凍夜玲瓏

   *R-12、くらいですかね。中学生以下のよい子はご遠慮下さい。
 


 腕の中に息づく小さな温み。時折 こそりと身じろぐのは、だが、不安だからではなく。触れていないところが寂しいからと、その身を やわく擦り寄せて来るだけのこと。焦れて何かしら急かすでなく、ただただ甘えて見せるだけ。こちらの温みと存在感に触れているだけで、もうもうすっかり充足しているのだものと言いたげな。そんな稚い媚態がつくづくと愛らしい、まだどこか臆病な愛しい人。それでも今日は珍しくも、そりゃあ大胆な振る舞いを見せた瀬那でもあって、

  『あの、あの…今日はボク、独りなんです。////////』

 静かな居間にて差し向かいになり、NFLのプレーオフのビデオなぞを観ていたそんな折。不意に立ち上がると…間にあったテーブルの縁を回って傍らまでやって来て。おずおずとただそれだけを告げるのに、持てる限りの勇気をえいっと思い切り振り絞ったのだろう。頬のみならず、耳から首条に至るまで、真っ赤に熟れさせた純情な彼であり。ざっくり編まれた緋色のセーターの袖口、甲の半ばまでが埋まっていた小さな手の先だけが…緊張してだか冷たくて。そっと掴み取って初めてそうと気づいたものだから、大切なその指を捧げ持ち、そのまま唇を寄せたれば、柔らかなその手もゆるゆると熱くなっていったのだけれど。
『…し、進さん?』
 はしたない真似をしたと、それで真っ赤になってしまった彼に報いるには、こんなものでは足りないのだろうな。そう思っての…目許を細めての小さな苦笑に、ますます頬を赤らめた、それは愛しい可愛い人。どぎまぎしたまま立ち尽くしていたものだから、腕を引いて導いて。こちらへ転がり込んで来たところを懐ろへと閉じ込めて。かすかな震えが収まるまで、ただただ掻き抱いていたのだけれど。間近になった柔らかな髪。ちらりと覗く小さな耳に細い肩。胸板へと添えられた、まだまだ幼い作りの手。ああしまった、これではこちらが落ち着けなくなるかもしれないと。表情乏しいお顔の陰で、実は思っていたらしい騎士様で。相変わらず物慣れないのはお互い様な、そんな可愛らしい人たちへ。窓の外から桜の梢が、これからずんと冷え込みますよと、真冬の夕刻、寒の風にさらされながらそれは秘やかに囁いておりました。


  ………残念ながら、二人には聞こえてはいなかったみたいでしたが。





            ◇



 今週の末、日曜日にはアメリカ遠征に発ってしまう人。GJC…グローバル・ジュニア・チャンピオンという、アメフトU-19 世界大会の日程が終わっても、そのままスーパーボウルの見学もするのだとかで、2週間は逢えないこととなる二人であり。晩秋からつい先日にかけてまで、進さんの側に様々な決勝戦や頂上決戦が集中していた日々だって、落ち着いての逢瀬は出来なかったのだから、今更と言われればそれまでながら、

  ――― また、もっと、逢えない日が続く。

 やっと落ち着いて逢えたばかりなのに。今、こんなにも間近に居るのにと。なのに…と思うと居たたまれないのは致し方がない。それだけ大切な君だから、それだけ大好きな人だから。腕の中へと掻き抱いた懐ろの中を覗き込み、そおと口づけた小さな温みは、苦手なはずの柔らかな甘さにくるまれ、けれど…いつまでも触れたままでいたい微熱に震えてもいて。
「………。」
 目顔で問えば、小さく、だが、くっきりと顎を引き。腕を伸ばしてこちらの首へ、きゅうとしっかりしがみついて来る。あまりにささやかな肢体は、鍛え抜かれた双腕にはひどく軽く。いつものように…力が余って抱きつぶしはしないかと、そちらへの懸念に息を飲みつつ。もっと深く、まるで肌を突き通して身の裡
うちへまで引き込みたいかのように両腕へと力を込めれば、

