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  "…あれ?"

 せっかくの青空が居並ぶビルの縁で狭く区切られた、そこは一番最寄りの繁華街。休日の予定に誰もが浮き立ったように道を急いでいたり、もしくは大切な人と肩を寄せ合い、駅ビルの一階部分の大きなショーウィンドウのディスプレイに一緒に見入ったり。天候にも恵まれた初夏の一日を、有意義に使おう楽しもうと誰もが軽やかに弾んだ顔をしている活気のある街。そんな軽快な空気に満ちた街の中、今日は会う予定のなかった顔を、雑踏の向こうに偶然見かけた桜庭春人だった。一応は芸能畑に籍を置き、それなりのカモフラージュをせねば望まない注目を集めてしまう自分に比べたら、華美だとか派手だとか今時風とかいう方向では全くもって地味な彼らだが。それでも…すれ違った女の子なんぞが、大概"えっ?"という顔をして、こそりと振り返っていたりする辺り、
"結構目を引くよな。"
 その見栄えだけでなく、それなりの個性というのか存在感というのか。確固たる素養とそして…何と言っていいものやら、やさしくて温かい"雰囲気"を持つ彼らなんだなと、こんなに離れていてもそれをつい思う。木綿のストーンウォッシュ風の紺のパンツにTシャツと、それらの上へ初夏向けの麻のジャケットを着ているのは決しておしゃれのためではなく。冷房が利いた屋内で連れに貸すために必要なんだと、前に自分がレクチャーしたのをきっちり守っているらしい偉丈夫の方は、チームメイトで幼なじみの進清十郎という青年で。自分と同様、雑踏の中にいても頭ひとつ飛び出してしまう大柄な奴だが、彼が一人で佇んでいたのなら、ああまで目を引きはしなかろう。確かにデカくて屈強頑健、いざという時には人並み外れたオーラを放つ、それはそれは強い意志の持ち主でもあるが。ついでに顔の方も、なかなか結構整っている面差しをした青年であるのだが。何でもない時の彼はといえば、これまた器用に気配を消せる。
"…あれってお祖父さん直伝なのかな?"
 さあ、どうなんでしょうか。
(笑) 学校のような限られた空間にては、静謐に冴えた空間を作って逆に際立ってしまいもするそれだが、こんな風な雑踏の中では、銅像みたいなものとして周囲の空気に紛れることさえ出来るという裏技にも使えて、桜庭も"追っかけ"を撒くためにその恩恵に何度も預かって来た一人。おいおい ただ、今日は。その傍らに"彼"がいる。車道側にと立つ連れの、大きなガタイのその陰に、易々隠れてしまうほど、小さな小さなその少年は、他校に通う男の子で名前を小早川瀬那という。やわらかそうな猫っ毛が頭のところどころで ぴょぴょいと撥ねてて愛らしく、淡い緋色のデザインシャツと、白いベストとカーキグリーンの七分パンツがそれはそれはよく似合う。どうかすると"小柄な中学生"にさえ見えるほど、小さな手に細い肩と薄い胸をした何とも幼い可愛い子。琥珀色の大きな瞳に小さくて柔らかそうな小鼻や口許といった、その全てをなめらかな線で構成された童顔をしているその彼は、何かしら見えたものへの感想だろう、いちいち連れを見上げては無邪気そうな笑顔を向けて、何やらしきりと話しかけていて。そして、
"………。"
 何とも楽しげなその様子をこそ、傍目には分かりにくかろうが…きっときっと蕩けそうなほどに やわく和ませた目線にて、愉しげに見やっているチームメイトなのであろうと、確信を持って言い切れる桜庭でもあったりする。

  "こういう時にお得だよな、鉄面皮は。"

 やにさがってても周囲からは判らないもんなと、随分離れたところで展開中なのだろうそんな情景へ向けて笑い出しそうになり、おっとと…と何とか我慢する。こっちが不審者になっててどうするよ。
(笑) 信号待ちなのかずっとその場から動かずにいる彼らを、これ幸いとじっと眺めやりつつ、
"そうだよな。もう1年目になるんだよな。"
 あの小さなセナくんと出会ってから、もうそんなにもなるのだなと思いが至った。自分たちが所属し、唯一他校の生徒と接点を持つ"アメフト部"へは到底関係がなさそうな、たいそう小柄でしかも"愛らしい"という属性に間違いなく含まれるだろう容姿と繊細な気性をした少年だが…世の中というのは本当に判らないもので。選りにも選ってそのアメフトで、鮮烈な出会いをした自分たちであり、彼らでもあって。
"しかも、お付き合いが始まっちゃうとはね。"
 それもあの堅物の石部金吉が。アメフト以外には決して熱くならず、その唯一の"熱さ"さえ荘厳重厚な存在感の裡
うちに秘め、至って冷静なまま、様々なシーンに於いて、精密な機械のように的確な対処をこなす、至って無気質な大男。日頃の立ち居振る舞いにしても、それは寡黙で無駄を嫌い、精悍な面差しは仮面のように堅く冴えたまま滅多に動かさず。そうと言われなければ…剣道や柔道のような、儀礼的で折り目正しく静謐なイメージのする、至って"和もの"の格闘技でも嗜(たしな)んでいそうな印象のある、武骨で気の利かない無粋な青年であるのにもかかわらず、

