夏島海域のただ中にあるせいか、陽が落ちても熱気が引かず、部屋の中には蒸し蒸しする温気が佇んでいて、時間さえ止まっているかのよう。それで寝付けない…というようなデリケートさでは、この大いなる航路"グランドライン"では到底やってけないのだが、
「…ルフィ?」
選りにも選って、そういうデリカシーには一番遠いところに居そうな奴が、男部屋から出て行ったままなかなか戻って来ないため、こちらも眸が覚めて…ただ待っているのに飽いた剣豪が"やれやれ"とため息混じりに腰を上げた。いつものことだが、何しろ相手は"悪魔の実"の能力者だ。人知を越えた特殊な能力を得たのと引き換えに、海へ落ちれば自力では泳げず、海底深く引きずり込まれてしまうという、それは残酷な呪いを受けた身。ただでさえうっかり者な彼だから、どんな拍子で落ちるやも知れず、夜の暗い海から探して引き上げるのは至難の業。だというのに、度々夜中の甲板へと出たがる厄介な人物であり、だが………。
"………お。"
船倉から出る蓋扉を下から押し開けて、はしごから甲板へと身を乗り出したゾロは、頭上に広がる星々の眺望につい見とれた。宝石をちりばめたような…とはよく言われる描写だが、一つ一つの星がきらきら・ちかちかと瞬く様は、何かやさしい生き物のようでもあって。一面を厚みのある濃藍に塗り潰された夜空に尚の深い奥行きを作って、何かしら囁きかけてくるかのような星空は、成程、ポカンと口を開けたままに見入ってしまっても仕方のない絶景でもあろう。
「ルフィ。」
「んあ? ゾロか?」
上甲板の柵に凭れて、ぽかんと口を開けて頭上の天幕を仰いでいた少年が、傍らのステップを上がって来た剣豪に気づいて返事をする。どこか間の抜けた声へと歩み寄り、
「あれほど口を酸っぱくして"夜中の甲板に一人で出るな"と言ってあるのに、どうして片っ端から忘れるかな、この鳥頭はよ。」
「ひでで…。」
殴っても効かないゴムの体。それでも感じない訳ではないらしいので、こういう時にはもっぱらデコピンでパチンと丸いおでこへ"お仕置き"するゾロだ。重い刀を自在に操るのみならず、とんでもないまでの腕力・握力のある剣豪なだけに、多少は…撫でられる以上には効くらしい。両方の手のひらで赤くなったおでこを押さえて、
「ガキじゃねぇんだ、そうそう落っこちないよぉ。」
口答えを繰り出す童顔へ、こちらはあくまでも平然としたもの。
「何を偉そうに。昼間でもぼちゃぼちゃ落ちてる奴が、何言ったって聞かれねぇな。」
あははははvv そりゃあ威張れないわね、船長さん♪ あっさりと言い負かされて、うう"…と唸ったルフィの傍らへ、だが、そのまま座り込んだゾロであり、抱えてでも引き摺ってでも連れ戻そうと思っていた気構えをちょっと引っ込めた彼ならしい。鋭角的で惚れ惚れするよな、凛とした横顔をやはり夜空へと振り向けて、
「凄げぇ星だな。吸い込まれそうだ。」
彼にしては素直に感嘆の声を上げるから、
「な、な、そうだろ? そう思うだろ? 俺もトイレから見てて、なんか見とれちまってよ。」
船倉の一番後方にあるトイレの窓から見えた星空に誘われての、この"夜歩き"だと、ルフィがあらためての弁解をする。叱られたことはもうどうでも良いけれどおいおい、この綺麗さにはどうか共感してほしいとばかり、ゾロの横顔にどこか懸命な眸を向ける彼であり、
「判ったよ。」
あまりに懸命なものだから、ゾロはくつくつと笑って…小さな肩を宥めるように引き寄せた。その途端に、
「あ、えと…。」
ふわりと。小さな体を包み込むのは、いかにも男臭い、それでいて温かなゾロの匂い。生温かな潮風に慣らされてか、すっかり"おバカ"になりかかってた嗅覚がくすぐられ、、あっと言う間に目を覚ました感覚が匂いも肌触りも何もかも、"ゾロ"を感じたそのまま"気持ちイイ"へと変換してしまう。
"へへへ…♪"