  「…。///////」

 何がどう伝わったやら。懐ろへ顔を伏せていた愛しい人もまた、肩越しに背中へと掴まっていた小さな手に、そのまま“きゅうう”と力を込めて来たものだから。そしてそれが、あまりにささやかで…切なくもまろやかな感触だったものだから。
「…怖いか?」
 こつり…と。前髪越しに額と額をくっつけて囁けば、
「………。////////」
 いいえいいえと懸命にかぶりを振る仕草の、何とも愛らしいこと。そんな彼の幼さから“頼られているのだ”と力を得るというのも、ある意味で姑息だぞと自らを律してから。それでも…こんなにも至らぬ自分へ頼ってくれることへは素直に嬉しいと感じたまま、もう一度、仄かに熱を帯びた柔らかな唇へと口づけて。そこからそのまま脇へと逸れ、細いおとがいの線へと唇を這わせてゆく。肌の上を触れるか触れないか、掠めるようにすべっていった唇が、小さな耳朶の下に覗く、うなじと首元の境目辺りへと辿り着くと。
「…っ。」
 伏せられたままな瞼まで僅かほど力ませて。まるで予防接種を前にした幼子のように、一瞬だけ体を堅くしてしまうセナだったが。背中へと回していた手のひらでゆっくりと、小さなかいがら骨の辺りを撫でてやれば、
「ん…。」
 うっすらと瞼を上げて、ほうと細い息をつく。華奢というほど儚くはないが、それでも自分の強壮な肢体に比すれば何とも頼りない小さな体。それをくるんだ緋色のセーターの、腰の辺りの裾から手を差し入れれば、
「…。///////」
 向こうから吸いついてくるような、それはきめの細かな柔らかな肌が、ひくりと震えてそれから。ほわほわと暖かいままに緊張がゆるりと萎えて、抵抗なく受け入れてくれたのが判る。含羞みに唇を咬みしめているお顔を見下ろして、そのまま咬み潰しそうになっている唇へ、そっと啄むような口づけを幾つも落としてやり。細いながらも必要な筋肉が撓やかについた腹部に沿って、ゆっくりと、愛おしむように撫で上げてゆく。手を止めれば、肌の下に脈打つ鼓動が伝わってくる。健やかに息づいている彼の存在の源。少しほど緊張しているのか、トクトクという響きは少し速くて。
「あ…。」
 肋骨の縁が合わさるみぞおちから、更に上がって触れたもの。小さな粒実へ指先が達すると、細い声が喉奥から洩れ出して。だが、拒むような気色はないまま、間近になったままな相手のお顔へ、潤んだ眼差しを向けてくるばかり。


  ――― だって。大好きなんだもの。


 片時だって視線を離さないほどに愛惜しくて堪らず。なのに、逸る気持ちを押さえつけ、それはそれは壊れやすいものを扱うかのように慎重に触れてくれる優しい人。嫌われたくないとか、怯えてほしくないとか、自分の側の気持ちがからんでのものではなくて。ただただセナに辛い想いをさせたくはないからと、それだけを、それをこそ、いつも優先してくれる優しい人。
“この、進さんがだよ?”
 挑むような鋭角的な面差しは、男臭くて大人っぽくて。凛々しくて、雄々しくて、頼もしくて。屈強精悍なのは風貌体躯に留まらず、気概気魄も強くて真っ直ぐで。誰にも恥じない自分でいよう、強靭な男でいようと、ただそれだけを心掛け、真摯に黙々と駆けていた人。あまりに真っ直ぐな人だから、歪みがある者には窮屈で。あまりに高潔な人だから、わずかでも虚を自覚する者には目映すぎ。それゆえ敬遠されて孤立してしまっていても、何とも苦にしないほど…やっぱり強くて凄い人だったのにね。

  ――― でもね、少しずつ見えて来たの。

 その本質は、とっても朴訥で純粋で、不器用なだけな人なんだって。剛の強さを持ちながら、でも。誰かを凌駕して誰よりも優位に立つことを目指しているのではなく、あくまでも明日へ連れてく自分を育てていただけの人。凛として静であると同時に、豪にして烈。馬力も反射も、判断力も瞬発力も、全てにおいて常に“No.1プレイヤー”と讃えられ、既に微塵も隙のない“壁”のような存在でありながら。なのに、不完全なところを自身に見い出しては、至らないからと自分を叱咤し、いつまでもどこまでも立ち止まろうとしない人。そんな不器用なところが齎す不手際が、自分に降りそそぐ分には構わない。成程、気が利かないし、協調性もないし、繊細な気遣いというものも知らない。これまでは…それがどうしたと動じずにいられた。そこが至らない結果として差し向けられる誹謗も苦言も、全てきっちり受け止めて…さして苦痛でなかったらしいという、そんな雄々しい人が、

