彼らの“ジャングル・クッキング”

  
「じゃあ行ってくるからな。」
「ルフィ、早く寝るのよ。」
 まるで、子供たちを留守番に残してコンサートか観劇にでも出掛ける欧州風の夫婦のような口ぶりで、ドレスアップしたナミとそんな彼女をエスコートする、こちらもぱりっとしたいで立ちのサンジが皆に会釈を送って船から離れた。何でも、先のサンジの誕生日に、何でも一つだけお願いを聞いてあげるわと、夢のような"プレゼント"をナミからもらったサンジであるらしく、ならば…と少し大きな港に着いた今日、ムーディなデートへのお誘いをしたところがあっさりOKをもらえたらしい。
〈勿論、紳士的な範囲内のデートなんでしょう?〉
〈当然ですよ、ナミさんっ!〉
 心浮き浮きとスーツを借り出し、レストランとコンサートの席を予約し、手配はバッチリ、天気も上々。居残りの連中にちゃんと食事の用意もしてやった辺り、余裕じゃんというコック殿で、
「ナミのこったから旨いことはぐらかすかと思ったんだがな。」
「ああ。」
 ゾロとウソップが見送りがてら出て来ていた甲板で呟き合う。中身はともかく、見栄えは文句なしの美男美女。オレンジ色に程近い濃いめの亜麻色の髪に、大きな瞳と表情豊かな魅惑の口許。すんなりした手足と撓やかな肢体はバランスも抜群で、センスの良いドレスをまとった姿はサンジでなくとも目を奪われるだろう、一線級の美女ぶりを見せているナミと、蜂蜜をくぐったような甘い光沢の淡い金髪をさらりと流し、ちょっとシニカルな繊細さで整った顔立ちに、シャープな痩躯へスーツを小粋に着こなすサンジという組み合わせ。それなりの場所ではさぞかし映えるだろうこと請け合いだ。
「けど、プレゼントったって、費用はサンジ持ちなんだろう?」
「だろうな。」
「じゃあ、やっぱり"ナミらしい"んじゃねぇのか?」
 ウソップの見解には"成程なぁ"と剣豪にも得心がいった。何にせよ自分には縁も興味もない話。逞しい肩をすくめて見上げた空の、微妙絶妙な暮色の加減の方が、よっぽど心奪われる代物なゾロであるらしい。春宵の空は緋を帯びた淡い茄子紺から夜の藍色へと深みを増してゆく狭間。気の早い星が2つ3つ、色インクを滲ませたような空にちかりちかりと瞬き始めている。
「さてと。じゃあ俺は、装備屋へ行って来るから。」
「何だぁ? 今からか?」
「ああ。そこの親父が、今夜入荷する逸品を特別に一番手で見せてくれるって言うからよ。」
 またぞろ怪しい店の親父にカモられてんじゃないのかと思ったが、本人がわくわくと楽しみにしていることへ水を差すほどのお節介をする気はない。
「晩飯はどうすんだ?」
「ああ、さっきちょこちょこっと摘まんだ。あとはルフィと全部食ってくれい。」
 期待に胸を膨らませていて、食事なんて二の次状態なのだろう。縄ばしごを伝って船から降りると"じゃあな"と手を振る、気のいい狙撃手を見送って、
"さて、と。"
 まだ食事には早い時間だが、ふと、甲板を見回すと…さっきまで同座していた筈のもう一人の人物の気配がない。
"あ…まさか。"
 主甲板から後甲板へ上る階段へと足を運び、キッチンへと入ると案の定。
「…ルフィ、今から食っててどうすんだ、お前。」
 デート前のやっつけ仕事とは思えないくらい、きちんと一汁三菜が整えられた晩餐に手をつけていた船長殿であり、
「だって、ウソップも喰ってたぞ?」
「あいつは出掛けるからって摘まんでっただけで…。」
 そのウソップの分とやらも平らげたらしく、二人分の食器がおおかた空になりかけている。
「することなくて腹減ったんだもん、しょうがねぇじゃん。」
「どういう理屈だ、そりゃ。」
 まだ夕刻。こんなに早く食べてしまうとどうなるか。少々不安を覚えつつ、それでも…幸せそうな顔でいるルフィであるのは大いに結構と、やわらかく苦笑して見せるゾロであった。

