甘いの 辛いの


 丹念に織られた絹をこれまた丁寧に染めたように、斑
むらのない正青が広がる空。遮るものの何もない天空からふんだんに降りそそぐ陽射しに暖められた木の匂い。潮の香りのその奥に仄かに滲んだ独特の香がして、昼間の甲板は何とも言えない癒しの雰囲気に満ちてもいる。ここでさんざん昼寝をしているから、剣豪殿は怪我の治りが早いのかも知れない…ってことはないかな?
「…ん?」
 どこか力なく上甲板へと上がって来た足音に気づいて、浅い眠りから目覚めると顔を上げる。短い階段を上がって来る誰かさんの、まずは麦ワラ帽子の突端が見え、次には赤い帯とつば、そして顔が見えてくる。
「どうしたよ。」
 現れた顔は、やっぱりどこか沈んでいて元気がない。かけられた声に反応して顔を上げた彼は、
「サンジに蜂蜜取られた。」
 短くそう言って、むうっと口唇をへの字に曲げて見せる。
「??? 蜂蜜?」
「うん。ほら、昨日の海賊戦でお宝を分けたろ?」
「ああ。」
 海上で遭遇する他の海賊との戦闘というのが時折あって、まずは負けない彼らが勝ったその後で…略奪行為は"良い海賊ピース・メイン"にはあるまじき所業だから、一応"やらない"ことになっているものの、時間を食われ、船も傷め、クルーたちもそれなりに疲れした費
ついえを贖あがなってもらう"ファイトマネー"を、航海士 兼 大蔵省のナミが相手に請求することがある。運営費など必要経費以外は全員へ平等に分配されるのだが、必ずしも金銀財宝が得られるとは限らず、相手に持ち合わせがなければ、自然と"物品配給"となるケースも出てくる。…で、
「まだ封を切ってない蜂蜜の壷があったんだ。他の何も要らないからってナミに言ってそれ貰ったのに、さっきサンジが"ケーキやパンに使えるから"って持ってっちまった。」
 いかにも残念そうに言うものだから、こちらも笑い飛ばさず、ややもすると親身になって応じた。
「そりゃ気の毒だったな。けど、お前に持たしとくと3日と保たんだろが。サンジに渡しときゃあ、パンとか菓子とか一杯焼いてくれんじゃねぇのか?」
「ナミにもそう言われた。」
 長々と寝そべっているゾロのすぐ傍らへぺたんと座り込み、
「これで我慢しとけって。」
 手に持っていた手鞠ほどの大きさの、陶器のシュガーポットを甲板へと置く。蓋を取ると、中にはセロファンに包まれたパール系のピンクや白、オレンジや水色のキャンディが縁まで一杯に入っていて、彼女にしては随分と気を遣った代替品をくれたのに、ルフィとしてはやっぱり面白くないらしい。不服そうな顔が何とも子供じみて見えて、ゾロは思わず表情を和ませる。
「ナミの言う通りだぞ。お前だって、まだぞろ虫歯で大騒ぎしたくはないだろうがよ。」
 あはは…、そういやそんな事がありましたねぇ♪ かのごとく、金銀財宝や色っぽいおネエちゃんよりも、肉料理と蜂蜜やチョコレートが大好きな、熊のプーさんみたいな彼が船長だというのだから、それだけでも充分におかしな海賊団である。………と、そこへ、
「何だ何だ? まぁだ、ムクれてんのか?」
 そんな声がして、トレイを掲げ持って現れたのが、先程から話題に上っているところの金髪のコックこと、
「…サンジ。」
「おう、朝のおやつだぞ。」
 朝昼晩の3食と、十時三時の二回のおやつ。他にも、天候の関係などで徹夜に突入すれば、夜食までしっかり呈する働き者な彼は、
「ナミさんに告げ口しただろ、お前。それも、ビビちゃんもいたトコで。」
 まだ朝日と呼んでいいだろう東寄りの陽射しを逆光に背負って立ったまま、ルフィを見やってそんな風に言うものだから、
「告げ口なんかじゃないやい。ホントのことじゃないか。」
 船長さんがますますムクれた。そんなやりとりへゾロが"くつくつ"と笑って、
「いい加減にしとけ、ルフィ。それ以上続けると、おやつを持って帰られちまうぞ?」
「う"…。」
 それには気が回らなかったらしいところがまた可愛い。一方で、そんな意地悪をするつもりはなかったらしいサンジが、ちらっと"保護者"を睨
ねめつけたが、ここでムキになっては相手の余裕に負けるようでいただけないと思い直して、
「ほら、さっそく作ったんだぞ? はちみつ風味のシフォンケーキだ。」
 するりと屈みながらトレイを彼らの眼前へと滑り出させる。途端に、
「わぁ〜〜〜。」
 さっきまでの膨れっ面はどこへやら、甘いものには目のないルフィがたちまち感嘆の声を上げた。淡い金色をしたサンジ特製のスポンジケーキは、きめの細かいしっとり加減が絶妙で、ルフィのお気に入りスゥイーツのうちの一つ。
「いっただきま〜…。」
「あ、ちょっと待て、そっちはお前んじゃねぇ。」
「え?」
 さっそく伸ばされた手を彼にしてはそっと掴んで、
「お前のはこっち。」
 別なケーキへと導いてやる。よくよく見れば、十等分ほどに切り分けられた丸いカートンの中、2切れほどだけ微妙にスポンジケーキの色合いが違う。
「こっちは砂糖少なめなんだよ。」
「ああ、ゾロのか。」
 そこまで凝るからおサスガで、だが、そのゾロ本人は、身を起こしながら眉を顰めて見せており、
