Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “臥待ち月”A
 



           




 お月見の風習が日本へ伝わったのは、奈良から平安時代あたりと結構歴史が古く、民衆の生活に降りて来たのは江戸時代に入ってからというから、ほぼ“七夕”と同んなじですね。そもそもは中国全土のあちこちで催されていた里芋の収穫のお祭りが、唐代の宮廷行事へも取りいれられた…のが初めとされているのですが。旧暦では七月・八月・九月が秋になり、その真ん中の八月を“仲秋”と呼んで、それぞれの満月の晩を節日とし、月を拝んでは宴を開いていたのだが、そんな中の、中秋節の月を特に“十五夜”とし、供え物をして祝うようになった。これが今の暦でいう九月の“十五夜”の起源である。お団子を供えるのは里芋が転じたものだろか?(ちなみに、中国では月餅を供える。)日本で独特の風習には、この後の旧暦の九月十三日にも“十三夜”というのを拝まねばならないとされているものがあり、片月見は縁起が悪いとされているのだそうで。十五夜では小芋を供えるが、十三夜には枝豆や栗を供えるので、十五夜を“芋名月”十三夜を“豆名月”と呼びもする。ススキを供えるのは穂を“稲穂”に見立てているそうで、望月へ五穀豊饒を祈るという意味合いもあったのだそうですよ?

  「とはいえ。」

 まだ時節が早かったのか、夜も更けてからやっとのことという少々お疲れの体で現れた、黒の侍従こと葉柱が差し出したススキは、まだまだつやつやと瑞々しいまでの若い穂が、どれもこれも銀色に光っているものばかりであり、あのいかにもふわふわとした穂花が開いているものはない。
「これでも随分と北まで出張ったんだがよ。」
 たった1日…正確には復路込みになるから半日という期限では、いくら彼が亜空を乗り継いでの“遠出”が可能な身でもさすがに限度があったようで。どうせならもうちょい早いめに言えってのとぶうたれながら、セナが用意した冷たいお水で、埃まるけになった顔やら髪やら足元やら、ざっと清めて上がって来る。
「まあ良いわ。何も穂が開いていなければならぬ訳でもあるまいしな。」
 形さえ整っておれば良いと、勘気が強くて気も短いお館様にしては、なかなかに融通の利いたことを仰せだが。
“そういうことを言い出すんなら、何も遠出させんでも、そこらのもっと若いので間に合わせても良かったんじゃねぇのかよ。”
 あっはっはっは…vv そか、そういう解釈にもなりますかね。やれやれとセナが差し出す清水をあおり、喉の渇きを落ち着かせておれば、蛭魔が彼のもう一方の手にあった荷にも気がついて。
「そっちは何だ?」
「ああ。何か秋らしい花でもあればと言っておったろう。あいにくと“七草”とやらは覚えておらなんだのでな。可憐で目立った花だったのをついでに摘んで来た。」
 曼珠沙華こと彼岸花にもまだまだ季節は早かったらしく、蜥蜴の総帥さんが差し出したのはいかにも秋の澄んだ空には映えるだろう、一掴みの秋桜の花束で。
「そうか。」
 本当に“ちぎって”来たんだなと思わせるような、茎の折り方をされていた花たちで。だが、大地の精霊、自然界に存在を認可されているところの
(?)由緒正しき(??)陰体の彼だからか、力なくも萎れたりした花はない。
「まあ、お前が七草を探したならば、何を勘違いしてか大根と蕪を持って来そうだしの。こっちの方が見栄えは良いが。」
 働きを褒めるより前に散々なお言いよう。まま、これもいつもの彼ならではな口の利きよう。いきなりしおらしくなって“ご苦労様だったな、ありがとう”なんてな、ねぎらいのお言葉を下さったりしたりなば。熱でもあるんじゃなかろうかと屋敷中が引っ繰り返るか、若しくは、途轍もない天変地異の前触れなのかもと、家人たちが真っ先に京の都から逐電してしまうこと請け合いだ。
“…そこまで言うか。”
 だってさぁ。
(どきどき) …脱線はともかくも。程よく煮られた小芋も、ついでに可愛らしくも丸められた団子も揃えられ、濡れ縁に出された塗りで高脚の経書台を奉納用の供物台の代わり。お供えを三宝へと載せ、ススキと秋桜は細長な壷があったのでそこへと差して立て。さてと、突貫で準備の整った“お月見”が始まりはしたのだが。

