眠れぬ夜には…

 
 何にも心当たりはないのだけれど。例えば、足の爪先がちょっと冷たいからかな。それとも、まもりお姉ちゃんが相変わらずの手際の良さで、部のお仕事ほとんど片付けてくれたから、何だか力が余ってるからかな。それとも…何だか空笑いばっかりしていて、ホントの嬉しいが今週は一つもなかったから。それで全然眠たくなれないのかな。
「………。」
 ベッドにもぐり込んでから、もう随分と経っている。お父さんとお母さんたちはまだ起きているのか、階下で時々戸を開け立てする音がする。どこか遠くで走っているらしいオートバイのエンジンの音。妙にずーっと聞こえるのは、改造マフラーとかいうのを装備して走っているから、普通なら聞こえないくらい遠くにいる音がこんなところにまで聞こえ続けているのかも。
"………。"
 明日は土曜で、だけど学校のグラウンドに測量が入るとかで、部活動も緊急中止。けれど、王城の方はきっちり練習があるのだそうで、夕方にもらったメールでそれを知ってからというもの、何だか…何をしても何を見ても気勢は上がらず。ついつい溜息ばっかり出るものだから。それで早々に"不貞寝"を決め込んで布団の中にもぐり込んだのに。
「………。」
 家の前の通りに設置された街灯の明かりが、カーテンを透かして室内にまで届いていて。壁やドアを青く染めている。部屋の空気も随分冷えて来たみたいで。もう寝るからとスイッチを切ったエアコンだったけど、鼻の頭が冷んやりして来たのに気がついて、
"…もっかい、点
けよかな。"
 枕近くの勉強机。天板に置いた筈のリモコンを手探りで探す。テレビのリモコンを掴んでしまい、ああこれじゃないと、次のを触ったその瞬間。メールを着信しましたよという電子音がした。そのまま、それを…二番目に触ったリモコンのそっくりさん、携帯電話を引き寄せて。ベッドのヘッドボードのライトを灯してから、横になったままで画面を覗くと、

   「…進さんだ。」

 発信者の名前。漢字で1文字だから。大好きな名前だから。ドキンとしつつも一番早くに、どこのどんな人かっていうのが頭の中ですぐさま変換される。進さんも最近になって自分のを買った携帯電話。買った時に一緒にいたのを幸いに、電話番号とメールのアドレスを一番に登録させてもらった。勿論、進さんの新品の電話の番号とアドレスも聞いてある。それから始まったのが、毎日一回のメール交換。ホントだったら引っ切りなしにだって送りたいけど、忙しいんだもの迷惑かけちゃいけないし。それにね、電話だとやっぱり口が重い進さんだけどね、メールだと一杯"話して"くれるから。何だか…変な言い方だけど、得してるような気がするんだ。
"わぁ〜っ。/////"
 嬉しいって想いに弾かれて、勢いづいて"がばっ"て身を起こしてしまったほど。手の中のただの携帯が、そのまま…進さんのあの大きな手とかみたいに思えてくる。夕方にやり取りしたから、今日はもう終しまいって思ってたのに。何だろ、何だろ。何の御用だろ。早く見たいけど、すぐに見ちゃうの、ちょっと惜しいような。もっと喉が渇いてから飲んだ方がお水が美味しいみたいな、そんなような気分がして。でもでも、手はもう勝手に慣れた動作でメールを開いてる。お馬鹿な手だよな。日頃はあんなに不器用なくせに。


  【明日は残念だった。
   来週の半ば頃、高等部への入試の準備が始まるそうなので、
   今週よりは時間も取れるかと思う。】


   うわあ〜。/////


 嬉しくて何度も何度も文章を眺める。大それた名句や美辞麗句なんかじゃないけれど。進さんらしい簡潔な文面だけど。


   残念だったって。


 逢えたのに逢えないのが残念だったって。嬉しい、嬉しい、嬉しいっ。夕方もらったメールでは、明日は練習があるって一言だけだったから。そうですか、そうですねって"しょぼん"てしちゃったけど。このメールで一気に元気が出たみたい。
「………えっと。」
 椅子の背もたれからフリースのカーディガンを引き抜いて、適当に肩に羽織ると手元を見下ろす。えっとえっと、あんまり長いのはダメ。………えと、うん。


   ……………………………えへへ。/////


            ◇


 期待してなかったって言うと嘘になる。

  【メール、ありがとうございます。
   こんな遅くなのに起きてたんですね。
   来週、楽しみにしていますね。】

 短いお返事を打って、送って、ちょっと待ってた。おやすみなさいって結びかけて、でも消した。そういう終わり方にしなかったのは、ちょっとだけ自惚れたかったから。エアコンのスイッチを入れてから10分ほど待って。それから、携帯を片手に階下に降りて台所でココアを作って。そしたらお母さんがお茶を入れに出て来て"あらもう寝たんじゃなかったの?"って訊かれて…えへへと誤魔化し笑い。マグカップを手に部屋に戻って…合計で30分ちょっとくらいかな。
"…やっぱり今夜は無理かな?"
 温ったかいココア、ふうふうって吹いて冷ましながら。駄目だったかなって、ちょっと諦めかけてると、
「…っ!」
 着信音にじたばた慌てた。カップを机の上に置き、携帯の液晶画面を見る。……… /////。ああ、ダメだ。顔が勝手ににやけてしまう。


  【まだ起きていたんだな。
   来週の話は明日連絡するから、
   今日はもう早く寝なさい。】


 お父さんが小さい子供に話しかけるみたいな文面に、何だかやっぱり嬉しいなぁって口許が物凄くほころんだ。よ〜し。えっと………えと、うんと。


   ……………………………えへへへへ♪



  【ボクの方は、明日、お休みですもん。
   進さんの方こそ、早く寝なくちゃいけませんよ?】



 どんな顔してメール打ってくれたんだろ。あの大きい手で、小さいボタンを何度も押すのは大変かも。記号の。とか、とかはボタンがちょっと違うから、慣れるまでややこしいんだよね。楽しくなって"うくく"って笑ってたら、

   「………あれ?」

 今度はいきなり、それも電話の着信。ピッて受けると、

   【こら。いつまで起きてる。】

 あわわっ! 進さん、狡いっ!
「メールじゃないんですか?」
【面倒だ。起きてる相手ならこっちの方が早い。】
 うう"。そんなこと言って、あんまり喋ってくれないくせに。………でも、まあ良いかな♪ だって、明日は逢えないんだし。まだ全然眠くならないし。進さんと繋がってる電話なんだし♪

    【早く寝ないか。】
    「まだ11時ですよ。」
    【もう、だ。】
    「………もしかして進さんて、ボクのこと高校生だと思ってないでしょう。」



 早く寝なさい、スポーツマンたち。



    〜Fine〜 03.1.15.


   *突発的に思いついて書いてみました。
    こんなので宜しければ、あのあの、DLFとさせていただきます。
    どぞ、お持ちくださいませです。
    ところで物凄い基礎的な質問。
    携帯電話のメールって、着信するとやっぱり着メロが鳴るんですか?


戻る