Little Angel Pretty devil
      〜年の差パラレル(しかもルイヒル。ご用心/苦笑)

 


 初見の印象は、キザな言い方になるが"天使みたいな"もしくは"お人形みたいな"というところだろうか。表現力のない奴ほど そうまでの大仰な言い方をするもんだが、その子を見た時はさすがの俺でさえ、自分のキャラに絶対に似合わないそんな形容詞や言い回しを、直感的な反射で脳裏に浮かべたもんだった。




            ◇



  "ハーフ、いや、クォーターかな?"


 それほど欧米人ぽい顔立ちではない。面相筆でそぉっと撫でて描かれたような、柔らかな線でばかり構成された優しい造作はむしろ、日本人ならではな繊細さをたたえている。ただ、色素の薄い子であるらしく、色白で茶髪…いやいや金髪かもなという、日本人にしては ちょいと珍しい色合いの容姿をしていて。そんなせいで整った造作がより華やかに見え、軽やかな印象の方もより強めているというところか。ひょいと覗き込んだ大きな瞳は金茶に透けていて、目尻が少し吊り上がっているところがまた、ただただひ弱そうな頼りない印象に収まらないようにという、冴えて凛然としたアクセントをその面差しに添えている。愛らしくも端正な面差しのみならず、体つきもどちらかといえば線の細い造作で統一されており、福々しいというようなコロコロした印象はないながら、ふんわりと柔らかそうな肌や髪をしていて。手足も細っこく、緋色や玉子色といった淡い色合いのお洋服がよく似合う、いかにも品が良くて行儀の善さそうな、生粋の"お坊ちゃま"然としている坊やだった。

  「ほら、ヨウイチくん。この子がオバちゃまのところのルイくんですよ。」
  「…おふくろ。」

 同い年の小さい子同士を引き合わせてんじゃねぇんだからと、しょっぱそうな顔になって言い返しかけた葉柱の態度へちょこっとビビッたのか。手を引かれていた葉柱夫人の羽織るスミレ色のカーディガンの裾を小さい手で掴むと、しがみつくようにして背中の陰へと隠れようとする。くせっ毛なのか淡い金色の髪はすこし逆立っており、それがまたメインクーンとかいう毛足の長い猫の仔を思わせた。
「あらあら、怖かったわねぇ。」
 ウチの子がごめんなさいねぇと、いかにも"可愛い〜いvv"と言いたげな甘い口調にて、さわさわと髪を撫でてやって小さな王子様を宥めると、

  「じゃあ、そういう訳だから。」
  「…なにが。」

 こちらに向けて"にこ〜〜〜vv"と笑う、相変わらずに現金・マイペースなお母様。そりゃあもうもう可愛らしい"ヨウイチくん"の話は、以前から時々聞いてはいた。週に一度通ってる、七宝焼きだかドライフラワーだかの文化サークルの、主催者だったか生徒仲間だったかのお子さんで。小学校の何年生だったかしら、天使みたいに可愛らしくてサロンのアイドルなのよぅと、そんな話をしていたから、ああこの子かとすぐに察しがいったものの、
「だ・か・ら。ヨウイチくんのお母様たちと、これからお芝居を観に行くことになっているのよ。特別公演だから、今日を逃すともう同じ演目を観られる機会はないのよね。…でもね。」
 こんな小さくて可愛い子を一人置いてお出掛けというのも侭ならないしと、ヨウイチくんのお母様は随分とご遠慮なさっていたのだそうだけれど。半日ほどの子守なら、ウチに暇そうにしている子がいるから、遊んでてもらえば良いわようと、
「そういうことを本人に聞かずに勝手に決めるか?」
「あらだって。あなた、昨日言ってたじゃない。お友達全員補習があって、今週一杯は捕まらないって。」
 宵からなら集まれるのが却って中途半端なんだよなって。昼間は退屈だ〜とも言ってたわよね、と。割と放任主義な家庭で、よほどの"人でなし"をしでかさない限りは多少のやんちゃにも笑って済ませてくれている豪気な親は、
「たまには お母さんのささやかな我儘くらい、聞いてくれたっていいじゃない。」
 随分と燃費の悪い型らしい、あのオートバイのガソリン代だって出してあげてるんだし、そもそも高校に入りたての身、つまりは まだ18歳でもないのに限定解除に乗ってること、黙っててあげてるじゃないのと付け足したりして下さるので、
「う…。」
 外では肩で風切って闊歩している恐持ての次男坊が、実は…理詰めや約束、仁義の理
ことわりなどなどに弱いことまでお見通しだったりする辺りが、さすがはお母様。

