎず、母の姿を見るまではそれも仕方がない。時間的な余裕があれば、得意のPC操作で…このホテルのセキュリティに潜り込んでの何かしらという対処も出来たかもしれないが
(こらこら)、至急と急かされていたのでそれも及ばずで。

  “なるようになれ、だな。”

 相手次第と腹は括ったものの、自分のような子供を呼び出すところがどうにも推量が立たずで、
“…妙な趣味の奴だったら嫌だなあ。”
 どこまでも子供らしくない思惑を小さな胸の中に転がしながら、身軽になった坊やはそこにいた男が目線で示した次のドアへと足を運んだ。
「………。」
 ノックをしたものかどうか、一瞬迷ったが、無礼者なのはお互い様。むしろ向こうの方が無頼もいいトコ。しゃれた装飾が浮彫りになった横バータイプのノブを掴んで、一気に押し開ける。
「?」
 此処もやはり静かな部屋で、しかもどうやら寝室ならしく、照明が落とされていて薄暗い。此処までが明るい空間続きだったから、それで目の微調整が追っつかないのかも。奥まった所にシンプルなベッドがあり、その向こうには窓際にソファーが据えられてある。その窓一つだけがカーテンを開けてあって、そんな唯一の光源を背景にして、誰かが腰掛けているらしいのが見て取れた。ゆったりとした椅子にやや斜めに構えて腰を掛け、背凭れへ両の腕を広げて投げ出し、脚を高々と組んだ、それは鷹揚そうな態度であり、

  「久し振りだな、妖一。」

 その人物から掛けられた不遜な声に、

  「………っ!」

 坊やの肩がひくりと跳ね上がる。低く響いて底意地の悪そうな声。こっちが身を竦ませたのを知っていて、にたにたと笑っているのだろうことが手に取るように判る相手だ。品定めでもするかのように、こちらを眺めていたその人物は、ややあってソファーからゆっくりと立ち上がる。ハッとして、背後のドアへと振り返った妖一だったが、いつの間に現れたのか、そこには作務服姿のスキンヘッドの若い男が立ち塞がっており、
「………。」
 真っ直ぐな視線で妖一を見下ろしてから、目線だけを左右の壁へと振って見せる。今の今まで、影も気配も無いままにそこに潜んでいた男たちが数人ほど、それを合図にばらばらっと現れて、
「あ…っ。」
 あっと言う間に、坊やの両手両足を掴み上げてしまったから、
「イヤだっ、離せよっ!」
 負けじともがいて暴れたものの、相手は大人で、しかも複数。加えて手慣れてもいるらしく、一言も声を発さぬままに坊やを軽々と抱え上げ、ベッドの方へと捧げもののように運んでゆく。それを見やりながら、
「じゃじゃ馬だが、怪我だけは させんな。蹴られようが咬まれようが構わずに、傷ひとつ つけねぇようにってだけを気をつけな。」
 くつくつという含み笑いの滲む声でそんな指示を出しつつ、窓辺から立ち上がった男がこちらへと近寄ってくる。ドレッドヘアに闇色のサングラス。随分と長身で、若さに似ない威容を軽やかに羽織り、強かに鍛え上げられた肢体が、濃色のスタンドカラーのシンプルなシャツの上からでもようよう判る。さして折り目正しく見えないのに、その気勢はピンと張った揮発性の高い緊張感に満ちていて、隙も油断もない男だというのがひしひしと伝わって来る。それが、自分の手は使わず、手足代わりの男たちを顎で使って、こんな小さな子供の身を拘束している周到さよ。
「何すんだよっ! 離せってばっ! 離せっっ!!」
 耳に痛いほどの金切り声を上げ、身をうねらせるようにしてもがき暴れるものの、力で敵う筈はなく、小さな坊やは寄ってたかってという勢いのままに攫われ、靴を奪われ、手触りから判ったか、携帯電話も取り上げられて。気がつけば…室内に据えられてあった寝台の上、シーツの海の中央へと、その華奢な肢体を四方から釘付けにされている。
「嫌だっって言ってんだ! 離せよっ!」
 乱されたシーツに頬を埋められても、まだまだ強気な言いようで抵抗の気概を見せていたものが、