「甘いもんの時は要らねぇって言ったろうが。」
 どうかすると迷惑そう。だがだが、そこはコック氏も負けてはいない。
「そうはいかん。こっちだって栄養配分とか、考えて作ってんだかんな。」
 さすがに、自分の担当する専門分野の事なだけに、サンジもそうそうあっさりとは譲れないのだろう。3つのカップに紅茶をそそぎ分けながら、チロンと…斜め下から斬れ上がってゆくような、鋭い目線を振り向けてくる。
「それでなくとも、お前は油断すると酒を食事代わりにしかねんだろうが。そんなで身体壊してみろ。お前本人としては自業自得ってことで鳧もつくんだろうが、それで心配する奴がいる以上、俺としては捨て置けんのだ。」
 ゾロの身体を心配しているのではなく、それで彼が倒れでもしたら…誰とは明言しなかったものの、例えばルフィが心配するかも知れないからと、一ひねりされているところが何とも彼らしかったりするのだが。二人それぞれへカップを差し出して、
「昨夜だって、見張り台から降りて来ないまま、晩飯すっぽかしやがって。ルフィに聞いたら、ウォルフレーベを3本片付けて晩飯代わりにしやがったっていうじゃねぇか。」
 憤然として言うところを見ると、食べ物ではなく…どうやらお酒らしい。
「そのうち血糖値上がりまくってエライことになんぞ? 少なくとも、俺が乗ってる船からそういう手の病人は出したかねぇんだよ。」
「判った、判った。」
 そんな二人の会話に、最初から自分好みの温度と甘さで砂糖とミルクがちゃんと入っている紅茶を一口飲んで、ルフィが口を挟んで来た。
「ケットウチってなんだ?」
「血の甘さだよ。」
 またそんな乱暴な、サンジさんたら。
「血ってのが何のために流れてるか知ってるか? 怪我した場所が判りやすいようにっていう目印じゃねぇんだぞ?
おいおい まあ、血止めの血小板とか雑菌を殺す白血球とかも含まれちゃあいるが、基本的には体中に酸素とか栄養とかを運ぶためだ。」
「ふ〜ん。」
 さすが、栄養学をちゃんと身につけてるハイパーなコックさんだけのことはある。でも…表現がちょっと乱暴だぞ。
"専門用語を並べても理解がついて来ないだろうし、Webに載せる時、無駄に重くなるぜ?"
 ははぁ〜、そこまで心配していただいて、どうもです。
「その血が、栄養の中の、特に糖分や脂を含み過ぎてベタベタになっちまうと、基準の濃さを忘れちまったり、あとあと血管が詰まったりして、体全体がエライことになっちまうんだよ。だから、ルフィの甘いもん好きも…まあまだガキだからいっか、そっちは。」
 子供は活動量に比して胃が小さいから、小腹が空くごとに牛乳などのカルシウムものと一緒に甘いものを摂取させても構わないそうです。但し、だらだらと食べさせないこと。それと、虫歯には気をつけてあげましょうね? 乳歯だからどうせ生え代わるわよと構えていると、歯並びがガタガタになってしまいますよ? お母様方。
おいおい
「ガキって言うなっ!」
あっはっはっはっ
 これだけの会話をこなしながら、お買い得フロッピィディスク10枚パックほどの大きさはあったおいおいケーキをもう6つほどペロリと平らげている船長さんである。う〜ん、甘味王 in グランドライン選手権とか催されたら簡単にチャンピオンだねぇ。その健啖家ぶりに、
「何ならこっちも食うか?」
 一つはお義理で口に運んでいるが、やっぱり甘いのはダメらしいゾロが、自分用と言われたもう1つを顔の前へと差し出すと、
「んん?」
 彼の手にあるまま"ぱくっ"と3分の1ほどにかぶりつくルフィで、だが、もくもくむぐとちゃんと味わってから、
「…ん〜、甘くねぇからいい。」
 率直なことを言って辞退した。
「そうかぁ? 凄げぇ甘いけどなぁ。」
 …本人たちは全く気づいて無いようだが、これって"はい、あ〜ん"の変型バージョンではなかろうか。
"なんか、動物の調教みてぇだな。"
 おいおい、サンジさん。苦笑混じりに自分の紅茶に砂糖を1杯落としていると、
「ん〜〜。」
 ケーキを頬張ったままのルフィがそのカップをいきなり指差して来たから、
「な、何だなんだ?」
 自分には見えなかったが、ゴミか虫でも入ったのかと、サンジまでもがルフィと同じように慌てて見せた。が、ルフィが何に驚いたのかといえば、
「サンジ、砂糖入れてる。」
 おいおい。
「入れちゃあいかんのか?」
「だって、サンジ、ゾロと同じで酒飲めるじゃんか。」
「………で?」
 何となく、言いたいことが半分ほど判って来たが、敢えて聞いてみると、
「ゾロと一緒で、辛いもん好きなんだろ? なのに、甘いもんも大丈夫なのか? 器用だなぁ。コックって凄いんだなぁ〜。」
 いかにも"感動しました"という顔になっているルフィであり、その横でゾロが…何とも言えない顔付きになって苦笑いをこらえている。サンジとしては、
"………う〜ん。"
 頭痛が痛い…と、カビの生えてそうなギャグを思い出しつつ、やおら顔を上げ、
「あのな、ルフィ。」
「んん?」
「俺くらいの幅で"どっちも平気"は普通なんだ。お前ら二人の方が極端に偏り過ぎてんだよ。」
「ええっ、そうなのかっ?!」