  "…自分の息子を脅すかよ。"

 まあまあ。
(笑) 確かに、18歳にもならない身で…原付き以上どころじゃあない、限定解除なんていう大型バイクに乗ってるなんてのは、無免許運転という立派な道路交通法違反ですしね。いくら親子でも匿っていいことではないんだし。
「ほんの半日とちょっと、晩には帰ってくるのだし。それに、ご飯を作れだの、手づから食べさせてあげてだの言ってる訳じゃないのよ?」
「…うん。」
 それは判る。ちょいと小柄だが、表情の利発そうな冴えなどから見て小学生の2年か3年かではあろうから、ある程度、自分で何でも出来そうな雰囲気だし、食事の支度は…そもそも母上が手掛けている訳ではないよな家だ。親父が都議という政治関係職にほぼ定職としてその座を占めてる関係で、母もまた後援会やら何やらと関係筋への顔つなぎの催しに忙しく。物心ついた頃には既に、お手伝いさんに任されっ切りという育てられ方をしていた自分でもある。別にそれへと拗ねてここいらを縄張り
シマにする暴走族を束ねている訳ではなく。むしろ、
「いい子だから、お母さんの言うこと聞いてちょうだい♪」
「…判ったから、頭撫でんのは辞めろ。」
 忙しくて構ってやれないのに捻くれもせず
(?)育ってくれて、まあなんて良い子なのかしらと。高校生にもなった今だにそういう構い方をされているのへ、勘弁してくれと言いたい葉柱であるらしい。じゃあねとご機嫌な笑顔になって、二人の天使たちへ(う〜ん)会釈を残して出掛けて行った葉柱夫人を見送って、さて。
"けど、子守りったってなぁ。"
 族の小さいのを構うのとは、やっぱ違うんだろうしなと。勝手の判らないことへ、精悍そうなお顔をしかめて眉を寄せたものの、
「…? あれ?」
 その対象を見下ろそうとしたその視野の中に、肝心の坊やがいない。広々とした玄関ホールを見回し、それから。背後の長い廊下の途中、リビングへのドアが外へ向けて大きく開いていることに気づいてそちらへと大股に向かう。いやに素早いが、まだ自分へ人見知り…というか怯えているのだろうか。確かにゴツい男ではある。高校に上がったばかりとは思えない上背のある体躯は、日々の喧嘩とアメフトで鍛えた筋金入りで。首も肩も強かに太く、胸幅もあって、腹は腹筋が割れているし、腰はぎゅううと引き締まり。腕も脚も角材で殴られたくらいではびくともしないほどにがっつりと強靭頑丈で。その上、動きも練れていて俊敏だから、大型バイクの大きな車体をあしらうのも楽勝ならば、盛り場でのタイマン勝負でも負けたことがない。とはいえ…着痩せして見える"柔軟型筋肉"体型だから、さほどに圧迫感のある見栄えではないし、黒地をベースに緑の曲線がランダムに絡まり合ってるプリントシャツと、ゴールドの太めのチェーンネックレス。多少は派手かもしれないが、それでも…いかにも"暴走族の頭やってます"と誇示するような身なりではないと思うんだがと、首を捻りつつ戸口に立った葉柱へ、

