ち・よ・こ・れ・い・と

         〜pretend  to  be  asleep


「お〜い、おやつだぞ〜。」
 我らがゴーイングメリー号にはおよそ海賊船とは思えないところが多々あるが、その最たるものは恐らくこれだろう。3度の食事の合間、午前十時と午後三時に"おやつ"の時間があって、それはそれはまろやかにして奥深い香りや味わいのみならず、見栄えのディティールにまでキチンと凝って手を抜かない、絶品なケーキやクッキー、ブリリアントなパイにジェラート、ビビット・キュートなババロアやパフェなど etc.…。甘党なら泣いて喜ぶ様々なスゥイーツが供される。作り手は勿論、ゴーイングメリー号が誇る一流コック"フェミニスト"サンジで
おいおい、キッチンまで来なかった約2名のためにと、自分の分ごと抱えて直々にやって来た、午前の上甲板…だったのだが、
「お。ま〜た寝てやがるのか?」
 上がって来て真っ先に目に入った情景、甲板の板張りへ長々と脚を伸ばした姿勢で船端に凭れ、目を閉じている剣士であることに気がついた。朝の一通りの仕事もこなし、朝食の場にもちゃんと顔を出していた彼だのに。定位置の羊頭からぴょいと飛び降りて来たルフィがそれへと頷いて見せ、
「うん。何か、昨夜遅くに夜襲があったんだって。」
「? へぇ〜?」
 ちょっと妙な声になったのも無理はなく、そんな騒ぎがあった覚えがないからだ。こんな小さな船だから、鬨
ときの声の一つでも上がればどこに居たって聞こえる筈。よほど警戒の必要な航路だと判っているならともかく、通常は夜中に見張りをおくことは滅多にしない豪気な船で、従って、昨夜は男どもの寝室に居た…という条件は同じな筈だがと、その辺りを怪訝に感じたサンジだったらしい。
「そんなに手がかかった相手でもなかったんだって。だから、一人で片付けたって。」
 眠っている本人に代わってすらすらと答える船長殿であり、
「一人で片付けたって話、何でお前も知ってんだ? 一緒に暴れたのか?」
「ん〜ん、ナミに訊いた。」
「ああ、成程。」
 初心者の方へこのやり取りを解説するなら、この可愛らしい海賊船は、見かけを大きく裏切って…ご存知の通り乗っているクルーの顔触れが半端ではない。ので、舐めてかかって襲い掛かった海賊は、大概があっけなく返り討ちに遭う。しかも、帰り際に腕のいい"大蔵省"によって"ファイトマネー"を請求される。特に意識はしちゃあいないが、ピース・メイン、略奪や殺戮などという悪辣非道な違法行為に手を染めない"良い海賊"である彼ら。とはいえど、襲撃に遭うごとに嵩む、船体破損への修理や破壊された備品の補充、クルーたちが負った(かも知れない)負傷疲弊への回復費等々には、黙っていられないのが会計担当。そこで、電光石火の計算により割り出された必要経費を相手方の幹部へ堂々と要求するのが"大蔵省"たるナミの仕事なのである。あまりに素早く退却した相手の場合でも、最初からそういう"格"を睨んでしまえるのか、前以てお宝をさらっておく…なんていう"離れ業"までこなすところが恐ろしく、
『…それって"略奪"になっちまうんじゃねぇのか?』
『あら、違うわよ。正当なる賠償金。』
 ちなみに今まで取りはぐったことは一度もない。奇襲をかける海賊と、果たしてどっちが怖いんだろうか。…それはともかく。
