こんなことがあったかも…
      *89th down 決戦は日曜日 辺りのお話
 

 



  "……… あったくよ。"


 何度目のそれだろうか、やれやれという溜息が零れそうになり、そんな自分へ思わず舌打ち。白い顔のままに眠り続けている相手への"やれやれ"と、今のところは何もしてもやれない相手へ、さりとて放って帰ることも出来ずにいる中途半端に手持ち無沙汰な自分への"やれやれ"と。二つの感慨はどこかしら似ていて、しかもどちらをも持て余している。そんな自分への溜息であり舌打ちである。

  "……………。"

 静かで明るい部屋だ。壁の向こうには微かながら人の気配もしているし、呼び出しだろうマイクを通した声も遠くに響くのが拾えはするが。こちらは入院加療用の病棟だからか、外来のロビーほどのざわめきはなく。清潔な空気の満ちた室内は、シーツや布団の白が基調となっているせいか、ともすれば居心地が悪くなりそうな潔癖さで満ちていて目映いくらい。そんな空間の真ん中。愛想のない顔で眸を伏せて。


  ――― 色白な金髪の悪魔が無心に眠り続けている。





            ◇



 夏休みの間中、一体どこへ行ったのやら全くの音沙汰なしでいて。遠慮も容赦もなく勝手気儘に呼び出されるのにやっと慣れた頃合いだったから、却って肩透かしを食ったような気になって過ごした夏の果て。

  【ウチの校門まで…10分で来な。】

 名乗りもしなけりゃこっちの都合さえ聞かない。携帯を通して久々に届けられた、相変わらず一方的で傲岸な声と口調に。げぇと渋い顔をしたものの、内心では何かが胸の奥、とろりと温かく溶けたような気もしていて。ぶつぶつとぶうたれながらも、またがった愛車はセル一発で立ち上がり、そんな呼応にさえ こそりと機嫌がよくなる自分を癪に思いつつ…矢のような勢いで辿り着いた久し振りの泥門高校前。したり顔でストップウォッチをわざわざ構えて立ってる筈の痩躯が見えず、
『何だよ、そっちが遅刻かよ。』
 呼び出しといていい気なもんだと、アイドリングをかけたままハンドルに肘をかけて待つこと数刻。

  『………。』

 何かが訝
おかしいと、さすがに気づいた。気が短いのは奴が究極の合理主義者だからで、曖昧な同情と同じくらいに時間を無駄にするのが一番嫌い。この俺様を無為に待たすなんて万死に値すると平気で言いそうな人物だから、逆に考えて…遠出、若しくは急ぎの"足"を呼び付けておきながらすぐに姿を見せないってのは 訝おかしかないか? 人を平気で振り回すほど すぐに気が変わる"気まぐれ"でもありはしたが、今日は…我ながら呆れたほどの記録更新じゃねぇかという速さで駆けつけたのだから、それはない。

  『???』

 放課後だから、グラウンドか部室か。どっちにしたって校門からそう遠くはないと、そこは勝手知ったる他所様の学校。そこまで迎えに行くこともないとは思いつつ…何週間も逢っていない、さっき声だけ聞いた相手の姿を無性に確かめたくなったから。エンジンを切ったバイクから降りて、校門の内側へと踏み込みかかって…ハッとした。金網のフェンスの内側。目隠し代わりにか植えてあったツツジのこんもりとした茂みの手前で、上体を斜めにして座り込んでいる存在がある。傍らには薄いバッグが放り出されてあって。愛用のノートPCを入れてある、見慣れた革のブリーフケース。
「…おいっ。」
 薄い肩を揺さぶると、がっくりと前へ折れた首が力なくがくがくと揺れて、意識がないことを物語ってた。そおと伸ばした手で、壊れもののようにすくい上げて触れた額。そのままゆっくり仰向かせると、久々に見る白い顔が…何とも苦しげな浅い呼吸をしつつ、冷たく汗ばんでいるから。熱中症か貧血か、どっちにしたってこんなところに置いとく訳にもいかず。さりとて、他校の人間がここの保健室を訪ねるというのも妙なことのような気がして。ズボンのポケットから携帯を掴み出すと、父親の車の運転手の中から家で待機している筈の若いのに、急いで四輪
ハコで来てくれと声をかけてた葉柱だった。





