アメリカン・フットボールというのは、ラインという防御壁への衝突により疾走ルートを確保したり、迫力あるタックルで相手の進撃を止めたりしてボールを奪い合う、それはそれは男らしくも激しいスポーツである。そのため、捻挫や打撲どころではない、脱臼や骨折などという重い負傷を防ぐべく、様々な防具を必要とし、傷めやすい関節などには前以て補強用もしくは緩衝用の厚手の包帯やテープを巻いておく。とはいえ、ただグルグルと巻きつけておけば良いというものではない。怪我をしたからと固定するのではないのだから、動きの邪魔になったりそこへの違和感があっては意味がない。始めてからまだ1年目という初心者であるがため、どうにも上手く巻くことが出来ない小早川瀬那くんは、知己で、しかもベテランでもある進清十郎さんにお願いして、その緩衝補強用テーピングの手際のいい巻き方の練習をさせてもらうこととなった。その後で…進家のお庭での"お花見"にも招かれて。いまだ矍鑠かくしゃくとした祖父殿が敷地内に武道場を営む彼の屋敷には、今が丁度満開見ごろのなかなか大きな桜がでんと座った、趣きあるお庭があって。そこへと通され、お料理上手なお母様やお姉様の作である、贅を尽くした御馳走をたっぷりとお相伴させていただいた。いやぁ、春ですねぇ。おいおい そうして長閑な昼下がりは過ぎゆきて、
『どうも、御馳走になりました。』
そろそろ陽も傾く頃合いとあってお暇することにしたセナくんは、宵に入ってから繰り広げられるところの、門弟さんたちの宴の支度に入った女性陣にご挨拶をし、駅まで送るから…と上着を取って来た進さんと並んで門の外に出た。夕刻が近づいたとはいっても、冬場に比べれば本当に陽も長くなって。
『………あ、そうだ。』
長い板塀を横手に見ながら、駅へ向かいかかった二人だったが、ふと、セナが思い出したのが………。
少しだけ傾きかかった陽射しの中に、ふわっとした膨らみを感じさせる花のつきようが暖かく照らし出された桜の並木。電車の窓から見えた、川の土手沿いに並んでいた桜の並木は、こうやって近づいてみると数十メートル程もの長さがあって。
「わあ…。」
進家の風雅なお庭にて、バランスよく張った枝々が厚みのある見事な花の陣幕を披露していた大きな古桜も、芸術品のような風格があってそれはそれは素晴らしかったけれど。桜花の手鞠をたわわに実らせた枝々を、頭上の高みへ連綿と続く帯のように連ねたこちらの並木も、その有り様に動きがあってなかなかに見ごたえがある。
「こっちのは少しだけ散り始めているんですね。」
陽あたりの良い場所なせいだろう。土手の上の舗装されたジョギングロードには、花びらの絨毯が敷かれ始めていて。川面からの風に"さぁーっ"と煽られた枝の撓しなうたび、ひらひらはらはらと白い花弁が名残り雪のように舞い落ちる。桜というのは結構丈夫で、咲いて何日かはしっかりついているのだそうで、多少の雨風にも耐えるのだとか。ただ、盛りを過ぎれば…ご存知の通り、それは潔く散ってゆく。咲いている時の艶やかで風雅な様も良し、春先の強い風に撒かれ、いっそ豪奢なまでに一気に舞い散る、その迫力ある鮮烈さがあまりにも劇的でまた良しとあって、冬から春への移行期にこんな素敵な花が見られる日本て良いなぁ…。おいおい、またかい
「お芝居で使う薄紙の雪とか花びらみたいですよね。…あ、こっちを向こうが真似たのかな?」
雨のようにすとんと降り落ちて来るのではなく、小さな蝶々の羽ばたきのように、微妙に…まさに"たゆたう"ように。その身に風を受けて震えつつ、時間をかけて舞いながら落ちてくる様が、見ている者の視線を捉とらまえて離さない。今がこの散り方だということは、明日はさしずめ、吹雪のような豪勢な散り方をするに違いない。花の終わりという寂寥感をこうまでも、鮮烈に冴えた圧巻さと、なのに優美で儚い風情にて魅せてくれる花もそうはなかろう。
「………。」