こらこら モデルのような長身痩躯のその肩先に、掲げるようにして運んで来たトレイには、ポットやカップといった茶器と共に、きれいな扇型に切り分けられた濃褐色のケーキが4つ。3人分だが、食いしん坊な船長殿には最初から2人分を用意するのが慣例になっていてのこの数で、
「わぁ〜、今日はチョコムースか♪」
 物の名前…特に固有名詞はなかなか覚えないルフィだが、スゥイーツの名前は不思議と大雑把ながら覚えている。先日もスフレとパンプディングをちゃんと区別出来ていて、
『だって、ちゃんと説明しないと食べたいものを作ってもらえないだろ?』
というのがその理由であるらしい。そのくらい甘いものが大好きな彼は、中でもチョコレートと蜂蜜が大好物で。同乗しているレディたちが案外とさっぱりしたもの好きな分を補って余りあるほどに、砂糖やそれらを消費させてくれる人物でもある。
「どうせ甘いもんは要らねぇとか言う奴だしな。構わねぇから3つとも食っちまえ。」
 くうくうと眠り続ける剣豪の様子に、お茶をカップへとつぎ分けながらサンジがそう言い、
「けどさ…。」
 珍しく言い淀むルフィへ、
「何なら冷蔵庫に材料はある。焼いたケーキと違って、食いたきゃすぐにも作ってやれるんだから、気にすんなって。」
 そこまで気を遣ってやるところが、彼を時折"母親のようだ"と思わせるところ。
「おうっ!」
 それで納得したらしく、にぱーと笑ってさっそくフォークを操り、最初の一口を頬張る船長殿だが、
「あ〜あ〜、なんでお前は自分の口よりデカイ固まりを頬張ろうとするんだ、いつも。」
 伸ばされた指がぬぐったのは、ねじ込まれ損ねて口の端に結構な大きさでくっついたムース。一応はフォークで2つほどに切り分ける彼なのだが、それでもこういう食べ方になるのがご愛嬌。ぬぐい取られたそれを目で追ったルフィに気づき、
「食うか?」
 顔の前へと差し伸べると、
「ん♪」
 嬉しそうに微笑って差し出された指先を軽く咥わえ、ちゅっと扱
しごくように舐め取る様も、いつものこととて慣れたもの。男に間違いない相手だのに、そういう仕草が何とも可愛らしいから不思議である。
"餌付けでもしてるみたいだよな。"
 それも、とびっきり可愛い仔犬とか。
"…えっと。"
 そんなことをついつい思ってしまった自分を持ち直すように、
「ほれ、こないだ船を食ってくれやがったブリキ野郎が居ただろが。あいつみたいに口をでっかくして一気にバクッて食うってのは出来んのか?」
 訊いてみる。ドラム島で遭遇した"バクバクの実"の能力者のことだろう。食材のみならず、木材から石材から果ては自分自身まで
おおお、何でもかんでも食ってしまえる相手であり、口を自分の体より大きく伸ばし開くことも出来た恐るべき手合いだった。それを例にと挙げたサンジだったが、
「出来るぞ。けど、そんなことしたら勿体ねぇじゃん。」
「んん?」
「俺も結構、大口開
いて食うけどさ。そんなまでして一遍に飲み込んじまったら、味が判んねぇだろ? こんな美味しいのにそんなのしたら勿体ねぇじゃん。」
 子供っぽい無邪気さから言ってる事なのだろうが、作り手の側にしてみれば、どこかしら賞賛の含まれた、嬉しくも微笑ましい一言だ。照れたような笑みがついつい浮かぶ口許を誤間化すように、サンジは新しい煙草を咥えて火を点けた。

