雪中花
 

 12月の夜半に一度だけ雪が降った。朝になる前にもすぐに溶けてしまった雪だったけれど、その日はある意味 特別な晩だったから…何だか印象的で。きっといつまでも忘れないだろうななんて、ついつい乙女チックなこと、思っては。知らず赤くなってしまった頬の色の言い訳に、おろおろしてしまう瀬那だった。

  "…えっと。"

 手ぶくろにマフラーに、コートにブーツ。ボアのついた耳当て…と、寒さ対策は万全だと、家を出てからも何度も確かめる。コートのポッケにはまだ封は切ってないけど使い捨てカイロも待機中。ホントは…セナとしても、ここまで構えるのはまだ早いような気もするのだけれど。指先が冷たかったり耳や頬が赤いと、進さんに心配されて叱られちゃうから。
"…体温はボクの方が高いのにな。"
 胸の裡にて ぽつりと思ってから…、
"………。////////"
 こらこら、一体何を想像したんでしょうか?
"もーりんさんのバカっ。////////"
 おおう、叱られてしまいました。
(笑) 色々々と想うことが多くて忙しいらしい、何だかちょっと浮かれているセナくんで。寒の入りを過ぎて、今年初めての連休が来て。今日は進さんと逢う約束をした。始業式の日にも学校の帰りにQ駅での待ち合わせをしはしたけれど、その時は何だか…喫茶店ではずっとテーブルを挟んで向かい合ってただけだったし。街歩きの間も、こっそりつないだ手ぶくろ越しの手と手だけが、相手と一緒にいるんだっていうたった一つだけの印みたいな感触がして。あ、えと、お喋りは沢山したんだけどね。進さんもそれはやさしく見つめてくれてたんだけど、でも、あの…何だかね、ちょっぴり物足りなかったの。
"前はそれで十分嬉しかったのにね。"
 どんどん貪欲になってる自分にも気がついた。もっと温もりがほしいとか、ずっとずぅっと見つめててほしいとか、進さんへそんな風な我儘を思う時がある。前だったら こそりと盗み見る横顔が大好きだったのに、今は。深色の眸に何も、自分以外の何も映してほしくないなんて、そんな恐ろしいことを思う時もある。
"…きっと冬だからだ。"
 一番寒い季節だから、どうしても。飛び切り甘くて暖かいのを覚えちゃったから、どうしても。こんな寒いのじゃなくて、そんな気持ちいい想いも出来るのにななんて思ってしまう、贅沢なボクになっちゃったんだな。

  "うっと…。//////"

 ああ、どうしよう。なんか頬っぺが熱くなってきた。マフラーに埋まりかかってた小さな顎。襟元を指の先でちょっとだけくつろげて、はふうと白い息をつく。こんなに幸せでも良いのかな。ほてほてと歩く足元、爪先。ぼんやりと見下ろしながら歩いてたら、
「…あやっ☆」
 ぼふって おでこの先から何かにぶつかった。そんな痛くない、柔らかい何か…だということは。ああ、しまった、電柱とか看板とかいう"物"ではなく、誰か"人"にぶつかったんだ。
「あっ、あの、すみませんっ。」
 考え事してて、ついうっかり…って、言い訳しながらお顔を上げたらね。この辺だと思ったところに相手のお顔がなくて。あれれ? 背が高い人なんだなと思ったと同時、見覚えのある黒いコートが立ち塞がってるって気がついて。
「…こら。」
 また俯いて歩いてたな、と。優しい響きの、でも、ちょっと叱るようなお声が降って来た。
「…進さん。/////
 あれれ、待ち合わせしたのは、もう少し向こうの改札前じゃなかったか。先に着いたからって、こんなに手前まで出て来ててくれたんだ。
"やさしいなぁ。/////"
 ほや〜と。ついつい瞳が潤んでしまうほどうっとりと見上げたら、
「このところは治っていたろうが。」
 俯いてたことを注意されちゃったセナくんで。
「えと…。/////
 治るってそんな、病気じゃないんですがと。そういう想いを、他の人が相手だったら、所謂"突っ込み"という形でお返事するところだが、
「?」
 やや。本当に"やや"小首を傾げてこちらを見やる進さんには、そんな真似なんて出来なくて。
"だって…冗談で言ってくれてる進さんじゃないんだもの。"
 相変わらずに不器用というか、捻ることを知らない真っ直ぐな人だというか。だからね、ふふって小さく微笑ったセナくんだ。
「自信がなくて俯いてたんじゃありません。」
 お顔を上げてきちんとお返事。
「進さんのことを考えてたら、何だかドキドキして来てしまって。お顔がゆるんで来て恥ずかしくなっちゃって、それで…。」
 訳も言わないで"済みません"って、何でも自分に無闇矢鱈と引き取ってばかりじゃ いけないって。それでは進さんが余計に心配するって判ったのは、いつ頃からだったかな。だってそれって"どうせ進さんは気がついてないだろな"とかって思ってるってことでしょう? そんなの大間違いだもん。どうしたのかなって気がついたって事は、気がついたってことなんだから…あやあや、何だか ややこしくなって来ちゃった。と、ともかく。俯いてちゃいけないよっていうのと同じくらいに、思ったことはちゃんと言ってくれると嬉しいなと、進さんが望んでくれてることだから。だからね、きちんとお話ししたんだけれど。

