天高く…

 

 

 気がつけば、朝の空気の中にキンモクセイの甘い華やかな香りが漂ってたり。見上げたカエデの枝が、下から上へ、紅から緑という見事なグラデーションを織り成し始めていたり。湿気が少ない空気がさらりと気持ちよくて、行楽やスポーツのイベントがあちこちで賑々しく催されていたり。
「秋だよねぇ。」
「そうだよなぁ。」
「お昼間も涼しくなって来たし。」
「夕方、陽が落ちんのが早くなったしな。」
 校舎の屋上、鉄パイプの柵に頬杖用にと肘を引っかけるようにして凭れつつ、眼下のグラウンドを眺めやる。今日は野球部が使う日だから、自分たちの後輩の姿はそこにはなくって。オーっとか、ッゴーセーっとか。野球には縁のないボクには ちょっと意味が分からない掛け声が響いてる。一応は“出る単”を片手のボクらなりの自習のつもりで、陽当たりも見晴らしもいい此処へと上って来たのだけれど。先客のクラスメートの三人衆が、参考書を陽避けにしてお昼寝に入っていたので。しかもその様子があまりにも気持ち良さそうだったので。小結くんと雷門くんとというこちらもいつもの三人組。お喋りを出来るだけ控えてと、そのまま宇宙まで突き抜けていきそうなほど高い、秋の空を見上げたり、ふわわと零れる欠伸を手のひらで覆ったり、のんびり過ごす方へと気持ちを切り替えたのだが。
「…だ〜〜〜っ、何してんだ。あのレフトっ。」
 今のところは…まだ、野球の方に費やして来た時間の方が、アメフトよりもちょこっと長いっていうバランスのままな雷門くんが、新しいポジションなのだろう外野を守り切れてない選手へ苛々と呟き続けており。そんな様子に、思わずの苦笑が浮かんでしまうの。

  “やっぱボクらって、スポーツの方に偏ってる人種なんだろうな。”

 くうくう寝ている十文字くんたちにしても。此処に上がって、まずは…腕立て伏せやら腹筋運動やらをこなしたらしく、手のひらや制服のズボンが、そういう跡でかすかに汚れてる。戸叶くんの本なのか、スポーツ誌が数冊ほど散らばっていて。一頃ほど野球ばかりが王者として君臨してはいない昨今は、サッカーにラグビー、テニスにゴルフ、K−1に水泳や体操競技まで、テレビ中継が行き届いてる今日この頃。

  “アメフトだって…。”

 本場アメリカのNFLがBSで中継されているばかりでなく、ケーブルテレビで大学リーグや実業団のXリーグも中継しているし、そんなこんなでファン層だって広がっている。別にね、自分たちの“好き”っていう気持ちがあればそれだけで十分なんだけど。自分ではやらないけど、プレイを観戦するのが好き、なんて言う人がいるとね、不思議とワクワクしてしまう。ありがとねって言いたくなっちゃう。ウチのガッコはボクらの年代から盛り上がったもんだから、結構アメフトに通じてる人も少なくはなくて、

  『あ、この人、こないだの試合でウチとやったチームの子じゃない?』
  『どれ? あ・そうそう、この子vv

 そんな会話が聞こえると、自分が取り上げられてなんかないのに擽ったくなっちゃうしね。フィールドに立ってられない身の上になった分、ギャラリーのお声がよく届いて。こんなに応援してくれてるよって、振り向かなくてもいいけど、だから頑張れって。あのね、後輩さんたちへ“お母さん”みたいな気分になってるボクだったりするんです。

  “蛭魔さんもこういう心持ちだったんだろうな。”

 部から離れても色々と周到に構って下さった大先輩。我儘で強引で怖いばかりな人だっていう印象が強いんだけど、ホントは皆のこと、よ〜く考えてくれてる人だったし。…でもね、セナくん。間違っても“お母さん”発言だけは本人様に伝えないようにね?
(笑)







            ◇



  「…ほら。この人。」

 週番だったのでモン太くんや小結くんには先に帰ってもらって、黒板消しを綺麗にし、ごみ箱や掃除用具入れ何かを点検してから、出席簿と日誌を持って職員室へゆき、やっとのこと帰れる身となって教室を出て。そしたらね、不意に前を歩いてた女の子たちがそんな声を上げた。