  「相変わらず偉そうだな、ああ?」

 歩み寄って来たドレッドヘアの男が、ベッドの端へぎしりと腰掛けつつそんな言葉をかけると、
「………っ。」
 その途端に…ぴくりと大きく震えてから、息を呑んで身を凍らせた坊やであって。あれほど暴れたものが、打って変わって…硬直したかのように大人しくなったほど。そんな変わりようへ、彼の怯えぶりを感じたか、
「阿含、子供をあんまり嬲るものではない。」
 扉の前にいたスキンヘッドの男が窘めたが、
「この子は只者じゃあないんだぜ? 兄貴だって判っていようが。」
 これまでだって散々手を焼かされて来たと言いたげながら、だが、その口調は妙に楽しげだ。やっとのことでこうまで間近に誘い出せたことが、よほど嬉しい彼なのだろうか。見るからに幼い肢体の、細い肩やら胸元、華奢な腕や脚を、数人がかりでしっかりと押さえつけられている坊やは、無残で痛々しい姿が…何か人ならぬものへその身を無理から捧げられる生贄のようでもあって。
「あ…。」
 相手を見て咄嗟に逃げ出そうとしたくらいで、この男を見知っているらしく、ん〜?と顔を覗き込まれて…信じ難いことだが肩先をがくがくと震わせ始める坊やであり、
「…やだ。いやだよう…。」
 小刻みになった呼吸の下から、怯え切ったか細い声で泣き出しそうな言いようを紡いで。何とか動かせる首をばたばたと横に振り、非力な抵抗をして見せるのだが、
「もう観念しな。」
 顔を近づけたまま、宥めるような猫なで声で低く静かに囁いて。連れに“阿含”と呼ばれた彼は、どうにもならない現状を思い知らせるように にたりと笑うと、ようやく身を起こし、傍らのボードの上から何やら器材を手に取った。
「ライトを。」
 短く言いつけると、坊やを取り巻いていた一人が立ち上がり、手早く…高さや方向を調整出来る型のスタンドを、寝台の上へとかざして灯した。かなり強い光が照らし出す中、少年の白い肌目がハレーションを起こして その輪郭を消しかかったほどであり。あまりの手際に翻弄されて、知らないうちに涙が浮かんで来る。もはやこれまでと思ったか、

  「…っ、ルイ〜〜〜っ!」

 今、彼が一番頼りにしている人の名を、無意識ながら…届きはしないと判っていながら叫んだ坊やだったところが、

  「ここかっ!!」

 怒声一喝。ドガァッと、それは物凄い音がして。その部屋へのドアが勢いよく蹴破られたものだから。室内の空気が一瞬張り詰め、まだ何人か控えていた男たちがザッと身構えて向かって来かかったが、
「………。」
 それらを一瞥だけで制止して、ドア近くに立っていたスキンヘッドの男が、ただ一人、くるりと振り返る。途中で引き留めにかかったらしき男たちを、その肩や背にぶら下げたままで突撃して来たらしい“賊学”の頼もしき頭目さん。進路上に立ち塞がった格好になっていた作務服姿の彼を、突き飛ばしたかったか薙ぎ倒したかったか、白ランに包まれた長い腕、ぶんと宙を裂く勢いで繰り出した葉柱だったが、
「…おっ。」
 その拳を…避けることもなく、真っ向から手のひら一枚だけで受け止めた相手であり。ぱしぃっという小気味の良い音がしたその瞬間、ベッドの方でも ぎゅいぃいぃぃんんんんという不気味な機械音が立ち始め、

  「…っ、てめぇっ!!」

 大の大人が何人もがかりで押さえつけている、小さな子供の華奢な身体。あの生意気なくらいに強気なばかりの妖一が、眸に涙の膜が張るほど怯え切って震えている。そんな顔を目映いライトで煌々と照らされいて、恐怖と屈辱に引き歪んだ痛々しい顔が…あまりにも哀れで悲惨で。見るに堪えないほど異様な光景だけに、こればっかりは黙っておられんと、葉柱が咬みつくような顔になったのだが、