            ◇



 掛かり付けの個人病院へとかつぎ込むと、予約ではなかったがそれでも顔見知りの院長の大先生が診てくれて。そうして下された所見は………極度の過労ということだった。この数日ほど、食事もロクに取らないほど、睡眠も疎かにして、体も気持ちもフル活動させ続けていたんでしょうね。手当てはしてあるが脚もぼろぼろ、これはかなりの無理をして一気に鍛えた跡でしょうし、眸にひどい充血が見られるのは、PCかな、悪い環境下で酷使しすぎた証拠です。胃もカラに近い状態ですし、この暑い中、よくこれで脱水症状を起こさなかったものだ。近頃の若い者は無謀だと呆れたか、それとも今時の若い者には珍しい一途さだと驚いたのか。何とも言えない苦笑を見せつつ、
『無茶をして体を酷使した余波ですよ』
 安静にしていれば、若いんだ、すぐ回復します。そう言って、看護士に点滴の指示を出してから、部屋を出てったセンセイで。…そうして。点滴も とうに終わったのに。

  ――― 無心な顔のまま、蛭魔は相変わらず、眸を覚まさない。

 言われてみれば、幾らかは憔悴してるかな。何週間も見てねぇからな。余裕で人を見下して嘲笑ってる顔と、威嚇的に目許を眇めて…それでもやはり強腰にも嗤
わらってる顔しか知らなかったから。こんな風に本当に何の表情も浮かべないでいると、ツンと澄ました冷然とした顔んなるんだなと、あらためて知った。………よそよそしい顔だ。眸を開けたら開口一番に"なんでお前そこに居んの"とか、言われそうな気もしたほど。

  "………別に、何から何まで甲斐甲斐しくしてやる義理はねぇ筈なんだが。"

 今にして思えば"売り言葉に買い言葉"。どう考えても相手にまんまと乗せられた格好で、500万のカタにと隷属関係を強いられて…はや数カ月。タクシー代わりの"足"にされたり、奴の企みの一部やアメフトでの練習台にと使われたり、果ては宣伝のための人海戦術にまで駆り出されたりもして。容赦なくきっちりとこき使われて過ごして来たが、どういうものか、それが何だか…苦ではない。俺らの胡散臭い噂は十分聞いてただろうに、最初から怖がってなんかいなかった とんでもねぇ野郎で。そればかりか…義理と理屈に弱く、約束したことは断り切れないのを見越されていて。さんざん無理難題を押し付けられて。けれど、

  『ウチの校門まで…10分で来な。』

 人のケツに火ィつけて、あたふたさせて。まるで大人を振り回して子供がはしゃぐように楽しんでやがるんだろう、してやったりという にんまりとした顔見てるとサ。そうかいそうかい嬉しいかと、何と言うのか…こっちも、うんざりとまではしなくなってて。今日なんて、到着まで10分切ったのを、まんざらでもねぇかなとか思ってたりして。誰かに顎で使われるなんて冗談じゃなかったし、そんなことを俺に向かって構えようもんならと、生意気な奴ァ片っ端からボコって来て。気がついたら余裕で"総番"張ってた俺様だってのによ。

  "………。"

 まだ陽は高いから明かりは灯してはいない。病院側で気を遣ったか、飛び込みが一人で寝かされるには大きめの病室は、上等なランクの個室であるらしく。窓も大きくて、やわらかく降りそそぐ陽の光がほどよく明るい。風を通そうとサッシを少しだけ開けに立つと、背後で…糊の利いたシーツの上、微かに身じろいだ気配が聞こえた。それに誘われるようにベッドへと視線を向ければ、初夏向けにと軽い肌掛けだけを着たその人の、白い顔は相変わらずに動かない。気のせいだったか、それとも寝相を動かしただけか。疚しいところなどこちらにはなかったが、それでもついつい吐息をついて。あらためて間近に見やったお顔には、いやな汗もなく、先程よりずっと穏やかな印象があり、もう大丈夫だなと安堵する。

  "………。"

 健やかな寝息を静かに刻む寝顔に、つい見とれた。日頃は小憎らしいという感慨しか沸かなかったが、思えばこうしてつくづくと眺めたこともなかったような。すっきりとした端正な顔立ちだ。男臭さの薄い繊細な容貌は、日頃だったら…殊の外に怜悧で狡猾な青年だという内面そのままに、強かにシャープに尖っていて、すこぶるつきに挑発的で峻烈でさえあった筈なのだが。今の今、無心に寝入る顔容
かんばせにたたえられている静謐さはどうだろう。わずかほど降ろされた額髪の下、色みの薄い淡灰色の虹彩をした瞳は今は隠れて見えず、切れ長の眸の線に沿って伏せられた睫毛の陰が白い頬の縁に淡く落ちている。細い鼻梁の両側には、ゆるやかな弓形(ゆみなり)のラインがするんと顎まで降りる なめらかな頬。肉薄な口許はゆるく閉ざされ、口汚い暴言が此処から絶えず放たれていようとは想像さえ出来ない整いようで。細身の肢体やこの容貌、全体的にどこか妖冶な印象があるものの、決して病的な妖麗さではなく。どちらかといえば華麗なそれを支える強靭な意志が眠っている今、玻璃のような透明感のある玲瓏さをたたえていて、

