春一番への花束を…
 

 二月は四月並みにホカホカと暖かな終盤だったのに、三月に入って急に吹雪いたりした、何だか変な早春で。
『俺らへの餞
はなむけってんなら、いっそ相応しいのかもな。』
 自分からそんな言いようをして鼻で笑ってた強気な先輩さんの言を思い出す。クラスで隣りの席の子が、新年度の執行部の役員で。造花作ったり設営の打ち合わせがあったりと、卒業式の準備に色々と忙しくてとこぼしてて。人気者のまもりお姉ちゃんも、毎日のように廊下や通学路で後輩さんたちから"何か書いて下さい"とサイン帳を渡されていて。その日が刻一刻と迫っていることを、毎日ひしひしと実感させられている。

  "…卒業しちゃうんだなぁ。"

 お友達やら親しい先輩さんやらが沢山々々出来たという、かつてないほど満ち足りた"嬉しい気持ち"の大きさの反動が…こんな格好でやって来ようとはと、瀬那としては何となく複雑でもある。極悪非道の悪魔として全校生徒たちから恐れられてた頼もしい先輩も、心優しき食いしん坊だった巨漢の先輩も。たった1シーズンだけの部活にそれでもガッツでついて来た大秀才の先輩も、陸上部との掛け持ちながら頼りになる攻撃の脚をこなしてくれた先輩も。
"まもり姉ちゃんも だし、それから…。"
 大好きな他校の誰かさんたちも、この春からは大学生になってしまう。それからそれから、短い間の途中参加と相成った頼れる大工さんの先輩さんも、お父さんから"次期棟梁"として大きな現場をも完全に任されるようになったそうで。皆さん、無事に早々と進路が決まったのは喜ばしいことなんだけど。幸いにしてと言うか、通学のためにとお家を出て遠くに独立なさる方もいないのだけれど、それでもね。

  "ますます逢いにくくなるんだろうな。"

 学校や環境に慣れるため、新入生としてお忙しくなられることだろうし、こちらだって受験を控えて勉強に励まなければならなくなる。皆さんみたいに文武両道の成績優秀な生徒じゃないから、希望校に入りたければそれなりに必死で頑張らないといけなくなる。
"蛭魔さんとか進さんとかは特に、アメフトの練習に打ち込んじゃうんだろうしな。"
 いつだって前向きな彼らのことだから、早くポジションを奪取せねばとばかり、新しいフィールドも陣営も何するものぞと、前進あるのみで走り続けることだろう。そうであってこその彼らではあるけれど、それって即ち…ますます遠くなるって事でもあって。
"………。"
 ついつい溜息が出そうになるほど、ちょっと寂しいことだけど、今度は自分が彼らに追いつくための我慢の年なんだから泣き言は言えない。そんなこんなとぼんやり考え込みつつ、制服からトレーニング用の体操服とジャージに着替える。急な寒の戻りのせいで、時折強めに吹きつけて来る風はまだまだ冷たく、思わず肩や首が縮こまるが、それでも陽射しの色は随分と春めいて来ており。部室から出てグラウンドまでを軽い駆け足で辿れば、下へと降りる石段のその取っ掛かりに、見慣れた大きな背中があった。短く刈られた髪は誰かさんみたいに金色で、けれど肩も背中も、がっちりと頼もしいまでに充実していて。

  「十文字くん?」

 思わず掛けていた声へ、それで何となく我に返ったという感じで肩越しに振り返って来た精悍なお顔。セナと同じく この春に三年生になる、十文字一輝くん。
「なんだ、お前か。」
 やはりトレーニング用の恰好で立っていた彼であり、傍らに並ぶと彼が見ていたものがセナにも見えた。フィールドに三々五々と散らばって、それぞれのトレーニングに入っている後輩さんたち。野球やサッカー、ラグビーなどというメジャーなスポーツの部に比べたら、それほどに多い頭数ではないものの、ポジション別にちゃんと補充人員がいる程度には余裕のある数の顔触れが揃っており、
「そっちは頼りに出来そうなの、いるのか?」
 そうと訊かれて、ポジションを譲る後輩のことだなと。うん、○○くんとか初速がいいしねと応じると、
「そっか。」
 淡々と応じて来る。こっちは なかなかな、何たってラインは主軸が4人もごっそり抜けるからな、俺らがいたY中から結構強えぇ奴が入ったらしいってんで、黒木と戸叶が見に行ってんだが、喧嘩に強いってだけじゃあ何ともなぁ…と。ちょいと憂慮の籠もったような、そんな言いようをする彼が、ふと。