  ――― とうとう気づいてしまったから。

 至らなさをまんま突き返さないで…他人のせいにしないで、理解してあげたいと背負い込むような、そんな人間もいるのだということに。自分を置き去りにしたほどの、驚異の光速の脚を持つ小さな少年は、だが。自分のように強さにだけこだわって、その結果として周囲を顧みない人ではなくて。何につけ及び腰なのは“痛み”を知っているからで、しかも…自分が痛い想いをするのがイヤなだけではなく、誰かが辛いのもイヤだからと、一生懸命に考えて行動するものだから。フィールドでの健脚と裏腹、ついつい俯いて足元ばかりを見てしまうような人で。そうまで臆病なセナを傷つけはしないかと、怖がらせはしないかと、歯痒そうにしながらも懸命に頑張って下さってた。そんな一途なところが何とも愛おしい人。


  「………進、さん。////////」


  ボクなら平気。だから、もっとギュッてして下さい。
  だって、進さんとなら怖くない。
  進さんとなら、あのね。
  このまま蕩けて、それから。
  ほどけないほど一つになりたい。だから……………。////////








            ◇





 シャツや何やを簡単に羽織りなおしただけという格好で、慣れた家の中、二階の彼の自室へと上がる。廊下を挟んで向かい合うドアの中。これもまた見知っている扉のノブを、セナの膝下に差し入れていた方の手で回して開けば、
「………あ。」
 ちょいとばかり…机の上や床に雑誌や服が散らかっていたのへ、今になって思い当たって、恥ずかしがってか小さく声を上げる。そんなセナが俯きかけたところへ、眼前へふかふかと広がる格好になった柔らかそうな髪の中へと鼻先を突っ込み、不意を突かれて“え?”と見上げて来た幼いお顔と、
「………。///////」
 しばしの間 明かりのない中で見つめ合って、それからね。小さく洩らした吐息の気配で判ったのだろう、くすりと笑った進につられて、セナも…頬を赤らめつつも含羞
はにかむように笑ってくれて。カーテンを引いていない室内はさすがにもう、陽の落ちた冬の夜の藍に染まっていたけれど。エアコンをつけてはいなかったから、しんしんとした冷たさが足元から這い上って来るようだったけれど。そんな瑣末なことへは一切構わず、素早くめくられたお布団の中へ、抱えられたまま一緒にもぐり込んで。こんな乱暴なこと、生真面目な進には珍しいことだったのだけれども。すぐ間近になった口許が、やっぱり笑ってたもんだから…と。セナも はしゃいでしがみついて来たし、よしよしと背中を撫でたのへも“くすくすvv”と小さく笑いもって仔猫のように懐いてくれて。

  “仔猫というものにも懐かれたことはないのだが…。”

 片方の手のひらに収まるほどに小さくて。爪も牙もなく、ふわふわな毛並みだけをまとい、糸のような細い声で力なく鳴いては精一杯に生を主張する、ささやかな存在。幼いだけのそれらが“愛らしい生き物だ”と自覚したのも、思えば彼と出会ってからだ。それまでは見る機会はあってもそこまでの、自分とは関わりもなく関心もない存在だったから。淡白というより物知らず。いつもいつも同じものしか視野にはなかった進だったし、それをきちんと満足いくように納めるだけで十分に充実していた毎日だったから。食べるもの着るもの、音楽や趣味嗜好。様々な事象を同時進行で意中に留め置ける、姉や桜庭や他の人々は何と器用なのだろうかと、むしろそっちこそ不思議なことだったほど。