  「………。」

 …あれ? 進さんたらちょこっと微妙なお顔になった。深色の眸をちらって泳がせて、それからね、こんなこと言ったの。

  「気が合うな。」

 //////////。えっとえと。それってどういうことなんでしょうか。////////


  ――― 恐らくきっと、そういうことなんでないかい?
(笑)







            ◇



 二人が待ち合わせたのは、セナくんのお家がある雨太市の駅。実は実は、今日は進さんが受験する大学を見に行くの。…何をこんな切羽詰まった時にっていうんじゃなくって。どこにあるどんな学校かは、進さんだって勿論もっと前にちゃんと調べてるんだけど、試験会場になる方の学舎にはまだ行ったことがなかったので、交通の便を確かめがてら、行ってみようかなと思ったのだそうで。それでそれで、通り道になるからって、セナくんへもお声をかけてくれたんだのvv JRに乗って、泥門市も通り過ぎた次の快速停車駅の、F市にあるU総合大学のF学舎。
「うわぁ〜〜〜。」
 着いてみれば…とってもとっても広いところで、しかもこれって半分なんだって。本校は もちょっと都心寄りにあって、こちらは言わば"別棟"なのに、きれいな校舎はマンションみたいなのが3つくらい並んでいるし、校庭も前庭だけでもどこかの緑地公園みたいにすごく広いの。今は冬だから、芝生の色もちょっと褪めちゃってるけれど、春になれば木立ちや茂みにも生き生きとした緑が一杯で、さぞかし綺麗なんだろうなって、小さなお口を手ぶくろで押さえつつも、セナくん、呆気に取られた様子。事務室がある管理棟っていうところに"見学に来ました"ってことを告げて、事務員さんから小さなバッジを出してもらった二人は、ドアが開いてた校舎や施設をのんびりと見て回る。座席が摺鉢状の階段になった広い講義室が幾つもあって、教壇にはマイクもついてるほど。階ごとにある談話室は、天井が高くて洒落た喫茶店みたいに綺麗。校舎の中にも体育館みたいな場所があって、チアリーディングの人たちがジャージ姿で練習してた。まだ冬休みなんだろに、時々すれ違う学生さんたちもいて。当然のことながらとっても大人で、ファッションも態度もとっても落ち着いてるんだけれど。でも、
"………。"
 ちらって見上げた進さんの横顔は堂々としていて、どうかしたらもっと大人っぽくて。何だかホッとしちゃうセナくんだったりする。そんな彼らが…手をつないだままで ほてほてと歩いている様子が、お父さんと一緒に勤め先の見学に来て、のんびりと引き回されてる坊やみたいに見えたのか、通りすがりの女子大生たちが"可愛い〜〜〜vv"と注目していたりもするのだが。
(笑)

