Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
アリスSOS? 
 


        



「あのアマ、選りにも選って別のお尋ね者に化けさしてどーすんだっ!」
「ナミさんを"アマ"って言うなっ!」
 それどころじゃないだろう。カメラが戻って来たこちらの面子たちにも何となく事情は判ったらしい。何たって、背後の壁に手配書が貼ってあり、
〈もしかして、これじゃねぇのか?〉
 抱えられていて後ろ向きだったので最初に気がついたルフィの声に、揃って肩越しに眺めやった二人がやっと事態を納得して…追っ手を振り切っての緊急退避が始まった次第である。亜麻色の長い髪をなびかせながらゾロの肩の上へ担がれていて、まるでギャングに略奪されたどこやらの令嬢のような図になっているルフィが、
「なぁ、俺も走るって。」
 そんな声を掛けて来たが、
「ダメだ。その服に気ィ遣う分、却って手間取る。」
 この数時間の扱われ方のせいでか、すっかり女の子になり切っていた彼な上に…やっぱりナミさんも怖いもんね。
おいおい 飛び道具は没収されていると聞いてはいたがそれは守られているらしく、銃だのバズーカランチャーだのといった物騒なものは出て来ない。とはいえ、追っ手の人数は結構多くて、しかもその上、こちらには地の利というものがない。相手が示し合わせて挟み撃ちにでも出られては一巻の終わりだろう。
「勿体ないけど…っ!」
 せっかくくれたオジちゃん、ごめんねっと、一応は謝ってから、
「えいっ!」
 後方からの追っ手へ、袋詰めのキャンディやジュースの小びんをぶつけにかかるルフィだ。
「こらこら、食い物へ勿体ないこと、するんじゃねぇよ。」
「けど…、あ、サンジ、後ろっ!」
 何しろただ一人だけ真後ろを向いているルフィだから、後方からの様相は一番先に察知出来る。
「…っ!」
 振り向きざまに、足の踏み替えを生かした開脚旋回蹴り…所謂"二段回し蹴り"でざくざくと賊を蹴散らしたサンジであり、
「どうするよ。せめて"怪盗何とか"じゃねぇって事だけでも、はっきりさしとくか?」
 先を行くゾロへと声をかけた。だが、元海賊狩りさんのお答えはにべもない。
「どうやってだよ。3千万ベリーの海賊の方だぞってか?」
「う…。」
 これをことわざで何というのでしょう。はい、火に油を注ぐですね?
「だぁ〜〜〜っ! 逃げるしかないってか?」
と、そこへ、
「ほぉっほほほっほほっ! 何を血迷っているのかしら、賞金稼ぎの皆さん。」
 明らかに女性のそれであるらしい甲高い笑い声と共に、結構な存在感のある人の気配が立ちはだかった。
「誰だっ!」
 その場に関与していた全員の動きがはたと止まる。
「私こそが本物の"怪盗プリティ・リリー"よ。そんな小娘と取り違えないでほしいわね。」


 ………………………はい?


「…誰だって?」
「怪盗プリティ・リリーだとよ。」
 どうやら…どういう巡り合わせだか、本物の登場らしい。なんか目まぐるしい段取りで、
"あんた、いつにも増して手ぇ抜いてないか?"
 まあ何てことを。
おいおい それはともかく…声がした方を見やれば、確かに…今のルフィに良く似た、ロングヘヤーに大きなリボン、ファンシーなワンピースにエプロンドレス姿の女性が、寂れた教会らしき建物の前の石段の頂上にすっくと立っていて、
「そう、私こそが本物。その証拠に、先週大客船"エスメラルダ"から金の大時計を盗んだのも私。ほぉら、ごらんなさい。」
 背後から取り出したのは目にも目映い金むくの懐中時計。
「おおぉ…。」
 なるほど、これは間違いなく本物さんらしいが、

