普通? 特別?
 



 桜庭さんが逆恨みストーカーに襲われて怪我をしたそうで。自分にとってはすぐ間近に居る“お友達”なのに、そんな大変な目に遭うなんてってそれはそれは驚かされた。しかもそんな一大事を、新聞とテレビで知ったボクだったの。でも、ああそういえば彼
の人は芸能人で、しかも超が幾つもつくような売れっ子で。思いもよらないところに色々な想いを忍ばせて彼を注視している人が山ほどいるのだという立場の、ある意味で“公人”扱いを受ける人だったんだなと、あらためて思い知らされたような気がした。ご本人は、それはざっかけない気さくな人なだけに、そして…気軽に電話やメールのやり取りをしていたり、共通の知己のことをお肴にしてお喋りに興じたりするような、ごくごくありふれたお付き合いをしている人だから尚のこと。あまりにファンが多くて、その全部へと満遍なく微笑むために“均等に遠い人”になっちゃってるんだってこと、なかなかピンと来なくって。

  『ここだけの話、僕は妖一だけの僕なんだけどもね。』

 妙に やに下がってそんな言いようをし、その妖一さんからこつんと拳骨をいただいてたご本人を病院にお見舞いし、さて。






            ◇



  「……………。」
  「……………。」


 かたたん・かたたんと単調な音が続く車内。そろそろお昼で、じゃあ途中のQ街で降りて何か食べて帰りましょうかと、病院を出ながらそんな風に決めて。それからそれから、この快速に乗ってからずっと。どういうものか会話がない。いつもやいつぞやみたいに充足した沈黙ではなく、微妙な気まずさがなくもない、意識し合っての“沈黙”であり。とはいえ、

  「………っ。」

 ぽふんと。頭に乗っかった大きな手のひらの感触に、小さな安堵が胸の中へと広がったのを実感した瀬那くんで。だって…何度もその手を口許に寄せては、ためらうように空咳の真似ごとをしてた進さんだったんだもの。それからね、

  「すまなかったな。」

 優しく響く低いお声がそうと紡いで。進さんが謝ることではなかったのにね。そう思ったから、セナは顔を上げるとゆるゆるとかぶりを振って見せた。実はこの二人、病院から出た途端に記者の皆さんに取り囲まれてしまったのだ。進さんが桜庭さんの、元王城でのチームメートだったってことを思い出した記者さんがいて、何か心当たりはないかって訊いて来た。もうとっくに捕まってた犯人へじゃなく…噂の美人モデルさん
(笑)について、だったのだけれど。勿論、そんなことは…そんなややこしい展開になってることからして知る筈がない進さんだったから、憮然としたまま無言でいたのだけれども。殺到して来た記者さんの勢いに、御用がなかったセナくんがちょいと突き飛ばされかかったのを見るや否や…。

  『…そこのサングラスの男。』

 何となく雰囲気の変わった進さんが、それはそれは鋭い眼光で睨みつけたのは、あんまり聞いたことのない名前のスポーツ紙の腕章をつけたカメラマンさんで。いくら競争激しい仕事でも、無辜の少年を突き飛ばしておいて謝りもしない者に語ることなぞないと、底冷えのするよな語調できっぱり言い放ち。きょとんとしてしまった他の記者さんたちまでがフリーズしてるその間に、セナの方が気を利かせ、進さんの手を引くようにして大急ぎでその場から離れたのだけれど。
「つい、腹が立ってしまったのでしょう?」
 あのカメラマンの不躾な態度へ、正義感の強い進さんがムッとしたのはよく判る。子供と思って軽んじたならなお許せないと、それでの恫喝だったのだろうなと。判ってますよとやわらかく笑って見せたセナだったが、