  「…あ。」

 そんな二人が最後に回ったのが、校舎の後ろに広がっていた大きなグラウンド。元気のいい歓声が聞こえていたのを辿れば簡単に到着出来たほど、熱心な練習が繰り広げられていて。二人にはお馴染みな装具を身にまとった青年たちが、フィールド中央でがつんがつんとぶつかり合っている。練習なのに迫力があって、重厚な、しかも隙のない布陣は見事なもの。セナも思わず声が出る。
「凄い凄いvv」
 そう。この大学には、関東圏の1部リーグに常にその籍を置いている、有名なアメフトの強豪チームがある。
"強豪だからって選んだ進さんじゃないんだろけどね。"
 妙な言いようかもしれないけど、彼ほどの実力ならばわざわざ既に強いところに行かなくたって良い。アメフトはチームプレイが物を言う競技だから、たった一人の逸材で勝てるというスポーツではないけれど、それでもね。強い陣営だからという条件だけで選ばなくても良いほどの立場の人だもんなと、その辺の理屈みたいなものはセナにも重々判っている。何でも、プレイスタイルとか方針とかが王城とどこか似ているのだそうで、それもその筈、王城の庄司監督の後輩さんが今の総監督を務めてらっしゃるのだとか。

    「お…。」
    「あれって、ホワイトナイツの進じゃねぇのか?」
    「ああ。やっぱ、此処を受けるんだな。」


 さすがは高校生時代から、いやいや既に中学生の段階でも注目されていた新世代の期待の英雄さんであり、諸先輩方にもお顔は知れ渡っているらしい。中央でラインの方々を中心にシフト練習に励んでらっしゃる陣営とは別口の、トラックトレーニングをなさってた顔触れが、そんなビッグな見学者に気づいた模様。可愛い子連れちゃってまあと、お手々をつないでる様子を微笑ましげに眺めやり、
「滝沢コーチが"推薦入学のスカウトを蹴られた"って泡食ってたのにな。」
 来てくれるのは頼もしいけれど、まずは入試で合格してくれなければ話にならない立場のルーキー候補。
「受かりませんでした なんてことになって、他所に行かれたらエライことだな。」
 微妙な後輩さんだよなと、顔を見合わせて困ったような苦笑を洩らす。現役さんたちとしては…まさかに本気で、まだ高校生の相手を頼っている訳ではなく、冗談半分なやりとりだろうけれど。大人の側ではそうそう余裕ばかりも言ってられないらしくって、

  「進くん。」

 グラウンドの縁、階段状になった座席の上にて。白い吐息を零しつつ、練習の様子を熱心に眺めていた二人連れへと、声を掛けて来た人物があった。スタジアムジャンパーを羽織った初老くらいの男の人で、でも、事務員さんとか教授の方というような雰囲気ではない。闊達そうな、体にピンと芯が入ってるというような。そんな切れのよさを感じさせる人であり、
「…どうも。」
 相変わらずに寡黙な進が、それでも一応は言葉までつけて、頭を下げるという会釈をして見せた人。セナもつられて、進さんの大きな体の陰で こくりと小さく頭を下げてしまったが、
"…誰だろ?"
 おいおい。
(笑)
「ウチを受けてくれるんだってね。いやあ、推薦の方をお断りしますって言われた時は、どうしようかってそりゃあ身が竦んだものだったが。」
 その時の衝撃を思い出したかのように、ぶるるっと肩を竦めて見せるこの人は。そうか、あなたが滝沢コーチさんですね。
こらこら 君が来てくれたなら鬼に金棒、ウチの常勝は揺るぎなきものになるよなんて、決してお世辞なんかじゃなく、そうなってくれるのがご本人も嬉しくてしようがないって風に仰有るコーチさんであり。進さんはというと…愛想を見せるのは、相変わらずに苦手なままの、感情に乏しい表情ながら、それでもね。随分と穏やかなお顔になって、肅々とお話を聞いていて。小半時もお話を聞いていただろうか、練習の方のキリがついたらしいということで、コーチさんは会釈を残してグラウンドの方へと降りてゆき。進さんは…ちょこっとだけホッとしたような溜息を洩らしてから、セナの方を向いて、帰ろうかと促したのであった。