「………。」

 一瞬の沈黙の後、
「待てぇっ! 怪盗リリーっ!」
 追跡劇は再開されて、
「…なぁ、なんでこっちを追っかけて来るんだ? あっちが本物なんだろう?」
 ルフィの素朴な疑問へ、
「奴らの気持ち、判らんでもないなぁ。」
 ゾロがしみじみと呟いて、
「まぁな。夢を壊されたかねぇんだろうさ。」
 サンジも同感だという相槌を打った。それって本物さんに失礼では…。ちょこっと熟女さんってだけで、ああいうロリータファッションでなかったなら結構美人だと思うぞ? とかなんとか言ってる間にも、
「待てっ!」
「怪盗リリーっ!」
「だぁ〜〜〜っ、しつっこいぞっ!」
 ただでさえ、不案内な土地の入り組んだ裏側だ。少しでも見通しを得ようと、幅の狭いブロック塀の上へと飛び乗って、ネコのような素晴らしいバランスで駆け抜ける。塀もまた、建て替え建て増しの連続の結果だろう、多くの"経路"がかなり入り組んだ様相を呈していて、ともすれば一種の迷路状態。ただでさえ方向音痴がどういう経路を選ぶかねぇと、筆者でさえもその先行きを危ぶんだが、
おいおい
「あっちだ、ゾロっ! 次の角から右隣りの塀へ移れっ!」
「判ったっ!」
 後ろについて方向を見取るサンジの指示で、何とか海岸へ港へと方向を確保する。良かったねぇ、方向感覚がまともなナビゲイターがいて。
こらこら なんとか逃げ切れそうかなと、ややもすると安心しかけた彼らだったが、
「お待ちっ!」
「うわっ!」
 退路の真ん前に突如として立ちはだかったのは、本物リリー嬢である。あまりに突然の登場だったものだから、
「あっ!」
「しまったっ!」
 いきなりの急停止に、慣性の法則が働いた。刀を抜いていたための片手支えだったこともあってだろう。体のバランスをわずかに前へ崩したゾロの肩口から、ルフィ・アリスが前方へ"スポ〜ンッ"と景気よくすっぽ抜け、
「え?」
 真ん前にいた本物さんへ背中からまともに体当たりし、二人揃って…頭のリボンもエプロンのフリルもひらひらと、まるで2羽の蝶々がもつれ合って遊んでいるかのように、塀の上から転げ落ちたから堪らない。
「ルフィっ!」
 踏み替え、飛び乗りの繰り返しを重ねたこともあって、彼らが立っていた塀は相当な高さだった。冗談抜きに、見下ろした足元の遥か真下にあるはずの"地上"が良く見えない。高さのせいもあったが、それ以上に、別の塀の端やら庇やら、置き去りにされた廃材やらが入り組んだままにはみ出していて、覗き込む邪魔をしているからだ。
「くそっ! どうするよ、ゾロ。」
「…仕方ねぇ、追っかけるさ。」
 決断は早い方が…追っ手との距離が取れている今の内につけた方が良い。ルフィとリリーが落ちた隙間を見極めて、出来るだけ音はさせないように、ゾロとサンジも下へと飛び降りた。



            ◇



「どうせどこぞの成金娘のお遊びか何かなんでしょう?
 とっとと正体現せば、あいつらだって追っかけて来ないわよ?」
「い…いや、それは判ってるんだがよ。」

 こちらは落っこちた方の二人だ。下になったリリー嬢が先に障害物をバキバキとなぎ倒した格好になったため、大した怪我もなく、ついでにドレスも無傷で、まずはホッとしたルフィだったが、その代わり、怒り心頭の彼女からさっそく噛みつかれている。落ちた衝撃で一時呆然としていたその場に座り込んだままな二人であり、
「大体、生意気なのよ。偽物の、しかもまだ小娘のクセに、なんであんないい男を二人も侍らせて…。」
 …それで文句が言いたくなって出て来たな、あんた。
「小娘じゃないよ。」
「充分"小娘"よっ!」
「だからさ…。」
 ルフィは自分が着ているドレスの襟元に手を掛けると…随分と手間暇がかかったが、ワンピースの前ボタンを外して胸元をはだけて見せる。
「ほら。俺、男なんだ。」