  「…何だよ、その顔。」

 自分を見上げて来るセナが、何とも柔らかい眼差しをして…ふんわりと微笑っているものだから。それって反応が違わないかと、少々ムッとした。俺が困っているのがそんなに楽しいのかよと、少しばかり低い声になると、
「ち、違うって…っ。」
 途端に慌ててかぶりを振って見せ、
「十文字くんと、こんな風に そういうことを話したり出来るようになったんだなあって。」
 何だかね、今更なことだけど、ちょっと感動しちゃったんだと。小さな弾丸ランナーくんがしみじみと言う。今や、デビルバッツが誇る頼もしいラインの重鎮であり、前衛
ディフェンス陣の要として秋季大会でも頑張ってくれた。その急成長ぶりが認められ、担当記者たちが選ぶ"ベスト11"にも名を連ねたほどであり、だが。言われた側としては、

  「………。」

 まあ、確かに。この、初見の頃から2年経っても全然育ってないような小さな彼と、こんな風に対等に同じ関心事への話が出来ようとは…少なくとも入学したばっかの頃には思ってもみなかったよなと、同感な想いもするものの、

  「お前な、どんくらい一緒に部活やって来たと思ってんだよ。」
  「そうだよね。」

 長さだけじゃない、とんでもない内容だったという質の方でも、誰にも負けない団結力という絆が出来て不思議はないほどの"お付き合い"をして来た彼らであり。それなのに今更なことを言ってるなんて、ボクってやっぱり鈍
トロ臭いみたいだねと、高校最速の光速の存在が くすぐったげに微笑って見せた。

  "………。"

 そう。最初は、いじめる側といじめられっ子みたいな間柄だったのに。今は肩を並べて同じものを見、同じ先のことを考えて、ちゃんと互いへ通じる言葉を交わし合っている。立ってる場所も、見ているものも、何もかも違ってた筈なのにね。特に、

  "俺は、俺らはサ…。"

 周囲の何もかもが面白くなくて、その場しのぎに毎日を無為に過ごしていた。弱い奴にからんで脅してビビらせて、その様を嘲笑って面白がって。負けん気だけが強くて、そのくせ、空っぽな日々を過ごしてた。それが…気がつけば、名前しか知らなかったアメフトなんてものへ引き摺り込まれていて。何で俺らがと悪態つきながらも、最初は巧妙に乗せられてこき使われて。そしてそのうち、今度は自分の意志から、やるからには最上級の高みにまで上り詰めてやろうじゃないかと奮起するようになっていて。

  "あの悪魔野郎の思うツボに嵌まったって思うのだけは、何か癪だけどよ。"

 ケケケ…と悪魔笑いしている姿がついつい思い浮かんでしまう、最強にして最凶の恐るべき男のことは、結果としては世話になったが…何となく。感謝の対象としては思い浮かべたくない十文字であるらしく。…ごもっともでございます。
(笑) それよりも…実は彼こそが謎のヒーローだった、この小さな英雄くんと、初心者同士、大きな壁を1つずつクリアしてゆくのが何とも気分爽快だったから。実のある日々が手に入ったことへは感謝しても良いかなと、そんなことを感じ入ってた十文字であり。

  「???」

 まじまじと見つめられ、ひょこりと小首を傾げる稚
いとけないお顔に小さく吹き出し、

  「え? なに?」
  「いや…お前も随分しゃんとしたよな。」

 誤魔化すみたいに言ってやると、途端に"ううう…"と、子供扱いへ頬を膨らませるような反応を見せるのもまた、すっかり馴染んでいる間柄であればこそ。そんな二人へグラウンドの方から後輩さんたちのお声が掛かって、今行くからとそれぞれのポジションへと指導に降りてく大小二つの影法師。あとで卒業生に贈るものを考えましょうね、面倒だな、お前らで決めろ、じゃあ蛭魔さんへの花束は十文字くんに渡してもらうよ? あ、こいつ…っ。気安く話して、じゃれ合って、クスクスと笑って。同んなじ濃さと輪郭で、たかたか転
まろぶように石段を駆け降りた2つの陰は。そのまま軽やかに自分の持ち場へ向かい、左右に ついと離れていったのだった。







            ◇



 まだまだ風は冷たいが、陽光の密度はなかなかに春めいて眩しいほど。退屈な式典の最中はほとんど居眠りで通し、いよいよの退場となってやれやれとパイプ椅子から立ち上がる。講堂を出て、一旦それぞれの教室へ。あらためて担任の教師から卒業へのお言葉を頂戴し、クラスメートたちの仄かに照れながらの"またな"というやり取りを見つつ、コートやら荷物やらを抱えて…さあいよいよの、この学校からの船出となる。三年生用の昇降口から正門までの通路の両側には、下級生たちが先輩たちにお別れがしたくてと壁になって並んでいる。混雑や混乱を避けて、放送部の担当者や執行部の役員以外の在校生たちは、後片付けも明日回しに、先に下校させられた筈なので。此処に居残っている後輩たちは皆、自主的に集まった者たちばかりであり。女子の運動部系の部員たちだろう、花束を渡したり泣き出したりと、あちこちで愁嘆場を繰り広げているのが見受けられ、そして。