  「?」

 どしました? そんなお顔で見上げると、

  「…うん。」

 実は…進さん、長いお話は苦手なのだそうで。朝礼なんかも退屈で退屈で、あまり身を入れて聞いてはいない方なのだそうな。

  「…意外です。」

 真面目の上に、蛭魔さんの口癖が漏れ無くつきそうな。
(笑) そんなイメージの強い人なだけに、この告白はたいそう意外で。

  "これって、誰も知らないことなんじゃないのかな♪"

 セナくん、今頃になって進さんの知らなかった部分を見つけられたのが…妙に嬉しかったみたいです。









 広い構内を突っ切るように、やはりほてほてと歩きつつ、
「今日は引っ張り回して済まなかったな。」
「あ、いえ。」
 楽しかったですようと笑って見せて、
「それに、進さんが褒めてもらうの見てるのって、凄く嬉しいです。」
 彼を知らない人にもそれなりに、重厚屈強、素敵な容姿で落ち着きのある、素晴らしい男性だと映るのだろうけど、それよりも。素晴らしい逸材だからと知っている方々には、それより何倍も目映いくらいの存在なんだと改めて感じさせてもらえたのが、我事みたいに誇らしくて、胸が"きゅううっ"てなって嬉しかったの。やわらかな頬を真っ赤に染めて、にっこりとまろやかな笑顔で見上げてくれる愛しい人に、

  「………。」

 進さん、一瞬、言葉をなくしてから。

  「じゃあ、もっともっと頑張らないとな」

 そんな風に呟いた。
「はい?」
 あれれと小首をかしげたセナくんが、

  『もっともっと頑張って褒めてもらって。
   そしたら小早川がもっと嬉しくなるのだな。』

 そういう意味だったのだと気がついたのは…その日の晩にベッドに入ったセナが、今日の出来事を全部思い返していた時だったのだけれども。(おいおい)
「…いや。」
 何だか言葉を濁した進さん。それでもセナの小さな手を取り、セナくんにだけ…小さく小さく、でも判りやすく、口許をほころばせて笑ってくれたから。

  「…っ。////////

 すかんと乾いた冬の陽射しが薄氷の中に降りそそいでるよな、どこか線の細い明るさの満ちた、心細げな寒中の昼下がり。なのに、何故だか…セナくんにだけは一足早い春が来たような、そんな暖かな想いばかりがした一日となりました。本当は少しだけ、寂しいなって思ってもいたのに。そんなに遠い学校じゃなかったけれど、でも大学のアメフトの春の開幕戦は、4月から6月までびっちりと試合があるって知っている。お勉強も大変になるだろし、アメフトの方だって早くポジションを取りたいだろうから、やっと本格的なものに取り掛かれる練習にも熱が入る進さんだろうし。そうなれば、ますます逢えなくなるかもしれないなって、またまた先回りして、そんなこと案じてもいたセナくんだったのだけれども。

  "…馬鹿だな、ボク。"

 進さんのこと好きだっていう自分の気持ちは変わらないのに、進さんだってこんなに優しいのに、何を心配することがあるんだろうか。せっかくの幸せに自分から砂を掛けてどうするのって、大きく大きく反省して。


  ――― 進さん、校門のところまで競走しましょうか?

       ? 構わんが、そう簡単には負けはしないぞ。

  ――― 望むところですvv



   1、2の3で一緒に駆け出す。
   コート姿なんて何のハンデにもならない二人。
   広くて障害物のほとんどない校庭を、2つの疾風みたいに駆け抜ける。
   頬を叩く冷たい風に、ついつい目を細めながら、
   こうなったら一刻でも早く、
   進さんの進路が揺るがぬものとして確定する、
   ホントの春がやって来ると良いなと思ったセナくんでした。





  〜Fine〜  04.1.11.〜1.15.


  *このところの傾向として
   ちょっと"進セナ"色が薄いような気がして綴ってみました。
(笑)
   彼らの ほややんとしたお付き合いは、今年も続きそうですvv


ご感想はこちらへvv**


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