「あ………。」


 一瞬の沈黙の後、
「なんで男のくせにそんな可愛いのよっっ!」
「知らないよぉ〜っ!」
 座り込んでいた周り一帯にばらばらと散らばっていたお菓子を、掴む端から投げてくるリリーさんとあって、これはもうすっかりと八つ当たりである。
あはは そこへ、
「ルフィ、レディを前にして何ちゅう格好をしとるんだ、てめぇは。」
 容赦ない踵落としが頭上から降って来た。
「…サンジ、痛い。」
「このくらいせんと効かんだろうが、てめぇには。」
 ここまではルフィを女の子として扱っていた彼だったが、胸元はだけたこの格好には…さすがにフェミニストとしての意欲も冷めたらしい。
「すみませんね、マドモアゼル。こいつのせいで、お身体もお心も傷つかれたそうだが、もうご安心下さい。我々はとっととこの街から出て行く予定になっております。」
 痛かったよぉと再びゾロに抱えられたルフィと、打って変わって…サングラスをわざわざはずし、こちらの手を両手で捧げ持って、立て板に水とばかり、何やら口上めいたことを言いつのるサンジと。なめらかな口上と間近になった二枚目の顔とに骨抜きとなり、ぽうっとしたまま双方を代わる代わる見やっていたリリー嬢だったが、
「ちょっと待ってよ。」
 はっと我に返った。
「ここであんたたちがいなくなったら、あいつら私を簡単に捕まえちゃうわ。」
 確かに、すぐ間近に迫った追っ手たちの足音が近づいている。だが、そもそも自分から名乗りを上げて登場した彼女ではなかったか? 女性のお天気な言動に多少は理解のあるサンジも、これには少々、
「…えっと。」
 返す言葉に困っていたが、そんな彼に代わって答えたのが、
「それは大丈夫だと思うぜ。」
 そばの壁へと膝を突き、突っ張らせた腿に抱えたルフィを腰掛けさせた上でこちらの肩へと掴まらせておいて自分の両手を空け、彼のはだけた襟元を直してやっているゾロである。相変わらず力持ちなことはともかくも、こういう段取りに手慣れてるところがやっぱり"お父さん"な人だ。いや、だから、それはともかく。
「さっきの反応を見ただろう? 奴ら、こいつを本物だと思ってる。ここでの追いかけっこも、きっと噂話として賞金稼ぎたちの世界に広まる筈だ。だから、そういうカッコをしなければ、当分の間、あんたを怪盗なんとかだと思う奴はいねぇんじゃないのかな。」
 静かに響く深みのある声。再び抱え直したルフィが、
「あ、こら。」
 悪戯心からサングラスを取り上げたことで露になったのは案外と若い顔で、
「あ、えっと…。」
 再びぽうっと腑抜けになった彼女からそろそろと離れて、サンジが苦笑する。
「ルフィ、お菓子は諦めな。拾ってやりてぇが暇が無い。」
「うん。仕方ないしな。」
 ここまでに結構食べたので、もう満足はしたらしい。
「そん代わり、帰ったらでっかいケーキ焼いてやるからな。」
「うんっ!」


            ◇



 係留地へ辿り着くと、こっちの状況が判っているのだろう、ゴーイングメリー号はするすると岸から離れて行こうとしていて、
「ゾロっ! サンジっ! 急げっ!」
「もう荷物は積み終えてますっ!」
「代金も支払い済みよ!」
 何か…切羽詰まってる人間同士の再会におけるそれとは到底思えない会話だが、
「おお、さすがはナミさんっ!」
「そのナミのおかげでえらい目に遭ったんだぞっ!」
 まったくだ。岸壁ぎりぎりの地点を見計って、
「サンジ、ゾロに掴まれっ!」
 ワンピースの袖口を開いて腕まくりをしたルフィが言って、そのままぐぃーんと腕を伸ばす。ただ伸ばしただけではない。彼の十八番“ゴムゴムのロケット”のご披露で、3人はあっさりと船上の人となれた。
「あ〜、くたびれたぞ。」
「走り詰めだったからな。」
「そっか? 面白かったぞ、俺は。」
 そりゃあねぇ。ぐったりと疲れて座り込んでいる二人をよそに、出掛けた時のまま、愛らしいコスプレ姿で、こちらはまだまだ元気そうにしているルフィであり、日頃からも飛び抜けてタフな彼だと知ってはいるが、
「………。」
 3人の疲労度の極端な違いから何かを察したのだろう。ナミがおもむろに口を開いた。
「あのね、ルフィ。服を汚さないでって言われたのを守ったのは偉いけど、ならどうして“服を脱いで何かに入れて抱えて”って方には考えなかったの?」
 そう出来たなら、ややこしい人違いだってされなかったろうにと、そう感じたナミでもあるらしい。だが、
「いや、ナミさん。いくら男でも裸や下着姿になるというのは…。」
 ましてや人出の多かった街の中。目立って困るし、下手をすれば軽犯罪ではなかろうか。ルフィに代わって穏当に言葉を返したサンジへ、だが、ナミは動じず、
「何、言ってんの。」
 そう言った途端、手がルフィのスカートの裾にかかっていて。ばさぁっと勢いよくめくり上げられたスカートの中には、いつものバミューダ丈の半ズボン。
「あ、そうだった。着てたんだ。」

 「「お前はよぉ〜〜〜っ!」」

 この変装が実はあっさりと解けたというなら、あの苦労は何だったんだか。ひとしきり二人から怒鳴られた船長さんだったが、それでもサンジは約束通りケーキを焼いてやり、今日一日の冒険談?に夕食の場はにぎやかに沸いた。明日もきっといい日になるよね? それではまたの再会を楽しみに…さらばだ、とおっ!

「………あ、また書き逃げしやがったな。」


         〜Fine〜  01.8.4.〜8.5.


   *書き逃げだから、後書きはありません。こらこら
    いやぁ〜、今年の夏は暑かったよねぇ。
    では、またね。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

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