  ――― それが今や。

 今でもまだまだ苦手で至らない身ではあるけれど、それでも。長く“唯一無二”だったアメフトと並ぶ度合いにて、この小さなセナもまた“失いたくはない”としている大切な存在であり、彼を思えば我がこととは信じ難いほどの強い執着が沸いてしようがない。彼自身への愛しさも、そして…彼から学んだ沢山のことへも。貪欲になったとつくづく思う。貪欲を通り越し強欲なほど、総てを知りたいと思うようになった。思うこともその視線の先にあるものまで。可憐で甘い声も、乱れる姿も何もかも。
“………。”
 強い自負を持つこと自体は決して間違ってはいない。嘘はいけないことだし、弱いなら弱いでそんな自分を認めるのもまた“強さ”であって。それを恥じて萎縮するのではなく、少しずつでいいから前進成長すればいいだけのこと。それこそが正道であると信じて疑わなかった、とことん一本気だった自分が、生まれて初めて感じた歯痒さは…切ないという苦しくて不思議な感情を学ばせてくれもした。小さくて可憐なこの人は、何かにつけて 自分は後込みばかりして来たんですよと申し訳なさそうに言ってたけれど、だからこその理解を持って心から人に優しく出来る人でもあって。弱さから選んだ優しさは、きっとどこかが空虚に脆くて。いつかは破綻するだろう、それはそれは危なっかしいものなのかもしれない。

  ――― でもね。何だって誰だって、いきなり強くはなれないでしょう?

 だから。例えようもなく寂しい時には、後から思えば愚かな気休めであってもいいからと。小さな手のひらでさえ余るほどの、今だけのささやかな温みでもいいからって求めてしまうもの。すぐにも溶けてなくなってしまうほど、小さな小さな砂糖菓子のささやかな甘さでも、エネルギーには足りなくたって随分と励まされるんですよって。そんな奇跡でもって、現に何度でも立ち上がれる闘志を燃やし続けられた物凄い人なのだから、

  “…頭が上がる筈がないではないか。”

 通り一辺倒な知識と型通りの体験、そこから得た乏しい認識しか持たない自分など。アメフトに関してだけならいざ知らず、例えば…含羞みながら にこりと微笑まれただけで、胸がどうしようもなく騒いで舞い上がってしまうのだから。これじゃあ敵う筈がないじゃあないかと、その忌ま忌ましくも強力な、可憐で愛しい微笑みを浮かべたままなふかふかな頬に手のひらを這わせれば。柔らかな温みは何の迷いもなく、その身を擦り寄せて来てくれる。


  ――― 寒くはないですか?
       ボクですか? とっても温かいですよう。
       だって進さんのお胸って、
       とっても広くって温かなんですもの。///////


 寒さも暑さも感じなかった。そんなものはどうでも良かったはずなのに。今では…それまで疎かにして来た分をも、まとめて体感している毎日で。

  “本当に、不思議だな。”

 苦手も弱みも怖いものも。そんなもの一切なかった筈なのにね。彼といれば何だって出来そうなくらいに、力も沸くし鋭気も高まる。だっていうのに、時々ね。切なさがつのると、この自分でも怖くなる。もしも、この温かさを失ったら? 彼がこの手から離れて行ったら? 思っただけでぞっとする。たら・ればなんてこと考えたのは生まれて初めて。それより何より、相手の思惑次第なことへまで…自分の意志ではどうにもならないことへまで、愚かにも杞憂の枝を伸ばすなんて。それ以上はない独善への第一歩ではないか。
“…いかん・いかん。”
 懐ろは仔猫の体温で暖めていてもいいが、頭だけは冷さねば。傍らの恋人さんのささやかな葛藤にも気づかぬまま、小さな寝息を立て始めていた愛しい人の。細い腰と背中へ、そぉっとそぉっと腕を回して抱きしめ直して。またしばらくほど逢うことが叶わなくなるこの温みを忘れないように、夢の中へも刷り込んでおこうと。深々とした吐息を1つつくと、そのまま眸を閉じた、大きなラインバッカーさん。いい夢が見られるといいですね。


   どうぞぐっすり おやすみなさいです…vv





  〜Fine〜  05.1.30.


  *風邪の熱でしょうか、ぼんやりした頭のままで書き散らかしました。
   そんなものをUPしても良いものかと思いましたが、
   今夜からこの冬最大の寒波が襲来するとのことですし、
   こんなものでよろしければ、
   少しでも暖まっていただけたらなと思いまして…。
   いやはや、おそまつさまでしたvv


 
ご感想はこちらへvv

戻る