Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
BMP7314.gif 昨日のボクから、明日のキミへ D BMP7314.gif
 

 

          




 自分でもよくは分からない"不満"から、胸のどこかがうずうずしちゃって。ぷうと膨れてしまったルフィ坊やは、気が晴れないままに ぱたぱたと、甲板の上、駆け出して。泳げないけど大好きな海。シャンクスが一杯一杯"冒険"のお話をしてくれた海。
"来たかったけど、こんな形でじゃないよう。"
 どうせなら、シャンクスに連れて来て欲しかったな。ああ、やっぱり何だかむずむずするや。そう感じたの振り切るように、一段ごとに立てたお膝を手のひらで押しながら、いっし うっしと階段を上ってみる。そんな坊やは、だが、そこがお気に入りらしい場所をあっさりと見つけることが出来た。きっと居心地の良い場所だ。このうずうずを静めてくれる温ったかい場所だ。何かが坊やにそうと教えてる。自然とお顔がほころんで、足がたかたかと早く動いて向かう場所。ほてほてとやって来て、
「おいしょ。」
 真正面からお膝へと、強引に乗り上がって向かい合う。短く刈られた頭の後ろに手枕を組んで、背条は伸ばしたままに胡座をかいて、そのまま背後の柵に凭れようとしかかっていた剣豪さんは、小さな温みの傍若無人な行動にも、ちらりと苦笑を見せただけ。
「おっさん。」
「…なんだ。」
 不遜な呼びかけへも、怒っても詮無いことと聞き流し、短い一言で応対してやると、
「怖い顔だな。」
「放っとけよ。」
 明け透けなところはこの頃からの蓄積らしいな、いやいや、この頃の性分を"今"へと持って来ている彼なのかと、ちょっとばかり苦笑い。大人びた鋭角的なお顔が不意にくすりと笑ったことへ、一丁前に目許を眇めて怪訝そうな顔をするおチビさんへ、怖いなら寄って来なきゃあ良いだろう、そう言うと、
「でも、オレ、おっさん好きだなあ。」
 にぱぁと笑う。そして、
「おっさん、なんか"野望"があるだろ。」
 内緒の話だからと身を寄せて来て、片手をお口に鹿爪らしい顔でこそこそっと小さな掠れ声で囁いて来るのが、何とも子供っぽくて可愛らしい。こちらも合わせてやり、
「…判るのか?」
 小声で聞き返すと、
「おお、判るぞ。」
 仰々しくも"うんうん"と頷いて見せる。
「オレ、そういう男は大好きだ。」
 むんっと胸を張り、
「しょーらいが先に分かったのがちょっと詰まんなかったけどな。でもな、ゾロとか他の奴らとか、みんないい奴ばっかで、それは嬉しー。」
 優しいばかりじゃない。船の舵取り、ご飯の支度、お薬の調合や機械のメンテナンス、そんな皆へのさりげなくも満便ないフォローをしちゃえる不思議な手に、ぼーっとしてるようで実は油断なく外海を警戒する冴えた気配。それぞれがそれぞれの"役目"をちゃんと果たしているんだなと、その端々が感じられた坊やであって、
「ふ〜ん。」
 生返事に聞こえたか、
「ホントだぞ?」
 ぷぷうとまた膨れたので、判ったってと苦笑を返す。常よりなおのこと柔らかくなった手触りの、ふかふかな猫っ毛を大きな頼もしい手で撫でてやると、
「ただちょっと、みんな若すぎるからサ、そこが頼りないかもって気もするけどな。」
「………☆」
 言う言う。
(笑)
「オレ、海賊になれたんだな。なんか楽しみだなぁ。」
 うくくと笑う懐ろの温みへ、
「なれたんじゃない。なるんだよ。」
 ゾロはちょいと訂正を加えた。
「???」
 ひょこんと小首を傾げながら、見上げてくる幼
いとけないお顔へ、
「お前、あんまり自分のこと話さない奴なんだけどな。何かの拍子に言ってたらしい。今のお前くらいの頃にもう、そりゃあ猛烈に"海に出たい"って思ってたけど、それでも十年我慢したって。我慢して鍛えて鍛えて、それから、そうだな…ついこないだ、海に出たんだってさ。」
「え? 海に出たばっかで、もう海賊船のキャプテンなのか?」
「ああ。とんでもねぇ奴だろ?」
 くつくつと笑いながらそう言われて。坊やは寸足らずの腕を組み、む〜んと考え込んで見せる。そして…少々間をおいてから、こんな風に言ったのだった。