セナが言った"雪"のように。花びらがはらはらと止めどなく舞うのが、どれほど見ていても飽きないらしくて。並木の中程まで行って立ち止まり、頭上の梢をみっしりと満たす花たちを飽かず見上げている小さな少年。空間の中を隙間なく埋めるように、横にも縦にも奥行き深く。重なって咲き誇る桜花たちによる淡い緋を滲ませた群雲は、確かに美しいと思いもするが、
「進さんは、毎朝、この桜を見ながら走っているんですよね?」
無邪気なお声でそうと訊かれて、
「………ああ。」
是と応じたものの、こうまで絶妙な散り時を迎えていたとは…今朝も見た筈だのに全く気がつかなかった。漠然と、それこそペース配分や距離の目安、目印としてしか見てはいなかったからだろう。それでも、
"今年は、ああ咲いたんだと、ちゃんと気づいた。"
数日前に、ふと気がついた最初の花。これまでは"見て"はいてもそこまで気に留めなかったことだ。もしかしたら初めてではないか…とは、帰って母にそれを告げた傍らにて、あの姉がひどく驚きながら言ってくれた一言で。
"………。"
最初の位置から余り動かず、桜よりも眸に嬉しい"大切なもの"を眺めつつ、
"………。"
ただ立ち尽くしていた自分の傍らへ。ぱたた…と駆け戻って来て、今度はこっちの顔を懸命に見上げながら、屈託のない、ほこりとした笑顔を向けてくれる小さなセナ。この少年と知り合ってから、今までは気づかぬままでも良しとして来たことの数々を、あらためて身に引き寄せ、肌に感じるようになった。それにばかり振り回されての"注意力散漫"にまでは至らないけれど、世界はやさしく、沢山のことを囁きかけて来ているのだなと、どこぞの詩人のようなこと、ふとした拍子などに感じもする進である。
◇
陽が傾きかかっていたとはいえ、まだ4時になるかそこらという時間帯だったので。まだちょっと一緒に居たかった二人は、どちらからともなく…ジョキングロードの脇、コンクリートの敷石ブロックがはめ込まれた、陽あたりのいい川辺の土手の斜面に腰を下ろして、桜花の天蓋という贅沢な日傘を堪能することにした。うららかな陽射しに温められて、乾いたコンクリートは十分にほかほかと暖かい。ブロックの隙間から覗いている雑草の緑はまだ柔らかな色合い。温められた土の匂い、時折届く水の匂い。つんと冴えていながらも、どれもどこかがちょっぴり甘くて。春爛漫という趣きを、擽くすぐったくも感じさせてくれるよう。並んで座ってやっとこちらの肩辺りに頭が来る、セナがのけ反らなくても見つめ合える高さ関係になれる二人で。あの梅がきれいだったお寺も桜が沢山植えてありましたよね、ここいらの人たちはお花が好きなんですね、などなどと。色々と話題を持ち出す少年の話を、ただ黙って、和んだ瞳で聞いてくれる優しい人。
"…えとえっと。/////"
整い過ぎてて、だからこそ、無表情になるとその鋭さが怖いかもしれない端正なお顔。でもね、落ち着いてじっとじっと見ていると。どんなに素敵か、ねぇ、分かる? 冴えた瞳に通った鼻梁。意志の強さを示す、くっきりと形の良い口許。頬骨が少し高くなった、随分と大人びて凛然とした面差しは、毅然とした彼の態度や雰囲気にそれはよく映える。無駄なく鍛え抜かれた肢体はがっしりと大きくて頼もしく。判断力と決断力に優れ、機敏で、だのに落ち着いた重厚ささえ備えた、正に"男らしさ"の理想像。
"うん。凄い人だもんね。"
だから。彼へと最初に感じたものは"畏怖"。先入観のせいもあって、同じ高校生だなんて到底思えないほどに、身分違いなレベルにいる人だと把握していたから。実際に肌身で感じた格の違いに、ただただ萎縮してばかりいたと思う。でもでもそれから、負けるもんかって立ち向かう壁という存在になって。逃げちゃいけないって、真っ向から挑まなきゃって思って…それで気がついた。進さんはいつだって、手を抜かないってこと。片手間にあしらうのではなく、きっちり捕まえられた上で、完膚無きまでに打ち倒され続けたから。ああ、この人はこのフィールドを、アメフトを、自分を高める聖域みたいに思ってるんだなって、誰が何が相手でも、絶対に容赦しないんだなってそう感じたものだった。
