星祭りへの素描デッサン A
 

 
          



 繁華街としての華やぎとは、一種 空気というのかムードの違うにぎわいが、電車に乗った段階から既に満ちており。目的地であるQ駅に降り立った多数の浴衣姿の群れに押されるようになって、軽々と運ばれるようにして改札を出た瀬那だったが、
"あやや…。"
 このまま催しの中心部であるモールや大通りへまで連れ去られるのは困ると、ちょこっとじたばた もがいて見せる。待ち合わせたのは改札前だからで、ここから街の方へと遠く運び去られてしまっては、これからの時間帯、人波に逆らって戻って来るのが自分にはきっと大変だろうことは明白だ。
"通して〜。"
 人の流れに何とか逆らって、この場に留まろう、壁際へ避けようとするのだが、相変わらずの小さな体、しかも遠慮がちな及び腰だと来て、
「痛たっ!」
「あ、あ、すいませんっ。」
 こっちがぶつかられた側なのに、相手の声に負けてすかさず謝っている辺り、

  "…何をやっとんじゃ。"

 どこまでお人よしなんだかと、呆れたように"はああ"と溜息をつき。それからおもむろに、人の流れをざかざかと力技にて強引に横切ってセナへと近づいた人影が一つ。
「おら、こっちだ。」
「…え? あ、蛭魔さん。」
 こんばんわと頭を下げて"いい子のご挨拶"を仕掛かるのを、
「それは後にしな。」
 はい? キョトンとしつつ、ご挨拶の中途から顔を上げたセナの、小さな手を掴みかけた蛭魔だったが、
「………。」
 ちょいと考え直すと、すぐ傍らにくっつかんばかりに寄り添って、腰回りにきっちり結ばれた帯に両の手をかけ、ぐいと引っ張り上げる。
「え? え? え?」
 いつも思うことだけれども、この痩躯のどこにそんな馬力がある人なのだか。軽々と…足が浮くほど抱え上げられ、回れ右をして。元いた壁際へと、やはりがしがしと人の流れを強引に突っ切ってく人であり。こういう、人の流れの隙をついての逆行とか横断とかいう"障害物走"はセナにも得意技な筈だったが、今日は少々勝手が違う。まとう装束やら足元やらが、いつもと違う装備になってて。それで、日頃以上に覚束なかったというのにね。
"ふや〜〜〜。///////"
 やはり間違いなく、蛭魔も下駄履きの足元なのに。迷いのない自信も勝っての強気さが効いてだろう、すいすいと流れの切れ目を縫っての進軍は、あまりの見事さがいっそ優雅なほどであり。
「ほれ。到着だ。」
 あっと言う間に改札脇、夏の旅行は新幹線でと謳っている大きなポスターの貼られた壁沿いの"路肩"へと到着してしまった。
「あ、ありがとうございます。」
 コツを心得ていた彼だったのか、全体重をかけたことになった筈の帯も全く緩んではおらず、浴衣も着崩れておらずで、それでも襟元をくいっと直して下さった先輩さん。セナの もたくさ振りを責めるでなく、ただ、
「…ったく。進の野郎も大学に上がって緩んだんじゃねぇのか?」
 吐き出すようになかなか端的なお言いようをなさる。あまりに省略され過ぎている一言だったが、そこには、

  《 こんな浮かれたお誘いにあっさり乗りやがってよ。》

 舌打ち混じりのそんな気持ちがありありと滲んでいると、セナには十分通じていて、
「そ、それはないと思いますけど…。」
 大切な人への一応の弁護をしてみたり。今夜の七夕の夕べへのお誘い。きっと、事の順番は、こうだったに違いない。


    『ねえねえ妖一、Q街の七夕祭り、観に行かない?
     夕方からのショーの仕事で行くんだけど、TVの中継が入るせいで早めに上がれそうなんだ。』
    『??? 何だ、その妙な段取りは。』
    『僕がTVへ出るとなると、 番組の製作費の大半がギャラでもぎ取られちゃうからってことで、
     それで敬遠されちゃったの。前半だけで良いんだって。…それより、ねえねえvv』
    『そんなうざいもん、興味ねぇよ。』
    『そんなこと言わずにサ。妖一の方だって、八月に入っちゃったら、
     部活とセナくんたちへの進学ゼミとで忙しくなるんでしょ?』
    『それはそうだが…。けどな、あんなもん、人込みを見に行くだけだぜ?
     それにその年齢
    トシで"七夕"もなかろうが。』
    『ん〜、だってさ。僕、妖一の浴衣姿が見たいんだもの。
     そういう目的のあるお出掛けででもなきゃ着てくれないでしょ?』
    『だったら尚のことヤだ。』
    『ええ〜〜〜っ?! 何で即答なんだよう。ねえねえ。』
    『………。』
    『う〜〜、ねえってば。』
    『……………。』
    『う〜〜〜〜。』
    『………わぁーったよ。』
    『やたっvv』
    『まあ待て。こうしようじゃねぇか。チビと進の二人が一緒すんなら行ってやる。』
    『何であの二人まで?』
    『お前といると顔が指すからな。日頃以上の人込みん中で取り囲まれた時に、
     あの二人がいりゃあ、退路の確保も簡単だろさ。』
    『…二人を誘えたら、浴衣、着てくれるの?』
    『ああ。浴衣でも十二単でも、着てやろうじゃねぇかよ。』