  ――― それは凄いな。
      じゃあ、オレはもっと早くに皆を集めるぞ。
      そしたら、おっさんの知ってる"俺"より凄いだろ?





            ◇


 丸い窓から春の月光が音もなく射し込んで、船室を青々と染め上げている。

  "………。"

 くうくうと穏やかな寝息を立てて眠る子供。いつどんな風に容体が変わるかは判らないからと、特別に医務室で寝かせることとなったルフィであり、
『後は代謝を待つだけだから』
 思いもつかない事態になった時は起こしてねと、チョッパーは後をゾロに任せて寝に行ってしまった。………ホントなら彼自身がついているつもり十分だったのだが、周囲の方々から目線でなんとなく促され、さして案じる容体でないならば、夜に強くて一番心配している人に任せても良いんじゃないのとロビンから諭されて、それでこういう運びとなった。

  "……………。"

 理屈では分かっていることながら、それでも。ルフィにもこういうくらいの頃はあったんだなと、しみじみ思った。日頃の彼がまだ十分に子供じみていたから意外に思えたのだが、ままそれはともかく。本当に屈託がない、真っ新
さらな子供のルフィと接してよくよく分かったのは、
"結構…屈託も抱えてるよな。"
 子供のようなと思っている、普段のルフィが、だ。あっけらかんとして見えて、仲間と楽しくやるのが好きだと言いながら、考えなしな行動も枚挙の暇がないながら、だが。人の過去に無闇に触れない、自分の"辛い"を語らない。そして、そんなことも含めて、頑ななまでに信念を曲げない。
「…ふにゃ。」
 片腕どころか片手で抱えられる、この小さなルフィが"始まり"だということなのだなと、懐ろの中、擦り寄って来た温もりに声もなく笑ったゾロだ。自分まで横になるつもりはなかったが、
『おっさんも寝ろよ。』
 小さな手でシャツを掴まれ、懸命に引っ張られた。何だかんだ言って、一人で寝られないのかと聞けば、
『ん〜ん。エースの帰りが遅いから、いっつもは一人で寝てるさ。』
 そういえば、このくらいの年頃のルフィは、まだあの兄と一緒に暮らしていた筈だが、
『エースはあちこちで色んなお手伝いをして働いてるからさ、帰って来るのが遅いんだ。まだ子供なのにな。』
 だったら自分も何かやると、時々は思い出したように言ってもいたのだが、子供過ぎるルフィでは役に立たないからとキツイ言い方をし、子供は遊んでなといつも言われた。時々は夕飯に間に合うように帰って来るが、大抵は朝しか会えないくらい一緒にいられない。
『…そうか。』
 特に寂しそうとかそういう雰囲気ではなかったが、それでも。彼が人懐っこいのは"寂しい"という想いを沢山抱えていたせいもあるのではないかと思ってしまい、逆らうことなく添い寝してやった次第である。

   "……………。"

 この目の前で、腕の中にて、するすると小さくなっていった彼なのに。理屈のみならず、現実のこととして分かっていても、この小さな坊やがあのいつものルフィだとは到底思えず、
"早く帰って来やがれ。"
 ついつい、そんな本音がちらり。