  「………………………。」
  「………………………。」
  「………………………。」

 何処からともなく響いて来るのは、秋の虫たちの清かな声、また声。空もすっかりと夜の藍色に塗り潰されて、そこへと昇るは真珠色の艶やかな望月。
「十五夜が必ずしも満月とは限らないそうだな。」
「え? そうなんですか?」
 らしいぞ、何しろ所詮は人間が勝手に取り決めた節句だからな。そんなこんなな、月見にまつわる蘊蓄話で場つなぎをしていられたのもほんの数刻。こんな風流に関心なんて全くないこと、誰もが知ってる短気なお館様であり。飽きるのにどのくらいかかるかな、まま、セナ様も同座なさっておられるから、大人の余裕を見せての一時
(2時間)くらいは。いやいや、何となれば“子供は早く寝ろ”とか言い出しかねないお館様ぞ。そうだったな、それじゃあ半時も保たないかも? 家人たちがそんな賭けをしていようとは…気づいているやらいないやら。
「おい、葉柱。」
 ああやっぱり、もう飽きたのかと、それこそこちらから早々と察してやれば、豈
(あに)はからんや。
「これを吹いてみろや。」
 ほいっと。この大きさにもかかわらず、放物線を描いて放られたのは、錦織りの細長い袋。何か堅いものが入っているらしくて、大きな手のひらで難無く受け止めた葉柱は、だが、感触で中身が既に判ったらしく、何とも言えぬ渋面を作って見せる。だが、
「どうしたよ。」
 逆らうことは許さんぞという意志の籠もった、いやさ、従って当然で、何か不都合があるのかとわざわざ伺って下さる心優しき盟主様へ。黙ったそのまま、口をくくった綾紐を解いて、底へと手を当て中身を押し出す葉柱であり。皮を剥かれたように現れ出でたのは、
「笛?」
 燈台の火皿で躍る炎の明かりを受けて、つややかに濡れているよに表面が光る、それは綺麗な塗りの細身の横笛。俗に“竜笛
(りゅうてき)”と呼ばれている笛であり。セナがきょとんとし、御指名されたご本人、蜥蜴の総帥殿の方をついつい見やった。柄ではないとまでは言わないが、それでもでも。屈強精悍な体躯の彼には、豪力自慢の腕力勝負や大剣を叩きつけ合っての大乱闘、咒を扱う仕儀に関わるにしても豪快な技を得手とばかりに、やっぱり暴れ回っている姿しか思いつかずで、
「こないだ吹いていたろうがよ。」
「あれは俺じゃあ…」
「ないとは言わせねぇ。」
「お前、さては狸寝入りしてやがったな。」
 話の輪郭だけを拾うなら、いつぞやにか、葉柱が笛を奏でていた晩があったらしいのだが、彼自身はそのこと、あんまり広めたくはないのであるらしく。
「何もお前にだけ恥をかかそうというのではないさ。」
 そう言うと、すっくと立ち上がって。広間の中ほど、灯台を増やした光の中へと、すたすたと進み出る。白くて形のいい爪先が、深色に沈む板の間の上、縁を白々と浮かび上がらせてすべり出す。
“わ、わ、わ〜〜〜vv”
 能楽が大成されるのはもう少々後世の、中世後期に入ってから。この時代だとまだ、神様へと奉納する“神楽舞い”というところだろうか。白い小袖の上へ重ね着ていた、浅青の縹
(はなだ)の単(ひとえ)。袖に引っ込めた右腕を懐ろの中にてぐいと突っ張って、胸元の合わせを緩めると、上の単だけを片肌脱ぎにした蛭魔であり。女性と違って伸ばした髪にてうなじを隠していない分、白くて伸びやかな首条が一気にあらわになり。月光を受けて真珠色に染まった細首やら薄い肩が、何とも艶やかで目映いほど。そうやって体裁を整えたところへ、そう来るのならと観念したのか、葉柱もまた竜笛を構えると唇を添える。月光の満ちる中、ゆるやかに、そして鮮やかに。冴えた夜陰へとするんと蕩けてそのまま遠くまで、何処までも届きそうな美しい笛の音が雅な名曲を奏で始める。すると、