  「何して遊ぶんだ? ルイ。」

 いきなり呼び捨てで名を呼ばれ、三白眼気味の葉柱の眸がぎょぎょっと見開かれる。
「…お前。」
 この豹変ぶりは、もしかして。大きすぎるソファーの座面の上、ポンポンと小さな体を弾ませて遊んでいるのは、確かに…さきほど紹介されたばかりの坊やに間違いないのだが。口の端だけを吊り上げて"ケケケッ"と笑った顔付きもどこか挑発的で、さっきまでの"繊細なお人形さん風"から、大人しげな淑やかさや儚げだったところが…何割かごっそりと減ったような。
「その態度ってのは、もしかして…。」
「相手に合わせてるに決まってんじゃん。」
 金茶の瞳をやんわりと細め、にっかり笑った笑顔が…綺麗なままだから、尚のこと凶悪で。あれほど無口だったのも もしかすると演技だったか、
「言っとくが、鬼ごっことか隠れんぼ、なんてのはお断りだからな。そうまで小せぇ子供じゃねぇんだ。」
 これでもガッコでは6年までシメてんだぜ、舐めてかかると切ない目ぇ見んぞ、と。どこで覚えたんだか、自分でも言わないような一端
(いっぱし)の啖呵を切る恐ろしさ。
「呼び捨てはやめな。」
「だってさっき、オバさんがそう呼んでたじゃんか。あ、オレは"ヒルマ ヨウイチ"ってんだ。ヒル魔って呼べ。」
 お前は年上だかんな、特別に呼び捨てでも良いぞ。ってゆーか、ちゃんづけだけは辞めろよな、似合わねぇから、と。大上段からの尊大な物言いが、可愛らしいお顔なのに妙にハマッて物慣れている辺りが恐ろしい。そして…そりゃどうもと恐縮しそうになる自分のノリも怖かったりする葉柱で。それはともかく、
「遊ぶったってなぁ。」
 わざわざ言われなくとも、子供の遊びはよく知らない。かと言って、外へ連れ出すのは不味かろう。この態度の鷹揚さから何となく…出先で自信満々に振る舞った揚げ句、あっと言う間に迷子になりそうな気がしたからで、
「しょうがねぇなぁ。」
 何とも答えない葉柱に、気短な王子様は大袈裟な溜息をつくとソファーから飛び降りて。そのまま たかたかとリビングから出て行く。
「あ、こら待て。」
 これでもアメフトでは名うてのラインバッカー。相手からの攻撃の、走
(ラン)やパスを阻止し防御するのが主な仕事というポジションなのだから、いくら小さな相手であっても自慢の長い腕で取っ捕まえられた筈が………ありゃりゃ。
「チッ。」
 あまりに的が小さすぎたか、腕の先でスルリと身を躱された。それだけならまだしも、
「へへ〜だ。トロ臭ぇ〜。」
「…んのヤロっ!」
 いちいち気に障る物言いをしやがってと、むっかり来て後を追う。どんなに一丁前な口利きをしていたところで、小さな体だから手足も短い。そうそう出遅れが響くほどの逃げ足ではなく、しかも。幅があって長い廊下をぱたぱたと軽快に駆けてゆく小さな背中は、鬼ごっこだからと"鬼"から逃げているような、どこか弾んだ楽しさに満ちていて。とてちてと振り回される、寸の詰まった腕が何とも可愛らしいし、薄い肩越し、葉柱がちゃんと追って来ているかどうかを確かめるように振り返る白い頬には、何とも愉快そうな笑みが目一杯に塗りたくられており、

  "…お断りだなんて言っときながら。"

 実はまんざら、こういう単純な遊びも嫌いではないのかも。…ただ単に、大人の鼻面を引っ張り回すのが気持ち良いってだけなのかな? とりあえず"この野郎がっ"というノリのまま、たかたかと駆けてゆく小さな標的を追うことにする。本気の全速力というのも大人げないかなと、多少は緩めた足取りにしたけれど。中折れの階段を上がって二階に達してすぐの部屋。薄く開いていたドアの隙間から、室内に何かを見つけたらしい坊やであり、
「♪♪♪」
「…あっ、こらっ!」
 ばーんっと景気よくドアを引き開け、衒
(てら)いなく中へと飛び込んだおチビさんに、追っていた葉柱の方がむしろ焦って見せた。広々とした居室は兄の部屋で、坊やが何を見つけたかといえば…窓辺のどっしりとした書斎用の机に据えられてあった、デスクトップパソコンへまっしぐら。
「ダ〜メだって、それは。」
 それまでのゆったりした走り方からギアを上げ、大きなストライドであっさりと追いつき、すんでのところでヒョイと後ろから襟首を捕まえる。
「離せようっ!」
「勝手に弄るなっての。」
 あまりに軽い小さな体を軽々片手で持ち上げて、離せ離せと手足を振り回して暴れるのを避けながら、とりあえずは部屋から外へ出る。
「俺もよくは知らないが、PCってのは勝手に触っちゃあなんねぇんだよ。」
 小さい頃、父のPCをたくさんのボタンに惹かれてついつい玩具にして、こっぴどく叱られたことがある。それがまさかトラウマになっているとも思えないが、葉柱本人は未だに関心もないままであり、
「遊びたいぃい〜〜っ!」
 いぃ〜〜っとキツく眸を瞑り、にゃあにゃあと未練がましく愚図る坊やに辟易し、そのまま…摘まんだままにて自分の部屋へと向かうことにした。