  「まあま、落ち着いて。」

 自分の渾身の拳を片手で軽々と受け止めた男は…どうかすると間の抜けて聞こえそうなほどに穏やかな、場違いな声を出し、
「すぐに済みますよ。何たって“定期検診”ですからね。」
 朗らかに言ってのけたものだから。

   「………あ"?」

 こちらもやはり、間の抜けた声になった葉柱の返事に重なって、

  「うにゃあぁぁ〜〜〜っ! 痛いよぉ〜〜〜っ! 阿含のアホォ〜〜〜!」
  「まだ何にもしとらんだろうがっ! これはただのバキュームだ。」

 坊やと“お医者様”の声が交錯して、部屋一杯に鳴り響いたのであった。








  「…歯医者が死ぬほど苦手とは、お前、やっぱお子様だったんだなぁ。」
  「うっさいなぁ! ////////












          



 何ともかんとも。あ〜れ〜ほどのスリリングな大騒ぎが、実は…坊やにとわざわざ構えられた単なる“歯科検診”であったと判り。読者の皆様はもとより(…すんません)捕らわれの坊やを危地から救い出ださんというノリで大慌てで駆けつけたヘッドさんをも呆れ返らせた この顛末。
「だ〜〜〜っ、もう泣くな。抜いてもなければ詰めものをしてもない。ちょこっと…0.1ミリもないくらいの怪しい表面を削っただけだろうがよ。」
「だって…だって………。」
 日頃はあれほど“怖いものなし”な坊やが、すっかり萎
(しお)れて。悔しげに歯を食いしばりながらも“えぐえぐ・ヒック”としきりにしゃくり上げており。だがだが、それだからこそ相手の医師殿も困っているらしいのは明白。治療が済んだ坊やの小さな体を頼もしい腕の中へと抱き上げてやり、小さな手でぎゅうとしがみついて来るのへ“よしよし”と宥めるようにゆっくりと揺らしてやりもって、
「そもそも俺はな、ご近所では“痛くない歯医者さん”ってんで評判はすこぶる良いんだぞ? なのに、毎年会うお前さんからはこんな大騒ぎされてちゃあ、沽券にかかわるってもんだろが。」
 平気そうに見えて これでもプライドが傷ついてんだからなと、子供相手に溜息混じりに言い放つところなぞ、むしろ可愛げがあるのかもしれず。
「お前の父ちゃんはな、親知らずっていう大きな奥歯を麻酔なしで、しかも自分で引っこ抜いた豪傑だったんだぞ?」
 少しは見習いなと、何とも乱暴なことを言う彼だが、

  「…?」
  「…♪」

 そりゃホントかと目顔で訊いた葉柱へ、歯科医の兄だという“雲水”と名乗った作務服の青年が、無言のまま苦笑混じりに頷いて見せた。う〜ん、凄まじきかな、冒険野郎。
(苦笑)

  「それにしたって。」

 それにつけても…何というのか。これってば、小さな坊やを何とか“歯科検診”へと呼び出すためにと構えられたる、一幕物の“狂言”であったらしいという“真相”は、葉柱にも何とか判ったものの、母上の誘拐という何とも物騒な文言で始まった辺りといい、あんなに小さな子供をたった一人でこんな繁華街へまで来させた段取りといい、

  「もっと他にやりようはなかったんか?」

 精悍な顔立ちの眉を顰めて、半ば呆れたように訊いた葉柱へ。先程まで坊やを押さえつけていた助手の一人が薫り高いお茶を淹れて出す。静々と淑やかな所作のその手首には、くっきりと…小さな歯型がついており。非力な抗いしか出来ない か弱そうな存在に見せておきつつ、しっかり やるこたやってた坊やも…相変わらずに恐ろしい存在で。痛そうだなと同情の目を向けた葉柱へ、
「そうは言いますが。」
 雲水さんは、その意志の強そうなところを反映させて引き締まった口許へと、何とも言い難い苦笑を…隠しもせぬまま浮かべて見せると、
「あの子がどれほど手ごわいか、親しいあなたなら十分ご存知な筈でしょう?」
 そんな子へ、ごくごく普通に“今年も検診に来てくださいね”なんて葉書を出すだけで、大嫌いな歯科医の診療所までわざわざ来てくれると思いますか? そうと訊かれては、
「…きっと、思い切りシカトすんだろな。」
「でしょう?」
 喉奥をくつくつと鳴らすようにして笑ってから、

