Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
其の六 “日々是好日”B


          




 ほどなく焼き上がった、クルミたっぷりのチョコ味ケーキ"ブラウニー"と蜜がけのデニッシュを…発酵が必要だったというのはこれのことで、実は後日まで保たせようという保存用もあったのだが、この際だからと全部テーブルに捧げ置き、頼むから危ないオーブン回りとかに行かないでくれよなと念を押して。保育園のおやつの時間よろしく、大騒ぎの中、3人の腕白なお子様たちが好きなだけ食べ尽くすそのお給仕に勤しむこととなったサンジである。ロビン女史が言った"一人増えた"というのは、甘いものが苦手だったゾロのことで、イチゴと練乳、玉子に砂糖にミルクで作った、特製ミルクセーキと甘い菓子をぱくぱくと頬張る様はさすがに子供の顔であり、どこか幸せそうなところが可愛らしかったのが意外だった。…いや、だから、Morlin.はゾロサン・サンゾロは絶対書かないからね?
(笑)彼とウソップはともかく、ルフィはやはり沢山食べるかと思いきや、そこもまた子供の胃袋だったようで、想像していたほどには食べ切れず、小半時もせぬうちに、

   『ごちそうさま〜vv』×3

 いかにも満足したぞという声と顔で、食べ終わりましたのご挨拶。
『おっさん、りょうり、じょーずだな。』
『うん、ほんとだ。すっげぇ、うまかったぞ。』
『できたてをあんなたくさん、いっぺんにたべたの、おれ、はじめてだ。』
 ケーキと甘いパンの味のお陰様で、何だか一遍にサンジの株が上がったらしくって。こういうところもやはり"お子様"である模様。そうかそうかととにかく笑顔をふりまいて、きゃっきゃとはしゃぐ彼らが危ないことだけはせぬようにと、目と気を配る。
『そと、いっちゃダメかな。』
 ふと訊いたのはチビ・ルフィで、だが、
『まだ、あめ、ふってんぞ。』
『そだぞ、つめたいから、よしたほうがいーぞ。』
 窓から甲板の方を見やって、チビ・ゾロとチビ・ウソップが諦めろと制する。ふしゅんと萎んだルフィだが、
"…雨、か。"
 サンジは内心で"う〜ん"と考え込む。そんな彼の傍らへ"たたたっ"と再び集まったチビさい三人であり、
『どした?』
 訊くと、顔を見合わせてから"わっ"と飛びついて来た。
『あそぼっ!』
『なんかしよっ!』
『"たかいたかい"がいいっ! おっさん、あそぼっ!』
 な、懐かれてやんの。日頃、どこかクールに決めようとしてる彼だのにと思うと、何か笑えるのは変でしょうか。
『てぇ〜いっ、判ったから、一遍にしがみつくのはよせっ!』
 が、頑張れ、保父さん。
(笑)