  『付き合ってる奴がいる。』

 昨日床屋に行って来た…というような口調でそれはあっさりと。何でもない拍子にぽろっと告げてくれた彼だったから。こちらも思わず、
『………って、相手は誰さ?』
 俺の知ってるコ?と、ついつい訊き返していた。わざわざそんなことを口外した事自体、何を言い出したんだろうかと掴みかねるような。この彼にはおよそ"らしくない行為"だったからだと思う。まず、誰ぞに報告する必要の無いことだろうし、ましてやこの進が、挨拶さえずぼらして目礼で済ますような口の重い奴が何でわざわざと、その意図を掴みかねたほどだったから。あんまり他人のプライベートには踏み込むもんでないと、判っていながら…気がつけば、教えないと毎日のようにつきまとうぞと、良く判らない脅しまでかけていたほどで。
"だってさ…。"
 後でよくよく考えてみたならば。他の人間よりずっとの毎日、一番"一緒にいる時間"が長い相手だ。放っておいたって"つきまとってる"ようなもんかもなと、こっちが先に気づいて笑えたのは癪だったので、今でもそれは内緒だが。
(笑) そんな自分へ、
『泥門高校の生徒だ。』
 機会があれば紹介すると。もともとそのつもりだったらしい幼なじみは、小さく口角を持ち上げて、それは分かりやすく笑って見せたものだから、
『………っ☆』
 そのまま固まるかと思った桜庭だったほど。
おいおい まったくもって珍しいことづくめの"告白"で、そして……………随分と後になって、思い出したように紹介された小さな瀬那くんは、
『ちょっとマニッシュな子だなぁ。』
 守ってやりたくなるような、いかにも女の子という感じの娘
を選ぶと思っていたから。短い髪にパンツ姿の、男の子みたいな子と引き会わされて、ありゃ意外と感じたのも束の間。そんな第一印象をあっさり裏切って、男の子そのものだったからまたもやビックリ。だがだが、どうして彼に惹かれた進だったのかは、その日のうちにあっさり判った。当時はまだちょっと、どこかに怯えというか遠慮というのか、そんなものの影がなくもない様子ではあったけれど。進が声をかければ、そして向かい合えば。その大きな瞳を絶対に逸らさないで、進の言葉や表情、特に目線をじぃっと見つめて、それはそれは深いところまでを読み取ってしまうセナだったから。
"………。"
 鋭く切れ上がって深色の、いつだって真摯で真っ直ぐな進の眼差しは、強き自負に支えられているが故、迷いも無いままひたすら潔癖。そんな潔癖さが悪いというのではないが、人はそうそういつもいつも、強くはいられない生き物だから。真っ直ぐな正しさが時には眩しすぎ、ちょっと痛くて煩わしかったりもする。普通はある意味"お互い様"だから、そこんところを察し合い、優柔不断で曖昧な部分があっても、まま仕方がないなと"未決保留"とするものを。どういうものだか…この青年の視線には曇りや後ろ暗さがないだけに、相手の脆さが理解出来ないようにさえ思えてしまう。どれほど物凄い人物であるのかを知っていればいるほど、そう…一番間近い人間である桜庭でさえ、その鋭さや真摯さを、融通の利かなさだと、彼に唯一の欠点だという形で無理から納得し、諦めて接していたほどだったのに。小早川というその少年は、遠慮が過ぎて臆病そうな物腰とは裏腹に、なかなかの許容を持つ奥の深い子らしくて、