やや斜めな体勢ながら、大好きな彼の懐ろへと掻い込まれ、しっかりと充実した頼もしい胸板に頬をくっつけて。少ぉしばかり照れつつも…こぼれてやまない笑みについつい口許が緩んでしまうルフィである。その胸板を直に響かせて、
「天の川がこんなくっきりしてるのを見たのは久し振りだな。」
深みのある声がそんな一言を呟いたから、
「"天の川"?」
聞き馴れないフレーズへ小首を傾げると、
「ああ、銀河…ほら、あの帯みたいに河みたいになって、星が濃く集まってるところがあるだろ? あれを和国では天そらの川みたいだってことから"天の川"って呼ぶんだよ。」
「へぇ〜。」
初耳だったし、それより何より、この…無骨でこういう知識には縁が無さそうなゾロからの言だったというのが意外で。
「そういや今夜は"七夕"だよな。」
「"タナボタ"?」
…言うと思ったでしょ。ご期待に応えてみました…じゃなくって。(笑)
「"たなばた"だよ。これも和国の、行事っていうか節季のお祭りの一つでな。笹に色紙で作った綺麗な飾り物やら願い事を書いた短冊やらを吊るして、伝説の出会いの話なんかして祝うんだ。」
ちなみの、この"七夕"、中国発祥の伝説が元になっているお祭りである。また、日本ではこの日に長屋の井戸を浚ってきれいに大掃除をしたそうで。何につけ、これから夏が来るよという節目の日であったらしい。
「出会いの話って何?」
んん?と小首を傾げて見上げて来るお顔があまりに愛らしくて。普段だったなら面倒がって"さてな"と誤魔化しもしたろうに、
「えっと…だな。」
緑髪を短く刈られた石頭をがしがしと掻いて、何とか思い出そうとするゾロだったりするから、恋ってステキvvおいおい でも、傍から見ていると…まるでお父さんのお膝からお話をねだる坊やのような構図なのだが。(笑)
「昔の伝説でな、あの天の川を挟んだ両方の岸に、機織りの上手な"織り姫"って女と真面目な牛飼いの"牽牛"って男が別々に住まわされてたんだと。元は、働き者の二人を天の神様が妻合めあわせたんだが、お互いが物凄く気に入って愛し合った二人は、自分たちの仕事さえ放り出してまで相手にうつつを抜かしてしまったんで、それで神様が怒って絶対渡れない天の川の両岸って場所へと二人を引き離しちまったんだ。」
「ふぅ〜ん。天の神様ってのも無粋だなぁ。」
一丁前な言いようをするルフィについついゾロがくすくすと笑って、
「まあ、二人の仕事は、神様の着物や牛の世話っていう大切なポジションだったらしいからな。それを放り出されては困るってのもあったんだろうさ。」
自分たちも"働き者"という人種とは縁遠いだけに、ルフィの憤慨の方こそよくよく判る剣豪だったが、これは"そういうお話"なのだから仕方がない。
「そんな二人は、自業自得とはいえ、相手を想ってそれは悲しそうにしている。その姿があまりに哀れでな。そこで神様は、一年に一度、七夕の夜にだけ、天の川の上へ鵲かささぎっていう鳥に翼で橋を架けさせて、二人に"逢っても良いぞ"ってお許しを下さった。それが"七夕"の伝説なんだよ。」
「ふ〜ん。」
懐ろの中、感心したような声を出して剣豪の顔を見上げていた船長さんの幼いお顔が、そのまま向背に広がる星空へと視線を移す。
「一年に一度。そんなのよく我慢出来るよな。」
「まぁな。しかも、だ。雨が降ったり空が曇ったりして天の川が見えない夜だと、鵲が橋を渡してくれない。」
「え〜っ? そんじゃ、その年は逢えないのか?」
随分と大仰に驚いて見せる彼であり、胸元へと斜めに凭れ込んで来ていた体を引き起こしまでするものだから、
「まあ、そうなんだがな。」
話の成り行きよりも、不意に涼しさが増したことへと仄かに苦笑する剣豪殿だ。そんな気持ちを知ってか知らずか、
「…俺だったら絶対我慢出来ねぇよな、そんなの。」
ルフィはやわらかな頬をぷっくりと膨らませ、大いに憤慨して見せる。………けどでも、あれれ?