  「ほれ。」

 アームチェアにぽそんと置かれ、解放されたのをこれ幸いにと、あの部屋に戻ろうとしかかった金髪のチビさんの膝の上。平たい機械がすかさず載せられる。今にも飛び降りようとして、身を起こしかかってた小さな体が…背もたれへと戻って。
「使って良いのか?」
 にっぱーっと満面の笑顔になるから現金なもの。薄型のノートパソコンだと、一瞥で分かった坊やであるらしく、こちらもそれへと短く頷いた葉柱だ。
「ああ。データは何にも入ってねぇから好きにしな。」
 高校の入学祝いにと貰ったものの、こういうものはてんで判らず。メールやネットなら携帯で十分間に合うからと、初期設定だけして放り出してた。
「無線ランとかいうので、ワイヤレスでもネットにはつながってるそうだから。」
「うんvv
 そんだけの説明で理解する辺り、最近の小学生はPC使いこなして遊ぶんだなぁと、ちょいと感心。小さな坊やはあれほど生意気だった口も閉ざして、液晶画面をただただ見入ってる。

  「♪♪♪」

 どっかのゲーム系ネットにでもつないでいるんだろうと思ったが、ひょいと覗いた画面には、何だか…やたらと。
"…数字やアルファベットばっかり並んでないか?"
 しかも、縦方向にスクロールしてゆくそれらの早いこと早いこと。ただスクロールバーをドラッグしているだけではなくて。キーボードを"カタカタカタ…"と凄まじい勢いで弾いているのが、いっそ不気味なほどであり、幾つものウィンドウが画面の上に重なって展開されていて、

  "まさか………。"

 こめかみに たらりと浮かんだいやな汗が。つつっと頬まで滑り落ちたのとほぼ同時、


  
Warning!】


 画面の真ん中で大きな長四角で囲われた真っ赤な警告文が現れ、しかもしかも点滅し出したから。こ〜れ〜は 素人にも判る、異常で違法なアクセスをやらかしたらしい模様。
「なっ、何しやがった!」
「知らねぇもん。」
 どっかの難しそうなデータベースにハックしただけ。けろっと答えるところが何とも憎そい。何をどうすりゃ良いのか判らず、

  「…っ!!」
  「あ〜あ、電源切りやがった。」

 そんな切り方してたらディスクとか傷むんだぞと、一丁前な事を忠告して下さる坊やを小脇に抱えたまま、ど〜〜〜っと疲れた葉柱である。






            ◇



 危ない状態と化したPCを強制終了し、とりあえず(自分が)落ち着こうと、早めのおやつにしてもらう。お手伝いさんたちにも伝えてあったのか、子供向きにプリンとアイスクリームが用意されていて、プリンは甘いからとこちらへ押しやったが、アイスはミントチョコだったので何とかわくわくと食べてくれて。
"………う〜ん。"
 リビングの大きなソファーに埋もれるように腰掛けて。真っ白な象牙を一流の芸術家が丁寧に刻んで彫り出したような。小さな小さな白い手で、緋色の口許へ金のスプーンを運んで。スッとする冷たさににっぱしと笑う。こうやっている姿は、正しく無垢な天使のようなのに…。
"あれってどこのデータベースだったんだろ。"
 こんな子供が侵入出来るトコなら大したとこじゃなかろう。ないと思うぞ。ないんじゃないかな。…ま、ちょっと覚悟はしておこう。
こらこら
"この年齢でサイバー・テロリストかよ。"
 犯罪行為なんだという自覚があるのかどうかは別にして、そういうものへ興味があり、しかも…一応は大人の専門家が"鍵"をかけていただろうところを、鼻歌混じりに蹴破れる腕前もあるのは間違いなく事実。
"やっぱ末恐ろしい子だ。"
 今日だけの関わり合いだとはいえ、十分に数年分ほど寿命を縮めていただいて。この子の周囲に日常的に居ることを余儀なくされている大人たちに、少しほど同情したくなった葉柱でもあった。
"…あ、でも。"
 ウチのおふくろは"天使みたいな子"って言ってなかったか? 徹底して可愛い方の顔をだけ、意識して見せてる相手もいるんだよな。もしかして…それで鬱憤が溜まるから、素の顔の方が殊更に過激になってるんだったりして?
「あっ。犬だっ!」
 ふいと窓の方を見やったヨウイチくんが、ぱぁっと表情を輝かせる。今度は何事だとそちらを見やれば、開け放たれていた大窓の向こう。テラスまで寄って来たのは、母が可愛がっているシェルティのキングの姿。白地に黒や焦げ茶の配色が載った、ふさふさとした毛並みの可愛らしい子で、
「なあなあ。あれってコリーの子供か?」
「いんや。シェットランド・シープドッグっていってな、小さいがそれでももう結構大人なんだ。」
 遊んで良いか?と聞かれて、良いけど上へは上げるなよと言い置くと、判ったと笑った顔がまたまた子供。大きめの庭履きを突っかけて庭へ降り、途端にじゃれついて来る元気な仔犬に押し倒されそうになりつつも、楽しげに遊び始める。緑の芝草の上、屈託なく笑いつつ駆け回ったり、ビニールのボールを見つけ、転がしてはそれへと飛びつくキングに笑いかけたりと、至って無邪気に遊び続けて。