 ……………というすったもんだの果てに、お腹が張ると目が緩む…の伝よろしく、3人のお子様たちは程なくして"くうくう"とお昼寝モードに入った。寝室のクロゼットから毛布を持って来ると、ベンチと長椅子に横になったお子たちそれぞれに掛けてやり、さて。
「…あら、一区切りついたようね。」
 こちらのお子様二人と彼女との分の、ケーキとお茶を女部屋まで運んで来たサンジは、上のキッチンキャビンと打って変わって、それはそれはお行儀のいい子供たちとの静かな寛ぎの風景を見せているこちらを、少々羨ましく思った。ソファーに並んで腰掛けた小さなナミとミニ・チョッパーは、写真や図版の沢山載ったグラフ誌を広げて花の名前や風景を眺めてやわらかに微笑み合っており、子供って天使だなぁなどという錯覚
(笑)をついつい思い浮かべてしまうほど。サンジが持って来たおやつに"ぱぁっ"と顔がほころぶところは、上にいたお子たちと変わらない反応だったが、それにしたところでたいそう大人しいというのか、
「はい、それじゃあ、切り分けましょうね?」
 ロビン女史の声に素直に頷いて、お皿へと分けられたケーキとミルクセーキのグラスを、それぞれお行儀よく受け取った。
「気がついたことがあるんだが。」
 おやつを頬張る子供たちをやさしく見守るロビンへ、サンジは薫り高いダージリン・ティーを淹れると、そんな風に口火を切った。
「何かしら。」
「子供になっちまった顔触れと、俺たちとの違い。もしかして"雨"に濡れたかどうかってことじゃないのかな。」
 サンジの言葉に、ロビン嬢もこくりと頷く。
「そうみたいね。」
 彼女はもう既
とうに気づいていたらしく、それはサンジも薄々…自分が気がついたその時に感づいたこと。
「彼女が言っていたわよね。この雨には硫黄の成分が僅かながら含まれてるって。それが作用してのことなら、理屈として合うわ。」
 よく出来ましたという顔になる彼女は、だが、サンジが何か言いたげな…判ってたのに黙ってた、彼女の大人の態度をも気づいてるぞという顔になっているのへだろう、くすりと微笑って見せて、
「これだけのことが起こった以上、あの粉がある意味本物だとして、けれど、彼が簡単に入手出来たところがもう一つの鍵だと思うの。」
 そんな言いようを続ける。彼というのはウソップのことだろう。
「鍵?」
「ええ。彼が親しくする装備屋やアイテム関係者は、様々な不思議グッズを扱う専門家たちでしょう? こんなとんでもないことを引き起こせるって作用に、果たして気がつかないものかしら? 実際に試しにと用いなくとも、由来だか入手経路だかにそれなりの特長があった筈で、ああまで素人な彼の手にそう簡単に届くものではないわ。」
 どこか遠回しな言い方をするのは、もしかして…サンジ本人に気づかせたいからだろうか。唇をちょいと尖らせかけたシェフ殿は、だが、ハッとする。
「…それって、つまり。大した代物じゃないってことかな? もしかして…時間が経てばすぐにも解けるとか。」
 何かしらびっくりするよな作用が出もする"不思議な粉"ではあるものの、決定的な効果・効能とまでは呼べないとか? 訊かれたロビン嬢は、だが、
「どうかしら。」
 ふふ、と微笑って、ティーカップを口許へと運ぶ、やはり謎めいた"お姉様"なのであった。


            ◇


 彼女が断言しなかったのは、彼女にしてみても確信があった訳ではなかったからだろう。それ以上の会話は出来ないなと見切って、サンジは腕白たちが午睡中のキッチンへと戻った。包丁だのオーブンだのと危険物のある場所だし、キャビンから出れば海にだって落っこちかねないから。そこはやはり、子供達だけを残して長く空けてはおけないというところか。
"………お。"
 蓋扉を押し上げて見回せば、3人ともがまだ熟睡状態だ。窓辺のベンチにウソップとルフィを、テーブルの長椅子にゾロを寝かしつけたのは、それぞれの体格の差からだが、
"ルフィはガキん時から小さかったのか。"
 この姿の時代に逢ったことがないのは当然の話だが、よく見ると左目の下の傷もないし、何だか…ホントにこの子があの目茶苦茶ばかりやらかす"破天荒船長"なのだろうかと、少々不思議でならない。ふかふかですべすべの頬をそっと突付いて、
"…いやま、やってることは、案外とこの頃と全然変わってなかったりするのかも知れんが。"
 あはは…。それでも、気概というのか覚悟というのか。時折見せる男前な意気地は一端に立派なものであり、そうなるまでのそれなりの成長はしているらしいのだが。ウソップにしても、あのゾロにしてもそうだ。この年齢の段階では、どの彼もごくごく普通の男の子で、とてもではないが十代にして懸賞金の懸かった海賊になってしまうような、危ない素養のある子には見えやしない。
"俺も傍から見りゃあそうだったのかね。"
 流し台の前に立ち、窓を開けると煙草に火を点ける。物心ついた頃にはもう既に船に乗っていた身であり、チビと呼ばれて腕白ぶりを発揮してもいたから…、
"そか、一緒かもな。"
 くつくつと笑って、ルフィの寝顔へと目をやった。ロビンの仄めかしによれば、放っておけば効果の切れる代物だろうということで、この幼い寝顔も今のうちだけ見ていられるもの。
"あ、しまったな。ウソップがカメラ持ってたのによ。"
 記念に撮ってやれたのになと、楽しげに苦笑する。………と、
「………お。」
 床の上に"ふうっ"と浮かび上がる影がある。滲み出してくるように輪郭のピントがきゅうと合って来たそれは、他でもないサンジ自身の影であり、肩越しに振り返ればやっと上がった雨であるらしくて。雲間からこぼれて来た陽射しが、急なこととてかなり眩しい。
「…なんか、えらい忙しい天気だよな。」
 顔の前に手をかざして、急に射して来た目映い陽射しに眸を細める。こうまで真っ向からこのキッチンへと射し込むのは珍しくて、
"………あれ?"
 何故だか、ふわっと意識が浮かんだような気がした。
"ちょっと待てって。"
 確かに…予想外の出来事にばたばた振り回されて普段より疲れたかもしれないが、だからってこんな不自然な眠気ってありかよと、心のどこかで警戒心が頭をもたげた。
"まさか、今頃になって俺までガキに戻っちまうのか?"
 それだけは勘弁してくれ、まだ夕飯の仕込みを終えてねえんだからと、掛け値なしの職業意識による強い抵抗も空しく、サンジはすうっと気が遠くなるのを覚えて………。