  「蛭魔さんっ!」

 声はしたが………姿が見えない。

  「???」

 立ち止まって小首を傾げ、それから…人間壁の一か所をジロリと睨むと、さすがは"悪魔の一瞥"で、ひえぇっと怯えて左右に勝手に逃げ出した人垣の裂け目から、何とか花束を死守しつつも揉みくちゃにされかけていた小さな後輩くんの姿が現れる。………便利だなぁ。
おいおい
「なんだ、糞チビ。」
 皆が"我も我も…"と自分のお目当ての先輩を探すのに夢中だった中にいたものだから、制服の上着やネクタイが縒れかけていた散々な姿になったセナだったが、やっと向かい合えた先輩さんからのお声に顔を上げると、

  「卒業おめでとうございますっ!」

 元気な声と共に、小ぶりのバラとカスミソウという組み合わせの小さなブーケを突き出してきた。
「ああ…。」
 いかにも在り来りで、日頃の自分なら間違いなく"ケッ"とか言って鼻で嘲笑ってしまいそうな構図であったものの。おかしなもので、自分へと差し出されると、まま、悪い気はしない。ただ、

  「………お前が なに泣いてんだよ。」
  「だって…。」

 ひぐぅ…とせぐりあげたかと思ったら、その大きな瞳が一気に潤んだから、これにはさすがに面食らった蛭魔であり。
「あのな。俺ンちは此処から すぐんトコなんだぞ?」
 お前は実家の方だって知ってるだろうがと ちょいと呆れた。どうかしたら明日んでも、練習を見にって顔を出すかもしれないのに、何でそんな大仰に泣くんだよと。柔らかい前髪の下、丸ぁるいおでこを指先で ついついと突々けば。されるままになりつつ、

  「ボ…ボクにだって判りませんよう。」

 ただ、何だか涙が出て来ちゃったんです、と、小さな後輩くんは嗚咽の間から訴える。
「蛭魔さん、初めて制服ちゃんとした着方してるし。ああ卒業しちゃうんだってこと、やっぱり意識してるのかなって、そう思ったら何だか…。」
 指摘されて、ああ…と我が身を見下ろした。言われてみれば…この制服の襟を揃えてネクタイを結んだのは入学式以来のことだったかも。
"…いや、待てよ。"
 入学式でも結んでなかったんじゃなかったか? 今日はただ、とある人物と寝起きが一緒だったものだから、こんな日くらいはちゃんとしなきゃいけないよって 彼がわざわざ結んでくれたのだが、

  "………うっと。////////"

 そんな事情を まさか話す訳にもいかなくて、

  "…しゃあねぇな。"

 口許の端っこに仄かに苦笑を浮かべ、ぐずぐずと泣いているセナの手から花束を引ったくると、そのまま彼の手を引いた。
「蛭魔さん?」
「グラウンド、行くぞ。」
 どうせ他の面子も集まっていることだろうからと、小さな手をぐいと引く。最初に掴んだ手首からこっちの手をすべらせる形で握り込んだ手のひらは妙に温かで、まだまだ子供の手みたいな柔らかい感触が、無性に胸に擽ったかった。





 サッカー部や野球部と交替で使っていたグラウンドには、アメフト部の現役部員が全員顔を揃えており、それぞれのポジションの先輩へと、別れを惜しんでの言葉を交わし合っていたりする。
「お、蛭魔さんだ。」
 さすがにセナやモン太ほどにも怖がらない手合いは少ないが、それでも、

  「お世話になりました。」
  「大学でも活躍して下さいね。」
  「ケルベロスは必勝のマスコットとして部で預からせて下さいね。」
  「あの壊れちゃったマシンガン、記念に置いてってくれませんか?」

 などなどと、結構親しげな声を掛けてくれる皆なものだから。その淡灰色の眸をやや眇めつつ、少々 面食らった蛭魔である。

  "…う〜ん、こういうゴールになろうとはな。"

 その幕開けからして、波瀾万丈、疾風怒涛。入学と同時に自分たちの手で…部室も備品もちゃっかりと確保してアメフト部を創設したは良いけれど。ゲーム成立に最低限必要な頭数さえ満たさない…どころか、クラス対抗リレーだってトップとアンカーが掛け持たなきゃならないだろうという、たった3人しかおらず。しかも、そんな中から已ない事情でもう1人欠けての、のっけから波乱の船出となった彼らだったというのに。看板を下ろそうなどとは露にも思わず、助っ人部員を試合のたびに掻き集めては実戦経験も着実に積み重ね、そして迎えた二年目の春に…運命の韋駄天と巡り会った。