  「強いんでしょ? 王城にいたっていうから。」
  「あら、王城だったら桜庭くんじゃないよ。」

 とくん、と。いまだに反応しちゃう学校名だよな。もう卒業しちゃったのにね。そぉっと見やれば、女子が二人、横に並んで歩きながら、女性誌の“インカレ界のイケメン特集”とかいうページを見ているらしく。
「まだ一回生なんでしょにね。もうレギュラーなんだってよ。」
「でも、なんか怖くない?」
「そぉお? こういうキリッてしてる顔の方が好きだな、あたし。」
 うんうん、ボクもですと。二人の頭の隙間から見えた、グローブを外しているところを不意打ちで撮られたらしき、伏し目がちになってる進さんの写真に“〜〜〜vv”ってなっちゃったvv 進さんたら新人なのに秋の大学リーグで大活躍しているから。こないだもスポーツ新聞の裏トップに特集されてて、女の子たちが“アメフトは判んないけど、この人カッコいいvv”と騒いでて。

  『…何でお前が赤くなる?』
  『さ、さあ…。///////

 ああ、そうだった。一緒にいたモン太くんから不審そうな顔されたんだっけ。////// こちらの雑誌では写真は数枚しか載ってなくって。しかも他の人と一緒くたな扱いで。ただの写真でしか、進さんのこと知らない彼女たちにね。その人ってもっと素敵なんだよ、怖くなんかないし、頼もしいしvv そんな風に褒めちぎって もっと好きになってほしいと思う反面、ボクしか知らない優しい笑い方もするんだよという優越感をひけらかしたかったり、はたまた、あまりに人気が出てしまって、桜庭さんみたいにいつもファンの人たちに取り囲まれるようになってしまって、独占出来なくなるのはやだなぁなんて。勝手にそんな複雑なことまで、今から悩んでみたりして。………ああ、ボク、もう末期かも。
(笑)

  “………確か、今週末も試合があるんだっけ。”

 模試と重ならない限りは観戦にも通っている。ゲームへの勘を忘れない、良い刺激になるからって、蛭魔さんも特に怒ったりはしないけど、
『どうせなら来期に世話んなる、ウチのチームの癖とかを見とかんか。』
 ごもっともなことを言われてもいる…のですけれど。ダメなんですよう。進さんの姿が観られるっと思うと、もうそれだけで足が試合会場を勝手に選んでる。スタンドにいるって気がついてくれたなら、目配せを下さって…そのまま一緒に帰ってももらえるから、これはもう。他の何物とも“選ぶ”なんていう余地のないことだったりしてvv

  「〜〜〜♪」

 ああ、いけない。今から口許がほころんでしまう。変な人みたいだから思い出し笑いだけは引っ込めようと。ちょこっと俯いて頬を両手で押さえていると、


  「…どうした?」

   ………はい?


 今、誰か、何か、言いませんでしたか?
 選りにも選って、ボクの大好きな人の声を真似して。

  「何か、考え事か?」

 響きが深くて大好きなお声が紡ぐ呪文。眸を見開き、ひたりと立ち止まった足元の、そのすぐ前に。先週、家まで送って頂いた時“あ、新品だvv”って気づいたのと同じ、かっちりした革の靴。

  “えっ? えっ?”

 何としたことかと、頭の中は混乱のまま。でもでも、体の方は正直に迅速に、お顔を上げよと動いてて。

  「小早川?」
  「…進さん?」

 あんまり強く想っていたら、その影が差すって言うじゃない。だとしたら、ボクの一念って凄いなぁなんて、何だかぼんやりしてことを思っていたんだけれど。私服姿の進さんの、大きな手のひらが…いつもみたいに前髪をぽふぽふと撫でてくれた感触に………。


  「………本物、ですか?」
  「ああ。」



   変なこと、訊いちゃったボクだった。///////




  〜Fine〜  04.10.12.


  *頬の赤みは夕暮れ色に誤魔化して、
   並んで仲良く帰った二人だったそうですよvv
   ………なんていう、相変わらずのほのぼのSSを考えてたら、
   本誌でも美味しい遭遇が叶ってたそうでして。
   恐るべし、原作者様方の神通力。
   腐女子が求めるものは、全てお見通しか?
こらこら

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