"………でもね。"
フィールドを離れて。それから、あらためて近づいてみて分かったこと。アメフトにだけ最適なようにと自分を高め、全てを調整された人だから。これまでそれで済んでいた進さんは、でもね、何だか…孤高の中にいる人に見えた。決して傲岸なのではないけれど、厳然と前だけを見据えて一人で生きてゆける人。そんな彼が、全く正反対な存在である自分へと関心を持ってくれたのも、最初はアメフトがらみのことからだった筈だろうに、
"…うっと。/////"
危なっかしかったからかな。それとも、こんなにも自分と違う子もいるんだなっていう好奇心が涌いたのかな。何故だかずっと見に来てくれて。それが"逢いに来てくれる"へと変わった頃から、ボクの方でも進さんのこと、ちゃんと見るようになって。温かい匂いに大きな手。慌て者で何かと覚束ないセナが転びかけるそのたびに、持ち前の反射で素早く支えてくれたりもして。でもね、そういう機転以外へは、結構あれこれと不器用で。そしてそして………。
"ふみ。/////"
会話が途切れて、不意に訪れた沈黙の中。どこかで囀さえずる揚げ雲雀の声が、ぴくちゅくと聞こえて来る。そおぉっと凭れたお隣りの二の腕は、しっかり充実していてやはり頼もしくて。そしたら…その腕が"すっ"て引っ込んでしまったから。
"…あや。"
あれれ、ご迷惑だったかな。そうだよね、進さんのお家のご近所だし、もしかして人が通るかもしれない場所だしね。…って思ってたら。しょぼんてなる前に、その長い腕が背中に回ってた。前を開いた大きなジャケットの端を持ったままでだよ? 懐ろの中に入んなさいって、こてんって胸元に寄り掛からせてくれるから。
"………。////////"
ねぇ、不思議だよね。今ではこんなに進さんのこと好き。あんなに怖かったのに、こんなに好き。逢えないと何もかもから精彩が無くなって"しゅん"て萎しぼむほど、逢えると嬉しいが過ぎて"きゅう〜ん"って切なくなるほど。進さんを想うことが中心になってて、それが原因で毎日が寂しかったり嬉しかったりするほど好き。いい匂いのする温かい懐ろ。ジャケット越しにすっぽりと背中を抱かれてて、大きな手が肩に触れてて、体中で進さんを感じることが出来る、ボクだけの特等席。
"………どうしよう。/////"
自分ばかりがこんなにこんなにシヤワセで良いのかな。何かしら罰が当たったらどうしよう。…幸せ者の小さなセナくん、最近ではそこまで思うことがあるらしいです。(笑)
◇
時折 頭上から舞い散る花びらを眺めながら、他愛のないことを幾つか話していたのだが。ほかほかと暖かい陽気の中にいたせいか、
「…小早川?」
腕の中、見下ろせば。愛しい少年はいつの間にか、すうすうと静かな寝息を立てている。自分だけ置き去られたみたいで、少しほど詰まらなくはあったけれど、まあ、いいかとすぐにも思い直す。すっかりと安心しきっていて、気を張らない間柄なればこそのことではあって、一頃のように…すっかり怖がられて萎縮され、ビリビリと意識されるよりはずっと良い。繊細なつくりの宝物を抱くように、風にも晒すまいとそっとその腕の輪を縮めかけて。やわらかな陽だまりの中、無防備に眠っている彼の、見慣れた筈の童顔が、
"………。"
ふっと意識を奪われてしまうほど、あまりに目映く見えるのは何故だろう。細っこい膝の上へ無造作に投げ出された小さな手。頑張ってトレーニングを重ねているらしいのに、相変わらずに細い身体は、こうまで凭れ掛かられても大した負荷にさえならず。むしろ…頼りなさすぎて風に攫われやしないかと不安になるほどだ。こんなに小さな彼が、だが、自分と同じあの緑のフィールドにも立つ身だというのだから、アメフトというスポーツはまだまだ奥が深い。(…もしもし?)