 今日の教訓。
   『得てして常識ほど、わざわざ言わないと伝わらないもんである。』



 傍目から見ればしっかり漫才のようなやり取りをしつつの"朝のお茶"も終わり、トレイへ茶器や皿を重ねているサンジの傍ら。あれほど美味しかったケーキを食べた直後だというのに、さっそくシュガーポットの蓋を開けているルフィである。
「ん〜と。」
 何げなくつまんだ1つ。包みを解いて、そのままパクッと食べた水色のキャンディ。ところが、
「ん〜〜〜っ!」
 不意に妙な声を上げると、さあもう一眠りしようかい…と寝転びかけていたゾロの着ているシャツを、しきりと引っ張り始めるルフィだったりする。
「どした?」
「こえ…かあいよぉ。」
 ………字に起こすと判りにくくなっちゃったので通訳すると、これ、辛いよぉと泣きそうな顔になっている船長さんなのである。彼の言う"これ"とは、口の中のキャンディのことだろう。舌の上からあまり動かしたくないらしく、それで言葉が不自然に固まっているのだ。
「辛い〜?」
 言われたゾロは、座り直しながらも目許を眇めた。飴は甘いものではなかったか? と、そういう固定観念からの妥当な反応。一方、ポットの中身をトレイに空け、サンジが他のを確かめた。色別に1つ1つを鼻先へ近づけて、
「ははぁ〜ん。ハッカだな。」
 一番少なく入っていたブルーだけが、甘くはないキャンディだったらしい。こういう詰め合わせものには大概入っているものだが、仄かにひりっとする爽やかな辛さが、ルフィには我慢出来ない味だったのだろう。火種でもくわえ込んだように、
「ん〜、ん〜っ!」
 何とかしてくれと言いたげに逼迫の様相を示す彼を見かねて、
「食えねぇなら捨てちまえよ。ほら。」
 口の前へ手のひらを広げてやりながらゾロはそう言うが、ルフィはちらちらとサンジの方を見やっている。サンジの側でもそれには既
とうに気づいていたらしく、
「そうだよなぁ。俺が見てる前じゃあ、食いもん粗末には出来ねぇよな?」
 面白そうに…ちょっと意地悪く笑って見せるから、ああそうか、一旦口に入れたものは毒でもない限りちゃんと食べなさいという躾をされてるのね。まあ、大概のものは食べちゃう人だし、これまでは支障がなかったんだろうが。
「ん〜…。」
 差別なく出て来た唾液が、辛みを口の中へ広げつつあるのだろう。どうしよう…という涙目にまでなっているのを見かねて、
「しゃあねぇな。…ほら。」
 少しばかり腰を上げたゾロが何をどうするのかと思いきや、すっと横合いから顔を近づけて、ルフィの顔を隠すようにかぶさると、

