豊かな実りを大地が言祝ことほぎ、秋の野山を鮮やかに彩った、七彩夢幻の金紅錦景もすっかりと褪めすたれ。今や枯れ野の広がるばかりの、単彩森閑とした冬が来たりて。その深まりとともに、陽が落ちるのも早まって、気がつけばあっと言う間に辺りはとっぷりと暮れている。昼間も随分と寒くはなったが、それでもまだ陽があるだけ何とかしのげる。寒風吹きすさぶ宵の暗い中を、とぼとぼと辿る家路はなかなかに侘しく。帰りついた先に、暖かい囲炉裏端やら灯火の明かり。やあお帰りと迎えてくれる家族でもいなけりゃあ やってられない、人恋しい時節と相なった。
「そういえばこのところ、ほれ、
行方の知れんようになった者の噂がちらほらと。」
「何だなんだ、そりゃあ。」
「どこの小伜の話だよ、おい。」
峠に近い小さな祠ほこら。今や守り人もないままに朽ち果てて、何を祀まつっているのかさえ判然としない古さの社やしろの前に、猫の額とはこのくらいかという狭い空き地がちょこりとあって。少々みすぼらしいいで立ちの、寒村の衆だろう男ども。夜回りの集まりだろうか、小さな焚き火を真ん中にしての輪を作り、粗末な下履きの膝小僧を擦りつつ、他愛のない世間話で寒夜の無沙汰をやり過ごしている模様。
「いやそれがな? 子供の話じゃあなくってだな。」
「なんだって?」
「結構 年経た爺様までもが、姿をちぃとも見んようになっての。」
「かかか…。そりゃああれだ、惚けた爺さんが出先でうっかり迷子になったってだけの話じゃねぇのかよ。」
「そうかなぁ。」
笑ってていいことじゃあなかろうに…と、窘める者はなく、
「けどま。この御時勢に、惚けるほどにも長生き出来て、それもそれなり、結構なことじゃあないかよ。」
そんな言いようをする者がいるのへ、うんうんと尤もらしく頷く者が少なからず。
「住まいにくい世になったものよの。」
「ああ。かつては我ら、京の都にも広く名の知れたる、豪の一族のその眷属だというのによ。」
「人の世も安寧し爛熟し、付け入る隙もあちこちに、具合よくもほころびかけて来たってところへ。」
あ〜あだなと、揃ってがっくし肩を落としたところを見ると、いづれ名のある権門の血統の成れの果ての者共なのか。かつての栄華を懐かしみ、溜息しきりにぼやいていたが、そんなところへ………か細くも。寒風に運ばれて、どこやらから聞こえて来る声があり。
――― ♪♪♪〜♪
はっきりとは聞き取りにくいが、どうやら…子供が口ずさむ手鞠唄のようでもあって。
「…こんな夜中にどこの子だろうか。」
「さあな。」
彼らの周囲を取り巻くは、持ち主の家系が絶えたそこから、手入れも入らぬままに放置され、深さを増した雑木林で。杉やらツゲやら常緑の木々の、葉を落とさぬままな梢がしきりとざわめく。容赦のない突風が来るたびに、それらの影が妖しくも黒々と躍る。夜天の紫紺を尚のこと深い闇が縁取って、それはそれはおどろに不気味で落ち着けず。
「…おい。」
子供を放っておくのも何だと思ったか、それとも…此処で得体の知れない想いに背後を気にしているよりはマシかもと見切ったか。男衆たちは顔を見合わせると、示し合わせて立ち上がる。
――― さっきの話の続きだけどよ。
何だよ、爺ィの迷子の話か?
居なくなってるのは皆、結構 位の高い爺様だそうでよ。
…位の高い?