 もっともらしい取引条件。お友達とのダブルデートなら良いなんて言い出したのも、蛭魔にしてみれば…雨にも風にも夏の暑さにも負けずに練習の鬼と化してるだろう進が、こんな浮ついた催しになんぞ関心を示す筈がないと思ったかららしかったが、
"こいつが喜ぶと思えば、本人の柄や好みでなかろうが何にでも食いつくってことか。"
 この、歯痒いばかりに純真無垢な恋人たちを、同じように見守って来たつもりだったが、セナの傍らに居た蛭魔と進の傍らに居た桜庭では、アンテナで拾えたものも随分と違ったということか。はあともう一度の溜息をついた蛭魔へ、
「…でも、蛭魔さんだって。」
 小さな後輩くんがぼそりと呟く。ああ?と細い眉を逆立てると、怯んだか慌てて居住まいを正しつつ口を噤んだが、そこから"そぉっ"と見上げてくる上目遣いが…

  "…チッ。"

 可愛いじゃねぇか、この野郎。いじめられっ子だったのはこういう"そそられる顔"をしたからじゃねぇのかと、余計なことまで思いつつ、何を言いかけたのだと催促するよに、こちらからも"じぃっ"と見つめ返せば、

  「蛭魔さんだって、あのその、此処に来てるじゃないですか。」

 大好きな進のことを"緩んでる"と言われて彼なりにムッとしたのか、いや、そうじゃなかろう。こちらのいで立ちを見やり、乱暴者に見せてその実、約束は守る律義なところをそれとなく揶揄したのかも。何しろ、金髪の悪魔様。周囲を行き交う人々同様、きっちりと糊の利いた浴衣を身につけている。小さなセナが初めて見る和装の彼は、相変わらずの金髪を攻撃的にピンピンに尖らせた頭をしながら、なのに…淑やかな装いがしっとり馴染んで違和感はない。漆黒に近い濃藍の地の浴衣は、前立てと片方の袖とに白抜きの格子柄の帯のようなアクセントが縦にすとんと走っており、シャープな印象を与える仕立て。細いがしっかりした腰には落とし結びにした茣絽
ごろの帯。スリムな肢体にゆったり着ていて、ちゃんと上背もある人なのに、どういう訳だか、やはりというか。薄い背中や細い肩がどこか強調されてもいて、前合わせの切れ込みを鎖骨の合わせから胸元へ僅かほどくつろげて、そこへと懐手をしている太々しささえ あだっぽくも妖麗であり。たとえ月光しか光源がなかったとしても、玲瓏艶麗な造作のお顔のみならず、首条や襟足のその抜きん出た白磁の肌が光るほどに冴え映えて、馥郁ふくいくと匂い立つまでの美麗さを辺りに知ろしめしたに違いなく。
"綺麗だなぁ…。"
 至近から見上げているせいだろうか、うっすらと唇が開きかかっている幼いお顔を、ちょっぴり斜に構えた角度から見下ろした美人さん。ぽやんと自分に見とれているセナへ、実はこちらも似たような感慨での視線を向けていたりする。
"ホントに高校生の"野郎"なのかね、こいつはよ。"
 ふかふかな髪はつややかなままに風に揺れ、濃色の虹彩が滲み出して来そうなほどの大きな瞳は、無垢なまま とろんと潤みがちになっており。少女のそれのように柔らかそうな小鼻や頬、小さな顎の上にふくりと開きかけている緋色の口唇の稚
いとけなさはどうだろう。浅い青のムラ染めの浴衣は、大きめの四角や長四角がところどころに重なった、結構シックな柄もので。帯も下駄も一応は男物で揃えてあるらしいのだが、籐を編んだ底の茶巾袋を提げている辺りが…いっそマニッシュな着付けを楽しんでいる女の子に見えなくもない。
"これも姉崎の見立てかな?"
 在学中に彼女からの過保護ぶりをいやってほど見て来た名残り、似合ってはいるが…着せ替え人形のような扱われ方でないかいと、いっそ不憫に思ってしまったり。そんなところへ、