  「………。」

 進さんは。ちょっとだけ口許を動かしかかり、だが、ちょうどQ駅に着いたタイミングに邪魔されて、やむなく口を噤んでしまった。





            ◇



 夏も夏休みも真っ盛り。この沿線の繁華街にあたるQ街は、真夏日日和の平日なのにも関わらず、学生だろう若い人出でどこも結構埋まってて。そんな中、映画館のあるアミューズメントプラザの前では、記者さんたちやカメラクルーのグループが幾組か立っており。その近くの通路沿いには、ショーウィンドウの一部に青いシートが覆うように張ってあるところがあって。ああそうか、あの辺りで桜庭さんが襲われたのかと、セナの視線までもがついつい引かれた。そんな連れの様子を間近の真上から見下ろし、

  「…小早川。」

 声を掛けて来た進さんは、素直に見上げて来たセナへ…再び何か言いたげなお顔をし、それからやっぱり、またまた大きな手を口許に持ってゆくものだから、

  「行きましょうか。」

 あんなの見物してもしょうがないですしね。そこからさっきの不愉快なやり取りを思い出すのも何だか癪だし。濃色のシャツに上背を引き締められた進さんの、長くてしっかりした腕の肘のところを、ちょこりと触って掴ませてもらって。駅前から少し離れた、最近行きつけの中華飯店への道を選ぶ。進さんにもその意はすぐに伝わって、敢えて指差したりしなくとも、いつもの道をと歩んでくれて。たかたか小走りになるセナくんを、今日は進さんの方がゆっくりした歩幅で追っている感じ。そうして、

  「さっきは…怖がらせたな。」
  「………え?」

 セナの脚がひたりと停まったのが、お店までの近道になる脇道の取っ掛かり。それって…と固まったセナくんが、

  「…あっ!」

 ハッとしたのは。今になってやっと“ホントのところ”に気がついたから。自分にたかって来た記者さんの無礼を代わって謝ったのでなく、自分がいきなり腹を立てたことでセナが思わず ひくっと身を縮めたことの方へと。それを謝りたかった進さんだったらしくって。
「あ…。//////
 そんなそんな、気にしないで下さいようと。肩越しに振り返ったそのまま、両手で進さんへしがみつきながら。セナくん、それこそ真っ赤になってかぶりを振った。ダメだな、ボク。そうだったなんて、それへの“すまない”だったなんて気がつかなかった。でも、
“…そういや、そうだよな。”
 なんで進さんが、見ず知らずの失礼なカメラマンさんの尻拭いで謝ったりするの。ちょっと考えれば判ったことなのにね。ついつい…注目を受ける機会の多い人なればこその気遣いだろうと、そんな風に勝手に思い込んでたみたいだ。
「こっちこそ ごめんなさいですよう。///////
 ボクは所謂“普通一般”の人間だから。あんな風に記者さんの陣幕に囲まれるような機会なんてそうはないから。
「でも、進さんは。」
 アメフトの世界では日本一を冠せられるレベルの人で。あまりに間近にいるからつい忘れちゃうけれど、あんな風に堂々と意見出来ても違和感はなくて。それでの勘違いをしちゃってましたと、ごめんなさいと謝れば、それこそ気にすることではないとやはり髪を撫でてくれた進さんで。こんない優しい人なのにね。あんなにも威厳をあふれさせて堂々と、大人に向かって“この無礼者っ”と恫喝しちゃえる迫力はやはり凄い。いつだって真っ直ぐで、時にそれが冷たく解釈されても動じずに。強い強い自信と自負でもって、いつだって高みを目指してる強い人。

  「あのあの、さっきは凄いなぁって惚れ惚れしちゃいました。」

 特別な場面に慣れてらっしゃるからと笑ったら、
「…それを言うなら、小早川もだろう。」
 セナだって、知る人ぞ知る“アイシールド21”という俊足ランニングバックであり、実力者たちにこそ、その存在を脅威的なそれとして注視されているのに? たいそう手短に、即妙に言い返されてしまったの。