  ――― たんっ、と。

 板張りの床、まずは軽やかに踏みしめてから。桧扇を半分ほど開いての構えといい、どう見ても我流の舞いであるらしかったが。切れの良い直線の動きの端々に、優美な所作の妖冶なところが ふんだんに散りばめられており。女舞いとも男舞いともどちらとも言えぬ、中性的な凛々しさや伸びやかさが小気味の良い、そうでありながらも、ハッと惹きつけられる蠱惑の色香も孕みながらの、妖しき舞いが、こともあろうにこの蛭魔によって披露されたものだから。

  「はや〜〜〜。///////」

 それは嫋やかにして美しい、妙なる笛の音とお見事な舞いと。他に聴衆も観客もいないまま、自分一人で満喫させていただいても良いのかしらと。のぼせたようになり、うっとりと見ほれていたセナだったのだが。

  ――― え?

 ふわり…と。いつの間にやら広間の中まで躍り込んでた月光を受けて、蛭魔の白い肢体が尚のこと白く光り始めたような気がした。それなりの綾錦をまとっておいでだから、その衣紋が月光を浴びて眩しいのかなと思ったものが。じっと凝視しているうち、そうではないのだと気がつく。袖から伸びて宙を優美に舞う、ほっそりと撓やかな腕が、繊細な指先が。襟足にこぼれる後れ毛の艶やかな白いうなじや、月光を弾いて輝く純白の小袖の、白い衿が斜めに交差した胸元の切れ込みから覗く、そりゃあなめらかな白磁の肌が。中からも朧ろな光を放っているかのように、どこか神秘でどこか妖しい、得も言われぬ存在感を醸し出す。
“…お館様?”
 脇から背へと避けられていた片袖が、聖なる天女の羽衣もかくやと なめらかに躍っては、彼の優雅な動作を追いかける。そしてその残像が…青い月光の中で柔らかな光を帯びる。桧扇をあおる、ゆるやかで嫋
(たお)やかな動きにも、不思議な光はまとわりついていて。かすかな風の流れにあおられた月光たちが、金髪の術師殿の周囲へ ちかちかと撒き散らかされ、典雅な動きに揺れては さわさわと一緒に躍る。そしてそして、その光を浴びた供え物のススキが不意に…キラキラちかちか煌めき出して。まだ若い穂であったものがふわりふわりと綿毛のように膨らみ出すと、ぽんっと弾けてそのまんま、青く濡れてる庭へ庭へと流れてゆく。
「わぁ…。////////」
 光をはらんだ粒のような、穂花の群れが宵闇の中を舞う。蛍のような大きさや躍動はなく、だが、ただ月の光を反射させているだけというよな頼りなさでもなく。金の真砂
(まさご)か、それとも天の銀河の飛沫が舞い飛んで来たったか。荒れ放題の庭のそこここに蹲(うずくま)る茂みの上を、金色の細波が躍っては弾けて。中秋の冴えた夜陰の中に展開される、幻想的な風景がキラキラとそれは美しく。
“…これって、本当の景色なんだろか。”
 供物を載せる高脚の奉台の上、細身の壷へと無造作に差し込まれた秋桜の花束もまた、夜風に揺れつつその相好を変えてゆく。適当な一株をちぎって来たそれだったからだろう、まだまだ堅い蕾の多かったはずが。風に乗って流れて来た光の粒に触れると、青く堅そうだった蕾たちが次々に張りを増し、瑞々しくも柔らかい、べろあのようなその翅
(はね)を、慎ましい速度にて…次々に。濃紅、純白、緋に深赤と、色とりどりの花を咲かせる。堅い蕾や藻のような葉茎の方が、断然多くて野暮ったかった緑々の花束が。気がつけば満開の、秋の桜花と見まごうばかりの、絢爛豪華な艶やかさ。深みのある濃藍の、夜陰の帳(とばり)を背景に、冴え渡るは竜笛の響き。風と月光を操るは、麗しき美丈夫の舞い。随分と夜も更けて来たせいか、少ぉし眠くなって来た小さなセナには、自分が見て聞いて触れている全てが、本当に現実の、実在するものの姿・有り様なんだろかと。怖いくらいの美しさへ、すっかり呑まれて…はや夢心地になっていた。
“凄いなぁ。ボクも先々では、あのくらいの見事な咒が使いこなせるようにならなくちゃなんだ。”
 きっと楽しいのだろうなとワクワクして来る。勿論のこと、怖い邪妖を鎮めたり、荒らぶる大地の気脈を宥めたり、大変な仕儀だって一杯こなせなきゃいけないのだろけれど。どちらかといえば、セナは…土地を清めたり邪妖が寄りつかない障壁を張ったりと、そっちの方の咒に関心が深い。逃げるのではなく、でも。余計な衝突をして、疲弊やとばっちりという少なくはない被害を出すよりも、出来る限り穏やかに、荒ごとを起こすことなく済ませられた方がいいのではなかろうかと。甘いかもしれないがそんなことを“まずは…”と考えており、そうしたら…こんな優しい、綺麗な術だけしか必要でなくなるのかもと、何だか無性に楽しくなってしまったらしい。いつしかセナくん、くうくうと夢の中。とっても幸せそうな笑顔のまんまで、お館様に掛けていただいた袙
(あこめ)にくるまり、小さくなって眠っておりました。