"………。"
彼の言う"俺だったら"。誰と引き離されたら、誰と一年に一度しか逢えなかったら、こんなに憤慨するほど我慢出来ない彼なのか。
「………。」
何と訊き出せば良いのやら。ただでさえ口の立たない自分には、上手い言い回しが見つからない。そんなこんなで二の句が継げないらしい剣豪殿から、ただじっと見下ろされていることに気がついて。
「…ゾロ?」
顔を上げた船長殿は、その途端、微かにたじろぐようにちょろっと逸れかかるほど落ち着きのない恋人さんの視線へきょとんとしつつ、
「ゾロだってヤだろう?」
そんな風に訊いてくる。よほどの憤懣なのだろう。答えを待たず、
「俺なんか…毎日一緒でも足りねぇのによ。」
いかにも不服そうに言うものだから、プリプリと怒っている彼には悪いが、
"…♪"
こちらは判りやすいまでに…ホッとした剣豪殿だ。そして、
「日がな一日、寝てばっかいるからな。」
だから、会話も無くて詰まらないのかなと言葉を添えると、
「そうじゃなくってさ。」
おやおや意外、もっと奥深い何かがあるらしいから、これはなかなか深く愛されているみたいですねぇ、剣豪殿vv(ふふふのふvv) 幼いお顔を再び振り仰がせて来て、
「一日がもっと長けりゃ良いのにって思うくらい、足りない。寝てる顔ももっと見てたいし、何てのか…とにかくもっともっと一緒でいたいから、全然足んねぇんだ。」
一生懸命に言いつのるルフィであり。選りにも選って本人への言なので、そのまましっかりと愛の告白になっていることに、気づいているやらどうなのやら。そしてそして、
「…ふぅ〜ん。」
言われた側は…今にも満面の笑みが滲んで来てだらしなく崩れそうになる顔を、何とか保つのに必死である様子。
「そっか。足んねぇのか。」
「うん。」
言ってる内容の弾みからか、相手の分厚い肩口にしっかと手を回しまでしている彼だったが、
「………あや?」
そのまま…ひょいっと抱えられたかと思うや否や、甲板の板敷きの上、ぱたりと横に寝かされて、しかも…相手が覆いかぶさって来たものだから、
「ゾ、ゾロっ /////。」
「なに。」
「タンマだ、タンマっ。」
「タンマなし。」
「こんなとこじゃヤだって。」
「良いじゃん。せいぜい見せつけてやろうぜ。」
はい? 見せつけるって、
「???」
誰にだろうかとキョトンとしたルフィの、黒々とした眸に映ったもの。押し返しかけた力がふと抜けてしまった、ゾロの肩の向こうに広がっているのが見えたもの。今夜そこで一年ぶりの逢瀬をしていると、さっき聞いたばかりな伝説の恋人たちがいる筈な天の川………。
「………………あ /////。」
日ごろはとことん無粋なくせに、こういう時だけ何でこんなに即妙に切り返せる彼なのか。
「…ゾロのエロ剣士。」
「何とでも言いな♪」
そもそもそそったのはそっちなのだからと、一向に攻め手をゆるめぬ彼にとうとう降伏し、重なった唇の甘さに素直に酔いしれる。年に一度きりの逢瀬へ向けて、一年抱えて暖めた想いに負けないくらい。そう。一日が24時間では全然足りないくらいに大好きな愛しい人。
『何てのか…とにかくもっともっと一緒でいたいから、全然足んねぇんだ。』
ねぇ、誰にも負けないんだからね。聞いてる? ねえってば…。
〜Fine〜 02.7.7.〜7.8.
*恋蘭様サイト『Flower robot』一周年記念。
*実はあの懐かしい"肉と酒"ウェブリングで
お隣りさん同士だった『Flower robot』サマ。
一周年おめでとうございますvv
拙い代物ですが、どうかお受け取り下さいませです。
ちょっぴり切ないお話を書かれ、
可愛らしいイラストもこなされる恋蘭サマには、
いつも丁寧なご感想なぞいただいて、お世話になっておりますよねvv
本当にありがとうございます♪
お忙しいことと思いますが、
どうかこれからも素敵なお話、拝見させて下さいませ。

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