お姉さんと一緒。

  初売りやバーゲンのにぎわいが収まった街は今、聖バレンタイン・デイに向けたセールの華やかさに満ちている。今年は"自分へのご褒美"とか"豪華一点主義"とかの余波でか、義理チョコがガクンと減り、本命重視の傾向が大きいとかで。チョコのみならず、それに添えられるネクタイだのセーターだのといったあれやこれやも様々に、ショーウィンドウへと飾られている模様。
"…でもな。ボクが進さんにあげるのは、やっぱり変なんだろうな。"
 マフのついた耳あてとアイボリーホワイトのダッフルコートに、キャメルのマフラーとストレートジーンズ。ちょんと撥ねた前髪はショートカットのブロウが下手な子だという解釈の下に、女の子に混ざってチョコを買っていても違和感はないと思える…何とも愛らしいその姿を、"バレンタインデイの本命くんへ"というディスプレイを並べた大きなショーウィンドウに映し出しているのは、

   「あら? 確か、小早川くん、よね。」

 突然お声をかけられたその通り、泥門高校一年生の小早川瀬那くん、その人だ。
「え? あ…。」
 一体誰が…と、声がした方を振り返ったセナは、すぐ後ろに立っていた、ボブカットにフラッグチェックのコートも小粋な女の人に………、
「あ…えと…。」
 ちょこっとばかし口ごもる。
「???」
「あのあの…進さんのお姉さん、お名前は何でしたっけ。」
 ああ、そうか。先日のご訪問の折、お名前までは聞いてなかったんだ。(『さざんか咲く道』参照)
「あはは、そうだったわね。」
 お姉さんはあっけらかんと笑ってから、
「たまきと言います。循環の"環"って書くの。」
「進 環さんですか。」
 ………漢字で書くと凄んごい短い名前ではなかろうか。質実剛健なお家なんだなと、妙な感心をしているセナへ、
「あんまり素っ気ないから、余裕がある時は平仮名で書いてるの。」
 たまきは くすっと笑って見せた。悪戯っぽい笑みにほんの少しだけ眸が細められると、
"…あ。"
 弟の清十郎に何となく似ていて、
「えと…。/////
 ここ数日ほど逢えないままな彼をそこに見たような気がして、訳もなく頬が赤くなるセナだったりした。(おいおい。ある意味で失礼かもだぞ、女性に。)



            ◇



 今日は母に頼まれてパソコンの消耗品を買いに来た。プリンターのインクカートリッジと、フロッピーディスク。パソコンは使いこなしている割に、そういうものはどれを選べば良いのかよく判ってないらしいし、インク交換も出来ないでいる。あと、そういえばビデオのタイマー予約もいつもセナを呼んでセットさせてる人であり、ちゃっかりしているのだか今風の女性なのだか。…いやそれはともかく。