 「ん…。」

 数刻後。
「…なんだ、そんな言うほど辛くねぇじゃねぇか。」
 自分の口の中で転がしたキャンディへそんな感想を述べつつ、新たにセロファンを解いてやった…今度は苺味らしいピンクのキャンディを、ルフィの口へ口直しにと放り込んでやる。だが、
「辛かったよぉ。」
 まだ涙目なままで抗議しつつ、ルフィはキャンディの大きさ以上に頬を膨らませている。成程、甘さと辛さという味の基準に、凄まじいまでの格差がある二人であるらしい。……………で、
「お前らなぁ…。」
 ほんの数十センチほどしか距離のなかったすぐ目の前で、それはそれはエライことをやってくれた彼らに、大概のことには動じないコック氏が、顔近くまで上げた拳をぐっと握ってふるふると震わせて見せる。手は料理人の命な筈の彼が"殴ってやりたい"と感じたらしいとは、これはかなり複雑な感慨が沸いたものと察せられ、
「んん? サンジも食うか?」
「いらねぇよっ!」
 トレイから問題のキャンディをポットへざっと戻してカップを載せ直し、がちゃがちゃと音を立てさせて茶器を抱え、キッチンへと帰ってゆく。その細身の背中を見送って、
「??? 何怒ってんだ? サンジ。」
 ただただキョトンとしているルフィと違って、
「さあな。」
 曖昧な言い方をしつつも、どこか余裕でくつくつと喉を鳴らすように笑ってるトコロを見ると、さすがに剣豪殿には"判って"いるらしい様子。差し詰め、さっきのお説教へのささやかな敵討ちというところだろう。それにしても…う〜ん。甘いもの、いけるじゃないですか、ゾロさんたら♪(ふふふのふ♪)
「これ、俺は食えねぇからやる。」
 ルフィから差し出されたのは、全部水色のキャンディだ。そんなに数はなく、ルフィの手では両手がかりだったが、
「判った、判った。」
 受け取ったゾロには片手でも余ったほんの7、8個。青みを帯びた真珠のような飴玉たちを眺めながら、
"直接食べる分には、甘さも減るんだろうな。"
だとか、
"こういう甘さだったら、ちっとは歓迎なんだがな。"
と、まだ言うか剣豪…なことを思いつつ、ポケット代わりの腹巻きの折り返しへすべり込ませる。忘れないうちに食べなさいよ? それ。でないと、取り返しがつかないことになっちゃうからね? 一方、
「あ〜あ、ケーキの味が吹っ飛んじまった。」
 背伸びをしながら両腕を天へと思い切り突き上げて、ルフィはそのままぱったんと背後へ倒れ込む。そこには、先に横になってたゾロの胴があって、
「…人を枕の代わりにすんじゃねぇよ。」
 真横から倒れ込んで来られて、腹と胸を半分ずつ下敷きにされたことへ不平を鳴らした剣豪へ、ルフィは横へ…ゾロの顔の方を向くように寝返りを打って、
「いいじゃん。今日は朝から昼寝につき合ってやるからさ。」
 にっぱり笑ってなんとも現金なことを言う。屈託のない顔でいながらも、さっきの小さな?キスが多少は尾を引いているのかもしれない。無邪気な笑顔へくすぐったげに笑い返すと…さすがに腹に当たって邪魔な麦ワラ帽子は脱いでもらって腕に抱えさせ、そのまま"お昼寝・午前の部"へ入る。今日も今日とて、のどかな海上の彼らにはコトも無し。あったとしても容易くねじ伏せてしまえる獅子たちが、今はくうくうと午睡中。そんな彼らをキッチンの窓から眺めやり、今日も朝から一本取られたコック殿が、半ば呆れて苦笑する。
"…よぉし。昼飯は超弩級の甘口カレーにしてやろう。"
 こらこら、食べ物で仕返しするとは根の暗いことを………。


     〜Fine〜   01.9.26.

    カウンター800HIT キリ番リクエスト
      くぜちよ様 『ゾロにかまわれたがるルフィ、なゾロル』



 *う〜ん。
 "構い、構われ"というのを意識しつつも、ナチュラルを目指してみたら、
  少し浅くなってしまったような。
  もっとベタベタな方が良ろしかったでしょうか?
  くぜちよ様、宜しかったらお持ち下さいませ。
   


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