  「…まあ、このくらいの咒を披露してやりゃあ、
   やれ未熟だ芸なしの口ばっかりだ、好き勝手言ってやがった筋の輩も、
   恐れ慄いて少しは大人しゅうなろうさ。」


   ――― おんやぁ? それって一体、どういうことなんでしょうかしら?







            



 荒れ放題でもそれなりの恩恵はあってか。そこここの浅くはない茂みから、虫たちの声が再び涼しげな音色を響かせている。先程までは、蜥蜴の総帥殿の奏でる笛の音に彼らまでもが聞き入っていたのか、竜笛から彼がふと唇を離した刹那、妙に森閑とした静謐(しじま)が広がって、二人がついつい“おやや”と感じたほどだったが。我に返ったかのように、本来の主役たちが慌ててお仕事へと盛り返し、今は常の静かな夜へと、装いも雰囲気もすっかりと元通り。

  「で? 何であんな、月見の宴なんてもんを、
   それもきっちりと型通り、
   ススキじゃ秋桜じゃ摘みに行かせてまでしてやらかしたのだ?」

 小さなセナがこっくりこと、お舟をこぎ始めたものだから。彼の憑神を呼び立てて、風邪を引かぬようにと寝所まで下がらせて、さて。その折に、ついでにと運ばせた酒を酌み交わしながら、思わずの名演奏をご披露してしまった邪妖の総帥殿が、改めて術師殿へと問いかける。
「酔狂にも舞いまで披露しおってよ。嵐でも来んじゃねぇかと、内心で恐れ慄
(おのの)いてたぞ、俺は。」
 確かにあまりの優美さへは見惚れたが
(おいおい)、さっきまでは全くの素面(しらふ)でもあったのだから、酔っ払っての前後不覚や醜態ではないのは明らかで。自分の性分に雅楽を嗜むという洒落た要素が不似合いなように、あんなことをいきなりやらかすようなほど“お祭り野郎”の浮かれトンチキな蛭魔ではなかった筈。朝一番に呼び立ててのお使い以降、何だか訝(おか)しい“盟主”殿。さぁさキリキリと白状せぬかと、視線で圧(お)せば、

  「何だ、まだ気がついておらなんだか。」

 それこそが愉快と言わんばかり、唇の端を持ち上げていつもの顔にて にやりと冷たく笑って見せる。
「???」
 こちらはきょとんと、そのぎょろりとした目許を素のまま瞬かせる葉柱なのへ、尚の苦笑を洩らしてから、
「先日来からウチの下働きにと、高見の伝手だかで来ていた若い舎利
(とねり)だか舎人(くろうど)だかがおったのだがの。」
「おお、セナ坊から聞いた。若いのに物知りで物腰も優しく、骨惜しみをせぬ働き者とて、庫裏ではせいぜい頼りにされておるとか。」
 屋敷の内情にもきっちり通じている、妙にマメな邪妖さん。今時そうまで働き者とは感心なことよと、のほのほ笑って見せたものの、
「そんなにも良く出来た者が、何でまたウチのような化け物屋敷にやって来る?」
「はい?」
 当の蛭魔は“笑っておる場合か”と、こちらさんもまた打って変わって口許を尖らせてしまい、