  ……………で。

「なあ、腹減ったぞ、ゾロ。」
"…ほら、やっぱり。"
 出来るだけ気を紛らわせてやろうと、普段は見物に回るだけのカード遊びや盤ゲームなぞにも付き合ってやっていたのだが、リビングの壁掛け時計が9時に差しかかった辺りという早い時刻にもうそれを訴えて来た。
「2人分食っただろうが。」
 結局ゾロの分からも少々おすそ分けしてもらって食べたので、まるまる2人分…ルフィの分は最初から2人分強の量があるので正確には3人分とちょっとを胃袋に収めたことになる彼で、だのに、
「だって4時間も前だぜ?」
 それも言うなら、まだ4時間しか経ってないんだってば。小腹が空いたというなら判らんでもない。サンジが作り置きの焼菓子をしまっている場所は、時々酒をくすねる棚のそばだと知っているからこっそり教えてやっても良いかなと思ったものの、切なそうな表情からしてこれは本格的な空腹なのだろう。そんな程度では焼け石に水。却って空腹感がつのるに違いない。お宝や名誉欲などにはとんと興味がないくせして、食べ物への貪欲さだけは計り知れないものがある困った奴で、
"よっぽど新陳代謝が違うんだろうな。"
 何せゴムゴムの身体だもんねぇ。…と感心している場合じゃない。物を言えない仔犬が、まだ空っぽな自分のお皿の傍でご飯を待っているような、どこか悲しげな潤みを含んだ愛らしい黒い眸で"じ…っ"と見つめられては、自分のことには我慢強い剣豪さんであっても、立ち上がらざるを得ないではないか。
「…しょうがねぇなぁ。」
「ゾロ?」
 ため息混じりに席を立つと顎をしゃくる。
「来いよ。簡単なもんで良けりゃ、何か作ってやるからよ。」


 ところで突然だが、彼らの世界、少なくともイーストブルーには、尾田センセーが故意に描いたのかうっかり描いたのかは定かではないが、米飯を食べる習慣があるらしい。磔になっていたゾロへとリカちゃんが差し入れしようとしたり、サンジも山のように作ったほど"おむすび"が頻繁に出て来るし、ウソップがいた村の食堂では箸を使っていたし、ゾロの故郷には田圃がある。(アニメオリジナルの"ロストアイランド篇"では、軍艦島の住人たちが米の収穫をしてもいた。それとも小麦だったのかな、あれ。)
「飯、作れんのか? ゾロ。」
「これでも一人で旅してたんだ。食い物屋のない土地やなんかじゃあ自分で作るしかねぇだろが。」
「けど、ゾロって確か海軍基地の町で絶食してなかったか?」
「あれは好きでやったんじゃねぇよっ。」
 確かルフィとの初対面の場でしたねぇ。その日数、9日間。(アニメでは3週間とかいうとんでもない設定になってなかったか?)ルフィが言った台詞ではないが、水さえ飲まない絶食を、それも準備なく敢行するのは3、4日が限度だとか聞いたことがある。いくら精神力が強壮だからと言っても、体がそれについて行くには限界というのがあって、まあ、日頃はルフィに勝るとも劣らない大喰らいらしいから、恐らく"食いだめ"が出来る体質なのかも。
おいおい
「えっと…何があるんだ?」
 あまり台所や食材をいじるとサンジが嫌がるのだが、この際は仕方がない。使い差しの野菜やら乳製品、すぐに使う解凍した肉やハムなぞを入れている冷蔵庫を開けて、適当に幾つか掴み出し、貯蔵庫から米を2カップほどちょろまかし、さっそく調理に取り掛かる。コック殿ほど華麗にしてスピーディという訳にはいかないが、さほど凝ったものを作ろうという訳でなし。いわゆる男の"腹満たし料理"だから、どこか無骨で不格好だが、それでも…米を炊き上げる手際はてきぱきしていたし、大きな手で刻んだ野菜や肉を二つ別々の鍋で炒め上げるところなぞ、ちょっとした工夫のある料理らしい。あれほど"お腹が空いたよう"と言い立てた割に、そんなゾロの手際を最初から終わりまでたいそう大人しく見ていたルフィで、
「…よしっ、出来たぞ。」
 深皿に盛られ、ほこほこと湯気の上がったそれは、見た目は一応"肉炒めの乗ったチャーハン風"で、香りもなかなか芳ばしく、食欲をそそりそうな出来栄えではある。
「いっただきま〜す。」
 さっそくスプーンを突っ込んで、熱いところをほふほふと口へ運ぶルフィであり、
「うめぇ〜。」
 それはにこにこ嬉しそうな顔になるものだから、
「…そっか、美味いか。」
 頬杖をつくようにして向かい合って座っていたゾロは、ちょこっと虚を突かれ、それから、何だか…何でだろうか、胸だか腹だかがじんわりと、こっちまでが暖かくなって来たのを感じて少々狼狽えた。ひもじい切なさがあっと言う間に掻き消えて、とっても幸せだという笑顔になる。大切な人の嬉しそうな顔を見るのは格別で、それも自分のこの手が作り出したものが満たして…なのだから、これは何とも言えずくすぐったい。
"ああ、そうか。こういう気持ちが快感だから、あいつ、料理してんのかもな。"
 いつもどこか取り澄ました顔でいるものだから、芸術家気取りな料理人だったらそんな薄っぺらい奴、反吐が出る…と思っていたものが、料理にかかると真剣な顔になり、皆が食べ始めるとそれは甲斐甲斐しくなり、こっちが面食らうほど温ったかくてやさしい微笑い方をするサンジ。あれほどの奴がどうしてそんなに入れ込むのかが判らないでいたのだが、ルフィの幸せそうな顔を見ていると、何となく判るような気がしたゾロだった。