  "…なんだ。"

 普通の顔も出来んじゃんかと、こちらは窓辺に居残ったまま、何故だかひどくホッとした葉柱だ。時々こちらへもボールを放って寄越すので、受け止めるとキングが寄って来る寸前で坊やの方へ転がし返してやる。するとボールと一緒にキングもたかたかと殺到するから、拾いあげた途端という忙
(せわ)しさで逃げねばならず、そのスリリングなタイミング遊びに、
「きゃはは…vv」
 弾けるように笑う稚
(いとけな)いお顔の、何と愛らしいことか。最初っからこの顔でいりゃあ良かったのによと、何となく安堵するよな心持ちになり、何度目かのボールを放ってやったところへ、

  【〜♪】

 ズボンのポケットから着信の合図。少し古めのヒット曲で、アメフトチームの面子からだと判る。慣れた手つきで掴み出し、二つ折りをワンアクションでぱかりと開いた。
「おお、銀か。…ああ。」
 常なら呼び出されたって気にせずに、端
(はな)から蹴ってるだろう補習だったが、今回のは出席日数が足りないからという種のそれだ。後輩と同級生になるのはさすがに詰まらないのでと、渋々ながら講義を受けてるのが何人か。その中の一人が、授業の合間に掛けて来たらしい。
「今晩か? 俺は構わねぇが…。」
 電話の方へと気を取られていて、
「ルーイー、ボール〜っ。」
 足元へと転がって来たボールを、気もそぞろに受け止めて。そのまま、うっかり投げ返さなかったものだから。先に駆け寄って来たキングは大人しく"待て"の姿勢に入ったが、チビの方が業を煮やして、不機嫌そうな顔になって駆けて来た。
「ボールっ、くれってば。」
「あ? ああ、これな。」
 ろくに見もせず、ほいと手渡したのが…カチンと来たのか。
「う〜〜〜。」
 口許を尖らせ、睨み上げて来ていたのも束の間。

  「…あ、おばちゃん。」

 不意をつくような、そんな声をひょいと出した坊やに。えっと、彼の金茶の瞳が見やった方へと葉柱も注意を向けたその時だ。
「あ、こらっ!」
 かすかに頬が浮いた瞬間を見逃さず、携帯を持ってた手に飛びついて。芝の上へと転がった、小さな機器を素早く捕まえる。
「返しな。」
「やだねっ。」
 あっかんべと舌を出し、そのまま たったか庭を駆け出したものだから。こいつはよ〜っと、後を追う。
「こらっ、返せっ!」
「い〜や〜だ〜。」
 小さな手で胸元に抱えられた携帯は、葉柱には手の中にすっぽりと収まる大きさだが、おチビさんにはさすがに大きい。しかも、角のないスリムな流線形で、端ほど薄いというデザインだったのが災いし、

  「…あっ!」

 大きな突っ掛けが脱げかけて、すてんと転んだその拍子、手の中からぽーんと勢い良く飛び出して。

  「あ、あっ!」

 綺麗な放物線を描いた銀色の携帯は、そのまま…まるで若鮎のように。庭の奥向きにあった池へと飛び込んでしまい、

  「…あ〜〜〜っ。」

 残されたのは、とぷんと無情な水の音だけ。芝の上へ何とか起き上がった坊やにも、事の重大さが少しは判るのだろう。初めて…恐る恐るという雰囲気で、小さな肩越し、背後を見上げる。背の高いお兄さんは、呆然として池の方を見やっていたが、