"………。"
まるで機械のように感情も何も削ぎ落とし、強い人間になることしか頭になかった。傲岸なことかもしれないがと思いながらも、それより何より"克己心"が強かったがため、特定の誰かに"負けるものか"と思ったことは久しくなかったと思う。実際の話、最強の高みにいたが故の、誰の姿もなかったそんな視野の中。
"………。"
いきなり"ひょ〜いっ"と飛び込んで来て、健脚な仔ウサギから場に慣れた仔犬くらいにまで…たった1ゲームの中で成長し、自分を抜き去った小さなランニングバックに心を奪われたのが始まりで。気がつけば…再び彼に会いたいと、そわそわと落ち着かない自分がいたりした。どこか臆病そうな ずぶの素人だったものが、最後には…自分を振り切るほどの、光速の疾走(ラン)を見せてくれた初めての存在。そして………。
"………。"
フィールドから離れれば、がらりと変わる小さな彼。屈強頑丈な自分と違い、小さくて小さくて幼いとけなくて。寡黙で無愛想な自分と違い、はにゃんと柔らかな笑顔の温かい、よく気のつく優しい子。
"…いや、変わるというのは違うか。"
相手の機嫌を伺う、優柔不断な迎合性。そういういい加減な"やさしい"ではなく。芯の強い、正しい優しさを示すことが出来るしっかり屋さん。辛い、痛い、怖い。独りぼっちは寂しい。そういったもの、一杯知っているから。これまではついつい怖じけてしまっていたけれど、自信を得たこれからは胸を張って立ち向かうんだと決めた彼であり。そうと決めさせたのがこの自分という存在であったそうだから…これも何かしらの奇縁というものか。彼からそうと聞いた時、妙に嬉しかったのを覚えている。
"………。"
愛惜しい人、大切な人。ただただ儚げでか弱いだけでなく、懸命で一途で、もう絶対に怯(ひる)まないぞという信念があって。こんなに小さいのに…不器用なこの自分をどうにでもくるみ込んでくれる、一生懸命理解してくれる懐ろの深い人。幼いとけなくも小さな手も、やわらかく伏せられた目許の陰も、全てが愛しくて愛しくて堪たまらない。
「うにゃい…。」
川風に髪が梳かれてか、そうして そのやわらかな頬でも擽くすぐられたか。猫の仔のように"こしこし…"と、幼いとけない仕草でこちらの胸元へ頬を擦りつけてから、少ぉしずつ眸を覚ますセナくんであり。すっかり覚醒してから…どぎまぎと わたわたと、照れてうろたえる いつもの愛らしい様を少しばかり期待して、瞳を柔らかく和ませる進さんであったりするのである。
おまけ 
「あのあの…夢を見てました。」
「夢?」
「はい。あの…進さんと絶対やっちゃいけない遊びの夢です。」
「???」
何だか只ならない発言でないかい? それってば。
「俺とは遊べないのか?」
「いえ、そうじゃなくってですね。/////」
「…何で赤くなる。」
「だって進さん、妙に真面目だし。/////」
「小早川。」
「えと、はいっ。」
「白状しないか。」
「ふみみ、ダメですってばっ。」
………アホらしいから10分ほど割愛しますが。(笑)
「…鬼ごっこ?」
「は…い。」
鬼ごっこォ?
〜Fine〜 03.4.1.〜 4.2.(おいおい、こらこら)
*さて、ここで問題です。
一体どうして、たかが"鬼ごっこ"を、
絶対に進さんとやってはいけない遊びだと、セナくんは思ったのでしょうか?
@進さんから"逃げる"遊びだなんて、彼を傷つけてしまうから。
(当然、自分から"逃げる"進さんというのも見たくないから。)
A身を躱す時のクセだとか呼吸だとかをきっちり覚えられてしまっては、
次の試合で対峙した時に応用されてしまい、こちらが随分と不利になるから。
B逃げる対象へは、つい見境がなくなってムキになる進さんだから危険だと思って。
Cその他。( )
@を選んだあなたは、ロマンチストで優しい人ですね。
Aを選んだあなたは、どっぷりと健全です。
Bを選んだあなたは…ムキになった進さんがどう危険なのでしょうか?(笑)
よろしければ100字以内でお答え下さい。おいおい
Cを選んだあなた。斬新なお答え、お待ちしておりますvvこらこら

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