子供じゃないもんっ (おいおい)


  *このお話は拙作『子供じゃないっ』の続編です。
   リクエストされた方は、それぞれに違うのですが、
   まま、こういうことも有りということで…。


 これもまた"相も変わらず"というのだろうか。子供扱いされたことへ朝っぱらから大いにむくれた船長殿を、お守り役の剣豪殿が何とか宥め賺
すかし、微笑ましいんだか傍迷惑なんだかという騒動にも鳧がついて。朝ご飯を一人で平らげてごめんと、朝のおやつにホットサンドを運んでくれたシェフ殿へと謝ったことで、他のクルーの皆さんとの間に立ち上がりかけていた少々気まずい衝立のようなものも取っ払われて。いつも通りの和やかな昼食タイムを挟んで後のち、ゴーイングメリー号の船上は、クルーたちそれぞれがいつもの日常に身を置いて伸び伸びと過ごす、穏やかで奔放な昼下がりへ辿り着いていた。後甲板では陽避けのパラソルの下、才気あふれて美しき航海士と玲瓏たる気品に満ちた皇女が、暇つぶしにかリボンやバレッタで髪形をいじり合っては褒め合ったりと、女の子らしい華やかな微笑い声に時折沸いている様子。それを嬉しそうに眺めながらデッキの手摺りに凭れて一服つけている、俳優のようにやさしげな顔容かんばせをした金髪碧眼のシェフ殿は、これでもパン生地の二次発酵待ちという身。あと30分も経てば、キッチンに戻って数日分のパンを焼きにかかり、芳しい香りを甲板中に漂わせてくれる予定である。中央部の主甲板では、誇りと同じくらい鼻も高い発明家が、皇女のお願いを受けて乗用カルガモの鞍を点検中。最近は彼に乗ることも滅多にないが、だからこそ気がつかないでいる…ベルトや備品の消耗やら破損、はたまた傷などで、カルーの羽根や体に余計な負担をかけてはいないかを見てほしいとのこと。やさしい主人で幸せだよなと撫でられて嬉しそうに鳴いたカルーも、今は作業する発明家の傍らでくうくうとうたた寝中だ。…そして、上甲板では。


「………。」
 朝の騒ぎで剣豪に引き摺り降ろされたから…という訳でもなかったが、舳先の羊頭には乗っからず、トナカイドクターのチョッパーを抱えるようにしてうとうと居眠りしていた小さな船長を、これまた、膝枕を提供する格好で間近に寝かして、まんざらでもない顔で船端に凭れていた逞しき剣豪殿だったが、
「…ふにゃ。」
 ふと、もぞもぞと動いたチョッパーが、船長さんの胸元から寝ぼけ眼で起き上がる。
「…どした?」
 剣豪が低い声でそっと訊くと、舌っ足らずな声が返ってくる。
「触媒に浸けてた薬草、取り出さなきゃいけないんだ。」
 これでも優秀な船医殿。様々な薬品を使いこなす彼は、自分の手でも常備薬を作っては常に補充しているらしくて。その作業の中には、毎日手をつけねばならない種類のものもあるらしい。…ぬかみそみたいね。
こらこら
「大丈夫か? ちゃんと目ぇ覚ましてからにしろよ。」
「うん。顔、洗ってからするから大丈夫。」
 そこは専門家で、自分の役割への責任と自負はしっかり意識してもいるのだろう。鼻の頭にしわを寄せての"ふわぁ…"という欠伸も1つきり。両の蹄で頬をとんとんと叩いてからピョコンと立ち上がると、そのままとことこ、キャビンの方へと立ち去った。………それから幾刻か。
「………う?」
 手元が空いた涼しさにか、ルフィもまた眸を開いて、頭だけをゆっくり動かし、周囲を覚束無い様子で見回し始める。麦ワラ帽子を脇へ避けてのお昼寝で、ぱさぱさとした不揃いな黒髪が潮風にさわさわなぶられているのを長い指で梳いてやり、
「どうした?」
 訊くと、
「んー、チョッパーはぁ?」
 むっくり起き上がって、正座を崩したような、脚の間にへたりと座り込むよな格好。背中を少し丸めるようにやや俯いたまま、目許を手の甲でこしこしと擦る様子がなんとも幼くて。
「なんか薬の世話があるらしいって、キャビンに行っちまったぞ。」
「ふ〜ん…。」
 何だかまだ…意識の核のようなものが肌の下でゆらゆら微睡
まどろんでいるような風情でもあったが、
「もっかい寝てな。」
 もそもそとした様子へ苦笑を見せつつ、剣豪がそんな声をかけると、
「ん〜と、やだ。」
 …おや? 今朝の名残りか、またまた"やだ"が出たぞ。
「ルフィ?」
 やや怪訝そうな声をかけると、こちらの白いシャツの袖を小さな手で掴んでくんくんと引く。子供がよくやる"ねえねえ"と注意を喚起する時の仕草だが、いや、こうまで傍なんだから、そんなしなくても。言えば声も想いも届くし、ちゃんと?あんただけしか見てない剣豪殿だってば。
(笑)
「どした。」
 寝ぼけているのだろうかと、苦笑混じりなままで聞くと、
「あのな。俺も、ひげ剃ってみたい。」
「……………おい。」