  「………もう付き合ってられんっ。」

 きいっと怒ってそのまんま。坊やを見下ろしもしないまま、憤怒の滲んだ足取りで、母屋の方へと踵を返した葉柱であり。

  「あ。」

 芝草の上、ちょこりと座り込んだままな坊やへは、大丈夫?と気遣うように、小さなシェルティくんが頬っぺを舐めに来てくれたけど。

  「………ルイ、怒っちゃった。」

 今までさんざん困らせたくせに、そしてそして平気なお顔でいたくせに。不可抗力の事故なのへ、何とも言い分け出来ぬまま。小さな肩をしょぼんと落として、緑の中にいや映える、真っ白な頬を震わせて。途轍もなくやんちゃだったヨウイチくん、その勝ち気そうなお顔を初めて曇らせてしまった模様である。









            ◇



  "…ったくよ。"

 なんてガキだろうかと、ムカムカがなかなか収まらない。手玉に取られた自分自身にも腹が立つがそれ以上にやっぱり。年上でも対等かそれ以下として鼻先であしらえる、人を舐め切っていた態度がどうにも気に食わず。お手伝いさんに後は任せて、オートバイをガレージから引っ張り出すと、そのまま憂さ晴らしに街へと繰り出した。
"先が思いやられるというか、末恐ろしいというか。"
 初見の愛らしさとの落差があまりに大きかったから尚のこと、ショックも大きいというもので。
"…ったくよっ。"
 ラックに吊るされた様々な箱をやや乱暴に…取っ替え引っ換え 検分している彼へは、品揃えが悪いと怒っているようにも見えるのか、愛想が命な筈の若い店員たちも誰一人近寄っては来ないほど。此処は家から一番近い繁華街にある、家電量販店の一角、携帯電話専門のブースだ。特に目指してバイクを流して来た訳ではない。だが、お釈迦になった携帯に代わるものはやはり必要だったから。それでと足を運んだ葉柱だったが、最新機種なのにこのプライスという赤札の貼られた箱を大きな手に取り、

  "……………。"

 ふと。その手を止めて思い出すのが、

  "…態度の使い分け、か。"

 じゃれかかるシェルティに無邪気に接していた明るくも素直なお顔と、一番最初に見た…大人しそうな坊っちゃん然としていたお顔。葉柱へと一端
(いっぱし)の台詞を並べた時や、PCでとんでもない悪戯をやらかした時の凶悪さもまた、ある意味では…強がって片意地張った様子を"余裕"という格好へと繕ってた顔だったに違いなく。
"………。"
 あんなにも小さな子供がそんなものを身につけたのは何故だろうか。あの落差の大きさからして普通の我儘ではない。かなり手の込んだ、しかも意識した"使い分け"だ。
"きっと やんちゃな顔こそが、素なんだろうな。"
 シェルティと遊び始めた直前まで見せていたのは、度が過ぎるほどの過激な腕白ぶりであり。そっちはそっちで…今にして思えば、知らないお家に預けられたけれど寂しくなんかないと、そんな片意地を張ってたようにも見えたような。そして。それとは ああまでギャップのある"おしとやか"な振る舞いもまた、それがこなせなければ立場が不味くなると思うからこそ、身につけたものではなかろうか。ただ無邪気に笑っているだけでも可愛がられようし、多少は腕白でも"可愛いわねvv"の範疇に収まる年頃だろうに。ましてやあんなにも愛らしいのだから、乱暴な悪戯をしでかしたって随分と贔屓目に見てもらえように。

  「……………。」

 唐突にじっと動きが止まった葉柱に、店長らしき青年がおずおずと近づいて来て、お決まりですかと声をかけて来た。よほどのこと、とっとと出てってほしかったのか、言いもしないうちからあらゆるサービスを付けてくれて、手続きも親切丁寧に進めてくれて。ありがとうございましたと、店員全員がお辞儀をして送り出すほどの厚遇ぶり。そうまで険があったかなと、ほりほりと後ろ頭を掻きながら、傍らのショーウィンドウに顔を映してみたその同じ鏡面に、

  「………え?」

 ついさっきまで心奪われて…もとえ、集中して考え込んでた対象だったもんだから、とうとう幻が見えるようになったのだろうか。金髪を逆立てた小さな悪魔がひょこりと映ったから、これはビックリ。
"な、なんでまたっ!"
 愛らしいお顔を真剣に引き締めて、雑踏の中、キョロキョロと何かを探している様子であり。金茶の瞳はやけに必死で、初めて目にする追い詰められたような困り顔もまた、端正なお顔には…いやに蠱惑的な切なさを帯びていて。