「サンジー、おやつは?」
 はっ、と。いきなりマイクがオンになって慌てふためくDJのように
おいおい、その間近な声にガバッと顔を上げた。そんな彼の真正面。テーブルに肘をついて両手で頬をくるみ込むような頬杖をついたルフィがいて、
「サンジ。お・や・つ。」
 確認するように繰り返すから、現状はまだ曖昧ながら、
「あ。今から焼くって。」
 そうと言って立ち上がったサンジだった。
「何してたんだよう。腹減ったぞ。」
「判った、判った。」
 向かった先の流し台脇の調理台に、固めに絞った布巾を乗せて発酵させておいたデニッシュのトレイ。だが、
"…あれ?"
 肝心のブラウニーの方のトレイがない。そういえば、何やらいい匂いがし始めていて、
「いつもの手際から、頃合いを見て勝手に入れさせてもらったのだけれど。」
 声の主はと振り返れば、
「いけなかったかしら。起こすのが忍びなかったから。」
 首を小さく傾けて、にっこりと微笑っている艶麗な美女。
「ホントは叱られるんですってね。お料理に手や口を出したりすると。今度から気をつけるわね?」
 何もかも見透かしたような深色の眸は、サンジの表情に何をまさぐったのかそう言って、やわらかく綻
ほころんだ。
「あ、いや…叱るなんて。気を遣わせたようで、ども、ありがと。」
 しどろもどろになるシェフ殿へ、やはり微笑んで、だがそれ以上は何も言わない。オーブンを開け、香ばしい甘い匂いのチョコケーキを取り出したサンジは、
"…どっからどこまでが夢だったんだろか。"
 ぼんやりと。頭の隅にまだ裳裾の影が残る、温かで甘くくすぐったかった午睡の夢を、そっと振り返って見る。一方で、おやつの甘い匂いに思わず"ふふうvv"と笑ったルフィは、だが、甲板からのチョッパーとウソップの声に振り返っていた。
「ルフィっ、来て見ろっ!」
「虹が出てんぞっ!」
「えー、ホントかっ!」
 バタバタと船端まで駆け出してみれば、よくある扇形のアーチではなく、珍しくも海上から立ちのぼるような格好の、7色の柱のような見事な虹。
「すっげぇーっ!」
 ………とゆことは、やっぱり雨は降ったらしいが、はてさて?


       ?????



  〜Fine〜  02.4.2.〜4.4.

  *カウンター21000HIT リクエスト
    Pchan様『クルー全員が子供になってしまい、保育園状態のGM号』


  *こんなはじけたお話に初登場させて良いんだろうかのニコ=ロビンお姉様。
   ビビちゃんの時もチョッパーの時もそうでしたが、
   初めて書く時ってやはりドキドキいたします。いかがなもんでしょうか。
   実はこれの前に出していただいたリクへ、
   我儘にも"書けませ〜ん"と降参してしまったMorlin.でして。
   Pchan様、お手間を取らせてすみませんでした。
   時間も掛かってお待たせしてしまいましたが、
   こんな出来でいかがでしょうか? 

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