ああ、光明池のアオ爺様やら、竜ヶ淵の霧丸さんやら。
ちょ、ちょっと待てって、そん人たちゃあ…。
群雲に隠れていた月。空の高みにも風が吹いたか、雲が流れて。薄紙が徐々に剥がれてゆくように、青い月光が地上を照らし、物どもの輪郭を研ぎ澄ます。数人の団子の後方で話の続きに気を取られていた何人か、少し足並みが遅れたのにも気づかずに、先頭の数人が…まずはそれに気がついた。鬱蒼とした林に挟まれた、少しは名残りもある古街道の端あたり。種も判然とはしないが結構な枝振りの常緑の大樹があって、夏の陽盛りを避けたり、夜には焚き火を炊いたりと、旅人が息をつくための塚代わり。それは重宝されていたのだが。都が栄えたその反動にて、こっちの街道はすっかり寂れ、この樹の根元にも人の行き来は絶えて久しく。下生えの草が擦り減ることもなく伸びたまま、大樹の根元を覆っている。そんな木陰のどこやらかに、か細い声の主はいるようで、
――― ととさん、かかさん、何処へいた。
ねんねこ置いて、里へいた。
坊にのませる、飴買いに。
ととさん、かかさん、里へいた。
あまり聞いたことのない唄で、どちらかと言えば子守歌のようかもと、小首を傾げてそれでも歩みを間近へと運べば。
「………お。」
歌声が途切れて、しんと静まり。月光に照らされし路傍樹の、よくよく茂った枝が梢が。不意に吹き来た風にあおられ、ここからはたいそう遠い海の潮騒にも似た調べを、ざざん・ざわざわと響かせる。大人が数人で居たっても、どこか不気味な佇まい。それでも此処まで来たのだからと、
「お、お〜い、童っぱ。そこにいるのか?」
樹の下はより深き闇溜まりにて、どんなに目を凝らしても、月光さえ貫き通らぬ漆黒の中。誰ぞの気配さえ届かぬは、あたりを巡る風のせい。
「そこで何しておるのかの?」
声をかけたが、やはり返答はなく。
「親御が心配しておるぞ?」
「そうじゃ、そうじゃぞ? ささ、我らと一緒に里へ戻ろ。」
ふたたびの群雲が月をおおいかかったか。下界を冴えた青で満たしていた光が、ほんのわずかほど褪めたけれど。すぐのように、それを吹き払う風が来て、今度はもっと鮮やかに明るく、真珠色の光があたりを濡らす。枝間にもいくらか、その光が突き通ったか、樹の根元にも誰ぞの姿がちらりと覗け。たいそう小さな影であることへ、寄り来た男衆たちが、顔を見合わせ………にやりと笑った。
「さあさ、怖ぁないぞ? 出ておいで。」
「我らが送ってゆくからの。一緒に里へ戻ろうぞ。」
小さな童だ。きっと柴を刈りにでも来た近在の農夫の子だろうよ。親を追って山に入ったはいいが、帰り道を見失ったか。きっと柔らかいのだろうよな。おおよ、都に間近い里の子ならば、きっとよお肥えておる。わくわくと胸が弾むせいで、ついつい声にも甘い優しい響きが入り交じる。早く出ておいで、そこは寒かろう。我らが囲んで温めてやろうぞ。嬉しそうに逸る声音の弾みようへ、解釈違いにもまんまと絆ほだされたのか。風の音とは別口の、小さな足音がさくさくと響く。大樹の木下の闇溜まり。そこから出て来る気配があって、待ち受ける者共の鼻息が荒くなる。もう何月、食うてないかの。蛙やネズミは土の下、ウサギやキジとて滅多に出会わず、そりゃあひもじい想いをしていた。そこへともって来て、仲間の失踪。年寄りほど用心深い筈なのに、それが消えたとは奇妙(けぶ)なことよと、つい先程まで語っていたのを。………彼らは、思い出すべきだったのかもしれない。というのも、
「日輪の弟御、月夜見の神様。その御神光よ、此処に奉る奉る。」
さっきまでは手鞠唄を口ずさんでいた同じ声。それが今度は…何やら四角い詞を詠唱し始め。それへと“んん?”と怪訝そうに首を伸ばした輩たちを、後ろから一気に突き飛ばした、凄まじき突風が一迅。
「どわっ!」
「何だなんだ!」
不意を突かれての将棋倒し。自分たちを突き飛ばし撥ね除けて、強引に通り抜けた何物かがあって、それまで向き合っていた自分らの先を越し、樹下にいた誰かを目がけて翔けてったと分かったのが、一刻ほど後のこと。
「ちっ。」
「待てっ!」
「そいつは俺らが先に目ぇつけた獲物だっ。」