  ……………………………おいおい。


            ◇


 相変わらずに唐突な人であることよ。それに、だ。無い袖は振れないという言葉があるが、ひげなんてないのにどうやって剃るというのだか。
「誰のどこのひげを剃るって?」
 どこのだなんて、ゾロさんたらヤ〜ラシィ〜♪
(笑)
「………(ちゃき☆)」
 判った判った。斬られるのはイヤだから、からかうのはヤメヤメ。だが、まだ昼日中だし、これが夕刻だったとしても、所謂"五時の陰"が出るほどまでには剣豪殿のひげとやらも濃くはない。…なんか、オヤジっぽい話題じゃないですか? 今回。いつもの無邪気でお軽い"お子様ティスト"は何処?…とばかりに、一斉に"引いて"ませんか? 皆さん。
(汗)
「ホントに剃んなくて良いからさ。どうやってやんのかだけ、教えてくれよ。」
 にぱっと笑う無邪気さよ。一旦言い出すとなかなか諦めないのは戦闘の時だけではない船長さんで、
"こりゃあ誤間化しも利かんだろうよな。"
 何と言っても"大人にしか出来ないこと"の真似ごと。子供にとってこんな魅力的な遊びはない。そんな自分の思いつきにワクワクした弾みでか、すっかりと目も覚めている様子だし。
「しゃあねぇな…。」
 本人も真似で良いと言っているのだから、形だけで良かろうと、剣豪も渋々ながら腰を上げた。何よりも、同じ話題でまたぞろ機嫌を損ねられては堪らない。キャビンの下階層に降りて、今朝方の騒ぎが勃発した洗面所へと足を運ぶ。この船の洗面所は風呂場前の脱衣場を兼ねていて(アルバトロス『散髪・フルコース』参照)、壁に張られた鏡も陶磁製の洗面台もシンプルなら、さほどに広くもない在り来
きたりなそれだが、作り付けの戸棚などがあって機能的な作りになってはいる。洗顔用品もスリムな棚に収納されてあり、きれい好きな航海士が…散らかっているとそれはそれは口うるさいので、皆して出来るだけ清潔に保つよう常に心掛けている次第。(笑)
「えっと…。」
 いきなり始まることとなった"初めてのひげ剃り講座"のセンセーは…といえば、期待にワクワクと瞳を輝かせている生徒を前に、腕を組んで口許と顎とへゆるく握った拳を添え、しばし考え込んでから、
「ホントの刃物はダメだからな。」
 そうと言って棚から取り出したのは買い置き分の歯ブラシだ。途端に、
「え〜〜〜。」
 いかにも不服そうなブーイングを鳴らす生徒だったが、そこはセンセーも容赦がない。