   「そっか。セナくんの方はお休みだったのか。」

 通りに接した面は一面がガラス張りの、ちょいと小洒落たカフェまでお茶にと誘われた。こんな小さなショッピングモールの支店でも、客の配置にはうるさいチェーン店であるらしく。見栄えの良い客層がいつも座っている窓側に、ダンディな店長自らがわざわざ導いてくれたのは、
"たまきさん、綺麗だもんな。"
 コートの下から現れた、七分袖のモヘアセーターとミニスカート、ロングブーツという、均整の取れたスタイルへすっきり張りついたいで立ちが、モデルばりに見事だったからだとセナは思ったらしいが、
『この席に案内されたのは初めてvv セナくんが可愛いからね、きっと♪』
『…はい?』
 屈託のないお顔がえらいことを言ってくれたから、ちょっと笑える。…それはさておいて。たまきはミッション系の学校に通う女子大生だそうで、今日はやはりお休みだったらしい。
「清十郎は朝早くから部活だって出てったのよね。」
「あ、はい。」
 それはセナも重々知っている。小・中・高校と土曜日が毎週お休みになったとはいえ、体を使うスポーツマンには関係ない。継続は力なりで、むしろ練習時間が増えたという感覚になるのが普通…な筈なのだが。
"ウチはホントにアトランダムだからな。"
 もしくは…主将のご機嫌のお天気次第とでも言おうか。
(笑) 一般生徒たちが恐れるそんなまで"暴君"でもない人なのだが、行動が読めないという点は…1年やそこらのお付き合いくらいでは、やはり把握し切れるものではないみたいで。今週はなんと土日を連休とされており、どうもその間、主将は直々にどこかのチームへの偵察(スカウティング)に出向くらしい。そのついでに練習試合のセッティングもしてくると、ちょいと不吉なことを言っていて。
"どんな凄いチームなんだろうか…。"
 凄いという形容詞がどこにかかるかも問題だよなと、それを想像すると…相変わらずちょっと怖い。ウチのチームの事情はともかく。進の側はごくごく普通に練習モード。今日も明日もスケジュールはきっちりと詰まっているそうで、このところは平日の学校帰りの方がよほど逢えているような。もう次の春季大会に向けてのあれやこれやで走り出しているという点は、さすが王城、全国レベルの強豪チームなだけはある。
"でもな…。"
 学校の授業があって、それからきっちりと練習があって。くたくたに疲れているのだろうに、逢いたいと言いたくても言えないセナのこと、きちんと思いやって。反対方向へかなり戻る電車でこちらの駅までわざわざ足を運んでくれる優しい人。なればこそ、平日の逢瀬は…嬉しい反面、なんだか悪いなぁと思ってもしまうセナである。彼の抱いたそんな内心の想いには当然気づかず、
「王城は練習が多すぎると思わない?」
 たまきは セナの眸を覗き込むようにして訊いてくる。冴えた目許がぱちりと瞬いて、やっぱり何とも綺麗なお姉さんであり、
「そ、そうでしょうか。」
 ちょいとたじろいだセナへ、
「そうよ。だってまだ高校生じゃない。土曜が休みになったんなら、その分、少しは羽を伸ばさないと。」
 自分の言いように自分で"うんうん"と頷いて、
「だって清ちゃ…清十郎って、何にも知らないのよ? 携帯だって、セナくんとメールしたいからって買ったようなもんだし。あ、そうそう。DVDのことも、セナくんが説明してくれたんですってね。」
「あ、えと、はい…。」
 それはそうなんだけれども。確かに進は、普通の高校生が知っていそうなこと、知らなさすぎる。ヒットチャートの常連歌手も知らなきゃあ、お笑いタレントもバラエティ番組も知らない。サッカーの人気選手も、メジャーリーグで活躍してる日本人選手も一人も知らない。携帯で写真が撮れるって事も知らなかったし、カラオケボックスも一度しか入ったことがないって言ってたし。
(笑) マックもミスドもケンタも何の略か知らない辺りは、中学生以下かも知れない。(ちなみに、関西では"マック"ではなく"マクド"です。)
"知らなくても困らなかったんだろうなぁ。"
 アメフトさえあれば良かったから。そのくらい、アメフトが大好きだったから。アメフトが上手になるためのことにしか関心はなく、そんな自分の信念を胸を張って貫ける、強い強い人だったから。
"………カッコいいよなぁvv"
 これですもの。
(笑)
「………えと。」
 何を思い出したのやら。肩は恐縮そうに窄(すぼ)めたままながらも、口許を小さくほころばせるセナに、たまきは"うふふvv"と微笑ましげな顔になり、
「…あ、そうだ。」
 こちらも何を思い出したやら。カプチーノのカップをソーサーに戻すと、背中の後ろ、背凭れとの間へ挟んでいた、かっちりとしたデザインのショルダーバッグをお膝へと抱えて、
「良いもの見せたげる。」
 ぱくんと開いたその中から、取り出したるは…写真屋さんの縦長の紙袋。
「一昨日の祭日にね、ウチの道場で子供会の集まりがあったの。そいで写真を撮ったんだけれど。」
 セナの注文したココアをちょっとばかり手前に引いて。そうして出来た空間へ、彼女は仕上がったばかりらしき写真を無造作に広げ始めた。どうやらお餅つきをしたらしく、せいろの積まれた縁側、大きな杵
きねを持った見知らぬ大人や青年たち、無邪気に笑う子供らが様々なスナップとして撮られてあって、
「えっと、えと。これじゃあないな…あ、これこれ。」
 彼女がそのきれいな白い指先に摘まんで"ほい"と差し出したのが、
「………わぁ〜っvv」
 やはり大きな杵を肩に担いだ進だったりした。グレーのトレーナーにトレパン姿で、他の大人たちに混ざってお餅つきに精を出している。
「あと…これとか。」
「あ…。」
 小さな子供たちに懐かれて、腕を取られているカット。近所の顔見知りの子たちだからか、どこか仏頂面に見えなくもないお兄さんが、だけれど怖くはないのだろう。背丈が全然違うため、屈み込んでお膝に抱えてあげてるポーズが何だかほのぼのと可愛い。
「こんなのもあるわよ?」
「わ…vv」
 疲れたのか、縁側の端っこでうとうとと微睡
まどろんでいる図というもので。
「清十郎って写真撮られるのが苦手でね。撮るよって声かけると、真っ正面を向いた証明写真みたいのしか撮れなくて。」
 たまきの言はなかなかにリアルで、
"だろうなぁ〜。"
 失礼ながら、セナにも十分納得のいくもの。物静かできりりと清冽。凛としたその風情はきっと、生真面目で融通が利かない性分から発しているに違いなく、お道化たり形だけの笑顔を作ってみたりというお茶目には、ずっとずっと縁がなかった彼なのだろう。
「だからね、こういう"隠し撮り"っぽい撮り方しないと、いろんな顔した写真は撮れないって訳。」
 そして、彼女は彼女でそういう不意打ちやお茶目が好きなのだろう。たまきは次々に隙をついたらしき写真を並べて見せて、
「どれでも好きなの、持ってって良いわよ?」
「ええっ?」
 なんとも太っ腹なことを仰有る。
「焼き増しはいくらでも出来るし、日頃の面と向かってる時って、こういうお顔はなかなか見られないでしょう?」
 そ、それは確かに…とたじろぐほどに、さすがは身内、斟酌のないお言いよう。
「ほら。これなんかどう? 寝ぼけ眼の清十郎。」
 束の中からまた見つけたらしい進の写真を、テーブルへと置いたその時だ。