  "…綺麗なもんだよな。"

 自然な感慨として、そんな想いが浮かぶほど。並ぶと自分よりも背丈も低く、あんなにも激しいアメフトなどというスポーツの、QBなんていうポジションにいるのが到底信じられない。真っ先に相手方からの攻撃(サック)の的にされ、そんな緊迫感の中、冷静に的確な判断でもって狂いのないプレイをこなさねばならない、正にチームの"要"。それがQBであり、頭数の少ない泥門デビルバッツでは、守備態勢の時もフィールドに立たねばならないというから、その運動量は半端ではない筈で。なのに、

  "………。"

 自分の手を見下ろし、さっき抱えた体の軽さを思い出す。いつだって法外なくらいの自信にあふれ、並々ならぬ威容をたたえている彼の、その気概が失せた身の、何と小さかったことか。どんなデカブツへでも意気揚々、楽しげに悪態をつき、挑発して引っ掻き回す"金髪痩躯の悪魔"。腕力のみならず権力レベルの話であっても怖いものを一切持たないそんな彼を、幾回りも大きな男に見せているのは、周到な策謀や予防線といった"障壁"への機転を利かせる集中力であり、それらを自らの周囲へ常に張り詰めさせている、途轍もない精神力なのだなと思った。果敢で周到。特攻精神と慎重さ。相反するものだろうに欲張って同居させている、何とも奥の深い奴。

  "…ただの負けず嫌いじゃんかよな。"

 そうとも言う。
(笑) 手持ち無沙汰なままに、こういう時にしか出来ないことだろう、眠れる悪魔さんのご尊顔を思い残しのないようにと矯めつ眇めつ眺めやっていると、

  ――― 長い息を一つつき、

 ようやっとのこと、金髪痩躯の悪魔さんの意識が現世へと回帰なさった模様であり。
「………。」
 ぼんやりと。起きているのだか、双眸を開きはしたが意識はまだ夢の住人なのか。そんな朧な表情でいた蛭魔だったが、
「今、何時だ?」
「あ〜、3時…もうすぐ4時かな。」
 それを聞いて、
「冗談じゃねぇ。のんびり寝てられっかよ。」
「あ、こら。」
 すかさず、いきなり電源が入ったかのようにむくりと身を起こす蛭魔に、葉柱が慌てた。
「絶対安静なんだってば。」
「うっさい。俺の体は俺が一番よく知ってんだ。もう平気だ。」
「そんな、昭和ヒトケタの医者嫌いの爺さんみたいなことを言うか? おい。」
 一度は振り払われて、それでも伸ばした長い腕が、薄い肩を掴む。押さえ込もうとしかかったが相手の細さが、葉柱を一瞬怯ませた。その隙を掻いくぐって、ついでに長い腕の下をも掻いくぐって。ベッドから降りようと、蛭魔が自分で薄い夏掛けをばさりとめくると、

  「………あ。///////

 加療するための準備があっての入院患者ではないので、彼が着ているのは…病院側から着替えさせられた、治療や手術に便利な、所謂"お仕着せ"というやつで。白地に蛍光色の青と緑のストライプが入ったオーソドックスな色柄の、浴衣のような前合わせ仕立ての膝丈の寝間着。清潔さの目安も兼ねてか、どちらかと言えば明るい色合いのものだというのに、その明るい布の直線が斜めに重なった胸元には、なお白い、彼自身の肌が覗く。身を起こしたことで緩んだ重ねが浮いて、ますますのこと、深く切れ込む合わせのV字が微妙に開いて…同性同士だというのに、何故だか妙に目の毒で。しかも下へと逸らした視野に収まったのが、やはり重なった合わせが開きかかった裾から健やかに伸びた、色の白い御々脚
おみあしで。あちこちに貼られた湿布は痛々しかったものの、充分すぎるほど視線のやり場に困る、魅惑の逸品。………そうじゃなくって。(笑)