「危ねぇだけじゃなく、カミソリまけって言ってな。慣れてない柔らかい肌からいきなり産毛を深剃りすると、赤くかぶれてそりゃあえらいことになるんだよ。」
「うう…。」
 熟練した専門家のご意見なれど、そこはやはり本格的な"ひげ剃り"を体験したい船長で。向かい合ったまま、上目使いで"そこを何とか…ダメ?"と伺うルフィだが、
「腫れちまうと引くまで触れなくなんだよなぁ。…ここに。」
 ひたひたと軽く、大きな手でやさしく頬に触れられて、
「そんでも良いなら、俺は構わないけどな。」
「えっと…。」
 間近になった剣豪のさも残念そうな顔で見つめられつつ、やわらかですべすべな頬を両手で包み込まれて愛惜しげに撫でられては………。
「…これで良い。」
 大人しく歯ブラシを受け取った生徒さんだったから、ここはセンセーの勝ち。
おいおい
「で、だ。剃り方って言われてもな…。」
 床屋の弟子入りでもあるまいに。何より、ゾロ自身、我流でやってること。専門的な技があるというものでなし、日頃自分がやってる方法で良いのかなと、それでも自分はずぼらしてすっ飛ばす辺りの手順も一応浚
さらうことにした。
「石鹸と、あれば泡立て用のブラシを用意して、ぬるま湯で細かい泡を立てる。」
 ふむふむ。
「顔剃りと違って深く剃った方が良い訳だから、あれば蒸しタオルで髭の部分を包んで毛穴を開かせたりもするが、肌が弱い場合はやらないこと。」
 …そんな細かいことまで、なんでこの、いかにもズボラそうな男が知ってるんだろうかと思いきや、
"コックの野郎が毎朝ご丁寧にやってる手順だよ。"
 成程、成程。ダンディですからねぇ、彼氏。でも…だったら何で顎のところをいつも残してるんでしょうか。
"さてな。あれで線が細いの気にしてっから、少しでも男臭く見えるようにっていう工夫じゃねぇのか?"
 …本人居ないからって言いますねぇ、旦那。あ、居ても言いたい放題はやってるかな? まあ、それはともかく。
「立てた泡を剃る部分へ塗り付けて…。」
 調理用の油引きを思わせるような丸い刷毛で掬い取った、クリームのように細かい泡を、ぺたっと頬から顎へ、そして鼻の下へと塗ってやると、
「あはは…、くすぐってぇよ♪」
 泡のぬるい生暖かさに、途端に身をすくめて笑い出すルフィだったから、かわいいったらない。
おいおい
「あとは、泡で滑りやすくなってるから、ひげにカミソリを当てて剃ってくだけだ。」
 やってみ、と、先程持たせたカミソリ代わりの歯ブラシを指さす剣豪に、
「うん。」
 頷いた船長殿だったが………。