  「うと…。////////

 でもでもそれは。試合中とその前後だけの仮の姿だったのだし。蛭魔さんや栗田さんや、チームの皆がフォローしてくれて保持出来た“二つ名”で。その点では、素性を隠さねばならなかったのが面倒で大変だったから、
“そか。特別って大変なんだな。”
 まったく覚えのないことで暴漢から襲われた桜庭さん。見知らぬライバルが全国に山のようにいる進さん。なのに堂々と胸を張り、マイペースを崩さないでいられる気鋭は物凄く、
「ボクはやっぱり“普通”の方が、肩が凝らなくて良いかな。」
 到底真似なんて出来ません、にひゃっと愛らしく笑ったセナくんへ、

  「俺は、特別も嫌いではないな。」
  「?」

 小首を傾げかけたセナの小さな口許を、親指の腹でぐいと擦った進さんだったから。それへと、セナくん。キョロキョロと辺りを素早く見回し、誰も見てはいないと確かめてから、そぉっと…目を伏せる。進さんの匂いが近くなり、

   「…。////////

 やわらかなキスは、体温を軽々と1度ほど押し上げてしまい、居ても立ってもいられない気持ちを、間近にあった進さんのシャツの裾を掴んで何とか収める。…ああ、だから、落ち着けなくなるから、その…ボクの大好きな大きな手で、髪を梳いたりしないで下さいよう。//////

  「見つめるだけで小早川がこうしてくれる、そんな“特別”は手放したくはない。」
  「うっと…。/////

 ご自分だってちゃんと“合図”なさったくせにと、真っ赤なセナくん、でもでも言い返せない。だって、それが合図だってこと、もしかしたら進さんさえ気づいていないのかも。だったらそれって…自分だけの、それも物凄く“特別な”取って置きの秘密でしょ? だから、自分だけが特別な振る舞いをしているなんて言われて、ちょっとだけ“くぅっ”てなっちゃう甘い我慢を何とか噛みしめて。恥ずかしそうにうつむいたお顔のずっとずっと端っこで…小さく苦笑するセナくんで。

  “そですよねvv

 こんな“特別”は大歓迎。お互いが相手の特別だったり、自分だけが知ってる“特別”があったり。
「じゃあ、特別のお昼ご飯を食べに行きましょう。」
「? …そうだな。」
 わざわざ探した訳ではなくて。迷子になりかかってた路地の奥で偶然見つけた、ワンタンメンと天津丼がすこぶる美味しい中華のお店。こんな短い言いようでそれと分かってくれた進さんとの“特別”がまつわる小さなお店。デビルバッツTシャツの上へ羽織った白いオーバーシャツの裾をひるがえしながら、進さんの前になり後になりはしゃいで歩くセナくんへ、お取っときの優しい眼差しを向ける、お互いに“特別”な恋人さんたち。



  ――― それって世間では単なる“両想い”っていうんですけれどもね。
       ま・いっかvv
(笑)










  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 後日。小早川さんチの晩ご飯の席で、出版社に勤めるお母さんがこんなお話をしてくれた。○○というゴシップ雑誌の“伏せ字・匿名・イニシャル対談”っていう唯一の売りだったコーナーの記事が、全然伏せ字じゃなく、匿名でもなく、イニシャルでもないままに、某有名大物女優への言いたい放題を無作法にも載せたものだから、名誉棄損ということで裁判沙汰になるらしくて大変だとかで。その○○というのが…どっかで聞いた名前だなと、う〜んう〜んとセナが唸っていた同じ頃、


  「ここのカメラマンがセナくん突き飛ばしたの、妖一も見てたんだね。」
  「だからどうした。」
  「いや、別に…。」


  う〜んう〜ん。恐ろしい人です、相変わらず。




  〜Fine〜  04.8.10.


  *うわあ、何か久々の“進セナ”じゃなかろうか。
こらこら
   他の方々のテンポが速いのか、この人たちの歩みが相変わらずなのか。
   とりあえず、何がどうしたって“幸せ”なバカップルではあるようですvv

ご感想は こちらへvv**

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