  "…あっぶねぇなー。"

 純白のシャツに緋色のカーディガン。淡いスモークブラウンの半ズボンに細い足首までの真っ白なソックスと来て。少女と見まごう華奢な姿は、何とも頼りなく…ちょいと危ない。いくら口が達者でPC操作に悪魔的に長けていたって、こんな屋外で、しかもたった独りで居る身には、何の盾にもなりはしないからで、

  "しゃあねぇか。"

 何の御用で飛び出して来たかは知らないが。預かり中に迷子にしてしまっては面目が立たない。家まで一緒に帰ろうやと、声を掛けてやろうと思った。一人になったことでカッカ来ていた頭も多少は冷めたことだし、もしかしなくとも…あの顔は自分を探しに来たのではなかろうか。彼の母親なら反対の方角の街の劇場へ出掛けている筈なのだから。そろそろ帰宅ラッシュの学生の部が始まろうという時刻。人込みの陣幕もさほどには薄くない。それでも…、

  「…あっ。」

 こっちの姿を確かに捉えて、小生意気な顔が一瞬、ぱぁっと笑みにほころんだ。やっと見つけたよ、探してたんだよ、そんな声が滲んで来そうなお顔であって。照れ隠しに溜息をついて、カツッとそちらへ踏み出しかかったその瞬間だ。

  「え…?」

 坊やの小さな体が、不自然な方向へひょいっと宙に浮いた。背中に羽根でもない限り、進行方向のやや反対真上へ、それも1m以上もふわんと浮くのは無理な相談であり。浮いた本人も呆気に取られたお顔でいる。
「離せよっ。」
 何だか揉み合って抵抗している気配があって、それから、

  「ルイっ!!」

 間違いなく、救援を請うという甲高い一声。それを残して、雑踏の中へと飲まれていった坊やだったのへ、

  「てめぇっ!!」

 葉柱も猛然と駆け出している。視線の先には、脱兎のごとくに駆け出した背中。くすんだ作業服姿の、どうやら男。小脇に抱えているにも関わらず、追っているこっちに坊やの顔が向いたままという逆さまな抱え方が不自然極まりないし、ヨウイチくんもじたばたと目一杯に暴れている模様。

  「チビっ! そいつぁ知り合いかっ?!」

 長い白ランの裾を翻して。行き交う通行人をざかざかと鋭く躱しつつ、足元が革靴だとは思えない走りで追いかけながら大声を掛ければ、

  「違うっ! 全然知らない奴っ!」

 懸命な声が返って来たから、よっしゃっと合点し…たものの、しまった何も策がない。このまま追ってく体力に自信はあるが、早く方をつけないと。開き直って坊やを盾にされては困るし、それより何より。あんな良く判らん野郎に、預かりものの"寂しん坊"を好きにされてはムカっ腹が立つというもので。
"チッ!"
 何かないかとまさぐったポケット。手に触れたものを ままよと引っ張り出して、ぐんと腕を引き反動をつけて。

  「てぁっっ!!」

 コントロールには正直自信がなかったが、こういう時の一念は岩をも通すと人が言う。ひゅんっと風を切って飛び立った仮想弾丸は、流線形のフォルムが今度は幸いしたらしく、狙った相手の後頭部へ見事に命中。
「ぐあっ!」
 たまらず膝を追って失速したまま、相手が舗道につんのめって転んだのを見届けて。よっしゃ!と気勢を上げ、加速を増して駆けつけた葉柱は、

  「こんの卑怯もんっ! 嘘つきっ! ショタコンの詐欺師野郎っ!」

 自由の身となった愛らしい坊やが…怒りの形相も物凄く、えいえいえいっと誘拐犯を思うさま、小さな足で踏みつけにしている場へとゴールすることとなってしまったのだった。

  「あ〜、もう止しなさいっての。」
  「だって! こいつっ、ルイを探すの手伝ってやるって!!」
  「見ず知らずのおっさんに連れて来られたお前も悪い。」
  「う〜〜〜っっ!!」










  「さっき、何投げたんだ?」
  「ん? ああ、携帯だ。」
  「…買ったんだ。」
  「まあな。ないと不便だし。」

  それを投げてくれたんだと、小さな口許をきゅうと噛みしめて。

  「あのな、あのな。オレ、ケータイいっぱい持ってるから一個やる。」
  「一杯って…。」
  「ネットの懸賞で当てたやつ。
   まだ"とーろく"してない新品のがいっぱいあるからさ。な?」