  「あれは、どこぞの公達だか権門だかの密偵ぞ。」
  「………本当か?」

 おや。それはまた、意外な展開ではありませぬか。確かに敵の多い彼ではあったが、こうまで間近に敵の布石が寄ろうとは。だがだが、当のご本人、そりゃあ楽しげな苦笑をその口許へと復活させると、
「それが証拠に、今頃は。舎利の頭への挨拶もないまま、荷物を絡げて大慌てで逐電しそうなほど腰を抜かしておるからの。」
 そのくらいの気配なぞ、離れていたって読み取れるのだろう。それにそれに、庫裏にて何を蹴散らしたのやら。がらがら・こんかん、がっしゃん、がちゃがちゃ。いかにもけたたましい物音も響いて来たから、
「…判りやすい奴よのう。」
 葉柱が分厚い肩をひょいとすくめて見せた。何故、そんなことになっている彼なのかは、改めての説明も要るまい。
“ここでの魔呵不思議をたぁ〜っぷりと覗き見させたか。”
 その下準備、自分をまずはと遠ざけがてら、まだまだ青いススキや花々を集めさせた。日数に余裕があったなら、もう十分に時期を過ごして満開のものを持って来かねなかったから、今朝一番なんて切羽詰まった言いつけにしたのだろうし。葉柱を遠ざけたのは“標的”の不審な行動を嗅ぎ取られ、何かしら半端な形で遠ざける細工を繰り出されて、割り込まれたくはなかったからだろう。そして、広間に大仰なまでの支度を突貫にておっ始め、月見の宴と洒落込んで、黒の従者ともども何を始めるつもりなのかしら?という格好にて、相手の好奇心を煽るという罠を仕掛け、あのような“不思議”を見せつけた。
「大方、本当にあそこまでのことを起こせる咒なんてもの、これまでに見たことがなかったのだろうさ。」
 葉柱が鼻先で息をつきつつ嘲笑えば、
「ああ、そうかもな。我ら術師を占いとか方位の吉兆を断じるとか、そういった“陰陽五行”の知識を人より多く持っている、学者か博士のようなものとしか思ってない奴も、今時には多かろうからの。」
 確かに…内裏という“役所勤め”にて求められる能力といえば、そういう類いのものではあるが。そして近年においては、さまざまな学問や思想によって、はたまた遠い世界の記録や見聞によって。所謂“神憑り”なあれこれは、非科学的・超自然的なものとして、実証の世界観からは葬られようとしてもいて。

  ――― けれど、でも。

 例えば、此処には葉柱という存在が確かに居るのだし、蛭魔やセナには、実は憑神の進へと呼びかけ、用向きを話しかけることも出来る。これまでの幾度か、得体の知れない邪妖や悪霊を壮絶なる戦いの末に封印したり退治して来たのだし、それらは彼らにとっては揺るがせることの不可能な現実の“事実”に他ならないのであって。
“…それに。”
 どんなに科学が進んで、どんなに不思議現象が解析されても、人伝てで様々に語り継がれる怪談やら迷信やら、いわゆる“都市伝説”とやらを実
(まこと)しやかに信じる心もなかなか絶えないから、人っていうのは結構可愛い生き物で。
「知識や論理が先行していた奴だったなら尚のこと、計り知れなさへの度合いも大きくて、底無しに怖かったのかも知れんやな。」
 さして専門的な知恵やらを備えぬ純朴素直な者であったれば、驚きはしても…ははぁ陰陽の術師というのはこんなことが出来る人かと、案外あっさり呑めて流せたろうにと、随分と勝手な言いようをして笑ってから、


  「知っておるか?
   日本の月見は来月の“十三夜”と併せて真っ当扱いなのだとよ。」
  「げ…。じゃあ、来月もやるのか、これ。」
  「しょうがあんめぇ。」


 またぞろ恥ずかしい笛の演奏をお広めせねばならぬのかと、大きな手で後ろ頭をごりごりと掻いて見せる葉柱へ。からかうような高笑いをするでなく、それは柔らかにこっそりと微笑って見せた、陰陽の術師殿であったれば。涼やかな夜風がふわりと髪を揺すぶって。その髪と同じ色の月光に映える白い顔容
(かんばせ)の、それは幸せそうだったこと。誰の眸もないところでばかり、一番に綺麗なお顔を見せる、やっぱり臍曲がりなお師様であったようでございます。






  〜Fine〜  05.9.19.〜9.20.


  *あああ、惜しいっ!
   日付が変わるのと競争になってしまいましたです。
   急に朝晩が涼しくなりましたね。
   昼間との気温差にはどうかお気をつけて下さいますように。

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