  「私たちは、あの子の父親から“後をよろしく”と頼まれているんですよ。」

 さらりと。何げないことのように、だが、軽んじてはいけないだろうことを口にする彼であり。ハッとして顔を上げた葉柱へ、事情を知る者同士という意味合いからだろう、大きく頷いて見せてから、
「勿論、必ず近いうちに戻って来ると、私も阿含も信じております。ただ、その日がやって来るまでは。あの、父親似のやんちゃ坊主を見守らねばと、馴染みの皆して誓い合っておりますのでね。」
 やっと泣きやんだかと思えば、肩先まで降りている阿含のドレッドヘアを八つ当たり気味に引っ張って。ついさっきまであんなに怖がっていた相手を“あいたた…”と閉口させている腕白さん。扱いが少々ややこしくて小難しい、そりゃあ生意気なひねくれ者だが、馴染めば…そして馴染んでくれれば、あんなに一途でお茶目で可愛らしい子はいなくって。

  「…あ、そうだ。ルイっ!」

 大窓から出られるバルコニーにて、今時風の長髪な歯科医師さんにあやされていた、小生意気な坊や。何をか思い出したらしくて、室内でお茶を飲んでいた白ランのお友達へと振り返り、

  「阿含も雲水も、学生アメフトの凄げぇ有名な名選手だったんだぞ?
   何だったら夏の合宿のコーチに雇わねぇか?」

 今さっきまで泣いてたカラスがもう“クケケ…”と笑ってる。
「はぁあ?」
「何を言い出すかな、こいつはよ。」
 俺は夏休みこそ、子供ら相手の検診や治療で忙しいんだと阿含が言えば、こっちこそ“昔の英雄”に頼るほど困っちゃいないと葉柱も意気軒昂に言い返し、
「…ほほぉ。よくも言えたな、一回戦ボーイがよ。」
「何だとコラ。現役のいて随分になる歯医者はすっこんでろっての。」
 両者の見交わす眼差しの間に、バチバチッと火花が散ったような気が。

  「こうなると判ってて、ああいう言い方をしたな?」
  「さぁね。」

 一人、勝手にリビングへ戻って来て、やっぱり助手のお兄さんから“どうぞ”と出された、ベリーを一杯浮かべた冷たいサイダーにストローをつけ、くふふvvと笑った小悪魔くん。雲水のお兄ちゃんに訊かれて すっとぼけたお顔には、もう涙の跡もなく。伝説の豪傑だったという父上とは違う形で…大人たちを振り回す“名うて”の逸物になりそうな気配。

  “………やれやれ。”

 日頃は遠い町に住む自分たちと違い、このところほぼ毎日のように一緒にいるというあの青年には、これからも大変な日々が続きそうだなと。半ばは同情、半ばは…羨望から、内心で小さな溜息をついた、雲水さんでありました。






            ◇



「そういえばさ、ルイはどうやってあの部屋に来れたんだ?」
 ホテルの場所は勿論のこと、呼び出されたことだって知らせてなんかいなかったのに。きょとんとして訊いた坊やへ、適当な場所へ乗り捨てたバイクをホテル前まで引いて来た葉柱は、それはあっさりと応じて見せる。
「メールが来たんだよ。あのホテルのあの部屋へ来いって。お前んコト攫ったから、誰にも言わずに飛んで来いって。」
 ほほぉ、そちらへはそう来ましたか。そして、そこは都議の息子さんだから、自分が目的だという脅しの楯に坊やが攫われたのではないかとすんなり思い込み、矢のような勢いで駆けつけた彼であったらしいのだが。………でも、