  『もしかしたら、とっても不器用な人なんじゃないのかなって。』

 切り口上で愛想の欠片もなく、しかもいつだって真っ向からの強い視線を相手に向ける。誤解されても仕方がなかろう、そんな態度をつい見せがちな進を、単に不器用なせいだろうとあっさり正しく解釈し、
『…ただ、進さんの不器用の殆どは"上手に出来ない"不器用ではなくて、"まだ知らない"不器用だから。』
 実は何にも知らない進であることまで見抜いてしまい、その奥の…朴訥で温かい彼をちゃんと見つけてしまったその上で。そんな不器用男を好きになってしまったからと、だから頑張って大切にしたいと、精一杯に両腕
かいなを広げて受け止めていて。
"…そうなんだよな。"
 愛らしさがそのまま脆弱そうで、何かあるとすぐおどおどとして見える少年だけれど。実は逆なのかも知れないと、桜庭もまた割りとあっさり気づいてしまった。雄々しくて頼もしいのは確かに進の方だが、いつもいつもその寛容さから守られているのは、奥行きの深い慈愛によって大切にされているのは、進の側なのかも。そのやわらかな笑顔といい、こまやかな気遣いといい、一緒にいてあんなに癒される子はいない。自分の側へと非を集め、すぐに後ずさってしまうのも、進が怖いからでなく、彼を傷つけたくはないからだ。

  ――― そして、

"そういう子だってこと、自分でちゃんと気がついたんだよな。"
 どうしていつまでもおどおどとし、馴染んでくれないのか。恐持てがする人間だという自覚があったって、好きになった人からのそんな態度が辛くない訳がなく。途轍もないほどの強度を誇る精神力にて秋までの半年近くを、馴染んでもらえぬままに頑張った進も、この際は偉いと思う桜庭だ。………というか、
"セナくんみたいな奥深い子で良かったよなぁ。"
 そうですよな。下手したら"ストーカー"ですもんね。
(って、こらこら)何とか理解しようと頑張ってくれた優しい子。そんな子だったところまで見抜いた上で惹かれたのかどうかは、本人の胸の裡うちにだけ秘めおかれた真実だから憶測するしか出来ないけれど、
"………。"
 信号が変わって歩き出す人の群れ。そんな中にあってやはり歩き出しながら、傍らにひらひらと咲いた屈託のない笑顔を見下ろしている友の横顔へ、
"大変だろけど、せいぜい頑張りなよな。"
 不器用な彼らへと遠くからのエールをこっそり送った桜庭くんだ。そんなことには当然気づく筈もなく、大きな背中と小さな背中は…アミューズメントプラザのある方向へと進んで、あっと言う間に人波に呑まれてしまってもう見えない。







   aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


  「…おい。」

 予定外の、だが、何とも嬉しいものをずっと眺めていたものだから、直々に声を掛けられるまで彼の到着に気がつかなかった。
「あ、来たんだ。」
「来いっつったのはお前だろうが。」
 ぶっきらぼうな言いようへ、えへへと笑って頷いた。少しだけ唇を尖らせた白い顔。やや自堕落にはだけた黒っぽいシャツの襟元から覗いてる首条も胸元もやはり色白で、金髪なのは自毛かなと思わせるのはそのせいなんだろな。不機嫌そうなお顔に、その真上から見とれつつ、
「先に食事にする? 結構長い映画だからサ、途中でお腹が空くかもしれないよ?」
「…やっぱ付き合わせんのかよ。」
「だって約束したじゃん。賭けに勝ったら言うこと聞くって。」
「う………。」
 でもね、そんなの知らないって無視
シカトされるかもって思ってもいた。そんな印象が強い人だもんね。きっちりと理論武装した上で、もしくは酷い奴だと思われても結構って勢いノリで。だから…待ってる間にたまたま遠くに見えた、幸せそうな二人が物凄く羨ましかったのだけれど、
"だけどさ…。"
 彼は律義にも来てくれたから。思いっきり"不本意だ"という顔ながら、それでも罵声とか何とかキツイことは言わず、それどころか子供じみた自分の言い分にぐうの音も出ないでいたりする人だから、
"セナくんを大事にしてる人だしね。"
 そしてセナの側からも慕っているらしき、悪魔の振りして実は優しい…のかもしれない人。にこにこにこと微笑いながら"どうするの?"と見やっていると、
「わぁーったよ。先に飯だ。」
 ただしお前が奢
おごれよなと、ぎっと睨んで来るのを"はいはい"といなしつつ、さっき見送った二人とは逆の方向、馴染みのイタリアンカフェのある方へとエスコートに取り掛かる。……………な、なんか謎が深まってる"おまけ"でございます。




  〜Fine〜 03.5.10.


  *進セナウォッチャーの桜庭くんから見た彼らでございます。
   無愛想で鈍感で、恋人どころかお友達にでさえ
   ちゃんと理解されているのだろうかと思うほどに、
   自分の意志というものを表現するのが下手そうな進さんですが、
   桜庭くんにはきちんと理解されててほしいなと思います。

   で。
   なんか妙な"おまけ"で済みません。
   判る人が物凄く限定されておりますが。
   原作を良く知らない余波がこんなところにも。
  (だって、某様のところのこの二人が、とってもとってもおステキなんだボンvv)


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