           ◇

 どうということもない話を肴にお喋りをしながら、彼なりにじっくりと味わって、結構大きかったムースケーキ3つをペロリと食べ切り、
「…じゃあな。」
 茶器をトレイへとまとめたシェフ殿が、キッチンへと歩み去ったのを笑って見送ってから…。
「………。」
 ふと、
「………。」
 その場に座り込んだまま、すぐ横で依然として眠り続ける剣豪殿の、少しばかり俯き加減の顔を見やる。
「……………。」
 じ〜っと見やる。
「……………………。」
 じ〜っとじ〜っと見やって、そして、


「………ゾロ。起きてんだろ?」


 はい?

「なあ、起きてんだろ? 眸ぇ開けろよ。退屈だからさぁ。」
「…俺はお前の暇つぶし相手かよ。」
 おおお。実にすんなり片目を開けた彼であるということは、これはやはりかなり前から起きていたということか。
「起きるタイミング、判んなくて、寝たふりしてたんだろ?」
 しししと笑うルフィであり、
「何で判った。」
「だってよ、ここのシワが一遍だけ"ひくっ"て動いたもん。」
 そう言ってつんつんと彼が突々いたのは、ゾロの眉間である。眠っている時でさえ深く刻まれた皺は、言わば"あって当たり前"なパーツだろうに、それの微妙な変化をちゃんと拾えるルフィであるらしく、
「………。」
 返す言葉に困って、ゾロは口を噤んだ。確かに…寝ている素振りのままで実は起きていたし、彼らの声もよく聞こえていた。それだけではない。こんな間近だし、相手の動作や呼吸の隙を見逃さずに嗅ぎ取る感覚は人一倍鋭い剣豪だ。目を閉じていたって…声のやり取りと共に、傍らに居た彼らの、ちょっとした仕草や動きの気配もまざまざと伝わって来ていた。何度教えても治らず、赤ちゃん握りになるルフィのフォークの持ち方。スプーンでカップをそっと掻き回す音。そして…ルフィの小さな顎に手をかけて、撓やかな指先で口許のムースをぬぐい取ってやったろう、どこか母親のようなサンジの構いよう。それらが全て、そのまま見ているのと変わらない鮮明さで、いや…むしろ声だけだった分、実際よりも親密そうにも感じられて。
"………。"
 そんな間合いに中途半端なタイミングで割り込むのは、どうにも気後れがした剣豪だった。この時間だけは主役はサンジであろうし、何より…好物を前にしたルフィである以上、どんな存在であろうと敵いそうにはなく。食べ物を相手に太刀打ち出来ない自分というのが、何となくみっともないような気がして。そんなことより何よりも、そんな小さな一時の彼でさえ独占したいと思ってしまう、どうしようもない嫉妬に凝り固まったつまらぬ自分を、彼の前で晒すということがどうにも口惜しいような気がして。そのくらいなら…と寝たふりを続けたゾロである。
"嫉妬、か。"
 自分にそんなものを認めてしまうほど、この胸の裡での彼の存在は、どうしようもないくらい大きなものに育っているらしい。
"…これも一種の敵前逃亡なんだろうか。"
 世界一の大剣豪にでさえ"二度と負けない"と啖呵を切った。そうと誓った男にしては、なかなか気の小さいことだが…それとこれとは次元が違うのだから仕方がない。
「…ん?」
 ふと、こちらを見やっているルフィの口の端に、拭われ損ねたクリームの跡を見つけた。正確には"ぬぐった跡"という感じで一度擦り取ったような薄さではあったが。それへと手を伸ばしかけ、
「………。」
 ふと、その手の上下を返して顎の下へ添え、
「え?」
 引き寄せて唇を近づける。ふわりと触れた柔らかな感触に、微かに首をすくめたルフィだったが、続いてペロッと舐められると、
「くすぐってぇ♪」
 くすくすと笑って、だが、逃げずに、逆に寄って来る。
「犬みてぇだな、ゾロ。」
 そんな風に言いつつもまんざらではないのだろう。
「甘いだろ? チョコムースだ。」
「ああ。甘いな。」
「甘いの苦手じゃなかったんか?」
 ゴツゴツした大作りな手のひらの上、無防備にもそのままでいる小さな童顔が訊くのへ、
「こういう甘さは悪くねぇな。」
 にやっと笑って、今度は真っ直ぐ口唇へと唇を寄せる剣豪殿である。


  ………こういうところもおよそ海賊船らしくないと思うの。



  〜Fine    01.12.14.〜12.15.


  *カウンターHIT リクエスト
    小森蘭サマ『サンジに"やきもち"をやくゾロ』

  *それらしいの、結構書いてたような気がしてたんですが、
   中心に据えるとなると、なかなか難しいテーマでした。
   こんなのでいかがでしょうか?
   (次からは何番を踏まれたのかも教えて下さいね?)


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