   ――― たんっ

 さすがに多少は遠慮したのか。バンッとかダンッとかいうほどの勢いはなかったが、それでも突然降って来て写真の山を真上から押さえ込んだ大きな手の出現には、

   「…え?」
   「あ…。」

 席に着いていた二人がびっくりして顔を上げ、相手を見やって"おおう☆"と身を引くリアクション付きでまたビックリ。黒っぽいロングコートも、その襟から見えるシルバーグレイの詰め襟にも重々見覚えのある、体格のすこぶるよろしい偉丈夫で。長い腕を辿った先のお顔には、もっともっと見覚えがあった。

   「進さん…☆」

 かるた取りじゃないんだから。
(笑) いつまでそのままでいる気だろうかと、こちらもしばし固まっていた たまきが、はっと我に返って、
「…とにかく座りなさい。」
 4人掛けのテーブルだったのを幸い、セナの隣りを指差した。連れである以上は文句も言えまいし、彼もまた見栄えはなかなかの男前。客を選り好みするとんでもない店長さんは、何も言っては来ないままだ。ウェイトレスさんがオーダーを取りに来たのへ、ブレンドと短く言ってから、まじっと姉を見やる進だったものだから、
「な、何よ、いきなり。」
 別に…何かしら疚
やましいことをしていた覚えはない。楽しい家族写真を親しいお友達のセナくんへ見せていただけだ。大体、この弟がこんな風に突然現れたことの方こそ、思い切り"何故?"である事象。
「今日は練習じゃなかったの?」
「午前中で上がりだった。」
 …相変わらずに言葉の少ない彼であり、正確には…監督に急な用事が入ったので後は自主トレモードとなったらしいのだが。そのまま進は、ポケットから自分の携帯電話を出して見せる。
「…? 何よ?」
 二つ折りなのを開かれたその液晶画面には、メールが表示されてあり、

  【お母さんより、清ちゃんへ。
   たまきちゃんが捕まらないの。帰りにQ駅のモールまで行ってみてくれる?】

「…あ。」
 慌ててバッグの中を掻き回した たまきは、
「あらいけない。電源切ってたわ。」
 自分の携帯を見て苦笑した。
「きっとお買い物の追加ね。」
 くすすと微笑って、ブレンドコーヒーと共にやって来た伝票を片手にそのまま立ち上がる。
「じゃあ、あたしはこれで。…あ、写真は清ちゃん、持って帰って来てね。それとセナくん、ホントにどれでも持ってってよね。」
 現れた時と同様、颯爽と去って行ったお姉さんであったのだった。