  「妖一〜。」

 弾んだ声は、だが、さほど張り上げられてはいない。こんな人込みの中で、人気タレントの桜庭春人だと察知されればどんな騒ぎになることやら。人波が乱れることなんて、こちらが意図した訳でなし自分たちには関係ないことと…ちょいと無責任というか冷酷ながら、それでも割り切ることが出来もするが、身動きを封じられるほど揉みくちゃにされては堪らない。そんなの現金だとか酷いとか、言いたきゃ言えと開き直れるのも、約束を守ってくれた綺麗な恋人の艶姿のせいであり、
「うわぁ〜、なんて綺麗なんだろvv」
「…あのな。」
 いつもいつも言ってることだが、男に"綺麗"は褒め言葉にならん、お前だって辟易しとるだろうによと、不機嫌そうに曲げた口が言ったけれど。
「だってホントのことだもの。」
 それでなくたって酷薄なまでの鋭さが姿のみならず印象にまで滲んでおり、妖冶な魅力の塊りである恋人さん。それがこんな、一枚布を重ねて腰で縛っただけなんていう何とも無防備で、されど、凛とした気鋭が禁忌の香を孕んでまといつくよな いで立ちでいるのだもの。浴衣の濃色との拮抗もあでやかな白い肌が、いつも以上に蠱惑的で………ドキドキするほど淫靡でさえあって。
「ああ、僕が着てほしいって言ったのにね。」
「?」
「なんか、心配になって来ちゃった。」
 何がだと小首を傾げる愛しい人へ、
「だってさ…。///////
 こんなこと言ったら間違いなく殴られる。それに意識させるのさえ危ないからと、他の誰かを魅了して、奪られる切っ掛けになりはしないかなって心配をぐうと喉奥に飲み込んだ。
「???」
 相変わらずに妙なところのある奴だよなと、全然自覚のない罪作りな美人さんが、こちらも呆れつつ見やったのが、
「遅くなったな。」
「いいえ、いいえ。///////
 ぶんぶんとかぶりを振ったところを髪をぽふぽふと撫でられて、恥ずかしそうに…嬉しそうに頬を染めた小さな後輩さん。もうすっかりと大人の落ち着きをまとい、自分には見慣れぬ渋いグレーがかった深藤色の和装を、いかにも着馴れた印象でいる偉丈夫の傍らに並ぶとなるほど違和感のない幼さではあるものの、
"今時、頭を撫でられて嬉しい高校生がいるかよな。"
 二人きりの閨房にての秘めごと睦みであるならいざ知らずと。ますます呆れてしまった蛭魔であったが、
「…っと。」
 不意な衝撃、着いたばかりの快速から吐き出された人の波の端っこに、肩をとんっと押されてよろめきかかったところを、
「…おっと。」
 傍らにいた美形の相棒に片手で支えられて…ハッとする。不意を突かれてのこと、このくらいでバランスを崩した自分に舌打ちして怒るより、大きな手がしっかと腰の向こうに回されて、さりげなく支えてくれた頼もしさに…何故だか肌が泡立った。ランダムな縞の下りる濃紺の浴衣の袖から出ている、大きな手や手首の精悍な色香。しっかりした生地だとは言っても薄い一枚布だけに隔てられたという薄着同士。瞬間的に密着した肌の熱さに、ドキンと胸が騒いで、見上げた相手の顔の下、やわらかい亜麻色の髪を沿わせて…こうまで露わになってるおとがいや首元やを外で見たのは初めてだったから…その男臭さに思わずときめく自分にこそ、チッと舌打ち。


    「………。///////
    「? どしたの、妖一?」


 耳の先まで赤くなった恋人へ怪訝そうな声をかけてくるアイドルさんへ、どぎまぎしつつも誤魔化しの空威張り。
「行くぞ、チビ。」
「え? あ、はいっ。」
 照れ隠しからだろう、無理からセナの手を取り、ぐいぐいと引っ張って歩き出す蛭魔であり。綺麗どころが先を急ぐのへ、
「あ、待ってって。」
 慌てて後に続く男衆たち。慣れぬ足元にさっそくたたらを踏みかかったセナを、後方から素早く…裾さえ乱さずに追いついた進がお見事に受け止めたとか。お願いだから 尚のこと目立つ真っ黒サングラスをかけるのは辞めて下さいと、桜庭くんが妖一さんに泣きそうなお声になって頼んだとか。ホコ天になってた道沿い、夜店の射的や輪投げの目ぼしい商品を総ざらえして、どこが目立ちたくなかった人たちなのやらと、楽しい夕べを十分満喫なさった…という部分のお話は、皆様のご想像にお任せする…のではいけませんかね?
おいおい


  ――― 天ノ川では伝説の恋人たちが逢瀬の最中。
       彼らのように屈託なく幸せなら良いのにねvv
こらこら






  〜Fine〜 04.7.6.〜7.7.


  *浴衣姿で待ち合わせのシーンだけを書きたかった、邪まな奴でございます。
   今年の浴衣は何とカラフルな足袋を履くのがトレンドなんだそうで、
   一応夏仕様でメッシュになってるそうですが…暑苦しくないか、見た目?

ご感想はこちらへvv**


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