人の姿は仮のもの。人里離れたこんな僻地へも、本当に偶に迷い込む者がある。これでも昔はちゃんとした街道があった土地だけに、近隣にも里が幾つかは残ってて、遠くからそこを訪ねる者もいる。それらを惑わし捕まえて、惨くも贄にしている輩。邪妖の本性あらわにしつつ、魔物の群れが林を駆けゆく疾風を追いかける。
「…くそっ、なんて逃げ足だ。」
不規則に居並ぶ木々の間隙、それは巧みに掻いくぐり。まるで早瀬を鮎が泳ぐよに、なめらかにして迅速な、無駄のない疾走はまさに風の如くの鮮やかさ。しかもしかも、その相手。月光が気まぐれに織り成した、幻のような頼りない存在では決してない。大きな背中に力強き存在感をたたえ、懐ろにしっかと抱えし小さな主人を、窮屈も不安も感じさせぬままに守り切っているが故、
“ふやや…。なんか、暖かいから眠たいですよう…。”
いい匂いのする進さんの懐ろは、それでなくたってとってもとっても落ち着くから。小さな書生の瀬那くん、手筈どおりにちょっぴり寒いところで立っていた反動もあって、とろとろとおネムに入りかかっているほどならしく。
――― はい。皆様には、お待たせ致しました方々でございますvv
それは軽快に、余裕の疾走。何だったらこのまま加速を増して、京の都のあばら家屋敷まで、一気に次空転移で駆け戻ることも容易い憑神様なのだけれど。それだと打ち合わせからは外れてしまい、後で主人が叱られるから。少々手を抜いてのおびき寄せ。別な意味からの何だったらで、こんな小者たちなぞ いっそ自分が一遍にからげてやってもいいのだが。それもまた勝手なことをするんじゃあないと、我儘な術師が怒り心頭、その後での八つ当たりをセナへも振りかけるに違いなく。ことが主人へまつわることへなら、そういう融通、少しは見通せるようになった武神殿。枯れ落葉の降り積もる、ずんと安定の悪い足場もものともせず、段取り通りに獲物たちを、大勢のまま引き連れて…目的地まで。
“猟犬に追われし、狼か虎のような模様だよな。”
小賢しくも煩わしいばかりな、小者たちに取り巻かれ。どう手加減をすればいいのやらと、そっちの方向で辟易し困惑している猛禽のように。王者の風格さえ保ちつつ、打ち合わせた地点までの疾走を果たしてくれた武神様へ、
「…ご苦労。」
短く呟き、すれ違う。雑木林のただ中に、ほんの僅かほど拓けていた空間。夏の間ならば、ここにも緑の梢が蓋をしていただろうところへ、今は降り落ちる月光がその場だけを青々と刳り貫いており。闇にも等しく鬱蒼としていた只中へ、不意に切り抜かれた目映い空間。疾風のような勢いのまま、青年が駆け抜けていったその後に、こっちを向いて若者が一人、端然と佇んでいるのが見えて。
「…何奴だ?」
「さっきのの仲間か?」
もはや人の姿も怪しく崩れ。どす黒い肌に瞼のない目、長い爪やら口の端から覗く牙やら。浅ましい姿に戻りかけの邪妖らが、ごぼごぼ・ぎいぎいと耳障りな声にて不平を鳴らし。さすがに、真っ向からこちらへと向いている相手、警戒してか歩調を緩めて…半円の陣を敷く。そんな輩を一瞥したは、月光に冴え映える錦の襲かさね、少し細身の狩衣をまといし、まだまだ若輩の青年が一人。この国の者とも思われぬ、金の髪に金茶の眸。どこぞの姫かと見紛うほどもの真白き肌をし、その体躯もまた、風にしなう若竹のごとくに嫋やかなため。発育の足らぬ貫禄もない未熟者よと、軽ろんじられかねぬ風貌に見えもするのだが。その眼差しの冴えは、冷たい威容さえまとって鋭く、烈にして鋭。頬や顎の線の細い、悪く言って削いだような細面ほそおもての面差しの。月光を浴びたるその拵えの、何とも言えぬ妖冶なことよ。伏し目がちに細められた目許には、憂いとも艶ともつかぬ妖しの影がまといつき。それに反して肉薄な口許には、一つ間違えれば淫靡な色香さえ滲み出しそうな、何とも印象的な表情が浮かんで笑みを食むばかり。ただの人でも複数の多勢。今や異形の姿も隠さぬ、禍々しいばかりなそれらの群れに、殺気もあらわなまま取り巻かれておるというに。欠片ほどにも怯えるでなく。むしろ迫力さえ発しての立ち姿。こうまで妖麗な貴公子には行儀の悪い懐ろ手。それが内から押し割った衿元の重ねから現れたるは、真白き指先に挟まれし、少しほど古びた咒弊がたったの一枚。研ぎ澄まされた刃でも出るかと警戒していた輩たちが、思わずのこととて吐息を洩らし、
「よくよく見れば、貴公もなかなかに食いでのありそうな御仁よのう。」
「ほんに。よほどに聡明そうな御方とお見受けするが。」