  懸命な声音で言ってくる。
  やると言いつつ、もらってほしいという気配があまりにも判りやすくって。

  「…そっか。」

  葉柱は"ありがとな"と答えてやった。



  ――― なあ。なんでウチのおふくろの前ではいい子ぶってたんだ?
       ああすると波風が立たねぇからな。
       波風?
       おお。女は可愛いわねぇってだけで場が盛り上がんだろ?
       まあ…そうかな。
       ウチの母ちゃんはちっと気が弱いかんな。友達とか作んの下手なんだな。
       ………それでか。
       オレ本人が美味しい思いするってのもあるけどなvv
       だろうよな。



 警察での簡単な事情聴取の後、バイクを駐車場に放り出したままなのでと、パトカーを断ってのんびりと歩いて帰った。夕焼けに町が染まる中、肩車なんて初めてだと、肩の上で嬉しそうにケケケッと笑った金髪の小悪魔は。連絡を受けた母親が早々に戻ってくるらしいため、当初の予定より早く帰ることとなった自分の家の門扉の前で、約束した…箱に入ったまんまの新品の携帯電話を差し出すと、別れ際にこっちの白ランの裾を引っ張って屈ませ、


  ――― 小さな声で"今日はありがとな"と囁いた。


 夕陽に染まった赤い顔が何とも可愛らしくて。選りにも選って別れ際に。初めて、年齢相応な顔になったよなと葉柱が思った一瞬だった。









            ◇




   ――― あれから、もうどのくらいになるのかな………。


 すぐ隣りのボックス席では、ダチ共が何を話題にしてだか沸いており、一人加わらないでいる葉柱の白ランを遠巻きに眺めやって、
「ヘッド、このところずっとあんな調子だよな。」
「ああ。何を物思いに耽ってるんだろ。」
 喧嘩も強くてバイクのライディングテクもピカイチの、憧れの葉柱さんの動向には敏感な後輩たちがやきもきしている。タッパもあって屈強精悍。それに侠気
(おとこぎ)もあって情に厚い。今時には珍しいくらいに、義理や約束を堅く守る人だから、悩みの一つや二つ、その背中に滲ませてもいるんだろうよなと、切なそうな溜息をついてしまう新入りたちだったが、

  「…お。」

 カウンターの上で鳴り出す携帯。すぐ手元にあったそれを掴み寄せ、ワンアクションで開いてみれば、

  【ルイっ、ガッコ終わったぞっ。】

 元気そうな声がそこから飛び出して来て、

  「…お前な。」

 この野郎〜〜〜と、苦虫を噛み潰したような顔になる"賊学"のヘッドさんだったりするのである。あの時にくれた携帯電話は確かに新品であったのだが、どこをどう細工してあったやら。使い始めると電話帳のトップに"ヒル魔"の文字が浮かび上がり、一日の内で一番の頻度で、傍若無人にも葉柱の生活に割り込んで来ては、
「遅いぞっ!」
「うるせぇな、ガキっ!」
 のべつまくなし、学校や自宅や塾までタクシー代わりに呼び出されている始末である。最初の頃は、また得体の知れない奴にゆーかいされても良いのかよと、それなりの理由がついてたものが、最近では…どっか連れてけ、どっかへ"つーりんぐ"だと、人の都合も顧みず、好き勝手を言いまくるから。結局やっぱり このお子様に、良いように振り回されているような。とはいえ、

  「海に行きたいっ! ルイ、海だ海っ!」

 高らかに"命令"をするお顔は、元気一杯ににこやかなので、

   "………まあ、いいんだけどよ。"

 時々天使になりもする"悪魔っ子"。たまの子守なら案外悪かないかもなと苦笑する、恐持てのお兄さんがいたりするのである。





  clov.gif おまけ clov.gif


 そんなせいでか…いつの間にか、
「…ヘッド、それ…。」
「訊くな。」
 タンデムシートの後ろ端、子供用の補助シートがしっかと括りつけられていたりして。
(笑)






  〜Fine〜  04.7.28.


 *九条やこさんのサイトさま“NOBODY”さんの日記絵に萌えて
  図々しく書いてしまったもので、
  勝手ながらお目汚しにお届けいたしましたの。
  実は続編もあり、何となく続く気配です。
(笑)
  ちなみに、やこさんのトコには、美麗な挿絵つきでUPして頂いてますvv

ご感想はこちらへvv**

back.gif