「あの…。」
 飲み物を味わっていた間中、何だか…隣りの席の進の機嫌が悪そうに思えて、手を伸ばせなかった写真だったが。
「気にしなくて良いぞ。」
 ふと。そんなセナに気づいたらしく、眸の光をやわらげてそんな風に言ってくれた。
「そういえば写真なんて長いこと見てないな。」
 自分でも中の何枚かを手に取って、心持ち、口許をほころばせる。ああそれも、彼には必要がなかったからだろうなと、セナはそう思い、ちょっと…神妙な顔をした。
「…小早川?」
 急に黙りこくって、一体どうかしたのか? と声を掛けて来た進へ、
「あの…ボクって、進さんに迷惑かけてませんか?」
「?」
 いきなり何を言い出したのか、本気で判りかねている眸を向けられて、
「あのあの…進さんはアメフトでは全国一の人で、進さんもそのままアメフトのプロになってとか、考えているのでしょう? そんな人だのに、何だかボク、要らない手間を取らせたり、余計なことに引っ張り回して、なんか進さんのこと、煩わせてばかりいるみたいで…。」
 だとしたら、こんな申し訳の無いことはない。何かに真剣に打ち込んでいる人には、時間はいくらあったって足りないくらいな筈なのに。フィールドを走り抜ける時は置いといて、日頃は何かと要領が悪くて鈍
とろい自分となんか付き合ってたら、その貴重な時間とか何とか、無駄にさせてしまうのではなかろうか。
"…ああ、こんな風に直接訊いたって。"
 ぽふぽふと。髪を撫でてくれる感触がして、
「そんなことはない。」
 ほら。優しい人だもの、そう答えてくれるに決まってるじゃないか。ボクってホント、何かしら抜けてるよなと、ますます肩がしょぼんと落ちる。………と、
「こんな風に。」
 進は自分がうたた寝している写真を、その武骨な指先でひょいと摘まんで取り上げて、
「当たり前なことを、俺は長いことなおざりにして来たから。」
 うつむいたセナの横顔を、そっと横合いから見下ろして、
「今、気がつくのが間に合って良かったなって思ってる。」
「………?」
 どういうことかと顔を上げたセナへ、
「もっと年がいってからじゃあ、携帯の使い方やらデジカメの撮り方やら、小早川が説明してくれたような丁寧さで教えられたところで、呑み込みも悪かっただろうからな。きっちり覚えられたかどうか。爺さんになる前に、身について良かったさ。」
 そんな極端な…と思ったが、
「俺は頑固者で頭が固いからな。よほどのことでなきゃあ、そういう方向への弾みとか切っ掛けにはならなかったと思うぞ?」
「…あ。」
 よほどのこと。セナと出会ったことがそうだと言い切る進であり、
「えと…。」
 もじもじ照れてしまう少年を、それは優しい眼差しで真っ直ぐに見やってくれる。どうも何だか、自分のことを卑下するところの多いセナだからと。やはりきっちり把握してくれている進さんは、凄いなやさしいなと、あらためて重ねて思ってしまったセナだった。
"…そだよな。ご迷惑かけなきゃ良いんだ。"
 ありがたいことにこんなにも想ってくれている、男らしくて甲斐性のある優しい人。困らせたくないのなら、一緒にいるのが嬉しい楽しいと、素直になった方がよっぽど良い。
「こっちこそ、これからもまた迷惑かけるかも知れんが、よろしくな。」
「…えと、はいっ♪ /////
 打って変わって良い子のお返事。にっこり笑ったその笑顔にて、
"う"…。"
 実はこっそり、高校最強ラインバッカーの腰を砕いている、無邪気な少年なのであった。







   aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


    「じゃあ、この写真、いただいてきますね♪」
    「…ああ。」
    「進さん? 何ですか?」
    「その代わり、その…。」
    「???」
    「………。」
    「…………………あ。は、はいっ。ボクのも貰っていただけますか?」
    「………。(強く、頷く/笑)」
    「じゃあ、これからウチにいらっしゃいますか? アルバムから選んでください。」
    「アルバム…。」
    「最近のだと、あ、そうそう。お正月に着物着たからって撮ったのが新しいかな。」
    「………。」


    進さん。アルバム丸ごと欲しかったりしてな。
(笑)




   〜Fine〜     03.1.27.〜1.28.


   *世間様が"DOWN.25"に沸いていたのへ煽られて書いた突発ものです。
    そーかー。原作は"進セナ"推奨か〜vv
(こらこら)


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