 美味しい美味しいと結局鍋に作った全部を平らげたルフィであり、お腹が張れば目が緩むもの、欠伸を洩らす彼を寝部屋へ追い立て、それから…ゾロはささやかな証拠隠滅をかねて後片付けに手をつけた。きっちり片付いてたら却って怪しまれませんかね。ナミさんとのデートで舞い上がってるだろうから、大丈夫かな? 炒めるのに使った中華鍋をたわしで洗い、夕食の食器を下げて一つ一つ彼なりの丁寧さで洗ってゆく。
"…ん?"
 最後に、ルフィがさっきまで貼りついていた深皿を手に取り、そこにほんの一匙分ほど炒めたご飯が残っているのに気がついた。日頃の当番だったなら残飯として捨てるところだったが、
"バレちまうかな。"
 作った覚えのないものが、しかも捨ててあったりしたら、食べ物への敬愛にはうるさいサンジなだけにややこしいことになるかも知れない。仕方がないかと匙ですくって自分の口へ放り込んだゾロだったが、
"…なんだ、こりゃあ。"
 ぎょっとする。何だかぼやけた味つけで、冷めているから尚のこと、単なる"油炒めご飯"と化しているのだ。だが、以前にも作って自分も食べていたもの。こんなに味が違うとはおかしい。辺りを見回し、目に入ったのが調味料の小ビン。手のひらへちょこっと振って舐めてみると、
"あ、これ、塩じゃねぇ。"
 白い結晶粒だったから塩だと決めてかかって使ったが、舐めてみると化学調味料ではないか。これでは全然塩味が足りていなかったことになる。食材も火の通りもちゃんとしているから食えないものでないが、日頃の食事で下手に舌が肥えていたからちょっと苦痛な味わいで。(←これはホント。筆者も引っ越し先の水が不味く感じられて、家族の全員がただのお茶さえ飲めず、浄水器を速攻で買った経験がある。)
"………。"
 これを"美味い"と思うとは、ルフィが味音痴なのか? いやいや、サンジの料理を見込んで連れて来たくらいだからそれはなかろう。考え込んで答えが出ることではないし、不味いものを食べさせてしまったのなら、ここは謝るのが筋だろう。急いで寝部屋へ向かったゾロは、一番上のハンモックによじ登っていたルフィを見上げて、
「ルフィ、あのな…さっきの飯だけどよ…。」
「なんだ?」
「味が…そのおかしくなかったか?」
「いや? 美味かったぞ?」
 むしろ"変なことを聞くのな"と言いたげな、不思議そうな顔になる。きっと出来たてで温かだったことが3割増しほどフォローになってくれたのだろう。それと、

「ゾロが俺にって作ってくれたもんが不味い訳ないじゃん。」

 それは満足気に"にっぱーっ"と笑うルフィなものだから、
「あ、そっか。…いや、なら良いんだ。おやすみな。」
 ゾロはあたふたとした返事を返して部屋を後にした。お日様の笑顔はいつだって、こっちの体温を簡単に上げてくれるから堪らない。自然と足が向いた涼しい甲板に出るとほうっと息をつき、そんな自分が可笑しくなって、ついつい"くつくつ"と笑ってしまった剣豪殿だ。天穹にはいつの間にやら下弦の月が上っている。今頃はコンサート会場で柄にないクラシックの演奏にでも耳を傾ける振りをして、傍らの美女の横顔に見とれているコック氏だろう。そんな彼と大差無い、かわいいことをしている自分であると、気づいて居るやら居ないやら。とりあえず…良い夜を。


        〜Fine〜  (01.8.14.〜8.15.)

    カウンター800番 キリ番リクエスト
         Jeaneサマ 『ルフィのために食事の用意をするゾロ』



 *タイトルに大した意味はありません。
  サンジくんに比べたら素人の料理だということで。
  アニメでは"味音痴"なルフィさんだが、ホントのところはどうなんでしょうね。
  だって、やたらサンジの料理を美味い美味いって言ってるでしょう?
  それが実は味音痴だなんて、どこか詐欺なんでは?

  サンジが出掛けてるとか、台所を散らかして叱られるとか、
  シチュエーションにヒントを沢山下さったJeaneサマ。
  とっても助かりました、ありがとうございます♪
こらこら
  あまり甘甘にはならなかったみたいですが、頑張りました。
  こんな出来でよろしければ、どうぞお持ち下さいませ。
   


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