そんな徳のある者を食べたなら、さぞかし寿命も延びようぞ。勝手な言いようをし、ぐふぐふ笑う下賎の者らの一団を、ただただ黙って眺めていたうら若き術師殿。………ややあって、
「…つまらんの。」
心からの虚脱感と共にそうと呟き、そのままがっくしと項垂れる。
「先夜に対峙した竜ヶ淵の老邪妖なぞは、まだ矍鑠としておって。なかなかの歯ごたえがあったというにの。」
それが束ねておった土地。さぞや力の有り余りし剛の者、ぴっちぴちの熟した邪妖らが居残っておろうと思いきや。一人一人の覇気も知れてる、何とも半端な連中ばかりとは。はぁあだなと、思い切りの溜息をついて見せた、そっちこそとっても異形な若き術師の言いようへ、
「なっ!」
「竜ヶ淵の邪妖だとっ!」
神隠しや迷子ではなかったか。だから言ったろうがよ、このところ妙なんだとよ。意外なところから飛び出した知己の名に、浮足立った邪妖たちへ、
「まあよいわ。今から引導を渡してやるからの。先に逝んで待っておる竜ヶ淵のへ、こってりと説教されて来な。」
それは雅な風体にはおよそ似つかわしくないほど、それはそれは堂に入ったる売り言葉。滑舌よくも投げつけると、その懐ろから取り出した咒弊を、指に挟んだまま ぴんと立て。ふたたびの伏し目がち、何かしらの咒詞を詠唱しつつ、気を練っての集中に入る。どうやら封魔の心得のある青年であるらしいとやっと悟った邪妖ども。
「言わせておけばっ。」
「いい気になるなよ、この小童っぱ。」
この小癪な小僧めがと、いかにも恐持ての形相をそれぞれ思い切り歪めて見せると、めいめいに鋭くも頑丈そうな爪を翳し、牙を剥き出し。大きく力をためた妖気も禍々しく、若木のように清冽な佇まいにてそこに立つ青年へ、四方から八つ裂きにしてやろうとばかりの一斉にと躍りかかった。
――― 吽っっ!
途端に発動したは、七色の閃光。触れれば何かが確実に弾ける、結構簡単な作りのそんな仕組みをまんまと踏み付けたかのような。まさに絶妙な間合いにて、虹色の光がその場を包んだ。径にして五、六間けんほどもの広さだろうか。この過激な術師にしては、さして破格な破壊力ではなかったそれであり。されど、突っ込んで来ていた輩どもには十分に届いた範囲でもあり、
「ぎゃっ!」
「ひぃいいぃぃっっ!」
夜陰にこそこそ巣食う者らだけに、日輪に間近いほどもの激しい閃光にも弱い。真っ向から浴びた者は、ことごとくがその身をほどいて崩れ。辛うじて掠めただけの者らも、その僅かに触れたところから、ほろほろと崩れてゆき、却って恐怖に襲われての苦しい最期になっている。そんな仲間たちを目の当たりにし、腰を抜かしつつもまだ逃げ出そうとする者らもいて。
「ぎゃあぁっ!」
「い、いやだっ! 死にたくねぇっ!」
彼らの悲鳴を聞くにつれ、勝手なことをほざくなと、蛭魔がその口許をやや引き歪める。
“お前らが襲った迷子や旅人は、そんな風な命乞いをしなかったとでも言うのかよ。”
似合わないのが分かっているから、今更“正義の味方”を気取る気はないが。それでも、こういう場面に遭うと、どうせなら徹底して“悪党でございます”と、憎々しいままで逝けよと思う。
“見苦しいのもまた、小者ならではなのだろうかの。”
やれやれと溜息をつき、懐ろへと手を戻して、自分の衣紋を整えながら、
「…こぼれたのは、任せる。」
気のない口調で呟けば。腰が抜けかけの、浮足立ちのしながらも。それでも…術師の青年が追っては来ぬような気配だと素早くも嗅ぎ取って、残りの邪妖らが意気を盛り返し、この場は何とか、一目散に逃げ延びようとなりふり構わず駆け出しかかるが、
「残念だったな。」
青年から少しでも遠のこうと、来た方へと引き返しかかった邪妖たち。その進行方向に、いつの間にやら…退路を塞いで立っている男がいて。月光を浴びたるその姿、屈強にして豪であり。術師の青年よりもずっと恰幅もよく、こちらも襲かさねの狩衣をまとってはいるが、それでも分かる精悍さの何とも重厚で頼もしいことか。首元から肩から胸板からと頑丈そうに隆と張った筋骨と、ぎゅぎゅうと引き絞られた腰の強かさ。そこへと守られし者には限りない安堵を与え、対峙した者には何とも恐ろしい存在感に満ち満ちた、それは強靭な眼差しに射竦められたそのままに、
――― 斬っっ!