 「………☆」

 えとえっと。ここで"…あっ"といち早く思い出せる方がいらしたら、あなたはウチのサイトのかなりの通です。
こらこら ウチの船長、日頃からフォークやスプーンはどうやって握ってますか?
「…ルフィ。」
「なんだ?」
 確かに…歯ブラシでなぞって頬の泡を掬い取れてはいる。だが、これが本物のカミソリだったら、
"とんだ流血騒ぎになっとるぞ。"
 がっちりと握り込んだ"赤ちゃん握り"では微妙な制御は利かない。何かを塗り込むことには向いているかも知れないが、刃物で剃ったり削ぎ落としたりという微妙な作業には…はっきり言って危なっかしくって見てられない。
「そうじゃねぇって。」
 手を出しかけて、だが、向かい合ってやって見せてやるのでは意味がない。そこで、
「ほら、手ぇ上げてみ。」
 背後に回って、小さな手を包み込むように自分の手を重ね、
「こうやって持って…判るか? 親指と人差し指で刃を摘まむんだ。あとの指で柄のところを軽く握る。」
「えっと、うん。」
 べったりと、歯ブラシの柄の腹全部を押し付けて撫でていたのを、肌から少し浮くようにと加減してやり、
「細かいところは刃先だけとか、頬っぺたみたいに平たいとこには少し長い目にとか、調節して軽く当てていかないと、すっぱり切っちまうぞ?」
「うん。」
 答えてはいるが、ちゃんと判っているんだか。まるで変則的な"二人羽織り"のようで、そして、こんな風に抱え込まれているのが何だか楽しくなって来たらしくて。歯ブラシの動きはゾロに任せ切りにして、やたらにこにことしていたものが、鏡に映っている…自分の顔を注意深く覗き込んでいる剣豪の横顔に気づくと、おやと眸をぱちぱちと瞬かせる。
「? どした?」
「んん、何か変だなって。」
 ひょいと横を向けば、肩越しに覗き込んで来ていたゾロの眸と視線が真っ直ぐに向かい合える。じっと見つめると、
「…なんだよ。」
 かすかにたじろいだようだったが、
(笑)
「さっきまで、ゾロ、俺の顔の横っかわ見てたろ?」
「ああ。」
「俺は鏡の中のゾロの顔の横っかわ見てた。」
「…うん。」
 だから何が言いたい彼なのか。
「誰かの顔の横っかわって、何かを見て他所
よそを向いてる時にしか見らんないだろ? でも、ゾロが見てた"何か"は俺の顔なんだ。」
「…そっか。」
 自分の"発見"を懸命に語る彼に、やっとなんとなく判って来て、剣豪はくすんと笑った。
「それは不思議だな。」
「だろう?」
 泡の残りを濡れタオルで拭き取ってやりながら、
「…どんな顔してた?」
 訊くと、
「えと、やさしい静かな顔してたぞ?」
「やさしい顔〜?」
「ん。自分のことなのに知らないのか? ゾロ、時々ああいう顔するんだぞ?」
「う〜ん…。」


 ………………………………………………………。



「…今の、意味、判りますか?」
「さて。難しい問答ですよね。」
「ちゃんと判るゾロって凄いのな。」
「っていうか。レベルが一緒なのよ、あの二人は。」
「それは言えてる。」
 こちらは、こっそりと戸口の陰に重なり合うようになって張り付いて、洗面所を覗き込んでいるクルーの皆さんで。…あんたたちも結構"暇人"なんだねぇ。
「何でも楽しいんでしょうね、あの二人には。」
「二人でやるから楽しいんでしょうよ。」
「それって素晴らしいことですよね。」
「そうだぞ、素晴らしいことだぞ。」
「…おいおい。本気の真顔で感動すんなって。」
 そんな彼らが、これまた、こちらさんの娯楽の対象になってる訳やね。何とも平和な海賊船であることよ。そして筆者が今思っていることは、この成り行きを見るに、この発端を『蜜月まで〜』にしとけば良かったかなぁとですね…。(なし崩しに…フェードアウト)


   〜Fine〜  02.1.29.

   *カウンター11360HIT(いいゾロル) リクエスト
      秋サマ 『髭を剃ってみたいと駄々をこねるルフィに、
                        手取り足取り?教えるゾロ』


   *す、すみません。
    なんだか、ご要望の路線から大きく逸れてることと思います。
    カミソリの刃先がさわさわと肌に当たってくすぐったがるルフィとか、
    こらこら動いたら危ないだろうがと、やさしく叱る剣豪だとか。
    そういうのをご希望だったのでは? 秋さん?
    終わり方もなんか"受け"を狙ってたりして…。
    もっと修行が必要なようです。ごめんなさいです(泣)

   *ところで。(ひそひそ…小声)
    ここだけの話、実はMorlin.は女なので、
    自分のは勿論のこと(おいおい)他人様のも、ひげを剃ったことがありません。
    ですので、そんな手順はおかしいというご意見もございましょうが、
    あくまでも、剣豪殿の我流の手入れ方だということで。


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