  “一体どうやって、ルイの携帯のアドレスが…。”

 彼らに知れたんだろうかねと、合点が行かないもんだから。やっぱり小首を傾げて“うんうん”と唸っていた坊やだったが。

  「…っ!!!」

 不意に ガバッと、いきなりお顔を上げたものだから。抱えて後ろへ乗せようとしかかってた葉柱が、反射的に“おおう”と思わずのけ反ったほど。

  「母ちゃんだっ!」
  「あ?」
  「だからっ。母ちゃんが、ルイのメルアド、あいつらに教えたんだって。」

 金剛兄弟へと、そんな特殊なデータを教えられる人と言えば、坊やの携帯をこっそりと覗き見ることが出来る彼女しかおらずで。
「成程な。大方、俺の方は“お迎えに適当な人物を”とでも言われたんだろな。」
 それだと納得がいくよなとばかり、葉柱が感嘆している傍らで、
「う〜〜〜っ。」
 いいように弄ばれた恨みからか、どうしてくれようかとすっかりお怒りの形相になっている坊やだったが、

  「腐るなって。」

 ぽふぽふと。大きな手がいつもみたいに髪を撫でてくれて、
「お母さんだって、お前の健康管理に必要なことだって言われたから協力したんだろうしな。」
「う…ん。」
 お兄さんの言うことにも一理はあるしと、お顔からの険は何とか消えた模様。
“そもそも、こんな手管を考えなきけりゃ取っ捕まらないお前にこそ、一番の問題があると思うんだがな。”
 ちなみに、去年は“おめでとう! ◇◇◇デュエルのプラチナバトルカードが当選したよ!”というメールを送って、特設会場を設け、そこへとご招待したのだそうで。そうまでのカモフラージュでもしないと招き寄せられないとはまた、なんて手ごわいお子様なんだか。
(笑)
『勿論、一番最初は無難に御自宅へお伺いしたんですがね。』
 なんと五日も、あちこちの…児童館や駅の待ち合い室などを泊まり歩いて帰って来ないという、小学生離れした家出をやってのけたものだから、お母様が心配のあまり倒れてしまい、それ以降、この策は“禁じ手”とされたらしいから、何とも凄まじいお話で。
「さぁて、帰ろうや。」
「おうっ!」
 マシンのシートに今度こそ坊やを座らせ、自分もまたがり、キーを差し込む。セル一発で稼働した愛車を車道の波に乗せ、夏の昼下がりの街なかを力強い唸りと共に駆け出す二人であり、


  「なぁー、ルイっ!」
  「なんだっ?」
  「合宿、行くのかっ?」
  「なんだっ? 聞こえねぇよっ。」
  「合・宿っ! 行くのかっ!」
  「おう、行くぜっ! お前もついて来るかっ?」
  「っ! いーのかっ!」
  「はあ?」
  「ついて・ってっ、いー・のかっ?」
  「ああ。お前、眸ぇ離すと危ねぇからなっ。」
  「なんだとーっっ!!」


 怒った振りして、でもでも満面の笑み。小さな体はお兄さんの白ランの背中にすっかり隠れてしまってて。お顔なんて全然見えないんだけれども。でも、あのね? 小さなお手々がぎゅううってしがみついて来たからね、ああ、今、喜んでんのなってのは、きっちりと葉柱のお兄さんにも伝わっていたりする。素直じゃないけど判りやすい。ややこしいけど まだまだ可愛い、小さな子供。一緒に過ごす夏休みが楽しいものになったら良いねと、どちらもがわくわくと やに下がってる、何ともかわいらしい二人を乗せて、カワサキX−▽▽は国道を一気に西へと…彼らの町へと向かったのでした。



  〜Fine〜 04.8.4.


 *お調子に乗って続きを書いてしまい、
  またまた勝手ながらお目汚しにお届けいたしましたの。
  実はまだまだ続編もあり、何となく続く気配です。
(笑)

 *九条やこさんのサイトさま“NOBODY”さんには、
  美麗な挿絵つきでUPして頂いてますvv

ご感想はこちらへvv**

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