夜陰を引き裂く、青銀の疾風一閃。どんな間合いで鞘から払われ、どんな太刀筋で襲われたかも、きっと判らぬままだったろう。這うようにまろぶように、命からがら逃げを打った取りこぼしを全て。狩衣の袖を鋭くも翻しつつ、自分の腕の延長よろしく、右に左に鮮やかに振るった精霊刀にて、見事に成敗してしまった黒の侍従こと葉柱であったのだけれども。
「…くぉら。」
「何が“くぉら”だ、何が。」
せっかくきっちりと仕留め終え、型通りに刀を鞘へと収め切り、ふっと呼吸を緩めたばかりの丁度その間合い。いきなり向背から、しかも後頭部へと。げしっと沓の底をあてがわれては、いやさ、お見事に蹴り押されてはねぇ。(笑) 一体どういう料簡だ、くぉらと、された方こそ怒って当然の狼藉だったが、
「お前、今。どれが誰と見極めないままに斬って捨てただろ。」
「あ"? 何の話だ?」
自慢の蹴りでそのまま吹っ飛ばさなかったのは、一応の遠慮かそれとも、言い分を聞いてやろうという彼なりの優しさか。それにしては…怒っておりますと、実に判りやすくも眉間に深いしわを何本も刻んでおられるお館様であり。そしてそして、こちらも負けず。言い掛かりつけてんじゃねぇよと、迫力の三白眼を恐ろしいまでにきつく歪めて、咬みつかんばかりの形相になって睨み返している葉柱さんで。
“…なんか、ややこしいことになってるみたいだなぁ。”
ああまで見事な呼吸の合いようにて。十体以上はいただろう邪妖の群れを、それはあっさりと退治してしまったお二方だと、一体誰が思うのでしょうねと。進さんの懐ろに抱えられたまんまにて、成り行きを見守っていたセナくんだったが、
「さっきの連中の中にっ。
それで場をしのごうと思ってか、素早く俺に化けやがった奴がいたんだよっ!」
「ああ? それがどうかしたのかよ?」
「どれが誰かも見極めず、あっさり切って捨ててやがってよ。
何か? お前は俺が相手でも、ああまで無造作に剣が振るえんのかよ。」
「訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇよっ。
これは“闇の刀”っていって、陰体しか斬れねぇんだっ。
それとも何か? お前、実は陰体なんか? やっぱり人間じゃあなかったんか?」
「やっぱりたぁ何だ、やっぱりたぁ!」
「いきなり怒り出すからだろうがよっ!
それともあれか? 自分が好き好きの自己陶酔型なんか、お前。」
「なんだよ、そりゃあよっ!」
「大体よっ、お前に化けた奴なんてのが、どこに紛れてたってんだよっ!」
「居たんだよっ!」
「居なかったっ!」
何と申しましょうか。実に微妙で、間違いなくお務めには関係のない、思い切り的を外したところでの…もしかしなくともこれは立派な“痴話喧嘩”ではなかろうか。だってね、あのね?
「そんな奴がいりゃあ、いくら俺でも剣を止めてるっ。」
「けどでも居たんだってばよっ!」
「お前みたいに綺麗なのが居りゃあ、俺が見落とす筈がなかろうがっ!」
「………っっ。//////////」
俺はお前よか眸は良いんだ、人間の動態視力なんて問題にならんほどだし、何より夜行性なのは重々知っておろうがと。尚の罵声を重ねかかった葉柱だったが、不意に…蛭魔の気配からそれまでの炎のようだった苛烈な威勢が、そりゃあもう一気に立ち消えたのを不審に感じてだろう。どした?なんて気遣いながら、相手のお顔を無造作に覗き込んでいるところが…天然というか鈍いというか。ご自分が何を口走ったのか、判っておいでではないのかもと。無邪気に笑う小さな主人を優しく抱きしめて、我らは先に帰っておこうと、こちらも妙に気の利く憑神様だったりし。凄腕なんだか、ずっこけなんだか。これでバランスが取れている彼らなのなら、まだしばらくはこんな調子なのかも知れずで。すぐにも来たるべき、底冷えのする厳しき京都の真冬も、その調子でどうぞのほほんとお幸せにお過ごしくださいませねと。ついつい苦笑しつつ思ってしまった筆者の退場にて、今話はこれにてvv
〜Fine〜 05.12.19.
*タイトルはさしずめ、
ふゆのゆうべ やくばらいのからくりばなし、というところでしょうか。
ちょっとはカッコいい活躍を期待して、
お仕事のお話をと構えてみたのですけれど。
もはや彼らには、痴話喧嘩のからまない活劇は無理なのかも知れません。(笑)
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