  "まったく"掘り出しもん"だったよな。"

 凄まじいまでの加速が見事なダッシュと、鮮やかで切れの良いカット。最適な走行コースを瞬時に拾える判断力もあり、しかもそれへと体がついてゆく反射の鋭さは逸品であり、度胸と持久力さえつけば敵なしだろう、正に拾い物の宝石………の原石。臆病者で痛い想いをするのが嫌で、いじめられっ子のレッテルを貼られたままに誰も顧みなかった平凡な少年。そんな瀬那が、本人さえ自覚のないまま、何にも染まってはいない"凡庸なまま"の素材として現れてくれたことにさえ、自分の強運を感じた蛭魔であった。

  "…運が良かったってだけかな。"

 自分には欠けていた協調性や穏健さは、相方の栗田が有り余るほど抱えていたからと。試合さえこなせれば良い、勝てれば良いとばかり、日頃は全く他者を顧みる事なくいた自分だったつもりが…気がつけば。セナの健気で一途な懸命さに、日常レベルでもしっかり搦め捕られていたような。何しろ彼は、アメフトには関係のない私的なところでも気になる存在で。フィールドを離れればたちまち元の臆病なお人好しに戻るおチビが、なのに…胸を張ったまま、顔を上げたままに、頑張って頑張ってどんどんと。果敢にも交友の輪を広げてゆくものだから、あの過保護な まもりではないが、何でだか眸が離せなくなってしまい。時にハラハラさせられもし、苦笑を噛みしめ、そしてそして…気がつけば。

  ――― ? どうしたの、妖一?

 その余波から引き寄せられた、我慢強くて優しくて温かな人との情を、この自分を名前で呼ぶまでのやわらかい親しさで齎してくれたりもして。世をすねて僻ひがんでみたり、要領ばかりを優先し、甘く見たままひょいひょいと楽して渡ってみたりしないで、滑稽なくらい真摯に、頑迷なまでに粘り強く。気ばかり焦って もどかしくても、一歩一歩着実に頑張って這い上がって見せた、前向きな男の子。彼ほど頼もしい後輩がいるような卒業生は、そうそうはいないのではなかろうかと、胸の中が春の温みでほわんとしてしまう。

  「…どうしましたか?」

 さっきからにやにやと自分の顔を見やっている蛭魔に気がついて、当の瀬那が小首を傾げる。まだほんのりと赤く染まったままな目許を、指の腹でぐいっと拭ってやりながら、

  「人を勝手に"過去の人"にしてんじゃねぇよ。」

 誤魔化し半分に言い返す。
「さっきも言ったが、どうせしょっちゅう来るぞ。」
「ホントですかvv
 言った途端に"ぱぁっ"とお顔がほころんだものだから。おいおい、喜ばれてるよと、これまたちょこっと複雑な気分。今となっては…悪魔ばりに恐ろしい存在への恐怖も、先輩への畏怖も威厳もあったもんじゃねぇなと、しょっぱそうなお顔になりつつも…。

  "ま、いっか。"

 しばらくほどは所属が離れるんだし、それより何より、

  "きっちり進学して来てもらわんと、次の話が進まない。"

 そんなことを思う金髪の悪魔さんだったりするのである。………何か企んでますね、やっぱり。大方、自分の進んだ同じ大学へ進学させて、またしても引っ張り回すつもりだな?
(笑) 何はともあれ、




       Congratulations!




  〜Fine〜  04.3.7.〜3.8.


  *これまた先の話になりますが、
   秋季大会にて合流することが予想されるムサシさんは(てか、熱望!)
   そのためにと学校への復帰も果たすんでしょうかね?
   チームだけに復帰するって訳にもいかんでしょう、物の順番として。
   ただ、アイシールド21の正体の方も、対外的に明かしてないままなんで、
   同じ手を使うなら、誤魔化していられそう…かな? とか、
   ついつい思ってしまったのですけれど。
   あの蛭魔さんの悪魔の頭脳と手腕だったら、
   試合期間だけの一時的復学とかいう形を、書類揃えて通しそうかも?

  *今回書きたかったのは、実はお初の十文字くんでございますvv
   彼ってば、本館の某キャラと髪形やら口の利き方やらがダブってるもんだから、
   なのに"悪役"っぽいポジションなのが
   最初のうちは違和感ばっかで困っていたのだけど。
   チームに馴染んだ今、今度は逆の好奇心が擽られて困っておりますvv

ご感想などは こちらへvv**


back.gif