  『誰だ? おっちゃんたち。』

 忘れ去られるというのは結構キツイ。人ならぬ獣鬼になりかかっていた自分を、殺伐としていた暗闇から日向
ひなたの世界へ引っ張り出してくれた人。がむしゃらが悪いとは言わないが、自身を見失ってまでしゃにむに目指すばかりじゃないと、夢までの道、背中を叩いて押し出してくれたルフィ。そんな彼と一緒に掻いくぐったあれやこれやや、互いへと構えた色々な想い。そしてそして、逡巡の末に思い切って告げた、偽りのない素裸な真意などなど etc.…。そんな様々までもを、紡いだ筈の時間ごと想いごと、あっさりと"なかったこと"にされてしまうのは堪(たま)らない。そこにいた自分まで消されるようで、自分の知ってる彼ごと行方不明にされては堪ったものではないと思った。
"リセットなんてされて堪るかよな。"
 ちょいとばかり憤然としたものの、むうと膨れていたルフィ坊やと同じ顔をしているかもなと、それに気づいてくくっと苦笑う。

  『おっさんの知ってる"俺"より凄いだろ?』

 将来の自分へさえ負けん気を見せたお元気な坊や。こんな彼と、この広い世界のやはり広い海原にて奇跡的に出会えて本当に良かったと。今でもやはり"神様"は信じていないが、巡り合わせの奇跡にだけは感謝しても良いかもなと感じてしまう剣豪なのであった。






            ***



 朝の訪れと共に、それはあっさりと元の姿に戻ったルフィは、昨日の午後からの記憶がお見事なほどすっぽ抜けていた。
「子供に戻ってた? ホントか? そりゃ。」
 面白そうだな、何で覚えてないんだろ、俺…と、わくわくと嬉しそうな顔をした後で、唇をひん曲げてやたら残念そうにしていたが、
「何言ってんだよ。戻って良かったサ。」
「そうそう。あのままだったら何かと大変ですものね。」
 可愛かったが、それでもね。苛酷な航海には連れてけない。それにそれに、皆が好きなのも、キャプテンとして認めているのも、今現在のお気楽"破天荒"なルフィである。
「海賊王まで、ちょっとばかし遠くなっちまうとこだったんだぜ?」
 ウソップに言われて、
「おおう、そりゃあ大変だ。うん。」
 やっと慌てて見せる彼に、クルーたちが明るく笑った。好奇心が旺盛で、他愛ないことに丸め込まれる、単純明快、子供みたいな無邪気な船長。だがだが、ホントに"子供"じゃあない。いい思い出ばかりじゃなくて、辛くて苦くて言いたかない、そんな過去や昔が誰にだってあるものだと。知っているから聞かないでいる。そんなような…底の見えない器量を備え、絶対
きっとや永遠ずっとを一緒に叶えようって言ってくれる、いざって時には途轍もなく頼もしい男でもあるルフィだから。

  "だから決めた、いや…言い聞かせんのは諦めて条件を呑んだんだしな。"

 海賊王になるまで同じ海賊になって付き合ってやる、という約束を、あれって渋々だったんだがなと思い出しつつ。そんな彼の"航海"の一番最初の"目的指針"となった剣豪さんは、だが、そうだとは未だに知らぬまま、逞しい胸板に高々と腕を組み、少しばかり離れた船端に凭れて擽
くすぐったげな苦笑を見せたのであった。






  〜Fine〜  03.4.13.〜4.16.


  *カウンター 77,777hit リクエスト
    オカメ様 『体も記憶も十歳ほど子供に戻ってしまうルフィ』


  *十年昔。彼らにはそれぞれに微妙な頃合いですよね。
   っていうか、原作の進行ぶりって結構早いから、
   もしかして…ルフィがフーシャ村から旅立ってから、
   今の"スカイピア篇"に至るまで、まだ1年と経ってないのではなかろうか。
   だって殆どの重大事件や戦闘が一日の出来事扱いになっているじゃないですか。
   (バラティエでの奮戦もアーロンパークの死闘も、
    リトルガーデンのキャンドルサービスも、
    ドラム島での雪原縦断も、アラバスタの最終決戦でさえも。)
   そっちの方が意外でビックリな事実でございましたよ、私には。

  *それにつけても。
   これって"アルバトロス"で良かったんだろうかしら。
   オールキャラものだし…と思って書き始めたのですが、
   お話を書き進めてゆくうちに、
   もしかして"蜜月〜"ネタだったかもと後悔してたりなんかして。
(笑)
   こんな出来でいかがでしょうか?

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