  「いいから大人しく寝てろっての。」

 点滴打ったばっかなんだぞ、お前。判ってんのか? 案じて言った事なのに、口の利き方が気に入らないらしい悪魔様。

  「命令出来る立場かよ。」

 ひんやり底冷えが来そうな視線を寄越され、これも条件反射健在か、うっと口ごもった葉柱は。はあと大きく吐息をついてから、

  「………お願いします。今日一日は此処で横になってて下さい。」

 ふざけて芝居がかった訳じゃあない。ただ、こればっかりはこのまま言いなりになっていいことではないと、そう感じて躍起になってた。放っておけばいいのにな。自分の知らない他所で引っ繰り返ってくれりゃあいいと、それだけお願いして目ぇ瞑って送り出せばいいことなのに。目の毒なくらい綺麗な御々脚に夏掛けをかぶせて、
「どっかへのスカウティングに行く予定だったんだろ?」
 ウチからも一応、情報集めにって構えて、満遍なく全部のチームへ回らせてる。お前の解析にゃあ追いつかないだろうけれど、その資料をどれでも回すから、今日のところは大人しくしてな。葉柱はそうと続けて布団越し、相手の膝をポンポンと軽く、宥めるように叩いてやる。がんぜない子供を宥めるような仕草。すると、

  「………わぁった。」

 おや、意外と素直だ。何だかんだ言って、やはりまだ完全ではない体だという感触でもあったのか。熱っぽい息を一つ零して、体を元の位置へと倒す蛭魔だったものだから。よしよしと布団の襟元なぞ直してやると、その手を向こうからも掴んで来て、

  「そん代わり、お前も此処にいな。」

 これは罰だ。俺だけ拘束されるなんて許さねぇ。何だか妙な言い掛かりだったが、それで気が済むのならまあいいかと、へいへいと了解の意を示す。それから、
「なあ。」
「何だ。」
 憮然とした顔で、不貞腐れたような声を返して来た奴へ、他愛ないこととして、つい。思ったそのまま、訊いていた葉柱だった。

  「何で全部が全部を自分一人でやっつけようとすんだ?」

 チームワークって言葉が似合わない奴だというのは理解も追いつくが、それでも。スカウティングなんかはそもそも"主務"の仕事だろうし、他の奴らが自分のポジションの対手を直接知るためにと出向いたっていい筈。こいつのチームの面々は、そんなにも信用が置けない頼りない奴らばかりなのだろうか。自分らとの試合でも、その後の太陽戦やエイリアンズ戦でも、連係よく一丸となってたように思ったが。

  「……………。」

 返答はないまま、されど真っ直ぐ睨みつけて来た淡い虹彩の眸は、躍動にかそれとも焦燥にか揺れていて。微熱に潤んでいたから尚のこと、何だか痛々しく見えもした。疲弊を認めず、安寧も知らないままに、立ち止まったら死んでしまうとでも言いたげなところが、回遊魚みたいな奴だと思わせた。そんなにもこいつを衝き動かすものって、そうまでして"クリスマスボウル"へって掻き立てるものって、一体何なんだろう。真摯な表情へ、こちらも真剣に目線を返してやれば、それで自分がムキになっていると、遅ればせながら気がついたらしく。

  「………誰の助けも要らねぇんだよ。」

 言うのも癪だと、そんな口調で絞り出された一言へ、

  「へぇ…。」

 小馬鹿にした訳ではなかったが、意外そうな言い方がそれなり、奴のアンテナに障ったか、ふいっとそっぽを向いてしまい、それきりこっちを向かなかった蛭魔である。白い頬の細い線が、そのまま…やせ我慢をしている頼りない細い肩のようにも見えて。助けは要らないと言っておきながら、そのくせ。ややあって大きな手がそんな肩を撫でてくれるのを振り払うでなく、うざいから出てけと怒鳴るでなく。されるがままにいたりする。そんな彼から、しばらくは目が離せないでいた葉柱だった。


  ――― 彼らの"これまで"の集大成。
       正念場となる最後の秋が、いよいよ始まる。






  〜Fine〜 04.6.24.


  *こんなエピソードは入り込む隙さえないのでしょうが、
   時期を"本誌"に合わせましたので、
   設定的に、ウチの嘘シチュエーションともさほどかぶってはおりません。
  (この時期だと、まだ某ジャリプロさんとも親しくなっておりませんし。)

  *着物と言えば"浴衣"のシーズンが間近いのですが、
   せっかちなもんで待ち切れず、
   病人服で間に合わせたという突貫な奴です。
   こんなご隠居さんではいかがでしょうか?(あ、この頃だと まだ現役だ。)


 *本誌の方でも、葉柱くん、復活なさったそうですが。
  某『
NOBODY』様の 九条やこさんへ、
  図々しくも捧げた“ルイヒルもどき”でございます。
  やこさんチの葉柱さんは、男前でちょこっと可愛い、
  おステキなスレイヴ
(?)さんでして。
  着物萌えの話から飛び出したネタだったです。
  折りしも、オンリーイベント直前というややこしい時期で、
  そういう意味でもご迷惑かけたのではと、
  後になってドキドキと怖がって
おりましたが、
  美麗な蛭魔さんつきでサイト様に飾っていただきましたですvv
  ありがとうございます〜〜〜vv

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