水 月 (ラバヒルSSSvv)
 


ここは地面からは少しばかり、遠い高みのはずなのに、
随分と間近いところからのそれらしい、秋の虫の声がする。
どこか物寂しい、頼りない声音が、
しんと冴えた秋の宵の中、単調な調べを繰り返し奏でてる。
そんな虫たちの声に紛れるほどの、
微かなかすかな寝息の方へと、
さっきからボクは聞き耳を立ててる。
遊び疲れて寝入った幼子の吐息のように、
いたって健やかに、それはそれは規則正しく刻まれていて。
一つ布団にくるまり、寄り添った、体温が馴染んだ肌と肌が、
じんわりと暖かでくすぐったい。
このところは遠く離れて別々だったはずなのにね?
今は二人の境目さえ、見つけられないの。

 ――― この懐ろの中なんていう間近にて、
      ボクを放り出したまま、すっかりと安らいで眠る人。

けむるような金の髪の色彩も、今はどこか褪めた蒼銀。
額髪の下、睫毛の陰を頬に淡く落として、
なめらかな瞼の縁を軽く伏せている彼だから。
今は見えない玻璃の瞳が、
ついさっきまでは熱に潤んでいたの、
もう確かめられなくっての置いてけぼり。

 『久し振りに出来立てチーズリゾットが食いたい。』

実家のシェフの浅貝さんの方が、
飛び切り美味しいの作ってくれるんだろうにね。
こんなメール1本で、人のこと、あっさり呼び出してしまえる人。
こちらも今日はたまたま身体が空いていたから、
マンションまで運ぶのに、支障は1つもなかったけれど、
さてはそれを確かめてあっての“お誘い”だったのかも知れなくて。
でも、あのね?
駆けつけて当然と、自信満々でいたお顔に出迎えられてはね。
それが睨めっこだったら瞬殺で負けだったほど、
嬉しくて嬉しくて笑い返してた僕だったから、
別に構いはしないんだけどもさ。

 “………………。”

こんなに間近にいるのにね。
こんなにも気を許してくれているのにね。
嬉しい反面、こんな幸せでいいのかなとも思う。
これ以上の“嬉しい”とか、
これ以上の“幸せ”は、もう望めないのかな。
人って、ううん、ボクって結構貪欲だったんだって、
苦笑混じりに思ってしまう。

 “ああ、これって ただのお惚気だよな。”

肩が寒そうで毛布を手繰り上げれば、
どこかが痒かったか、頬をすりすりとこちらへ擦りつけてくる。
小さな生き物じみた動作には、
日中の毅然とした威容や、挑発的で果敢な獰猛さなんて欠片もなくて。
そんな彼なのが、何故だろう。
愛しいけれど…切なくて。

 “………………。”

細いけどしっかりと充実した体躯は、
彼の意図を乗せて不満なく躍動し、
傲慢な笑みを単なる高慢では終わらせない結果をも引き寄せて。
あれほど鮮烈で、でも実は いつだってしゃにむで。
天衣無縫にして悪鬼のようと言われては、
目茶苦茶なところ、タフなところ、
誰からも畏怖をもって把握されてる人…の筈なのに。
誰よりも強かなはずの
何にも屈することのない凛とした背中を見ていて、
どうしてだろうか、時々は切なくなる。
だって、ヨウイチってば、こんなに小さい。
ボクの懐ろに収まってしまうほどに、
ボクの腕だけでくるみ込んでしまえるほどに…。

  逃げ込みたくてと呼ばれたのじゃないのだと、
  そんな人ではないことくらい、重々判っているけれど。

静かに静かに無心に眠る、
彼がたゆとうは水の底? それとも水のおもてかな?
この手の届かぬ冴月の威容に、ただただ見とれる秋の宵………。




   〜Fine〜  05.10.18.


*間違っても真昼間に、
 お笑い芸人さんたちの出てるワイドショ―とか観ながらは
 読んではいけない代物になってしまいましたです。
(笑)
 これもまた、秋の夜長のミステリー。

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